#076 「俺は皆に甘いつもりだが」
「これが解体できるのに動物の解体ができなかったのが不思議」
「えっ……? いや動物と降下ポッドは全然違うだろう。動物はほら、血とか内臓とかドバドバ出るし」
ミューゼンの発言に思わず解体の手を止めて振り返る。何を言い出すんだ、こいつは。
「そう変わらないと思う。毛皮が装甲で内臓や肉がよくわからないコードとか機械ってだけ」
「そうか……そう言われればそうなのか……?」
そういえば、ペトラに獲物の解体を習っていた時に上達が早いと言われたような気がする。もしかしたらこういった降下ポッドや大型の戦闘ボットを解体する際の経験が活きていたのだろうか?
「専用の工具というか、プラズマナイフが必要なのは違う部分だとは思いますけど……私もそういった工具を用意したほうが良いのでしょうか?」
「ああ、そうだな。俺の知り合いのドワーフの職人もプラズマカッターとか使ってたぞ。確かそういう工具も持ち込んでいた覚えがあるな。持ってこさせよう」
運搬作業用ボットに俺の持ち込んだ物資の中からプラズマカッターなどの航宙艦整備用工具を持ってくるように指示しておく。確かおっさんに整備用に必要だから買っていけって言われて押し付けられたんだよな。当然だが、タダではなくそれなりの値段で。
「フィアが航宙艦の技術について勉強して、ザブトンを整備できるようになったら渡そうと思ってたんだ。少し早くなるが、自律型駆逐兵器の解体にも使えるだろうから遠慮なく貰ってくれ」
「旦那様……ありがとうございます! 大事にします!」
そう言ってフィアが腰に抱きついてくる。普段の格好なら嬉しいんだが、全身を覆う可愛さの欠片もない作業用のジャンプスーツ姿だと嬉しさが半減だな……やっぱりもう少しまともな整備用の装備を調達してやるか。多分アイツの船になら整備員用の予備とかあるだろ。
「抱きついてくれるのは嬉しいが、もう少し薄い服の方が嬉しい。あと、今は解体中だから後でな」
「はい、旦那様……えへへ」
表情も何も見えないが、フィアは大変ご機嫌な感じだ。ここまで喜ばれるとこちらとしても悪い気はしないな。
「グレン、フィアに甘い。甘くない?」
「俺は皆に甘いつもりだが」
「私にも何かプレゼントを贈るべき」
そう言ってミューゼンが抱きついてきた上に触手まで絡めてくる。ええい、解体中だって言ってんだろ。邪魔だ邪魔。くそっ、引き剥がしても次々と絡まってきやがる。引き千切るわけにもいかないし抜けられん。
「わかった、わかった。何か考えておく。だから絡みつくのはやめろ」
「やった。約束」
「俺にセンスを期待するなよ。キラキラしたものとかお洒落なものとか全然わからんからな」
「グレンがくれるならその辺に落ちてる石ころでもいい」
そう言ってミューゼンが俺の顔をじっと見つめてくる。可愛いことを言ってくれるな。だがそう言われると逆にどんな物を渡したものかと悩むことになりそうだ。
で、勿論そうなると二人だけに渡すってわけにもいかない。エリーカとライラ、それにスピカの分も何か考えておかないとな。やれやれ。
「あー、とにかく解体を進めるぞ。装甲をざっくりと剥がしたらまず小型ジェネレーターを取り出す。こいつは動力源の補給無しでも複数の自律型駆逐兵器に長期間動力供給を行える優れものだ。使い途はいくらでもある」
この降下ポッドに組み込まれているシールドジェネレーターと合わせて戦闘車両を作るのも良いな。出力には大分余裕があるから、コイルガンではなく高威力の光学兵器を武装として搭載することも可能だろう。
或いは、非武装の大型輸送車両や輸送用航空機を作るという手もある。現状、農場で使用される動力には困っていないから、やはり外回りの活動を助ける何かに使うのが良いだろうな。
「次にこいつに使われているエネルギーキャパシターだ。ふむ、デカいが性能は高そうだな。ジェネレーターとエネルギーキャパシターを切り離してしまえばもうこいつが動く可能性は万に一つもない。完全に安全ってことになる。自律型駆逐兵器――まぁ戦闘ボットも同じだが。基本的にこの部分はどっちも共通だ。コストカットのためなのか自律型駆逐兵器はキャパシターだけ搭載しているみたいだから、あっちを解体する場合はまずはキャパシターを取り出せば良い」
フィアとミューゼンがプラズマナイフを使って解体され、取り出されるパーツを見ながら興味深そうな顔をしている。
最後にシールドジェネレーターを取り出したら解体そのものは殆ど終わりだ。あとは内部に格納されている自律型駆逐兵器のコアパーツ――エネルギーキャパシターや未使用のプロセッサー、自律型駆逐兵器の組み立て機構に使われているファブリケーターの部品なんかも回収していく。
「これがあればうちでも自律型駆逐兵器みたいなロボットを作れる?」
「作るだけなら作れるが、俺が持ってきたボットみたいな複雑な作業ができるようなのは難しいかもな。制御ソフトの関係で。まぁ、運搬作業だけとか掃除だけとかをするボットなら作れると思うが」
俺が持ち込んだ作業用ボットや戦闘ボットの制御プログラムには製造企業がコピープロテクトをかけているから、簡単にコピーとかそういうのは無理だ。一応汎用の制御プログラムはあるが、ミューゼンにも言ったようにある程度自己判断で複雑な作業をさせるっていうのは無理だな。
「旦那様、エネルギーキャパシターも大漁です。これは私達が作っているものよりも小さいですね」
「性能はどっこいどっこいってところか? 一応サンプルとしていくつかノーアトゥーンに送っておくか」
「はい、お祖父様達も喜ぶと思います」
自律型駆逐兵器を組み立てるファブリケーターもうちで使い途が無いようならノーアトゥーンに贈るのもアリだな。単に様々な部品やら何やらを作るならうちの作業場に設置している工作機械だけでも十分だし。
「これだけ小型でそこそこの性能のエネルギーキャパシターが確保できたなら、戦闘部隊にパーソナルシールドを配備するのもアリだな。戦闘時の安全性がグンと上がる」
「ぱーそなるしーるどって、グレンがたまに使うバリア?」
「そうだな。自律型駆逐兵器が使ってるコイルガン程度なら十発かそこらは耐えられるものが作れるだろう」
俺が持ち込んだデータアーカイブにパーソナルシールドの設計図も入っている。今使っているものよりも高度な生産設備が必要になるが、資材的には問題なく作れる筈だ。尤も、持ち込んだデータアーカイブに入っているパーソナルシールドの設計図は数世代は前のもので、俺の義体に搭載されているものに比べると二段どころか三段くらい性能が落ちるんだが。使用されている主な武器が火薬式の実弾銃だとか、低性能のコイルガン程度が相手なら十分な性能だろう。
「私も欲しい、パーソナルシールド」
「あん? 何に使うんだ?」
「パーソナルシールドがあればグレンみたいに敵に突っ込んでいって接近戦ができる」
そう言ってミューゼンがシャドーボクシングのようなものをしながら触手をうねらせる。
「そりゃできるだろうが……敢えて接近戦する必要あるか? 武器ならいくらでもあるぞ?」
「私、銃使うの苦手」
「使い方なら教えてやるが」
「苦手。あと直接殴ったり締め上げるほうが得意」
そう言うミューセンの触手がシャツ越しにピシピシと俺の二の腕を叩いてくる。別に痛くも痒くも無いがやめてくれ。シャツが破けたらどうするんだ。
「プレゼントくれるって言った」
「言ったけども……あまり無茶はするなよ?」
「うん。グレン大好き」
再びミューゼンが俺に絡みついてくる。わかった、わかったから絡みつくのをやめろ。というか触手で変なところを撫でるな。




