#089 「この惑星はちょっと野蛮過ぎると思うぞ」
集会所に戻ると、倒れていた三人のうち一人が起き上がり、他の二人の様子を確認しているところだった。仲間の様子を確認していた男は俺の足音に気づき、警戒した様子を見せる。
「よぉ、お目覚めだな」
「あんた一体……何がどうなってる?」
男が警戒しながらも困惑した様子を見せる。気持ちはわかる。いきなり喚き散らさないだけ上等な反応と言えるだろう。純血人類同盟の連中にボコボコにされて意識を失い、気がついたら見慣れているはずの集会所が変わり果てた姿になっていて、仲間が二人自分と同じように眠っている。
見慣れない乗り物に、いきなり現れた顔の無い不審人物。しかもそいつは暴力の気配を漂わせているときている。普通は慌てるだろうな。こいつは肝が据わってると言えるだろう。
「説明してやる。とはいえ腹も減っているだろうし喉も乾いているだろう。飲み食いしながら聞け」
そう言って俺はズカズカと集会所の中へと入り、今日明日を過ごすための物資が入ったコンテナからレーションと水のボトルを取り出して男に差し出した。
男は面食らったようだったが、飢えと喉の乾きには勝てなかったようでそれらを受け取る。
「何も仕込んでないから安心しろ。何かするつもりならお前らが寝てる間にそうしてる」
「……そうだな。頂くとする」
「素直で結構だ。まず自己紹介をしよう。俺はグレン。隣に新しく農場を作った男だ。少し前にこの集落に医療物資の支援もした。その話は聞いているか?」
「ああ……そうか、あんたが顔無しのグレンか。確かに顔無しだ。そのグレンが何故トゥランにいる? 他の仲間はどこだ?」
「結論から言うと、お前を含めて生き残りは二十一人だけだ。ルカス達子供が五人、半死半生の大人が十六人。お前とそこの女は特に傷の状態が悪かったが、救急ナノマシンユニットを使って治した。もう一人寝てる男は他の連中の中で傷の程度が一番マシだった奴だ。ルカス達と他の連中は俺の農場に避難させた。どうやって? ってのは説明が面倒だから聞くな。うちには大量の物資や人員を移動させる手段があるんだ。それでも限度があるし、うちとこことを往復するのに時間がかかるから、回復の見込みがある奴と一番マシな状態の奴だけ残した。で、俺の仲間が明日迎えに来る。それまで俺達はここで過ごさなきゃならない。だからお前らの面倒を見るために俺が残った。俺は強いからな。大抵の連中からお前らを守れる。以上だ。何か質問があれば聞いてやりたいところだが、明るいうちに防備を整えたいから時間が惜しい。だから今は三つだけ質問に答えてやる」
男はもそもそとレーションを食いながら、静かに俺の言葉を聞いていた。そして俺の話を聞き終わった後、少しだけ考えてから口を開く。
「何故あんたは俺達を助ける? 助ける義理は無いんじゃないか?」
「アレックス達は知ってるな? やつには今、うちで酒造りをしてもらっている。お前達を見捨てると、奴が適当な仕事をするようになるかもしれん。それは困る。それに、俺の嫁さんはコルディア教会のシスターでな。お前達を見捨てたと知られたら俺は怒られるだろうし、失望もされるかもしれん。それは困る。逆に、助けると喜ばれるだろう?」
「よそ者や女の心象を良くするために助けたと?」
「端的に言えばそうなるな。俺にとってはこの程度のこと、苦労するうちにも入らんのさ。それで嫁さんにちやほやされるなら安いもんだ。今ので二つ目だからな?」
俺が念を押すと、男はしまったという顔をした。俺はとっとと作業に戻りたいんでな。巻きで行かせてもらうぞ。
「他の連中は避難させたって言うが、あんたは最終的に俺達をどうするつもりなんだ?」
「まだこれといって決めたわけじゃないが、望むならうちで働かせてやっても良い。ああ、勘違いするなよ。ろくに衣食住も与えずに使い潰そうとかそういう考えはないぞ。だからといって甘やかすつもりもないがな。他の連中と同じようにちゃんと働くならうちで引き取っても良いって話だ。馴染めないなら出ていってもらうし、気に入らないなら出ていけば良い。どうしてもこの集落を復興したいってなら好きにしろ」
「どうして……いや、わかった。俺は何をすれば良い?」
頭を切り替えたのか、それとも覚悟を決めたのか。男が意思を感じさせる視線を俺に向けてくる。悪くないな。腰抜けでは無さそうだ。
「そっちの女もじきに目を覚ますだろう。面倒を見てやれ。俺が言ったことも伝えておけ。何度も俺が説明するのは面倒だからな。俺はこの集会所の防備を整えるのに忙しい。ああ、この箱にメシと水は入ってる。服と医薬品もな。銃もあるから、使えるなら襲撃に備えて準備をしておけ。もし何かが襲ってきたりした時には、銃口の数は多ければ多いほど良い」
「本気か?」
本気か? というのは殆ど初対面の人間に銃を預けることに対しての問いかけだろう。
「そんな豆鉄砲じゃ俺は殺せんよ。ただ、余計なことは考えるなよ? 折角拾った命を無駄にはしたくないだろう。俺だって救急ナノマシンユニットが無駄になるのは御免だ。高いんだぞ、あれ」
そう言って肩を竦め、俺は集会所を後にした。まだまだバリケードとトラップの設置が終わっていないんだ。
☆★☆
防備を整え終わる頃には陽も傾き、廃墟となった集落が夕日で赤く染まり始めた。こういう光景を見ると惑星に降り立っているんだな、という実感が湧く。航宙コロニーでも時間の経過を視覚的に表すために夕日や朝日、それに夜を模した照明のコントロールがなされている場所もあったりするのだが、やはり本物と比べるとチープなものだったんだな。本物の夕日はもっと壮大なものだ。
何と言ってもスケールが違う。見渡す限りの世界が夕日に染まり、徐々に夜の帳が降りていくのだ。空は高く、果ては宇宙に広がっている。それに比べて精々数キロメートルから十数キロメートルほどの奥行きしか無い航宙コロニーのなんと狭苦しいことか。今、俺が航宙コロニーに出戻ったとして、以前と同じように閉塞感など気にせず過ごせるかどうか、正直自信がない。
まぁ、感慨に浸るのもここまでだな。女の方も目覚めたようだし、質問攻めにされる覚悟を決めていこう。
「よう、待たせたな。身体の調子はどうだ」
「不思議なくらい調子が良い。上の薬ってのは凄いな」
「結構な値段がするからな。代わりに腹が減るが。あと、俺みたいに義体化してると殆ど効果がないのも欠点だな」
「腹が減るのか?」
「いくら上の技術でも何の材料もなしで身体を修復するような都合の良いことはできんよ。簡単に言えば身体に蓄えられている栄養を使って傷を急速に治すんだ。その分腹が減るって寸法だな」
そう言いながらリバーストライクから車載の偵察ドローンを飛ばし、構成機で作っておいたスツールに腰を下ろす。木製の椅子は味があって良いんだがな。俺の体重だとたまにぶっ壊れるちゃちな作りがあるのが頂けない。その点、構成機で出力した合成素材製の椅子は安心だな。
「だから遠慮せずにメシは食っていいぞ。余裕を持って用意してあるからな」
「それは助かるが……ああ、そういえば名乗っていなかったな。俺はセリノだ。こっちはイサドラ」
「どうも……その、ありがとうございました」
「ああ。一応改めて名乗っておく。グレンだ。隣のグレン農場の農場主だが……お前は見た顔だな。医薬品の支援を頼みに来た時にいただろ?」
「ええ、いたわ。見てるだけだったけどね……ごめんなさい、契約、守れそうにないわ」
イサドラが溜息を吐き、俯く。
「ああ、その件だな。まぁ契約は契約だ。樽二十本の酒は収めてもらう。ただしこの集落は終わりだ。略奪で備蓄が根こそぎやられて、子供以外は半死半生。酒造設備も殆どが破壊されているようだし、再起は難しいだろう。もし再起を図るなら。入念な準備が要るだろう」
「そうだな……上に登って集落を見渡してみたが、あんたの言う通りだと思う」
「だから、まずは契約分の酒を俺の農場で作って収めてもらう。お前達全員で働いてどうにかしろ。仕事はやるし、衣食住も面倒を見てやる。契約を終えたら後は好きにしろ。トゥランを復興するってんならそうすれば良いし、出ていくって言うならそうすれば良い。そのままうちで働きたいって言うならそれはそれで考えてやる」
「それは……それでいいの? もっと手っ取り早い方法だって取れるでしょう?」
「手っ取り早い方法ねぇ……俺は上の人間なんでね、この惑星流のやり方ってのが苦手なんだよ。元傭兵の俺が言うのもなんだが、この惑星はちょっと野蛮過ぎると思うぞ」
多分手っ取り早い方法ってのはこいつらから生体臓器を抜いて売るだとか、こいつら自身を商品として――つまり奴隷として売り払うだとか、そういう方法なんだろうがな。この惑星上では当たり前に行われていることなのかもしれんが、上ではどっちも完全に違法だからな、それ。そういうことをやって摘発されたり、宙賊認定されたりする傭兵団も確かに居るには居たけども。
「それにうちの嫁さんはコルディア教会のシスターなんだ。お前は知ってるだろ」
「ああ、あの可愛らしいシスターさん。そういえば、お隣の農場にはコルディア教会の施設もあったっけ……他にもシスターさん達が居たわね」
「そうだな。だからそういうことだ。別に俺も生き急いでるわけでも、切羽詰まってるわけでもないんでな。のんびりゆったりお前達が成果を出すのを待ってやっても良い。裏切ったり甘えたことを抜かしたりするようなら、その時はその時で対応を考えるまでだ」
「そりゃ怖い」
セリノが口元を引き攣らせる。対応を考えると言っても俺が思いつくのは身一つで放り出すくらいだがな。流石に他の連中に危害を加えたり、賊と内通して引き入れるような真似をした場合は殺すが。
「あとまぁ、一応答え合わせとして聞いておくが……この惨状を作り出したのは純血人類同盟の連中だな?」
「ああ、そうだ。間違いない。奴らはそう名乗っていた。偉そうなやつの名前も覚えてる。ヴォルペと名乗っていた」
「ああ、まぁ思った通りだな。うちにも来てな。ちょっと脅してやったら尻尾を巻いて逃げ出したが。奴らが来たのが南東の、トゥランのある方向だったからアレックス達が心配したんだ。それで俺達が調査に来て、今の状況になっているというわけだ」
「そうか……うちに何かあったら、契約が果たされないかもしれないからだな?」
「そういうことだ。まぁ心配した通りになっていたわけだが……この落とし前は奴らにもつけてやらなきゃならんな」
結果的に俺の意思でトゥランの連中を助けることを決めたとはいえ、純血人類同盟のせいで要らん苦労を背負う羽目になったのは間違いないからな。その報いはいつか受けさせてやるとしよう。
問題はどうやって思い知らせてやるかだが……全面戦争となるとあまりに面倒だからな。何か嫌がらせの手を考える必要がある。さて、どうしたものか。




