#090 「そぉい!」
一通りの対策を打ち終えたら、後は明日まで待機するだけだ。わざわざ調達に行かなくとも十分なだけの食料はあるし、わざわざ効率の落ちる夜間にやるべき作業もない。何より、俺以外は病み上がりだしな。それどころか、一人は少し前まで昏睡していた怪我人だ。
「クッソ痛ぇ……マジであいつら、今度会ったら鉛玉をぶちこんでやる……」
「気持ちはわかるが、ここでぶっ放すんじゃないぞ」
「そうだぞ。ぶっ殺すぞ」
「ここではぶっ放さないから殺すのは勘弁してくれ……ああクソ、いてぇ」
セリノだけでなく俺にも注意された若い男――テオが俺が用意してきた半自動小銃を抱えながら悪態を吐く。こいつは標準体型の人類――つまり足と腕が二本ずつで直立歩行する知的生命体――が使いやすいようにデザインされたもので、そこそこの威力と良好な命中精度を誇る品だ。メイドイングレン農場の製品で、コルディア教会の実行部隊が使っている銃と弾薬の互換性がある。
あちらの銃の方が軽くて先進的だが、こちらの銃の方が頑丈でコストが安い。まぁこの辺りは好みだよな。重い方が反動なんかを抑えやすいというメリットもあるし。
「しかしこんな良い銃なんて初めて触ったぜ。あんたのとこではこれでも二線級の銃なのか?」
「そうと言えるだろうな。俺や防衛の主力を担っているフォルミカン達は対人光学兵器を使っているし、偵察兵として働いてもらっているフェリーネ達は同じく対人光学兵器かコイルガンを使っている」
「マジかよ……こんなにピカピカの銃なのに。どこで手に入れてくるんだ? こういうのは」
「うちで造ってるぞ」
「造ってるのか!? 銃を!?」
「弾もだ」
「マジで!?」
テオが驚愕しながらも目を輝かせている。なんなんだこいつは? とセリノに視線を向けると、セリノは苦笑いを浮かべた。
「テオは酒造りよりも工作に興味があるんだ。醸造器の改良や修理なんかをしててな」
「ほう? お前、工作……それも銃に興味があるのか? ならうちに避難した後はそういう仕事をしてみるか? 鹵獲した銃のメンテナンスやレストア、それにそういった銃の製造をする仕事があるぞ」
「やる! 絶対やる! 良いのか!?」
「良いぞ。工房の人手は足りてないんだ。こき使ってやる」
「どんとこいだぜ! よっしゃぁ! 痛いけどやる気が出てきた!」
さっきまで痛みに呻いて悪態を吐くばかりだったテオが笑顔になる。まぁ、やる気があるのは良いことだな。未来に希望を持つのもな。
「おっと、偵察ドローンに感あり……なんだこりゃ?」
上空に飛ばして周辺を監視させていたドローンが警報を出したので確認をしてみると、見慣れない生物がトゥランへと接近しているのを発見した。
「どうしたんだ?」
「何か近づいてきている。四足歩行の動物で、お前達と同じくらいデカい。素早そうな見た目だが、ゆっくりと集落を包囲するように近づいてきている。数は三十を超えそうだな」
俺がそう言うとセリノ達は互いに顔を見合わせ。深刻そうな表情を浮かべた。
「……山狼だ。まずいな」
「いくら銃があってもたった四人で山狼を相手にするのは無謀だよ」
「奴らも梯子は登れないだろ。上に陣取ってしまえば大丈夫じゃないか?」
「あいつら、集会所の屋根くらいは簡単に駆け上がってくるぞ」
深刻そうな表情で議論をしているが、所詮は装甲も持たない獣だろう? と思ったが水は差さずに対処に専念するとしよう。
「グレンの大将、どうする? 立て篭もって助けを待つか?」
「まぁ、それでも良いが……別に駆除してしまって構わんのだろう?」
「それができるなら苦労はしない。闇の中を動き回る山狼を追い払うのは至難の業だぞ」
「問題ない」
やはり射線が取れるのは屋根の上に設置した監視塔だな。スルスルと梯子を登り、屋根の上に陣取る。そして偵察ドローンと情報をリンクすれば……相手の位置は筒抜けだ。
「大将、さっきも言ったが、奴らはこれくらいの高さは駆け上ってくるし、人間の手足なんて簡単に噛み千切る危険な奴らなんだ。いざとなれば壁も破って建物の中に入ってこようとする。危ないぞ」
「この集会所は補強してある。そう簡単に壁も屋根も破れん。何より、所詮は獣だ」
俺は背負っていたレーザーライフルを構え、闇の中で少しずつ距離を詰めてきている山狼とやらに照準を合わせた。確かに毛皮は分厚そうだし、火薬を使った実弾銃程度の威力では一撃で仕留めるのには運がいるかもしれんな。
だが、殺傷出力の対人光学兵器の前にそんなものは何の役にも立たん。そんなもので防げるなら誰もパーソナルシールドなんてものを戦場に持ち込まないんだよ。
「まず一匹」
対人レーザー兵器の殺傷出力照射を食らった山狼の頭部が一瞬だけ眩く発光し、弾け飛ぶ。殺傷出力の対人レーザー兵器による攻撃は、実弾銃による銃撃とは全く性質の異なる破壊効果を発揮する。簡単に言えば、被弾箇所で破壊的な爆発が起こるようなものだ。
被弾箇所には裂創、挫滅創を伴う爆創が発生し、凄まじい苦痛と衝撃が対象を蹂躙する。生身の人間、というか生物がまともに喰らえば一撃でショック死すら起こしかねない。
「お? 意外に賢いな。回避行動を取りながら急速接近を始めたぞ」
「感心してる場合じゃないぞ大将!?」
「ははは、なかなか素早いようだが最新の生体兵器の類に比べれば鈍い鈍い」
生物としては大したものなのかもしれんが、俺には止まって見えるな。文字通り光速で着弾する対人レーザー兵器をスピードで避けるのはほぼ無理だ。正確に照準さえできれば確実に当たるんだからな。
しかし、とは言え、だ。相手の数が多い。全周囲から来ているのも良くない。足もそこそこ速いので、肉薄してくる個体が出てくる。
「大将! 危ない!」
「ふんっ!」
「ぎゃいっ――!?」
大口を開けて飛びかかってきた山狼とやらを拳で殴り飛ばす。鼻っ柱に正確に叩き込んだ拳には柔らかい肉の奥にある骨を砕いた感触が確かにあった。
俺にぶん殴られた山狼が綺麗な弧を描いて宙を飛び、視界から消えてドシャリと重い音を響かせる。この高さからだと最悪死んだかもしれんな。別に構わんが。
「あー……なんか俺、邪魔そうだから下にいるな?」
「ああ、大丈夫だと思うが万一壁や扉が破られた時に備えて警戒しておけ」
敵集団との距離が近くなってきたので、レーザーライフルから大口径レーザーガンに持ち替えて次々と山狼を撃ち殺す。全長が短い分、至近距離での取り回しはこっちの方が楽なんだよな。
それと合成有刺線に引っかかって身動きが取れなくなってるのが何匹か居るな。やはり地上を移動するソフトターゲットにはアレだな。覿面に効く。
「ガルゥッ!」
「そぉい!」
「ギャワン!?」
俺に飛びかかり、アッパーカットで顎を打ち抜かれた山狼が血反吐を撒き散らしながら縦回転で飛んでいく。汚ぇなぁ。しかし頭が吹っ飛ばないだけプレデターズよりは頑丈か。きっと捕食者としてはコイツラの方が上位なんだろうな。もしかしたら、こいつらが居るからこの集落はプレデターズに襲われていないのかもしれん。
「アォーン!」
「キャンキャンキャン!」
残り数匹になった山狼が撤退していく。ほう、動物のくせに退くことを知っているのか。これは驚きだ。思ったよりも頭が良いのかもしれん。まぁ逃さんが。
再びレーザーライフルに武器を持ち替え、逃げる山狼の背中を撃つ。帰り際に合成有刺線に引っかかってるのもいるな。間抜けめ。
「ちっ、数匹逃げたか」
そもそも近づかずに射線の通らない場所から様子を見ている奴がいたんだよな。もしかしたら奴らのリーダーのような個体だったのかもしれん。追いかけることもできるが、それで離れている間にセリノ達が襲撃を受けたらただのアホだからな。逃げるなら追うまい。
その後、夜が明けて迎えが来るまで再度の襲撃は無かった。何故かセリノ達は俺に対してよそよそしい態度になっていたがな。別に動物を殴り殺したからってそんなに怖がることは無いと思うんだがな。




