第145話 襲った原因。
「名前が要るな。
ちなみにお前はオス?」
【はい、オスでございます】
ふむ……。
「ケルベロスだから『ケル』でどうだ?」
【『ケル』ですか?
ケル、ケル……、いいですね】
中央の顔の口角が上がる。
気に入ってくれたようだった。
「それにしても、なぜ魔力を得るために俺たちを襲った?
【それは……餌になるゴブリンが激減したためです。
少し前でしょうか、ゴブリンが急増し、我々の餌が増えたことで魔力が増え、群れが大きくなりました。
しかし、そのあと突然ゴブリンが少なくなったのです。
百頭ほどのゴブリンの群れがざらだったのが、単体のゴブリンを見つけることさえ難しくなる始末。
ゴブリン以外の魔物も捕らえるのですが、効率が悪くケガをするものも出てしまいます。
それで、私の魔力が減ってしまい部下に魔力を分けることが難しくなくなってしまったのです。
『このままではまずい』と思い、仕方なく街道を歩く人を襲おうと思ったのです。
丁度、主たちが野営を始めた。
主の強さの分からない私は、主を襲ってしまった次第です】
「あっ、それって俺のせいだ……」
俺は頭を掻く。
【主のせい?】
「ああ、数万のゴブリンたちが街を襲ってな、殲滅したんだ。
ゴブリンの死体も埋めた。
だから、ケルたちの食べる物が無くなったって事だ。
確かに食物連鎖の底辺がなくなれば、上に居る者が飢える。
群れを守るため、ケルも大変だっただろう。
申し訳ない」
俺は頭を下げた。
【いえ、お陰で私たちは主を得ることができました。
今後我々は主に付いていけば魔力で満たされるのです】
「そう言ってもらえると、助かる。
あと、申し訳ないんだが、制約をつけておくぞ?」
【はい、主】
「人を殺すな。
でも、襲われた場合、傷つけてもいい。
わかったな」
俺の言葉に、
【傷つけてもいいのですか?】
「そりゃそうだろ?
歯向かわないから手を出す奴なんて、いい奴は居ない。
だから、お前らの怖さを思い知らせばいい」
【主、畏まりました】
ケルの口角が上がった。
「ここに居るのがすべてか?」
俺はケルに聞いた。
【いいえ、妊娠している者や幼い者は連れてきていません。
しかし、従うにしろどこに住めばいいでしょうか?】
「そうだなぁ……。
ポルテ伯爵領の森は広い。
そこに住んでもらえればいいと思うが、まだ、マットソン子爵の領土にはなってないんだよね。
ケル達の住処がわかれば、そこで待っていてもらえないか?
迎えに行くから」
【それでは夜が明けたら、私どもの住処に行きましょう】
寄り道確定。
イングリッドが着替えて出てくる。
そしてケルの前に行くと。
「さっ触っても?」
「ああ、大丈夫だろ?」
【主の奥様であれば喜んで】
「奥様だってさ」
イングリッドはちょっと頬を染めながらケルの前足の間に抱き付いた。
「あっ、暖かい。
無害な魔獣を飼いたかったんだけど、お父様が許してくれなくて……」
ケルのお腹に頭をうずめ擦り付けていた。
「わたしも」
マールがケルに抱き付いた。
「旦那様、確かに毛がフワフワで、気持ちいいです」
モフモフって奴か。
ケルはどうしていいのか戸惑っている。
「夜が明けたら、ケルの住処に行くぞ。
そこには子供も居るらしい。
もっと可愛いかもな」
そう言うと、そそくさとイングリッドとマールはテントに戻っていった。
「我はこっちがいいがの」
リードラはどさくさに紛れて俺に抱き付いた後、テントに入る。
「ケルはどうする?」
【ここで我々も朝まで寝ることにしましょう】
「じゃあ、明日の朝な」
俺もテントに入るのだった。
次の日の朝、テントから出るとケルを中央にオルトロスが横に並び、更にその後ろにフォレストウルフが並んでいた。
「どうしたんだ?」
【オルトロスを隊長にして小隊を編成しました】
十一部隊あります。
【このほうが指示が出しやすいですからね】
ケルも俺の役に立つように考えているらしい。
朝食を食べ、俺たちは馬に乗り、イングリッドとお付きは馬車に乗りケルの住処へ向かった。
先頭をケルが歩き、俺たちの馬車を十一のオルトロスを隊長とする小隊が囲んだ。
道が悪いのはマナが何とかする。
昼を過ぎたころ、少し広がった場所にたどり着いた。
【到着です】
ケルが言う。
そしてお腹の大きなオルトロスが現れると、ガウガウとケルに話した。
「ガウワウガウ。
ガウワウ」
【我妻でございます。
『なぜ、ケルベロスになっている?』
『なぜか、オルトロスに進化した』と言っておりますので、主の事を説明しました】
ケルがそう言うと、お腹の大きなオルトロスが俺の前で頭を下げた。
すると、少しお腹が大きなフォレストウルフとヨチヨチと歩くようなフォレストウルフ。
そして、いたずら盛りのようなフォレストウルフが現れた。
「ガウワウ」
とケルが言うと、俺たちの前に来て整列する。
それを見たイングリッドは馬車から飛び降り、フォレストウルフの子供の頭を撫でた。
フォレストウルフの子供たちはイングリッドの周りに集まる。
イングリッドは至福の時のようだ。
マールがそれをじっと見ていると、一頭のフォレストウルフの子がすり寄ってきた。
そしてフリフリと尻尾を振る。
マールはにっこりと笑うと、そのフォレストウルフの子と遊び始めるのだった。
「これで、俺はこの場所にすぐ来ることができるが、お前たちはどうする?」
【仲間が強くなり、ここにもすぐに戻られるということですので、私は主について行きます】
「奥さん、もうすぐ出産じゃないのか?」
さっき、お腹が大きいのを見たからなぁ。
【そうですが、主を守るのも重要です】
「子供が生まれるのですか?」
俺とケルが話している時は、他の者から見ると俺が普通の言葉でケルが「ガウワウ」と話している。
俺の「出産が近いんじゃないのか?」という言葉にイングリッドは反応したようだ。
「そうみたいだな」
「出産まではどのくらい?」
とイングリッドの質問を俺がケルに聞く。
「『後二、三日だろう』ということらしい」
「でしたら、我々もここに居ましょう。
フォレストウルフたちが居れば、我々も襲われることはありません。
何より、こんなにかわいい魔物たちと居られるのです。
もう少し堪能したいです」
「…………ということらしい」
【我々はいいですが、いいのですか?】
「いいんだよ。
依頼主が言っているんだ。
俺が何か言うつもりはない」
【でしたら、お願いします。
私も子供が生まれるときぐらいは付き添いたい】
「…………だってさ」
「もう少し、この柔らかさを楽しめるのですね」
イングリッドは抱きあげた毛玉のようなフォレストウルフに顔をうずめるのだった。
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