52、その後
『……では、本当にサラマンダーは火魔法に弱いってことか!?』
『ああ、間違いない』
『だが、以前火魔法で攻撃されたサラマンダーが、逆に活性化して息吹を吐き出したと……』
『それ、多分体温を下げるためね』
『体温を下げる? それは一体……』
戦闘が終わって、改めてサラマンダーの弱点についての問い合わせが殺到してるけど、その対応はガイさんとガーネットさんがしてくれている。
今回のサラマンダーの弱点に関する情報は、Aランク冒険者のガガによって齎されたことになっているから。
『……それならそうと、もっと早く教えてくれてればあんな苦労は……』
『馬鹿ねぇ、サラマンダーを簡単に討伐できる情報なんて、そんな簡単に教えるわけないでしょう?
秘密にしとけば、楽に稼げるのよ。
今回はエデンの街と住民を守るために、涙を飲んで仕方なく公開したのよ。お陰で今後はサラマンダーの買取価格も下がるでしょうし、恐らくランクの見直しもされるわ。
せっかくのおいしい獲物だったのに、こっちは大損害よ』
『まぁ、それもそうだな』
『わかったら、これ以上ただで情報を引き出そうなんてセコい事はしないで。情報はただじゃないのよ』
『むぅ……すまん』
周囲への対応もばっちりだ。
これで、もし情報のネタ元が新人冒険者のわたしだってことになったら……。
面倒を引き受けてくれたガイさん、ガーネットさんには、もう足を向けて寝られないほどだ。
「リコ、今度の依頼なんだが……」
そうそう、サラマンダーの事件の後、わたしとレイは無事に冒険者になれた。
野外実習は途中で中止になっちゃったけど、内容自体は通常の何倍も密度の濃いものだったしね……。
帰ってから受けたペーパー試験は余裕だったし、唯一引っかかっていた剣と魔法の実習の方も、サラマンダー討伐での貢献を加味して問題無しにしてもらえた。
実戦訓練の補習も特に必要ないとのことで、これでわたしも晴れて冒険者だ。
レイとは冒険者講習が終わった後も当然のようにパーティーを組むことになって、そこに偶にガイさんとガーネットさんのガガのお二人が加わることもある。
ガイさんとガーネットさんは臨時の先生だったから、わたし達の講習が終わればお役御免なんだけど、実際の依頼は王女様であるレイの護衛だからね。
今は冒険者の先輩として、わたしたちのことを気にかけてくれている。
もっとも、ガイさんはともかく、ガーネットさんの方は隠れ護衛の仕事とは関係なく、わたしの持つ知識の方に興味津々みたいだけど……。
サラマンダーの弱点のこと以外にも、密かに目立っちゃったからなぁ。
今回のサラマンダーの襲撃については、サラマンダーの弱点が判明したことで無事撃退することができた。
でも、それで全て終わりではない。
そもそもの話、なぜサラマンダーなんて高ランクの魔物が突然襲ってきたのか?
確かに、サラマンダーの生息地はエデンからも比較的近い。
それでも、過去サラマンダーが森の深部を離れて街道や街の近くにやって来るようなことはなかった。
その理由は、おそらく……。
『……それって多分、マグワートの乱獲が原因だよねぇ……』
マグワート、最近大流行の魔物避け薬の原材料。
大樹海の中でも浅い森や外縁部に多く群生していて、エデンの周辺でも多く見られる……いや、見られた。
魔物避け薬がレイド商会で発売されるまでは見向きもされなかった植物だけど、魔物避け薬の原料として高価買取されるようになると、とたんに乱獲が始まった。
他の素材植物と比べて比較的安全な場所に群生するマグワートは、低レベルの冒険者どころか、普段は冒険者の仕事をしていない一般人でも簡単に採取できてしまうのだ。
それこそ、休日の小遣い稼ぎのノリで採取に来る住民もいるくらいで……。
そんな状況だから、エデン周辺の群生地はあっという間に採り尽くされてしまったらしい。
今は、森の浅いところに群生しているものを、低レベルの冒険者が競って採取している状況なんだって。
そういえば、一緒に講習を受けた不良冒険者の人たちも、マグワートを乱獲してたっけ。
あれから、全然姿を見かけないけど……。
あの時は、今後のことを考えて少し残すとか、そういったことにお構いなく、あるだけ採取していたような。
もし、他の冒険者もあんな感じなら、本当にエデン周辺のマグワートは絶滅しかかっているのかもしれない。
冒険者ギルドのギルドマスターの執務室で今回のサラマンダーの件の詳細な報告をしていた際、話題に出たサラマンダーの襲来理由。
わたしが呟いた言葉に、ギルドマスターが反応する。
『どういうことだ?』
『えっ? えっと、マグワートは魔物の嫌がる匂いを発生させるので……』
『ん? マグワートは確かに魔物避けの薬の材料に使われているが、そのままでは魔物避けの効果はないぞ。
実際、マグワートの群生地でもスライムやツノうさぎ、コボルトなどの魔物は確認されている』
『あぁ、それは、マグワートの匂いは一定以上の魔力を持つ魔物にしか感知できないからですよ。
だから、逆に弱い魔物の中には、強い魔物を避けるためにマグワートの群生地近くを縄張りにするものもいる……って、聞いたよう、な……』
ギルマスの顔が怖い……。
『……それは、転生者の知識か?』
『えぇと……そんな感じです』
『……まぁ、いい。深くは訊かん。それが冒険者のルールだしな。いずれにせよ、嬢ちゃんの知識は馬鹿にできん。サラマンダーの件があるからな。
可能な範囲で構わん。他にも気がついたことがあれば、遠慮なく言ってくれ』
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リコとの会話を思い出し、眉間を揉むギルドマスター。
建国の頃からずっと伝えられてきた火属性の魔物には水魔法、氷魔法が有効って常識が、あっさりとひっくり返されたのだ。マグワートの件も、今までの思い込みは禁物だろう。
それに、もし今回のサラマンダー襲来の原因がマグワートにあるなら、レイド商会の件にも説明がつく。
あのサラマンダーの襲撃の後、レイド商会の主だった幹部と薬師が姿を消したとの報告を受けた。
今現在、レイド商会は開店休業状態で、残された者たちは大慌てらしいが……。
魔物避け薬の販売もストップされ、通商にも幾らかの混乱が出ている。
この状況が続けば、エデンを離れていったベテラン冒険者たちも戻ってくるだろうし、冒険者ギルドとしては助かるがな……。
今回のサラマンダーの件。もし、レイド商会がリコのいうマグワートの性質を知った上で意図的にやっていたとしたら……。
マグワートを乱獲して稼げるだけ稼いで、サラマンダーの話を聞いてヤバいと感じてさっさと逃げ出した……。
そんな単純な話ならいいが……いや、それでも十分に業腹だが……もし、これに教会が一枚噛んでいるとすると、問題は更に大きくなる。
レイド商会は元々他国から入ってきた商会だ。
そして、今の教会は王家や冒険者ギルドを飛び越えて、直接他国とのポーションの取引を望んでいる。
今回の教会騎士団の遠征も、サラマンダーの襲来で危機に瀕したエデンを実効支配しちまおうって狙いだったんだろうが、サラマンダーが倒されたって情報が伝わったのか、奴らはあっさりと引き揚げて行きやがった。
表面的に見れば、いち早くサラマンダーの情報を掴んだ教会騎士団が、救援のためにエデンに向かったが、問題無く片付いたようなので引き返したと、ただそれだけの話なんだが……。
マグワートの性質、魔物除け薬の販売、ベテラン冒険者のエデン離れ、サラマンダーの襲来にレイド商会の失踪。そして、教会の動き……。
どこまでが偶然で、どこまでが誰かの計画だったのか……。
いずれにせよ、当面の危機は免れた。
あとは、取り急ぎマグワートの性質の確認と……まずは植栽だな。
まったく減る気配のない仕事にため息をつきながら、ギルドマスターは新たな書類に手を伸ばした。
ここまでお付き合いいただき、ありがとございます!
一応ここまでで一章完結となります。
同時に貯金もほぼゼロに……。
次の展開も考えてはいるのですが、いずれにしてもしばらくはお休みになるかと……。
モチベーション! モチベーションがぁ!
栄養が! 栄養が足りない!
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