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第三話 前世という存在 その二

「何してるんですか?」

 テーブルの上で、ゴリゴリと何か作業をしているヘリアさん。


「ん? ああ、これね」

 薬研ですりつぶしていたのは砕いた魔石だった。


「冬蝉を加工して魔法インクに使おうと思って」

 体長二十センチと巨大な冬蝉は、魔木の根に口吻こうふんを差込み樹液を吸って成長する。そのため腹腔ふくこうに高純度の魔石が出来るのだ。


 同じように世界樹の樹液が固まった魔石と比べると、加工に容易なため広く使われていた。

 その用途は薬や魔法インクなどといった液状が多い。


 魔法インクとはエルフ社会で広範囲に使われありふれたものだ。

 世界樹に出来た木の虫こぶから抽出液を取り出し、これに魔石を粉末にした物を加えたインクで、魔力を込めながら使うと簡単な精霊魔法を起こせた。


 カーラがオルネ皇国の皇王グレアムに出した手紙のように、念を込めたり一定時間を持って消去したりと簡単ながらも便利である。


「ふーん」

 しばらく眺めていたアレスであったが、やがて「おおっ!」と声を上げた。


「ねえねえ? ヘリアさん」

 そう言ってヘリアに相談を持ちかけたのだ。




        ※※※



 雪はまだ残っているが、街道を作る準備は進んでいる。

 ほぼ人力に頼るしかないこの世界では、驚くほど人手が必要だった。


「凄い人数ですね」

「ええ、かなり人気ですから」

 ロイヤルドさんが言うように、屈強な男たちだけではなく女性まで溢れている。

 周辺からローズウッドに集められた人足は貴重な現金収入になると応募が多かったからである。


 王都と比べて辺境の物価はかなり安く、賃金にすれば半分くらいだろうか。

 ロタを基準にすれば、日雇いの人足で日給が五~七銀貨グラン

 今回の工事では、人足で日給こそ六銀貨グラン。でもそこに一食が付くと考えれば田舎ではかなりの高給だろう。


 女性は賄いと軽作業になるけど、朝が遅く帰りが早いパートタイマーにしてある。それでも四銀貨グラン払うのだからこの近所の主婦はみんな来ているんじゃないかな。


 マジで人気になるわけだ。


 今回は約四百人が集まり一日金貨二十三枚ほどかかるが、精霊石で稼いだ金貨はまだまだ充分あるから、これ以降も延べ人数を増やす予定であった。


「おい! 力を合わせろよ!」

 農家の男衆が切り株を起こす。誰もが笑顔であった。昼の支度だろうか? どこからか良い匂いがしてきた。

 さっそくイネスは鍋の周りを囲んでいた。


 本日は伐採と広場の整地を行う。

 門番の詰め所と荷馬車が停車するために、かなりの範囲を切り開かないといけない。


「こりゃ、苦労しそうだ」

 ローズウッドから街道を引くとして、起点になるここは工事に取って難所だった。

 起伏が多い上に岩が多く、その下は粘土質で水はけの難がある。

 工事の手も遅れがちだろう。


「はいはい、どいてどいて」

 そこはアレスの出番だった。


 エルフが作った魔法紙──特殊な紙で表面に魔石の粉末を塗っている──を懐から取り出すと等間隔に地面に貼り付けて行く。


「なにそれ?」

 カーラが気になったのか手に取って眺めている。よく見ると何かが書いてあった。

「ん? 変な模様ね」

「くふふ、よく見ておくがよい」」

 イネスがアレスと目配せして笑う。


「よっしゃ! 行きますか。それっ! どーん!」

 アレスの目の前の空間が揺れる。


「精霊!? 魔法?」

 揺れる空間から地面に置いた紙に流れる魔力。

 岩に置かれた文字は『粉砕』と書かれ、粘土質には『砂漠化』と書かれている。


 これが苦労して編み出した効果範囲二メートルの精霊魔法だった。

 日本語で精霊魔法を唱えた場合、アレスの魔力を勝手に引き出して暴走してしまう。

 これに困って相談したところ、ヘリアが良い知恵を貸してくれた。


 魔法インクで魔法陣を描く。エルフではごく普通に使われる魔法の存在だ。これを『日本語で』アレスが試したところ、魔石の分量に従い効果が変わったのだ。具体的には魔石の粉末を全体に塗った魔法紙に書き込むと、流れる魔力の調節が効いたのだ。


 そこで色々試して、一〇センチ四方の紙で半径一メートルであることが判明した。

 後は使う文字は漢字の相性が良いとなり、いくつかバリエーションを試して今回の試みとなった。


 書かれた文字はアレスがイメージしやすければ何でも良い。

『砂漠化』などはそれこそ雑草まで砂に変わるのだから、魔法におけるイメージとは凄まじいものだ。


「おぉおおおおおおお!!!」

 喚声があがった。

 一瞬で荒地は砂地に変わり、岩は砕石になったのだ。


 ここにコンクリートを流し込めば立派な道となるだろう。

 ここには前世知識が役に立った。


 ローズウッドには西側に石灰岩の地層がある。火山灰と消石灰と砂を混ぜるローマン・セメントがそれである。

 もっとも詳しく知っているわけでは無くおぼろげなネット知識なのだが、薬師のリーヴがそれを補った。


「それっ! みんな行くぞ!」

 一斉にトンボを使って流し込んだコンクリートをならしていく。量的に全面舗装は無理としても画期的な手法の工事であった。

 ここにも「道は舗装されるのが当たり前」というアレスの常識が働いているのだ。




        ※※※




「むむっ、アレス様」

 魔法の練習を終えて着替えようとしていたらローザに捕まった。

「ろ、ローザ? 大丈夫だから、ちょっ! 一人で着替えれるって!」


 逃げ出そうとした僕に抱きつくと「なにを言ってるんですか」などと嬉しそうに世話をやいてくる。

 どうも精霊酔いになって以来、ベタベタとしてくることが多い。いやべつに嫌じゃないんだけど。


 ただ……。妙に恥かしいのだ。

「あっ! たたたた! 当たってるって!」

 鼻息も荒く僕の首筋の匂いを嗅ぎながら、まるで「当ててんのよ」と言わんばかりにグイッと押し付けてくる。そして上目使いで僕と目を合わせると口角を上げた。


 これがほぼ毎日、いや毎時の日課だ。

 ただし、性的な接触になると「っ!」と呻き、とたんにハッと逃げ出すように離れる。

 例えば着せ替え中に下半身に触れたときなどだ。自分から手を伸ばしたのにビックリするんだ。

 そしてクルリと後ろを向いたローザのうなじは真っ赤で「うぅぅぅぅ、危険……危ない……我慢我慢するのよ」と全くの意味不明の行動をとった。


「ろ、ローザ?」

 ホント別人のようで、どう言うのかな?

 可愛い生き物? みたいなんだ。

 いや……何となく理解しているんだけどね。

 たぶんローザは僕の事を性的に意識している。

 ああ、発情期ってこうなんだと思った。


 カーラによれば僕の魔力の影響でこうなったらしい。

 対処法は妊娠なのだが、第二次性徴もおきていない僕には不可能だ。

 かといって、他の男を宛がうのもな……。


 昨晩のことだ。

「ローザもそろそろつがいを探す時期かしら?」とカーラがからかうと。

「ふふふふ……。何を言ってるんですカーラ様? 私がアレス様以外になびくとでも? それとも、もしかして番とは……あの汚らしいエルフたちの事でしょうか? でしたら害をなす前に消毒しないと……くくくっ」

 ブツブツ呟いたかと思うと、すべてが凍るような冷気があたりに立ち込めた。


 慌てて「じょ、冗談よ! ろっ! ローザ落ち着いて!」

 からかった本人がびびってしまうほど恐ろしい状況になるのだ。

「それにしても、ちょっとの気分で精霊魔法を使わないで頂戴! いまのなんて、上級はあったわよ!」


「そうですか、冗談でよかったですね……ふふふふふ」

 笑顔のローザも怖いが、氷結零波デスブリザード・アルレインとは何か気になる……。


「でも無詠唱で氷結零波デスブリザード・アルレインって! そんなに魔力を使って身体は何でもないの?」


 冗談でよかった。僕自身、ローザに誰か相手が出来るのは嫌だからだ。

 なんとか出来ないだろうか? 

 早くカーラが言うように、こぼれる魔力を抑えることが出来れば元に戻るのだろうか?


 そして、エルフの中でも魔力量が多いローザにまで、影響を及ぼす魔力量とはどのくらいあるのだろうか。 それも気になる……。

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