#087 「やるだけやってみるか」
ぷっぷー、とクラクションを何度か鳴らしながらゆっくりと集落――確かトゥランという名前だったはずだ――に近づいてく。ゆっくりと、と言ってもアクセル全開に比べればという話で、実際にはそこそこの速度だが。
何故クラクションを鳴らしたか? と言えば集落の警戒を少しでも緩和するためだ。普通、集落を襲おうとするような奴は一人で来ないし、わざわざ自分の存在を知らせるような真似はしない。囮か何かと思われる可能性もなくはないが、それでも普通は危険過ぎるからやらないそうだ。ライラ曰く、だが。
「こりゃ酷いことになってそうだな」
俺の嗅覚センサーが死臭を検知している。人に限らず大抵の有機生命体は死ぬと特有の臭いが出るものだ。肉や内臓の臭い、血の臭い、それらが焼けた臭い、腐り始めている臭い、そういったものをまとめて死臭と呼ぶ。戦場で嫌と言うほどに嗅ぎ慣れた臭いだ。
集落に入っても出迎えもない。とはいえ、生存者がどの建物に集まっているのかの目星はついている。車載の小型偵察ドローンでどの建物に出入りが多いのかを確認したからな。
集落内を進み、生存者が集まっていると思しき建物の前にリバーストライクで乗り付けた。俺ガリバーストライクから降り、医療物資の入ったバッグを背負ったところで数人の住人が建物から飛び出してくる。
「警戒するのはわかる。すぐに武器を下ろせば特別に許してやるから、今すぐに武器を下ろせ。で、中にいる事情がわかりそうな奴に伝えろ。隣のグレン農場から顔無しが来たってな」
俺がそう言うと、建物から飛び出してきてこちらに武器――実弾銃だ――を向けてきている住人達の間に動揺が広がった。どいつも見覚えがない。それもそうだろう。全員が年端もいかないガキばかりだからな。グレン農場との交渉でガキなんぞを連れてきたら足元を見られると思ったんだろう。
「つ、強がったって無駄だぞ! この距離なら外さないからな!」
「良いからとっとと話をしてこい。あと、とっとと銃口を下ろせ……殺すぞ」
俺の脅しに銃を構えたガキがビクリと体を震わせる。威勢だけは良いが、まだまだだな。
「早くいけ。ただ、急げよ。助かる命も助からなくなるかもしれんぞ」
「うっ……そこから動くなよっ!? みんな、銃を下ろせ! マルシア、グレン農場の顔無しが来たって大人に聞いてきてくれ」
「う、うん」
ガキ――いや、少年の言葉を受けて小型の拳銃を構えていた少女が建物へと駆けていく。やれやれだ。これで話の通じるやつが出てきてくれると良いんだが。
☆★☆
「怪我人はこれで全部か?」
「う、うん……じゃなくて、はい。グレンの兄貴」
俺に銃を向けていた威勢のよいクソガキ、もといルカスは、野戦病院というか半ば死体安置所じみた様相であったトゥランの集会所の惨状をどうにか収めた俺を兄貴と呼ぶようになっていた。お前のような舎弟を持った覚えはないんだが。
「最低限ではあるが、処置をしていたお陰でこいつらは助かった。よくやった」
「はい! あ、でも処置をしたのは俺じゃなくて、マルシア達ですけど」
「だとしてもだ。お前達はチームでこの難局を乗り越えて、仲間の命を救ったんだ。誇りに思っておけ」
「……はい!」
トゥランの内情は惨憺たる有様であった。銃床で殴られたような打撲や骨折、それに銃剣や刀剣による攻撃で負ったと思しき刺創や切創を負った患者が多かった。銃創が少なかったのは、銃で撃たれた奴は手の施しようもなく死亡したからだろうな。明らかに致命傷と思われるような傷を負った奴も同様に少なかった。やはり同じく処置をする前に死亡したからだろう。
重症だが、すぐには死なない程度の傷を負った連中しか生き残れなかったわけだな。そして、その類の傷の処置をするのは俺の得意分野だ。戦場で飽きるほど処置をしてきたからな。
あ? 医師免許? ねぇよんなもん。やらなきゃ仲間が死ぬから俺より詳しい奴のやり方を見様見真似してみたり、待機時間に医薬品の説明書を読んだり、動画やなんかのデータに目を通したりして覚えたんだ。医師免許なんて持ってたら傭兵じゃなくて医者やって食ってたわ。
とりあえず外傷なら患部をしっかり殺菌消毒して治療用ジェルを塗ったくっておけばなんとかなる。骨折も開放骨折とか粉砕骨折とかじゃない限り、骨を正しい位置に戻して固定してから治療法ジェルを塗ったくっておけばなんとかなる。内蔵損傷系は救急ナノマシンユニットをぶちこむしかない。また二本も使う羽目になった。こいつは補充が効かないからな……今度、上で取引する時に仕入れる必要があるか。そのためにもエネルに換金するための商品が要るんだが。
「もう少ししたら俺の仲間が来る。それまで休んでおけ」
「はい、兄貴」
ルカス達は俺の処置を手伝うために集落内を駆け回った。集落中から清潔な布やら何やらを掻き集め、井戸と集会所を何度も往復して水を運び込み、どこもかしこも血塗れだった集会所をきれいに掃除した。ルカス以外は俺がリバーストライクに積んできたブロック状の高エネルギーレーションを食って一所に固まって泥のように眠っている。ルカスもそのすぐ近くに腰を下ろしてもそもそとブロック状のレーションを齧り始めた。
「……さて、どうしたものか」
生存者は全部で二十一名。ルカスやマルシアを含めた子供達が六名に、大人が十五名。大人達の意識が戻っていないから詳しい話は何も聞けていないが、ルカス達が言うにはこれをやったのは純血人類同盟の連中らしい。子供達は奴らが近づいてきた時にすぐさま隠し倉庫に避難したから難を逃れたそうだ。
ルカス達が隠し倉庫に入ってからしばらくして銃声や悲鳴が聞こえ始め、物音が完全に収まってから外に出たら惨状が広がっていたらしい。まぁ、ルカス達は直接騒動を目撃したわけじゃないから絶対に間違いないとは言えないが、状況的には真っ黒だな。
「この調子だとどれだけ物資も残っているものか……頭が痛くなりそうだ」
正直、俺がこの集落を支援する義理はない。この集落が襲われたところで助ける理由は何もない。トゥランはただの取引相手であって、グレン農場の庇護下にあるわけでもなければ、コルディア教会やタウリシアン達のように相互に何かしらの関係を結んだわけではないからな。アレックス達がうちの農場で働いているのも、以前の支援の対価でしかない。ただ、放置すると契約が果たされない可能性が高かったから確認に来ただけだ。それに、うちで酒造りを始めたアレックス達の士気に関わる。適当な仕事をされると困るからな。
だが、この集落はもう終わりだろう。物資がどれだけ残っていたとしても、この状況で賊なりプレデターズなりが襲ってきたらなす術もない。ルカス達だけでトゥランを守り切ることなど不可能だろうからな。
「うちで面倒を見るのもなぁ……」
この人数を養うことができるのか? と言えばそれはイエスだ。うちの敷地にはまだまだ余裕があるし、物資面でも問題はないだろう。だが、そうする旨味がうちにあるのか? と言うと多分それはノーだろう。作業用ボット達が昼夜関係なく働き続けているうちの農場では働き手は間に合っているからな。倒れている大人達の中に俺達が驚くような技術やコネを持っている連中がいないとも限らないが、期待はできないだろう。
だがなぁ。
「……ふぅ」
息を吐き、腕を組んだまま天井を見上げる。俺自身、ガキの頃に戦場で傭兵団に拾われて食わせてもらった身の上だ。なんだかんだ色々あったが、今もこうして生きている。俺を拾ってくれた傭兵団は既に無くなっているし、メンバーが今も生きているかどうかはわからんが、今、俺はここにいる。
「放置もできんか」
全てを救うなんてことはできはしない。できはしないが、手の届く範囲の人の命ならまぁ、なんとかなる。少なくとも、今の俺にはそうするだけの力がある。それに、これで放置して帰ったらエリーカにも怒られそうだしな。
遠くから鳴るぷぉーん、というクラクションの音を俺の聴覚センサーが拾った。どうやらライラ達が到着したらしい。
「やるだけやってみるか。どうにもならなかったら追い出せば良い」
とりあえず助けるが、甘い対応をするつもりもない。うちのやり方に馴染めないような連中なら、どこへなりと好きなところに行かせてやれば良い。トゥランに戻って集落を再建するというなら、それも良いだろう。
「よし」
決めてしまえば後はやるだけだ。この集落を放棄して撤収することを前提に動くとしよう。




