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#092 「それだけは勘弁してくれ……」

 知的生命体が宇宙に進出して幾星霜。限りなく広い宇宙空間に進出してなお、俺達は争いあっていた。

 数多の宇宙帝国が銀河に覇を唱え、恒星と恒星との間を繋ぐハイパーレーンネットワークを介し、恒星系の支配権を巡って熾烈な陣取り合戦が行われている。

 争いとは何か? と言えばその本質は様々だろう。種と種の行く末を賭けた生存闘争であったり、信教やイデオロギーの違いによる精神的な闘争であったり、経済圏や利権を確保するための経済的な闘争であったりと、闘争が起こる理由も、その方法も千差万別だ。

 そう、闘争の方法というのは直接的な暴力のやり取りに限るものではない。例えば敵の経済や思想を攻撃し、破綻させるというのも闘争の手段の一つである。それはつまり、敵の補給や団結、士気を破壊するということだ。そうすれば直接戦うまでもなく、敵は瓦解する。


「そういう感じにスマートに奴らをとっちめるのが良いと思うんだが、どう思う?」

「だんにゃが直接ぶんにゃぐったほうが早いと思うにゃ」

「ボスは自分の強みを活かしたほうが良いんじゃないか」

「大将、人には向き不向きってのがあるだろう」

「オーケーオーケー、お前らが俺をどう思っているのかはよくわかった」


 女子会ならぬ男子会で純血人類同盟をけじめを付けさせる方法について話していたんだが、これである。俺としても直接的に奴らの人員なり施設なりをゲリラ的に叩いて出血を強いるのが一番簡単で楽だとは思っているんだが、それは見ようによってはテロリズムなわけだ。だから正当性を確保しつつ――或いは俺達の仕業だと露見させず――奴らを叩き、弱体化する方法を話し合おうとしていたんだが、これだ。まったく嘆かわしい。俺はこんなに知的な男なのに。


「兄貴の言うことはむつかしくてよくわかんないけど、やられたからやり返すじゃだめなの?」


 一応男子ということで男子会に参加していたルカスがスナック菓子を摘みながら意外と鋭い意見を出してくる。


「無論、報復という名目は開戦事由としては至極正当なものだと思う。ただ、これだけで正面から殴り合いを始めると、どこに着地点を見出すのかって問題がな」

「どういうこと?」

「故郷を焼かれたから焼き返す。まぁそれは良いとして、いくつ焼く? 連中の村を一つ焼けば満足か? 二つか? それとも三つか? あるいは、その全てを焼き尽くすまで戦いを続けるのか? そして、焼かれた村で同じように生き残った奴らはどう考えると思う? 直接お前達の集落を焼いたわけじゃない奴らは、復讐という名目なら仕方がないと諦めると思うか?」

「う、うぅーん……諦めないかも。きっと向こうは向こうでやり返そうとするよね。いつまでたっても戦いが終わらなくなる?」


 ルカスが眉根を寄せて難しそうな顔をする。ちゃんとそこに思い至るルカスは利口だな。


「そういうことだな。俺としては純血人類同盟相手に泥沼の消耗戦は流石にしたくない」


 いくら相手が豆鉄砲しか持っていない弱兵とはいえ、戦えばこちらも少なからず消耗はする。相手のほうが勢力としての規模は大きいのだから、体力勝負に持ち込まれるのは避けたい。


「だが大将、こっちは何人も殺されているんだぞ」

「わかってる。だから落とし前は何らかの形でつけさせなきゃならん。俺だって被害を受けているわけなんだからな」


 いくら人死が日常的であるこのリボースⅢでも仲間の死は他人のそれよりも遥かに重い。やられっぱなしでは面目が立たないというのはそれはそうだろう。


「やり方に関してはちょっと色々考える。コルディア教会やタウリシアン、それにローデンティアンにとっても純血人類同盟は潜在的な脅威というか、敵だろうからな。トゥランが故もなく滅ぼされたという情報があれば、レイクサイドやその他の人類(ヒューマンレース)が主な住人となっている村も奴らに対して脅威を感じるだろう」


 烏合の衆も共通の敵が現れればある程度団結することはできるだろう。少なくとも個々で対応するよりはマシだ。


「……顔にゃしのだんにゃって見た目と行動の割にインテリだよにゃ」

「おいコラどういうことだ。俺はいつだって知的な男だろうが」

「大将、知的な男は山狼を素手で殴り殺したりしないんだよ」

「プレデターズや機械兵器を拳で粉砕したりもしないんだよ、ボス」

「あ、兄貴はいつもかっこいいと思うよ」


 ルカスがそう言って笑顔を見せてくれたが、完全に気を遣われているじゃないか、これは。クソ、納得がいかん。


 ☆★☆


「ということがあったのさ……」

「私はグレンさんはいつも思慮深くて立派だと思っていますよ」


 そう言って俺の腕にそっと自分の手を添え、エリーカが微笑む。エリーカはいつだって俺を全肯定してくれるよな。コルディア教会の戒律に引っかかる内容じゃなければ。


「う、うーん……グレンさんは暴力という選択肢を忌避しないだけで、確かに思慮深い……思慮深いですかねぇ……?」


 ライラはそう言いながら首を傾げている。なんでそこで首を傾げるんだよ。思慮深いし、いつだって合理的だろ。


「ま、まぁ、たまに判断がおかしい時もあるけど、概ね合理的かな……? とりあえずゲンコツで解決しようとするのは心臓に悪いよね」


 スピカもまたライラと同じように首を傾げている。皆がプレデターズだの自律型駆逐兵器だの山狼だのを危険視し過ぎているだけだ。上の戦場で跋扈してる危険なものってのは、あの程度のものじゃないんだぞ。


「寧ろグレンは慎重すぎる、もっとイケイケで行けば良い。みなごろし」


 ミューゼンよ。流石に皆殺しは俺でもどうかと思うんだ。俺がゲリラ戦に徹して昼夜問わずに純血人類同盟の拠点を攻撃すればそりゃ皆殺しに近いことはできるだろうが、疲れるし面倒だからそんなことはやりたくないぞ。


「皆殺しはどうかとフィアは思いますが……旦那様ならご自身の優位性を存分に活かせば、この件も簡単に片付けられるのではないでしょうか」


 フィアもエリーカと同じく大体において俺を肯定してくれるんだが、たまに技術マニアな面が何よりも優先されたりすることがあるんだよな。彼女がこう言うってことは、何か有用なテクノロジーに思い当たるものがあるのかね。一体なんだろうか?


「旦那様の得意分野ですよ」


 そう言ってフィアは自信満々に彼女の『策』とやらを開陳した。開陳したのだが。


「本末転倒だろう……」


 その内容を聞いた俺は思わずそう呟いてソファに深く身を沈めた。乗り気になれない。とても乗り気になれそうにない。モチベーションが湧いてこない。まったくのゼロだ。


「こ、こんなにやる気のないグレンさんは初めてですね……」

「フィアの提案は駄目だったみたいですね……?」

「駄目だ。絶対に嫌だ。何があってもそれだけは嫌だ」


 フィアの策というのは単純なものであった。周囲一帯の村々や勢力にグレン農場が高度な通信機を設置して回り、ホットラインを構築。純血人類同盟に関する情報をホットラインで共有しあって、いざという時には高機動車両を持つグレン農場の戦力――つまり俺を含む打撃部隊が現場に急行し、純血人類同盟の連中を牽制し、場合によっては直接的な手段で排除する。

 そうすることによってグレン農場の戦力を基幹とした対純血人類同盟防衛圏を構築し、奴らの勢力の伸長を阻む、と。

 当然、グレン農場から戦力を派遣するのもタダではない。しっかりと護衛料を取る。戦利品も俺達が過半を頂く。ゆくゆくは防衛圏内の村々や集落を傘下に組み込み、一大勢力を築き上げる、と。


「まずやることが傭兵稼業そのものじゃないか。俺はそれが嫌で嫌で嫌過ぎてわざわざリボースⅢに降りてきたんだぞ。それで綺麗な嫁さんを貰って、のんびりゆったりの第二の人生を送りたいんだ。勢力圏を拡大して一大勢力を築き上げるって、それはもう国興しじゃないか……」

「お気に召しませんか……?」

「それだけは勘弁してくれ……」


 フィアがしょんぼりしているが、それだけは本当に無理だからやめよう。

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― 新着の感想 ―
やってる事は国作りまんまなんだけどなぁ、 とりあえず都市国家みたいなのこさえて行く?
よーは、奴さんらは自分達の種族がアイデンティティなのだから、ナノボットみたいなのでガワだけでも別種族にイメチェン()させちゃえばいいんでは? 突然自分達が被差別民に堕ちるかもしれないとなれば、極端な社…
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