第14話 手紙から始まる縁もあると思う。
街道を西に進みメルヌの街を目指す。
すると全体が開け平原が広がった。
遠くにドロアーテよりはかなり小さな街が見える。
魔物が少ないせいか外壁は低い。
その周囲には黄金色に染まった麦が見えた。
ドロアーテ周辺は森に囲まれているが周囲の街道の交差点に位置していた。
交通の要所、また森の中に住む魔物の恩恵を受けて育った街のようだ。
それとは対照的にメルヌの街は農業の街。
小麦を生産しそれを売り利益を得る。
野菜とかも作っているが、主に自分で消費するようなものらしい。
冬蒔き小麦なのか春蒔き小麦なのか……。
そう言えば季節も知らなかったな。
「クリス、今の季節って?」
聞いてみると、
「今は夏が終わって秋に差し掛かるころ」
と、教えてくれた。
四季があるようだ。
しかし、思ったよりは暑くない。
涼しい風が吹く。
自然が多いからか?
「この辺の冬は寒くて雪が積もるわ。
だから、このあたりの冒険者は冬には行動しないの。
冬を越すお金がある者は町にとどまり、無い者は秋になると南に向かうかダンジョンにこもるかになる。
王都が南にあるんだけど、冬場になると冒険者が集まってきて、王都の冒険者ギルドが冒険者でいっぱいになるわ」
二人でそんな話をしていると、小さな街の入り口にたどり着いた。
「穀物の商人でもないものがこの街に来るのは珍しいな。
それもエルフ連れなんてな」
槍を持った門番が俺に言ってきた。
装備はあまりよくなく、農夫との兼務に見えた。
「ちょっと用事があってね、通っていいかな?」
「ああ、一人銀貨一枚だ」
俺とクリスは銀貨を払うと街の中に入っていった。
「大体、街の中で一番大きな建物が領主の館なのよね」
前を歩き冒険者の経験則を話すクリス。
自信があるのか胸を張っていた。
しかし、小さな街とはいえ、一度も来たことのない場所に迷ってしまったようだ。
「あれ?」
困った顔のクリス。
「こっちだ」
俺はクリスの手を引き、街を歩いた。
既に俺のレーダーにはマットソン子爵の場所は表示されている。
迷いなく歩くと、屋敷にたどり着く。
「来たこともないのに、なんでわかるのよ」
クリスはちょっと、ご機嫌斜め。
いい所を見せたかったのかもしれない。
「俺は創魔士だぞ?
俺の経験から便利な魔法を作ったんだよ」
「うー、ズルい。
いいトコ見せようと思ったのに……」
そう言ってクリスは拗ねる。
「はいはい、とりあえずさっさと手紙を渡して、美味しいものでも食べますか」
「だったら許す」
取って返したようにニコリと笑うクリスだった。
現金なやつだ。
二人居る門番の一人に近づきギルドマスターの手紙を見せ、
「マットソン子爵に面会したいのですが、今からでも可能でしょうか?」
と聞いてみた。
「しばらくお待ちいただけますか」
と門番は言うと、相棒に声をかけ屋敷の中に入っていった。
しばらくすると門番が戻ってきて、
「お会いになるそうです。私について来てください」
と言った。
それに従い門番について中の館に向かう。
玄関で老齢の執事のような男性と代わるとそのまま執務室のような場所に連れていかれた。
執事のノックの後、
「入れ」
という声が聞こえる。
中に入ると、老齢な貴族が机に座っていた。
髪は真っ白に染まり、体が悪いのか顔が青い。
「手紙を拾ったという冒険者はお前か?
私は、クラウス・マットソン子爵だ」
「お初にお目にかかります。
私は冒険者のマサヨシ、そしてこれが私の相棒のクリスです」
クリスは頭を下げる。
「オーク討伐の際、御者台の隠し箱の中に入っていた手紙を持って参上しました」
俺は手紙を差し出した。
「エルフとは珍しいな。
エルフは国の外にあまり出ない。
だから、冒険者など少ないはずなのだが……」
まあ、クリス自体が珍しい……と言うか珍しい性格のエルフなのだろう。
「ああ、余談だったな」
そう言いながら子爵は手紙を受け取った。
「返事が遅いとは思っていたが、馬車が襲われていたのが理由だったのか……。
すまんが手紙以外に金は無かったか?」
「ございました」
「そうか、依頼で手に入れた金は所有権が冒険者に移るのだったな……」
マットソン子爵は金について特に「もったいない」と思っているわけではないようだ。
すぐに話が変わる。
「それで何頭ほどのオークを討伐した?」
「そうですね、二百弱だったかと……」
「そんなに多かったのか?
オーク一頭に兵士三人は必要と言われる。
何名の冒険者でオークを討伐したのだ?」
「えーっと、私一人ですね」
「………………」
ありゃ、静かになった。
「そんなバカなことはあるまい!」
声を荒げ子爵が聞いてくる。
「いえ、私一人です」
再び俺は言う。
「武器は?」
「これですね」
ゴトリとチェーンフレイルを収納袋から出した。
メンテナンスしていないせいで、まだ血と肉辺が残っていた。
「なんだそのカバンは?」
「『収納カバン』と言って、私だけが使える魔道具です」
子爵はチェーンフレイルを見て、
「これはオリハルコン……。
これをお前は振り回せるのか?」
驚愕する。
「ええ」
そう言って俺はチェーンフレイルを軽々と持ち上げ、再び収納カバンに仕舞った。
するとそれを見た後、子爵は急に事情を話し始めた。
「これはな、遠い親戚の貴族に『養子をもらえんか?』という内容の手紙なのだ。
見ての通り老いさらばえた身でな。
残りの人生も長くないと思っておる。
ただ、この子爵家をなくすのも忍びなくてな、養子をもらおうと思ったのだ。
遠い親戚というのが男爵で、その息子は『兄よりも上になれる』と言って喜んでおったのだが、
条件として『家宝の大剣を簡単に振り回せなければならない』という物を出したのだが、厳しかったようだな。
支度金と大剣を返すと手紙に書いてあった」
「その家宝の大剣というのは、これですか?」
俺はオークキングが持っていた剣を収納カバンに左手を入れて取り出す。
「ああ、その剣だ。これは五代前の当主が王都で鍛えてもらったオリハルコンの剣。
それに切れ味が増す魔法を付与してもらったものだ。
三年分のこの領地の収入がかかったと聞いたことがある。
最近はオリハルコンも取れなくなっていると聞く。
今ではいくらするのやら……」
その言葉が終わると、子爵は、急に驚いた顔をした。
そして、
「剣を抜いてみてもらえんか?」
と言った。
俺は、鞘から片手で大剣を抜く。
長い刀身にこの鞘ではちょっと使いづらいな。
抜くよりもベルトで留めて横から出すようにしたほうが使い勝手が良さそうだ。
などと思っていると、
「この重い剣を片手だと!
簡単に剣を持ったときに気付くべきだった」
「剣もお金も返しますよ?
家宝であるのならば、あなたが持っているほうがいいと思うし。
このお金は元々領民のものでしょ?
ならば領民に使ってあげてください」
その言葉を聞いた子爵は少し考える。
そして、トンと手のひらに拳を打ち付けると、
「お主、儂の養子になる気はないか?」
と口を開いた。
「急に言われても困りますよ」
「なぜだ?」
「私は冒険者として冒険をしたい」
「では、いつでもこの屋敷に入れるようにしておく。
そして、その大剣も預けておく。
その大剣は元々我が子爵家の跡を継ぐ者が持つ物」
「持っている者が後継ぎ?
そんな強引な……」
「律儀に金を返し領民に分けろというだけでも見どころがある。
それにその剣を簡単に持ち上げる膂力。
儂が気に入った」
ニヤリと笑う子爵。
そして、目力のある目で俺をじっと見てきた。
その勢いに負け、
「はあ、まあいいですけど……」
と言ってしまう俺が居た。
「養子でいいのだな?」
子爵は嬉しそうに笑う。
「勢いで決めたような感じですが、本当にいいのですか?
御覧の通り、私はあまり見てくれはよくありませんが……」
「いいのだ。
見てくれ以外にも見るべきところはある。
気難しいエルフを連れている時点で何かあるのだと思うぞ」
「俺って何かある?」
と俺がクリスに言うと、
「んー優しくて、包容力がある」
と笑って返した。
んー、こっぱずかしい……。
そんな俺を見て、
「それにな、儂が決めたことだ、誰にも文句は言わせん!」
と笑いながら言った。
子爵の意志は固いようだ……。
降ってわいたような話だが……これもまた縁かな?
「わかりました。
ただ跡を継ぐまでに時間をください、私がダンジョンを攻略するまででどうでしょう?」
「ダンジョンを攻略!
攻略されていないダンジョンはゼファードぐらいしか無かったと思うが……。
それにダンジョン攻略には最低十年かかると言われている。
儂にそれを待つ寿命があるかどうか……」
「十年かかるって言ってるけど、そうなの?」
俺はクリスを見て聞いてみた。
「そうね、そのくらいはかかると思うわよ。
でもね、マサヨシなら二年もあれば大丈夫かなぁ……勘だけどね」
腕を組んで考えながら言うクリス。
「こうクリスも言っていますから、二年の時間をいただけませんか?」
「二年か……そうだな、それならば……。
わかった。
ただし、早急に養子縁組の手続きはしてもらうぞ!
でないとお前のダンジョン攻略の間に儂が死んでは困る」
いろいろ考え始める子爵。
「そんなこと言わずに死なないでください義父さん」
俺は調子に乗って言ってみると、。
「『義父さん』……嬉しいものだな。
子に恵まれずこのままなくなるはずだった家が残る可能性が出てきた」
涙を流す子爵が居た。
「この屋敷は自由に使うがいい。
私などこの執務室と隣の寝室しか使わぬ。
執事のセバスにも言っておく。
わからないことがあればあいつに聞けばいい」
何か思い出したのか、
「お前たち、宿は?」
「ドロアーテに宿を取っています」
「できれば、こっちに住んでもらえんかな?」
宿を引き払えばいいだけだ、あまり時間はかからないだろう。
「わかりました。私もこちらに引っ越すようにします」
「孫の顔は……」
気が早い。
「まだです!」
俺は食い気味に言った。
すると、この時ばかりと、
「子爵様、マサヨシはまだ私に手を付けていません」
困った顔でクリスは子爵に告げ口をする。
「ほう、そなたのような美貌にも手を出さんと?
太っている者が好きとか幼女がいいとかそう言う趣味もあるらしいからな」
と、子爵は困った顔をした。
「子爵!」
俺が大きな声で会話を遮ると、
「義父さんとは呼んでくれんのか?」
と、涙を流す。
「わかりました、義父さん。
そういう偏った趣味はございません。
事情があるのです」
「それは仕方ないな、死ぬまでに孫の顔を見たい頼んだぞ」
と、押し切られてしまった。
「それでは一度ドロアーテに戻ります。宿も出る必要がありそうですので」
そう言うと、
「このまま帰っても夜になろう?」
と義父さんは引き止める。
「私は力は有りますが、戦士というより魔法使いなのです。
ドロアーテまではすぐに帰れます」
そう言って扉を出す。
その扉を開けるとギルドの裏の路地が見えた。
「何っ?」
「魔道具として作った扉になります」
義父さんはこの扉の意味を察したのか、
「この扉ならば儂も王都オウルに出向いて自分で養子縁組の処置ができそうだ」
嬉しそうな顔をした。
しかし、俺は頭を掻く。
そして、
「すみません、この扉は私の行ったことがある場所にしか行けません。
私は王都……オウルでしたっけ……には行ったことが無いんです」
「そうなのか……」
元気がなくなる義父さん。
「そうですね、私は今あまりやることはありません。
ですから、折を見て一度オウルに行ってみようかと思います。
養子縁組も本人が居たほうがいいでしょう?」
「いいのか?」
「はい」
俺は頷く。
「では、少し待て、手紙を書く」
義父さんはそう言って引き出しから紙を出し、羽ペンで何かを書くと封筒に入れ蝋印を押した。
「これを王都の我が屋敷に持って行けば宿代は要らんだろう。
好きに使え」
そして俺にその封筒を渡す。
「知っての通りオークに盗られてしまったからな……旅に馬車は出せん」
申し訳なさそうな義父さん。
「馬車も要りませんよ。
私は魔法使いですからどうにでもします。
まあ、一応できることとできない事ははありそうです。
でも、普通の人よりは早く移動はできるので、義父さんに少し待っていてもらいましょうか」
「わかった、久々にオウルに行くのを楽しみにしておく」
白い歯を出し笑う義父さんであった。
読んでいただきありがとうございます。




