#088 「俺だぞ? 何の問題もないさ」
「……これは駄目ですねぇ」
「駄目だよなぁ」
死体安置所から野戦病院にレベルアップした集会所の中を見て、ライラが諦観に満ちた呟きを漏らした。その呟きに俺も同意する。何が駄目って、子供達以外の大人が全員全治二週間以上の大怪我をしていることだろう。最低限の医療処置は済ませたが、ここから全員が動けるようになるまでには時間が掛かるし、適切な看護も必要だ。当然、その間食いつないでいくための物資もな。
適切な看護がなければ感染症に罹るなど、容態が悪化する可能性が高いし、怪我人もしっかりと適切な食事を取らなければ治るものも治らない。
で、大人達が倒れているということは、その看護をたった五人の子供達が全て行わなければならない。俺達がトゥランを見捨てた場合、そうなる。俺なら子供達も使えば一人でも面倒を見られるだろう。一週間程度なら飲まず食わずで動くことも可能だ。そうすれば大人達が動けるようになって、立て直せる……かもしれない。物資が潤沢にあれば。
「ミネラ、物資は残っていそうか?」
通信機を使って集落内を調査しているフォルミカンのミネラに聞いてみる。すると、すぐに返答が返ってきた。
『そうこにはほとんどなにものこってないねー。おうちのほうにはさがせばすこしはありそう?』
「つまり殆ど期待できないってことだな?」
『そうだねー。かきあつめてもみっかくらいしかもたないんじゃないかなー?』
全力で掻き集めて三日分か。それじゃあどうやっても駄目だな、これは。保護しないとこいつらは間違いなく全滅だ。
「了解。食料とかだけじゃなく、金目のものや武器弾薬なんかも可能な限り掻き集めておいてくれ。全部トゥランの連中に渡すつもりだから、懐に入れるなよ?」
『わかってるってばー。でも、はたらいたぶんのごほうびはほしいな?』
「わかったわかった。ライラ、農場に帰ったら酒でも甘いものでも出してやれ」
「はぁい。ちゃんと働いてくださいねぇ?」
『がってんしょうち! じゃあがんばるね!』
通信機の向こうから元気な声が響き、通信が切れた。フォルミカン達は嗅覚が鋭いからな。きっと隅々まで探して残った物資を掻き集めてくれることだろう。
「さて、問題はどう運ぶかだが……全員乗せるのは厳しいか」
「できないことはないと思いますけどねぇ。人一人が入るくらいの箱を作って、空荷の方の輸送車にみっちりと詰め込めばですけどぉ」
ライラが身振り手振りでその『箱』の形状を表現する。控えめに言ってそれはあれじゃないか。ほぼ棺みたいなものでは?
「もう少しこう、人道に配慮した形にしよう。狭苦しいことには変わりないが、こう、二段ベッドみたいな形にしてだな」
「三段は入りますよぉ。それなら左右に二つずつで一台で十二人運べますからぁ、二往復で全員運べますねぇ」
「……まぁ、仕方ないか。適当に廃屋なりそこらの木なりを構成機でバラして空荷の輸送型高機動車に詰め込もう。物資を積んでいる方の高機動車両からは今日明日で必要な物資を下ろして、出来たスペースに子供達を乗せていってくれ。今からじゃ二往復は間に合わんから、俺は怪我の程度がマシな連中と一緒にこっちに残って一晩を明かす。明日一番で護衛と一緒に迎えに来てくれ」
俺のリバーストライクならかっ飛ばせば一時間足らずでグレン農場に帰ることができるが、輸送型の高機動車両ではそうもいかない。今から諸々の準備をしてグレン農場に帰ったら、こっちに戻ってくる前に日が暮れるだろう。
流石に明かりもない不整地――それも賊やプレデターズ、自律型駆逐兵器やその他諸々の襲撃の可能性がある道を戻ってくるのはあまりにも危険だ。俺一人ならなんとでもなるが、ライラ達が夜間移動するのは流石にリスクが高すぎる。
「そうするしかありませんかねぇ……大丈夫ですかぁ?」
「俺だぞ? 何の問題もないさ」
医療物資と食料も運んできた分があれば一晩くらいなんてことはない。今から集会所を守るための仕込みをちゃんとしておけば、プレデターズや賊程度の襲撃はなんとでもできるだろう。流石に自律型駆逐兵器がとんでもない数の群れで襲ってきたら、怪我人を見捨てて逃げるしか無いかもしれんが。
☆★☆
「兄貴……」
「いや兄貴じゃないが……まぁいい。一足先に安全な場所に行ってろ、俺も明日には戻るからな。悪戯して回るんじゃないぞ」
心細そうな顔をしているルカスにそう言って送り出す。ルカスが乗る輸送型高機動車の二台には積み重ねられるようにしたストレッチャーに乗せられた重症の大人達が十二人も詰め込まれている。
マルシアを含めた他の子供達はもう一台の方の輸送型高機動車に乗っているから、トゥランに残るのは十五人の大人達のうち比較的軽症だった一人と、重症だったが救急ナノマシンユニットを投与したので程なく全快するであろう二人、それと俺の四人だけだ。
「だんなー、きをつけてねー?」
「お前らもな。ちゃんと警戒して守るんだぞ」
「もちのろんよー。じゃーねー」
「グレンさん、明日の朝には迎えに来ますからねぇ」
「ああ。油断せず気をつけてな」
ライラ達の乗った輸送型高機動車二台と、ミネラ達フォルミカンが乗った護衛用の高機動車両が車列を成してトゥランから離れていく。
「さて……やるか」
まだ日が落ちるまで少し時間がある。今日一晩過ごすだけの物資は十分にあるから、一晩凌ぐための準備をこれからしなければならない。構成機はある。武器もある。本当は対人センサーや爆発物も欲しかったんだがな。爆発物は俺の手持ちのプラズマグレネードが三つだけだ。まぁ、ここの防衛、それもたった一晩の防衛のために貴重なコンポーネント類を消費するわけにもいかない。リバーストライクの車載偵察ドローンがあるだけマシだな。
「まずは集会所の改装か。幸い、高さがあるから天井をぶち抜いて屋根に即席の監視塔もどきを作るのが良さそうだな。リバーストライクを乗り入れて、明かりも確保するか」
リバーストライクには動力として汎用のエネルギーセルが使われている。リバーストライクから配線を伸ばせば集会所の中を明るくするだけの光源を確保することも可能だ。配線や照明の素材は構成機で廃屋を解体すれば十分手に入るだろう。あとは集会所の窓や扉、壁を構成器で出力できる耐火性の合成素材で補強した方が良いな。ただの木材で作られているから、このままだと火をかけられたらすぐに焼け落ちてしまう。
「集会所の周りにバリケードも作るか。敢えて侵入しやすい場所を作ってプラズマグレネードを仕掛けるのも良いな」
何にせよまずはリバーストライクを集会所に入れて、照明の確保だな。偵察ドローンを待機させておいて、作業中に怪我人が目覚めたらわかるようにもしておこう。さて、忙しくなるぞ。
☆★☆
作業そのものは順調だ。集会所の周りの廃屋を容赦なく解体し、回収した資材を使って集会所を防衛拠点へと改装していく。天井をぶち抜き、屋根に監視塔もどきを作って梯子でアクセスできるようにした。これで遠くまで見渡せる。俺の視覚センサーは暗闇にも熱光学迷彩にも対応しているので、賊やプレデターズ、自律型駆逐兵器であれば夜間であろうと容易に捕捉できる。今晩はここで夜を過ごすことになるだろう。
次は集会所の外壁補強だ。こちらは構成機で収集した元素素材を基に合成出力した耐火プレートを構成機で貼り付けていく。対人レーザーによる破壊や大口径の実弾、爆発物などを完全に防げるほどではないが、木材剥き出しのままよりはだいぶマシな防御性能になる。少なくとも、原始的な火矢や液体燃料を用いた焼夷手投げ弾――というか火炎瓶程度では容易に焼け落ちるようなことはなくなるだろう。
それが終わったら次は集会所の周囲に足止めのバリケードを張り巡らせていく。合成素材製の有刺線バリケードだ。パワーアーマーや装甲車両相手には殆ど無力だが、通常の歩兵や装甲を持たない人類と同程度の大きさまでの生物兵器にはこれが足止めとして滅法効くのだ。相手が構成器を装備した工兵を擁していると速攻で排除されてしまうのが難点なんだがな。
と、集会所を中心とした防衛陣地の構築に勤しんでいると、集会所内に配置してあった偵察ドローンからアラートが鳴った。どうやらダウンしていた生存者のうち、誰かが目覚めたらしい。
「どれ、中途半端な状態だが様子を見に行くか」
バリケードの敷設を終えたらトラップも仕掛けたいんだがな。いくらか有機系の化学物質も収集できたから、即席爆薬を設置できそうなんだよ。ああ、忙しい忙しい。




