#070 「野蛮過ぎんか……?」
原稿期間に入るのでまたお休みィ! 今度は今回ほど長くはならないはず!_(:3」∠)_
「突然押しかけた俺達にこのようなもてなし……感謝する」
コルディア教会の教会施設の前に設えられたテーブルと椅子。そこで俺達の朝飯と同じメニューのパンとスープ――断固たる意志でジャムは出させなかった――で腹を満たし、水を浴びるように飲んでひと心地ついた奴らのリーダーがそう言って再び頭を下げた。
「礼はコルディア教会のシスター達に言うんだな」
実際のところ、エリーカやシスティア、ハマル司祭がいなかったら門前払いしていた可能性が高い。ミューゼン? ミューゼンはこっち側だろう、多分。
「またそうやって悪ぶるんですから……決めたのはグレンさんでしょう?」
「悪ぶってない」
椅子に座っている俺の背後から俺の両肩に手を置き、顔を寄せて的はずれなことを言ってくるエリーカの言葉を否定しておく。別に悪ぶってない。悪ぶってないからな。本当に。俺はこんなリターンが薄い慈善事業なんぞやらん。元傭兵だぞ、俺は。損得にシビアなんだぞ。
「とにかく、だ。酒を作ってるって言ってたな。アガベとかいう作物はどういうものなんだ?」
「あ、ああ。アガベっていうのは荒れ地に咲くデカい花なんだ。増やすのにも成長させるのにも時間がかかるんだが、生えているところには沢山生えてる。それを利用して酒を作ってるんだ」
「なるほど……今後も作れるんだな?」
「それは大丈夫だ。あいつら、アガベのことは知らなかったからな。俺達も詳しくは話さなかった」
俺の質問にリーダーが頷いて答える。なるほど。
「何人か置いていくって言ったな。酒の作り方を知っている奴がいるなら、そいつを置いていけ。助手も何人か、な。ここにいる間は安全を保証するし、飯もちゃんと食わせてやる。期待通りの働きをするなら報酬も払う」
俺がそう言うと、リーダーは奇妙なものを見る目を俺に向けてきた。なんだよ。
「グレンさんが出した条件が良すぎるから困惑してるんですよぉ。普通、こういう状況で出される人質って言ったら、死なない程度に食べさせて、場合によっては肉壁ですよぉ?」
「野蛮過ぎんか……? 俺達が人質を無事に返さなかったら、こいつらも俺との取引を守る理由が無くなるだろうが。良いか? 俺は取引を守る。人質を粗略には扱わないし、無事に帰す。その代わり、お前たちも取引を守れ。もし反故にすれば、それなりの代償を払わせてやる。いいな?」
俺がテーブルの上に身を乗り出してそう言うと、リーダーは何度も首を上下に振った。わかったなら良い。まったく。たまにこの星の野蛮性にはほとほと呆れさせられるな。
「酒を……作るのか?」
「商品としてな。お前たちが作るメスカル? とはまた違った酒になるだろう。原材料からして違うものを使うからな。然程競合はしないはずだ」
今使えそうなのは野生のものを敷地内に植え替えたリンゴと、効率的な糖の原料として作付けを行っているサトウキビくらいか。イチゴは駄目だ。ジャムにするから。他の果物類や、穀物でもいけるんだったか? などと考えていると、クイクイとシャツの裾が引っ張られた。今日は随分とシャツの裾が引っ張られるな。伸びてしまいそうだ。
「どうした、ミューゼン」
「わざわざお酒、作るの?」
そう言ってミューゼンが首を傾げる。ああ、構成器やその他のテクノロジーを使ってアルコールを精製すれば良いんじゃないのか、という話か。
「成分としての酒は作れるんだがな。アレは味もなければ旨みも、深さもコクも無いんだよ。作物と酵母から作られる本物の酒とは似て非なるモノなんだ。様々なフレーバーを付けて安酒として消費されることはあるが、ウチが目指す路線じゃないな」
「???」
俺とミューゼンの会話を聞いた連中のリーダーが首を傾げている。まぁ前提の知識がないと何を言っているのかわからん会話だよな。
「こっちの話だ。あまり長々と引き留めるのも良くないだろう。契約内容の確認だ。俺はお前達に医薬品を始めとした物資の支援を行う。代わりに、お前達は次の仕込みで出来上がる酒を俺達に寄越し、それまで人質として一人の酒造りの知識を持つ者、二人の助手を置いていく。契約が果たされるまで俺は人質の三人を保護し、ちゃんと食わせる。こちらが満足できる働きをしたなら、三人には相応の報酬を渡す。ライラ?」
「期間を定めたほうが良いんじゃないですかねぇ? 場合によっては物資だけ持ち逃げして人質にしていった三人を見捨てるかもしれませんしぃ」
「なるほど、道理だな。仕込む酒とやらはどれくらいで出来上がるんだ?」
俺がそう聞くと、リーダーは暫し考え込んでから口を開いた。
「熟成までこちらでやるならどんなに急いでも四ヶ月はかかる。樽詰めして運んで来て、こちらで二ヶ月ほど熟成させるなら、二ヶ月もあればなんとか……」
「怪我人が沢山いるんだろう? それで良い仕事ができるのか?」
「立ち上がれないほどの重症者はそう多くない。外に出てきた俺達みたいに問題なく動ける人員はそれなりにいるから大丈夫だ。ただ、熟成に関しては最低でも二ヶ月だ。質の良いものは一年ほど寝かせて熟成した方が良いし、中でも質が良さそうなのは三年ほど寝かせるのが一番良い。奴らは熟成がまだ足りないものも根こそぎ持ってきやがったけどな」
吐き捨てるようにそう言って、リーダーが溜め息を吐く。なるほど、熟成ね。俺にはよくわからん概念だが、確か酒飲みの戦友がなんだかって酒の何年ものとか、十何年ものとか騒いでいた気がする。多分それだな。俺には味の違いがわからなかったが。すまんな馬鹿舌で。これ造り物なんだよ。
「それじゃあ三ヶ月だ。三ヶ月後なら輸送の手間はこちらが請け負うこともできる。今日から三ヶ月後までに準備が出来次第こちらに使いを寄越せ。こちらから回収部隊を寄越す」
「回収は私達が行ったほうが確実でしょうから、それが良いですねぇ。輸送中に襲撃に遭って失った、とかそういうことになると互いに遺恨が残りそうですしぃ。それで、何樽用意できるんですかぁ?」
「正確な数は前後するだろうが、標準的な大きさの樽で二〇樽ほどは用意できる筈だ」
「それは結構な量ですねぇ。良いんですかぁ?」
「無理をしてお前達に潰れられても困るんだが。今後の取引相手としても考えているんだぞ」
うちでも酒は作る気だが、こいつらが作るというメスカルとやらも商品としては有望そうだからな。上で売れるような商品を取り扱う取引先は多ければ多いほど良い。
「そこはなんとかなるから大丈夫だ。いざとなればまた頼らせてもらう」
「うちではツケがあるうちに更にツケは受け付けないからな」
俺がそう言うと、リーダーはニヤリと笑ってみせた。まぁ、こんな星で集落を作っている連中だ。純血人類同盟に根こそぎやられたとは言っていたが、何かしらの備えはあるんだろうな。
☆★☆
「世話になる。南東にあるトゥランで蔵人をしている。アレックスだ」
「ガビー。アレックスの妻」
「マリーサ。ガビーの妹」
俺達の農場に人質として残る三人がそれぞれ名乗りを上げた。アレックスは彫りの深い顔立ちのガッシリとした体格の男で、歳は二十後半くらい。ガビーはその妻で、二十歳半ばの女。そしてマリーサはそのガビーの妹で、二十歳くらいの女だ。
連中のリーダーには十分な量の医薬品と復路を行くに十分な量の食料と水を渡し、そのまま集落へと送り出した。一泊していってはどうかと一応提案はしたのだが、一刻も早く医薬品を集落に持ち帰りたいとのことだったので、引き留めることはしなかったのだ。
「改めて挨拶しよう。グレンだ。この農場の主で、最近この星に降りてきた。お前らが言うところの、上の人間ってやつだ。ああ、人間だぞ? 見た目はこんな感じだがな」
そう言って肩を竦めると、アレックスはジッと俺の顔を見上げてきた。アレックスがガタイが良いが、俺の方が背が高い。自然、見上げる形になる。
「わかった、セニョール・グレン。ここに身を置かせて貰う間、あんたが俺のボスだ。俺も妻も、マリーサもボスの命令に従う」
アレックスが片手の親指を自分の胸に当て、肘を上げて水平にしながらそう言った。彼の文化圏における敬礼か何かなのだろう。
「ああ、わかった。俺はお前達を保護し、飢えさせず、温かく清潔な寝床を与える。そして実直な労働に報いる。良いな?」
「了解、ボス。力を尽くす」
「そうしてくれ。他の主だった面子を紹介しよう」
エリーカ達俺の嫁をはじめとして、タウリシアンやフォルミカン、コルディア教会の面々やフェリーネ達とも引き合わせてそれぞれ紹介していった。何せ数が数だから、これだけでもなかなかの時間がかかる。
「ボス、嫁が多いな」
「どういうわけかな。まぁ、エリーカやハマル司祭達を見ればわかるように、うちは基本的にコルディア教会の理念に賛同している立場だから。察してくれ」
「ボスだからにゃ」
「強いオスにはメスが群がるものにゃ」
「なるほど」
顔合わせが終わった後、食堂の片隅でエリーカが淹れてくれた茶を飲みながらアレックスだけでなくフェリーネの白黒猫アルシャとキジトラ猫コイトも含めた男連中で固まって話をすることにした。
そう、見た目ではわかりにくいが、アルシャとコイトは雄、というか男だった。フェリーネの性別は見た目では全くわからんな。
ちなみにアレックスの妻であるガビーと、その妹であるマリーサはエリーカ達と一緒に寝床の確認に行っている。アレックスとガビー夫妻には個室が要るだろうし、そうなるとマリーサはどうするかという話になってな。一緒の部屋に、というのも具合が良くなかろうと。まぁ、うちは基本的に女所帯なので、苦労することはあまり無いだろう。多分。
「人質なのに、こんなになんというか、普通で良いのか?」
「立ち入りを禁ずる場所はあるぞ。でも、それ以外は別に良いだろう。俺の寝首を掻けるなら掻いても構わんぞ? 掻けるならな」
「そんなことはしないし、できそうもない」
「無理だにゃ。ミンチにゃ」
「というかボス、銃で撃ってもナイフで刺しても仕留められそうににゃいにゃ。無理にゃ」
そんな人を不死身の化け物みたいに言うんじゃない。失礼な猫達め。実際、そう簡単に死ぬことはないだろうが。
「まぁ寝首云々の話はもういい。明日から酒の醸造に必要な施設や設備を作っていくからな。そのつもりでいろ。何も無いまっさらの状態からの酒造りだ。材料も違う。やれるのか?」
「なんとかする。酒造りの基本はどんな酒でも変わらん。だが、問題は酵母だ」
「酵母菌を使った原始的な醸造というやつか。データベースにデータはあるだろうが、酵母菌の選定となるとな……何か使えそうなツールがないか調べておく」
要は、酒の醸造に適した酵母菌をピックアップして複製できれば良いわけだ。確かサバイバルツールの中に使えそうなものがあったはずだ。後でデータベースで検索しておこう。




