#075 「カチカチ。かっこいい」
そもそも自律型駆逐兵器とは何なのか? という話をしよう。
簡単に言えば、数百年前にこのリボース星系で三つの星間国家がバチバチとやり合っていた頃に投入された対惑星駆逐プラットフォームだ。その頃はこのリボースⅢでも三つの星間国家が激しい地上戦を繰り広げていて、その状況を打開するために投入されたものであるらしい。
紆余曲折の後、相争う三つの星間国家はリボース星系を緩衝星系として直接的な交戦を避ける道を選び、衛星軌道上に投入された自律駆逐プラットフォームも破壊された――筈なのだが、奴らは数百年にも及ぶ戦いで発生したデブリの中に機能を分散し、一種のネットワークとしての生存戦略を選択した。例の三国が気付かない間に一種の知性を獲得したらしい。
今更掃討しようにもリボースⅢの軌道上に存在するデブリは膨大。デブリの処理にかかる費用と各々が自国への影響を考えた結果、分散ネットワーク型機械知性と化した惑星駆逐プラットフォームは放置される事となった。
それが今日まで存続し、こうして自律機械兵器を搭載した降下ポッドを今もリボースⅢへと送り続けていると。
「とまぁ、俺が知る自律型駆逐兵器の情報ってのはこんなところだな」
「つまり、上の連中の勝手でうちらの命が脅かされまくってるってことにゃ?」
「そうとも言えるな。奴らに取っちゃ数百年前に終わった話で、自分達に被害があるわけでもないから興味もない話ってわけだ。被害を受けている当事者達にとっては胸糞の悪い話だろうがな」
解体した自律型駆逐兵器の降下ポッドを牽引するためのワイヤーを受け取りつつ、頷く。本当は制圧した降下ポッドをこの場でバラしてパーツにして運ぼうと思ったのだが、フィアがどうしても自分が解体したいと通信で主張してきたので、仕方なく機動車両を二台使って降下ポッドを農場まで牽引することにしたのだ。
え? 降下ポッドの制圧? 降下ポッド自体には自律型駆逐兵器の組み立て、修理、補給機能と通信機能くらいしか無いし、護衛の自律駆逐兵器は俺のレーザースナイパーライフルよりも射程の短い武装しか装備していなかった。つまり制圧自体は言った通り消化試合だったので、特に言うこともない。
ああいう通信機能を備えているタイプのポッドは真っ先に通信機能を壊してやればただの的だからな。通信機能を真っ先に潰さないと増援を呼ぶ場合があるから面倒なんだよな。
「ぼすもとうじしゃ? だよ?」
「俺にとっては高品質パーツのデリバリーでしかないからな。定期的に降ってきてくれると助かる」
希望としてはもう少し高品質というか、質を落とさず小型化されたエネルギーキャパシターなんかを搭載していると助かるんだが。ああいや待てよ? 今降ってきたばかりということは、最新ロットの可能性があるな? 前にうちにきた自律型駆逐兵器よりも高性能かもしれん。ちょっと楽しみになってきたな。
「やっぱボスは普通じゃにゃいにゃ」
「大丈夫だ、心配するな。そのうち俺抜きでもあの程度圧倒できるように鍛えてやるからな」
「よろこんでいいのかなぁ、それ」
強くなるのは嬉しいだろう? 喜んでいいぞ。しかしあの程度の自律型駆逐兵器――というか自律型戦闘ボットが脅威として認識されてるなら、うちで対抗できる戦力を育て上げて近隣の集落に有償で派遣するって商売もありかもしれんな。なんちゃって傭兵派遣業ってやつだ。
とはいえ今は自分の農場を守るのが精一杯だからな。あくまでもいずれ、の話だ。
☆★☆
「なんですかグレンさん!? その身体!?」
「おー……パンパン」
「……凄い筋肉モリモリですねぇ」
自律型駆逐兵器の降下ポッドを牽引するには機動車両二台では微妙に馬力が足りなかったので、仕方なく俺が後ろから降下ポッドを押してえっちらおっちらと運んできたのだが……俺の姿をひと目見た皆に驚愕の表情で迎えられた。
クソ重いポッドを押すために反物質コアの出力を戦闘出力にまで上げていたからな。今の俺の義体は特殊金属繊維で造られた筋肉が通常時より膨張している。つまりいつもよりムッキムキの身体になっている。シャツとかズボンとかもピチピチだし、ジャケットも前が閉まらない。
「ちょっと本気を出すとこうなるんだ」
「何か凄いですね……少し触ってみても良いですか?」
「構わんぞ」
エリーカが好奇心に目を輝かせながら俺の二の腕や胸、腹の辺りを触ってくる。おい、ミューゼン。無言で尻を撫でるな。ライラも太腿を触るのは良いがなんか手つきがいやらしいぞお前。
「触った感じはいつもとあまり変わりませんかね……?」
「カチカチ。かっこいい」
「んー……私はいつもの姿のほうが好みですねぇ」
ミューゼンは戦闘モードの俺の姿が気に入ったらしい。ライラはいつもの俺の方が好みか。エリーカの反応は……どっちなんだ、これは?
俺としてはなんとも言えないんだよな、これ。別に鍛えたわけでもなんでもなく、単に出力の向上で義体の筋肉繊維が膨張してるだけだし。ある意味偽筋肉だ。
「これやると服が伸びるからあんまり長時間やりたくはないんだよな……伸びた服もそのうち戻るけど」
そう言いつつ、反物質コアの出力を通常モードに下げる。すると、膨張してパンパンになっていた筋肉が徐々に通常の状態に戻っていった。ミューゼンが「おー?」とか言いながら触手で俺の二の腕を締め付けてくる。いや、通常モードでもそれくらいじゃビクともせんが。
「ほらほら、俺は今から降下ポッドをガレージに運び込んで解体するんだ。散った散った」
「あ、見学しても良いですか?」
「私も見たい」
「興味はありますねぇ」
「……まぁ、好きにしろ」
ここまで来れば機動車両を整備する時に使う反重力リフトもあるから、運ぶのも楽々だ。ふわりと少しだけ浮いた降下ポッドをゆっくりと押してガレージの中へと入れる。こりゃギリギリだったな。もう少しガレージを大型化するべきだろうか?
「待っていました、旦那様。お手数をおかけして申し訳ありません」
ガレージに入ると、日光対策なのか環境スーツのような頭のてっぺんから足の爪先まで全部すっぽりと着込むタイプの作業服に身を包んだフィアが俺達を出迎えた。どう見ても不審者にしか見えないな……もう少しマシな見た目の作業用スーツを調達するか、ガレージを完全遮光仕様にするかしてやるべきだな、これは。
「早速だが、解体を始めるぞ。こいつにそもそも攻撃能力はないし、機能も停止しているはずだが一応気をつけて作業に当たるぞ」
「グレンさんグレンさん。機能を停止って、どうやってやったんですか? これ、自律型駆逐兵器の親玉ですよね?」
作業に入ろうとすると、エリーカが俺のジャケットの裾をクイクイと引っ張りながらそう聞いてきた。作業をしながら説明するつもりだったんだが、先に説明しても良いか。
「構造分析をかけてこいつのメインプロセッサーを特定してからプラズマナイフで破壊したんだ。俺の目には医療用のスキャナーは無いが、構造分析用のスキャナーは搭載されているんでな」
これが初見の装甲兵器の類を破壊する時に役に立つんだ。生物は大体頭を潰せば死ぬから良いんだが、戦闘ボットやら何やらといった装甲兵器の類はメインプロセッサとかジェネレーターといった弱点を突かないと即座に機能を停止させられないからな。人型の戦闘ボットとか一見頭に見える場所はメインの光学センサーが配置されているだけで、メインプロセッサは腹部にあるとか背部にあるとかザラだからな。
「それじゃあ解体していくぞ」
「ちょちょちょ! ちょっと待ってください旦那様!」
プラズマナイフを使って早速装甲板を掻っ捌こうとしたところ、今度はフィアに止められた。
「あの、工具とかを使って解体するのでは……?」
「いや? そもそも工具を使って組み立てられてないと思うぞ、これ。大型の製作機械で作ってるだろうからな」
資材を元に三次元的に成形して造られているだろうからな。内部の各部ユニットはもう少しスマートに分解できるだろうが、装甲部分は無理矢理溶断でもして開かないとどうにもならない。
「大丈夫だ、構造解析はちゃんとしてある。綺麗に装甲を剥がすから安心しろ」
そう言って俺はプラズマナイフを降下ポッドに突き立てた。




