#086 「なんでもない。へいわがいちばん」
「いつもの旦那の調子だと叩き潰すのかと思ってたんだけど」
「にゃ。うちらは殺る気でいたのににゃ」
ミューゼンと一緒に農場へと戻ると、戦闘用の装備を身に着けたフォルミカンやフェリーネ達に取り囲まれた。というかフォルミカンはともかくとして、フェリーネの殺意が高いなオイ。
ちなみに純血人類同盟の連中との話し合いに指定した場所だが、あそこは防壁上に設置したタレットの射線が集中するキルゾーンのど真ん中だった。タレット本体は防壁の中に隠れていたら、奴らは気づいていなかっただろうがな。
「うちらの仲間はあいつらにだいぶやられたし、住んでた所から追われた奴も多いにゃ。純血人類同盟の連中は大嫌いにゃ」
「なるほどな。とにかく今はまだその時ではないから、本格的に事を構えるのはまだ先だな」
対空防衛網も防衛シールドも砲撃陣地も機動戦力も無いんじゃな。それなりの規模を持つ派閥と完全に敵対するのはちょっと早い。尤も、機動車両だけでなく駄獣に牽かせる荷車を運用しているような連中が航空戦力やまともな砲火力を保有しているかどうかはかなり怪しいが。原始的な曲射砲くらいは持ってるか? どうかな。
「グレンさん!」
戦闘要員達と話していると、教会施設に避難していたエリーカ達非戦闘員も駆けつけてきた。農場に戻ってくる時に警報を解除しておいたからな。
「ああ、エリーカ。とりあえず今回は穏便にお帰り頂いたぞ」
「良かったです。グレンさんに危ないことが無くて。ミューゼンもね」
「私はみなごろしでも良かった」
そう言ってミューゼンがシュシュっと腕と触手でシャドーボクシングを始める。お前一応友愛を是とするコルディア教会のシスターだろうが。元傭兵の俺がそこに突っ込むのもなんか変な話だが。
「ミューゼン?」
「なんでもない。へいわがいちばん」
いつもより一段トーンが低いシスティアの声にミューゼンが手の平を返した。今までの威勢が即座に行方不明である。
「六百年経っても人間ってあんまり変わんないなぁ……ボス、どうすんのあれ?」
「こっちから仕掛けるつもりは無いが、あっちが仕掛けてくるなら自衛する他無いな。そのためにも農場の防衛能力を今後も強化していくしかあるまい」
アイの質問にそう答えて肩を竦める。
場合によってはこちらから向こうの拠点を攻撃するようなオプションも必要になるかもしれんがな。放っておいてくれさえすればこちらから手を出す必要も無いんだが……ヴォルペとかいうあの男の様子を見る限り、そういうわけにもいかなそうなのが悩みどころだ。
「ボス……」
「ああ、心配なのはわかってる。念の為偵察に行くか」
ヴォルペ達は南東方面から現れたし、グレン農場の情報を収集してきたようでもあった。つまり、アレックス達の集落と接触している可能性が高い。アレックス達の集落は前に来て俺達にいなかったことにされた第一陣の純血人類同盟の連中から物資の徴発を受けており、にっちもさっちもいかなくなってグレン農場を頼ってきたという経緯がある。
もし、ヴォルペ達純血人類同盟の第二陣にも同じような扱いを受けていた場合、集落の物資状況が絶望的な状態になっていてもおかしくはない。それどころか、抵抗の末に蹂躙を受けている可能性すら考えられる。
「早い方が良いな。ライラ、食料と衣料、それに医薬品を積み込むのにどれくらいかかる? とりあえず一台分で良い。念の為もう一台は空荷で出す」
「えっとぉ、三十分もあれば大丈夫だと思いますよぉ」
「それじゃあすぐに始めてくれ。スピカも護衛の高機動車を一台用意してくれ。護衛に付ける人員は任せるが、スピカは農場に待機してここの守備を頼む」
「ということは旦那は?」
「俺は医療物資だけ積み込んでリバーストライクで先に出る」
物資を徴発されただけなら急がなくても大丈夫だろうが、もしそれを拒否して抵抗していた場合、既に手遅れに近い状態になっている可能性がある。一秒でも速く現地入りした方が良いだろう。
徴発が行われておらず、何事も無いならその時は後発の輸送隊の到着を待って接触すれば良いだけの話だしな。
☆★☆
医療物資が詰め込まれたバッグを積み込み、愛用のレーザーライフルを背負った俺はリバーストライクに飛び乗ってすぐにグレン農場を出た。目的の集落の位置は以前スピカ達が追跡した際に判明しており、そのデータの共有を受けた俺も問題なく向かうことができる。
「もう少しのんびりと外を出歩けないもんかね……」
前に農場の外に出たのもレイクサイドの救援のためだった。今回もまた同じような状況だ。いや、現地を確認しないと本当に同じような状況かどうかはわからんが。
ぼやきながらリバーストライクをかっ飛ばす。こいつは不整地でもかなりの速度が出る。尤も、普通の人間がアクセル全開で運転したら五分と経たずにクラッシュするだろうが。全身義体化して反応速度も常人よりずっと高い俺なら話は別だがな。
人の足で三日かかる距離を三十分少々で走破し、目的地周辺に到着した俺はリバーストライクに搭載されている小型の偵察ドローンを上空に飛ばした。
「ああ……クソが」
上空に飛ばしたドローンが明らかに荒れた集落の様子を捉える。人の姿もまばらで、建物のいくつかに火災のような痕跡も見て取れる。集落がつい最近何者かによる攻撃を受けたのは明らかだった。
「あの様子じゃ駄目そうだな……はぁ」
どう見ても俺達との契約を果たせそうな状況には見えない。純血人類同盟の連中め……いや、奴らの仕業とは限らんな。事情を聞くまでは奴らへの怒りは抑えておこう。
「こちらグレン。ライラ、聞こえるか?」
『はぁい、聞こえますよぉ。もう着いたんですかぁ?』
「ああ、集落が確認できる位置にな。これから接触するが、明らかに襲撃を受けた直後って様子だ。可能な限り急いでくれ」
『あらぁ……純血人類同盟の仕業ですかねぇ?』
「どうかな。その可能性が高いとは思ってるが。とにかく接触して事情を聞き、できることをやっておく。事故らないように慌てず急いでくれ」
『難しいことを言いますねぇ……でも、わかりましたぁ。ペースを上げるように言いますねぇ』
「頼んだ。通信終わり」
リバーストライクに積んでいる通信機を介した通信を終え、ドローンに帰還命令を出しながら再びアクセルを開く。本当にクソだな、この惑星の治安ってやつは。




