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第三十七話 黒くうごめくモノの存在

 闇の衣をまとったドヴォルグは影から影へと伝い歩く。


「止まれ」と小声でミゼットに指示を出し、館に続く石垣の入り口を丹念に調べた。

「やっぱりだ。人避けのまじないを使ってやがる」

「まじない?」

「ああ、うっかり通ると、途端に誰かが飛んで来る警報だ」

 同じように探してみると何ヶ所かに細工がしてあった。丁寧に触れぬように通り過ぎ斜面を上がって行く。


 ドヴォルグはアタリを付けていた。エルフの事だからお宝を隠してあるところには、まじないの一つもあるだろう。

 だから館の中で一番精霊の多いところを探せば良いと。


 奇しくも館の中で一番精霊が多いのはアレスの部屋であった。


        ※※※


 ドヴォルグが石垣を越えたころアレスは食事を終えて部屋に戻った。


 イネスはカーラと露天風呂に行き、ヘリアは出かけたのか姿は見えない。

 食事を終えたルオーも仲間のところへ行くとかで今夜は帰らないそうだ。


「暇だな」

 侍女も早めに下がらせてしまったから結局一人になってしまった。

 寝るまで時間もあることだし「何をしようか」と思っていると

 妙な気配を感じた。


 あれ、精霊が騒いでいる? いや、違う。何か変だな。イネスが一緒に住むようになってから、館には精霊が溢れるようになった。実際にはアレスがより精霊を感じられる様になっていたのだがそれには気づいていない。


「逃げてる? いや、ここに集まってるのか?」

 どんどんとアレスの部屋へと、たくさんの精霊が押し寄せてくる。

 なんだなんだ! えええぇ! 何がおきてるの!?


 精霊を押し出すように、突然黒い霧が現れた。


「──チッ、はずれか」

 アレスの部屋に突然現れたドヴォルグが舌を鳴らした。霧は徐々に薄くなり姿を現すドヴォルグとミゼット。

 小柄だが肉の塊に覆われたドヴォルグはアレスを見ると笑みを浮かべる。


「おい! 小僧、ちょうど良い」

 そう言って腰からナイフを出してアレスに突きつけた。

「だ、誰です!?」


 強盗か暗殺者? まずいな今はここは手薄だ。

 とっさに現在の館に残っている顔ぶれを思い浮かべ、戦力と考えるのをあきらめた。


 鈍く光るナイフをアレスに突きつけ「これがなんだか分かるな。こんな物あんまり使いたくはねーが、勘弁しろよな。なにお宝のありかを教えてくれたら悪いようにはしねー」と口角をあげる。


「は、はい」

 お宝? 良かった。強盗か。問答無用で使わないことを見ると、ナイフは脅しなのか?

 とりあえずの抵抗は止めよう。ここで騒げば誰かが気が付いて来るかもしれないが、侍女たちでは危険すぎる。


「ああん、アンタ。可愛い子じゃないか? 酷いことは止めておくれよ」

 アレスの姿を見たミゼットが口を挟んだ。

「おうよ! 分かってら。なぁ? 坊主、おじちゃんにちょっくら教えてくれねーか?」


 悪人顔から、妙な猫なで声を出してアレスに聞くドヴォルグ。なんとなく二人からは身の危険を感じなかったので「なにをですか?」と、いう事を聞く。


「へへへ、ここに届いた金貨があるだろう? 俺たちゃ、それを頂きにきたのさ」

 なるほど金貨の噂でも聞いて来たのか。あれだけの騎士で運べば噂になっても仕方がない。


「まずは、縛らせて貰おうか。なに、痛いことはねぇ、ちょっとだけ不自由なだけだ」

 無抵抗で応じた。


「ピネアッサ・ノスティメントキッジュ・エン・シィドォ(闇の眷属の鎖)」

 うへぇっ! 精霊魔法? 呪文を使うのか結構長いもんだな。聞いたことない呪文だし、ん!? 黒い霧が身体を拘束する──って! 闇精霊か? おい! 闇精霊! 俺の身体で遊ぶな!


「よし、これで逃げれねー」

 いやいや、これって闇精霊だろ? くすぐったいだけで何の拘束もされてないよ、だいたいこいつら、夜になると俺の身体でよく遊ぶんだから、それも毎日さ。


「さて、命が惜しかったら案内してもらおうか」


        ※※※


 静まり返った館を進む。アレスの歩みを先回りするかのように壁のランプが火を灯す。


「ほぅ、さすがエルフの館だ」

 自動で火が灯り、明るくなる廊下に感心するドヴォルグ。


 もしかして魔道具だと思っているのかな。

 イネスによって躾けられた火の精霊は燃えるものが大好きなのだ。悪戯好きだから燃やして良い油を見つけると一目散に飛んでいく。

 そう言えば、最近油の消費が多いと侍女さんが愚痴をこぼしていたっけ。


「ね。ねえ、坊や? 本当にこの先に金貨があるのかい?」

「はい、運ばれた荷物は全部入れてますから」


 そんなどうでも良い事を考えていたら倉庫に着いた。ここは本来は保存食や武器を入れるところで頑丈に石壁で作ってある。 火事にも強いし外部から破るのもかなり困難な場所なのだ。


「守りのまじないがかけられているな」

 ちょっとだけ感心する。僕は精霊を見分けられても効果までは分からない。けっこうこの人って凄いのかも。


 鍵は掛かっていない。盗る人などこの館には存在しないからだ。

 村人に金貨の山を見せても「すごい一杯だね」と驚いていたが、欲しそうな顔を見せなかったくらいだ。


 欲が無いのだ。この村は。


 ひとしきり調べて安心したのか扉を開けた。

 中は薄暗く奥の方が見えない。

 あれ?

 変だな。

 明かりが点かないなんて。


「くくっ、とうとうやったぜ! これで俺たちも大金持ち──っ!」

 金貨を入れた箱が並ぶなか、奇妙なものを見つけた二人が身構えた。

「な、なに! あれ──?」

 行く手を遮るモノに二人は恐怖の色を浮かべ、ミゼットがドヴォルグにしがみ付いた。


 黒い塊が奥のほうでうごめいている。


「ふっふっふっ」

 地の底から響くような声が聞こえた。


「な、なんなのよ!」

「くそっ、悪霊か!」


 身体からはボタボタと何か液体のようなモノを落としながら、ずるずるとゆっくり近付いて来る。


 少しずつ這うように近付きながら顔を上げた。

 髪の毛は濡れて垂れ下がって顔の大半を覆い隠している。

 その奥から覗く目は────。


 ────赤い。


 悪霊に見える正体はカーラだ。


「ひっ、ひぃ────ッ!」

 口角をくいっと上げながら赤く光る目で「だ・・・・・・れ・・・・・・かしら? ・・・・・・楽しい。わが・・・・・・やを、くひっ!」と喉を鳴らした。


 ぶるぶると震える二人の後ろから、いくつもの黒い手が伸びる。僕の身体に巻きついて遊んでいた闇精霊も新たな獲物に襲い掛かる。

 あああ、くすぐったかったわ。


 グイッ


「あ、あああ、ひぃいいいいいい!」

「ぎゃぁあああああ、や、やめてぇ!」

 巻きつく黒い手を相手に、ドヴォルグは必死になってナイフを振るう。


「くそっ! くそっ!」

 ジュッと溶けたナイフを捨てて、闇魔法の呪文を唱えた。


「ピネアッサ・ノスティメント(闇の眷属よ)! おいっ! なんで、いう事を聞かない! ぐわぁああああ!!!」


 ムダムダ。こうなったら止められないから。

 後ろからイネスが精霊に命令してるんだよ。


「あわわわわわ」

 女は口から泡を吹いて、半ば意識を失っている。股間からはこんなところで出してはいけない液体を撒き散らしながらだ。


 四方八方から襲い掛かる黒い手は容赦なく二人を締め上げて行った。


「カーラ。やりすぎ」

 僕はため息をつくと裸のカーラに向かって「湯冷めするよ」と声をかけた。




        ※※※


 僕らの前には意識を失った強盗が転がっている。

「どうするのこれ?」

 あられもない姿で縛り上げられた二人。色々と汚れているのでこのままじゃ運べないよね?


「ふむ、ドワーフの血が入っているようだな」

 ノリノリで闇精霊に指示を出していたイネスが言った。

「そうか、ドワーフだから精霊魔法が使えたのか」

 呪文を思い出して、聞いた事が無かったのはドワーフだからかと納得したわ。


 エルフとドワーフって、元々の言葉が違うのかも知れない。


「まぁ、汚れは・・・・・・。ローザが帰ってきたら考えましょ」

 どうやら面倒くさい事は全部ローザに丸投げするみたいだ。



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