#073 「ぼすー……それはふつうよろこぶところじゃないよ?」
昼食を摂り終えた後、俺とライラはフィアを呼び止めてノーアトゥーン――彼女の故郷であるドワーフ達の地下集落に持っていく交易品について相談した。
「ノーアトゥーンに持っていく交易品ですか?」
「あぁ。一番良いのはノーアトゥーンに無い何かしらのテクノロジーなんだろうが、それも毎回用意できるってものでもないからな」
俺の言葉にフィアは「なるほど」と頷いてから暫し考える。
「この農場で生産されているお野菜やお肉は喜ばれると思います。ノーアトゥーンで栽培されている野菜の種類は限られていますし、私達は日中の活動に適していないので、狩りもあまりできませんから。その分、牧畜というか食用動物の飼育はしているんですけど」
「ほう? どんなものを飼育しているんだ? というか、ノーアトゥーンの人達はどんなものを食べているんだ?」
気になっていたけど聞く機会が無かったんだよな。まさか土や石を食べているわけではないだろうが、地下生活となるとどういうものを食べているのか気になる。
「栄養豊富なキノコと水耕栽培で育てているいくつかの野菜、それと比較的大型のげっ歯類ですね」
「げっ歯類……ネズミですかぁ」
「ネズミか……まさかローデンティアンじゃないよな?」
「いえいえいえ、流石に違いますよ」
俺の発言にフィアが苦笑いを浮かべながら否定する。それなら安心だが、ローデンティアン的にはアリなのかね? そういう動物を食うのは。
「他にはお酒なんかも喜ばれると思いますし、穀物は食料としてもお酒の材料としても喜ばれると思います。あとは旦那様が持ち込んだテクノロジー製品や純鉄などもですね」
「なるほど。食料か……肉ならある程度余裕があるよな?」
「そうですねぇ、フェリーネの皆さんが沢山狩ってきてくれるので、それなりの量を用意できると思いますよぉ。保管コンテナ、お借りしても良いですよね?」
「無論だ。上に何か生鮮食品持っていく時だけにしか使えないわけじゃないからな。どんどん使うと良い」
生鮮食品を高速かつ新鮮なまま運べるというのは他所には無いうちのキャラバンだけの強みにもなるだろう。使えるならどんどん使えば良いと思う。この程度の技術なら『すごく便利』くらいで済むだろうなからな。いくらなんでも殺してでも奪い取るってことにはならないだろう。
「それじゃあライラ、そういう方向で荷物を持っていってくれ。あと、先方と通信できるように通信コードを持っていってもらうのと、次回どんなものがあると良いのか聞いておくようにな。編成と荷物の詳細は任せる」
「はぁい」
「フィアも、何か持っていって欲しいものとかあるなら遠慮なくライラに言っておけよ」
「はい、旦那様。ありがとうございます」
フィアはそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。
きっとこの前の土産物として買ってきた航宙艦に関する知識の入ったデータチップのコピーとかを送るんだろうな。或いはうちの農場に来てから触れたテクノロジー製品の報告書みたいなものとか。止める必要は……まぁ、今の所は無いか? メインのデータベースにはアクセスできてないだろうし、今のところは事態を静観しよう。
☆★☆
さて、この惑星において滅びというものはどこからやってくるものなのか?
その答えは『どこからでも』であるらしい。どういう意味かというと、単純に地面を駆けてくる事もあれば、突然地面の下からこんにちはしてくることもある。海や川に面している場合は、そこから這い上がってくることもある。
そして、今回は空から――正確には衛星軌道上から来た。
「うん?」
突如鳴り響くアラート音。農場全体に響き渡るそれを聞きながら、俺はアラートの発生原因を調べる。すると、どうやら衛星軌道上から何かがこの農場近辺に向けて降下してきているらしいということがわかった。常時展開している偵察ドローン網が空の彼方に火球を確認し、自動警戒システムが脅威として認定したようだ。
「参ったな……」
対空迎撃兵器に関しては本格的な用意がまだない。目標が至近距離まで接近して来た場合にはレーザータレットやコイルガンタレットによる迎撃も可能ではあるが、もし落ちてきているアレが反応弾頭の類であったり高質量兵器であったりした場合、至近距離で迎撃を行ったとしても被害を免れなかったり、そもそも迎撃自体が失敗する恐れがある。
「ボス! 大変だにゃ! なんか降ってくるにゃ!」
どうしたものかと考えていると、俺が作業をしていた作業場に白黒の影が飛び込んできた。
「ああ、解ってる。非戦闘員は教会施設から地下シェルターに避難させろ。戦闘要員は防壁上に展開する。今アナウンスを流す」
「了解にゃ!」
そう言って白黒猫のアルシャが飛び込んできた勢いそのままで取って返していく。その間にも自動警戒システムが空の彼方からこちらへと落下してくる火球の落下軌道とその正体を分析し続けている。コースと速度を見る限り、どうやら直撃コースではないようだな。このままいけば北西側の少し離れた場所に落着しそうだ。それでも反応弾頭や高質量兵器であった場合はこの農場にも被害が及びそうな距離ではあるが。
『近辺に衛星軌道上より正体不明の物体が接近中。直撃コースでは無いが、何らかの軌道爆撃兵器であった場合、被害が予想される。非戦闘員は教会施設の地下シェルターに避難。戦闘要員は北側の防壁に集合だ。落着まで十五分ほどの猶予があるから、慌てず騒がず避難するように』
四方を囲む防壁の地下には耐爆仕様のシェルターがある。落着前に降下してきているものが軌道爆撃の類なのかそれ以外の何かなのかはわかるので、もし軌道爆撃の類なら戦闘要員もシェルターに逃げ込めば良いだろう。フィアがこの農場に来た時に各施設を地下道で結ぶついでに四方の防壁の地下にも耐爆シェルターを作っておいたんだ。やっぱり要るよな、耐爆シェルター。
あ? そんなんだから農場じゃなくて要塞とか言われるんだって? 知らんな。
何が降ってくるにせよ俺も装備を整えておく必要があるので、作業場から地下に降りて俺の装備を保管している倉庫へと移動する。いつも使っている大口径レーザースナイパーライフルと対装甲プラズマナイフ、他に各種グレネードを持ち出すことにする。これだけあれば歩兵で対抗できる戦力が相手であればなんとかなるはずだ。
対抗できない戦力? タイタン級の戦闘ボットが複数とかだとキツいな。あれ体高15メートルとかあるからな。単機ならカモなんだが、複数いたら流石に無理だ。圧倒的な質量差と火力差は如何ともし難い。
「ぼすー、ぜんいんそろってるよ」
「揃ってるにゃ」
装備を整え、地下道から耐爆シェルターを経由して北側の防壁に向かうと、そこには既にフォルミカンとフェリーネ達が勢揃いしていた。勢揃いと言っても、フェリーネに関しては狩人兼斥候役だけだが。フォルミカンに関してもスピカとその部下三名が南東の集落の連中を追跡しに行っているので、残りの六名だけだな。
「ご苦労さん。いつでも耐爆シェルターに駆け込めるようにしておけよ」
「りょうかーい」
「わかったにゃ」
ターゲットの落着まであと十分弱。自動警戒システムによる分析を待ちつつ、装備の点検をしておく。その間にフォルミカン達はどこからか取り出したブロック状の携帯食を齧ったりしている。
その様子を観察している俺に気づいたのか、フォルミカンの一人が自分が齧っているのと同じ携帯食をポーチから取り出し、俺に差し出してきた。
「ぼすも食べる?」
「いや、俺は良い。いざとなったら飲まず食わずで三日くらい戦えるからな」
「ぼす、すげー」
「すげぇにゃ。ウチらは身体が小さいから、半日も戦ったらくたくたにゃ」
「鍛え方が違うんだ」
ジョークのつもりでそう言ったんだが、純粋に尊敬の眼差しを向けられてしまった。鍛えるも何も義体だろうが! ってツッコまれる鉄板ネタだったんだがな。
などとくだらないことを考えていると、自動警戒システムが分析結果を報告してきた。
「喜べ、軌道爆撃とかじゃないみたいだぞ」
「それはそう」
「空の上から爆撃でぶっ飛ばされるとか聞いたことにゃいもんにゃ」
フォルミカンとフェリーネ達が俺の言葉にうんうんと頷いている。今までそんなことがなかったからって次もそうじゃないとは限らないんだぞ、お前ら。まあ、今回はその通りだったんだが。
「分析の結果、自律駆逐兵器の降下ポッドである可能性が90%以上だとよ。やったなお前ら、貴重なパーツが取り放題だ」
「ぼすー……それはふつうよろこぶところじゃないよ?」
「普通の集落にゃら終わりの始まりにゃ、それ」
そうか。でもうちだとボーナスタイムみたいなもんなんだよ。しかし今回は降下ポッドも鹵獲できそうだな。やったぜ。




