49、サラマンダー襲来の兆し
「さて、強行軍で悪いが、撤収だ。エデンに戻るぞ」
サラマンダー関連の情報による衝撃も落ち着いた頃、ガイ先生が宣言する。
エデンに戻ると。
本来なら、まだ日の昇らぬ今の時間帯での移動は危険らしい。
でも、今の状況は……。
普通ならここにいないはずのサラマンダーが同時に3体も出現。
たまたま運悪く出会した……?
そんなはずはない。
ガイ先生によると、まだ一部の冒険者の間だけの情報だけど、ここ最近エデン周辺でのサラマンダーの目撃情報は他にもあったみたい……しかも、複数。
位置的に考えて、サラマンダーの数は1体、2体ではなく、少なくとも10体程度はいるのではないかと予想されていたそうだ。
それでも、目撃された場所はそこそこエデンからは離れていて、街として今すぐどうこうというレベルではなかったんだって。
万が一エデン近くに現れた場合に備えて、氷魔法や水魔法の得意な上位冒険者に協力要請を出しておく程度だったらしい。
でも、今ここにサラマンダーが現れた……しかも、同時に3体も!
ここからエデンなら、わたしの足でもなんとか日帰りできてしまう距離。
移動速度の速いサラマンダーなら、その気になればほんの数時間で辿り着く、いわば既に縄張りと言ってしまってもいいくらいの距離とのこと。
「確かにここ最近サラマンダーの目撃情報は増えていた。だが、こんなエデンの目と鼻の先でってのは異常事態だ。
まったく……なにが起きてやがるッ」
****
「うわあアアア!」
「チッ、なんでここにいやがるんだ!」
「俺らを追ってきたのか!?」
「いや、違う! さっきのヤツらじゃない!!」
森の外縁部、遠くには小さくエデンの城壁も見えている。
この辺りに出没する魔物といえばスライム程度。強くても精々ツノうさぎ。
間違ってもサラマンダーなどという高ランクの魔物が現れる場所ではないはず……。
「「「「うぎゃあアアアアアァァァ」」」」
****
「ギルマス! たった今、偵察に出た冒険者から連絡が! 北東方面の外縁部でもサラマンダーが確認されました!」
「チッ! 南はどうなってる!?」
「現状、5体のサラマンダーの群れが、ゆっくりとですが街に向かっています。監視の者の話では、恐らく夜明け前には完全に街を視認する位置までくるかと……」
「……まずいな。人間の魔力を感じ取れる場所まで来られたら、ヤツらの気分次第で一気に攻め込まれるぞ」
「では、その前に打って出ますか?」
「む〜ん……そうしたいのはやまやまだが、流石に今の戦力じゃなぁ……」
こうなるとわかっていたら、ガガの2人を野外実習になど出さなかった……そう後悔しても今更だが。
冒険者ギルドマスターの元に、この前代未聞の凶報が届いたのは夕方のこと。
ガガの2人も王女殿下も既に出発した後だ。
今更どうしようもない。
ここは、王女殿下の無事を祈るべきか……。
北東といえば、ガガと王女殿下が実習で向かった森になる。
ガガが付いていれば、王女殿下は流石に無事だと思うが……。
リコの方はヤバいかもしれないな。
ガガとサラマンダーでは相性が悪い。
いくらガガでも、複数の護衛対象を守りながらの戦闘は厳しいだろう。
ガガの本来の依頼は王女殿下の護衛。
最悪の場合、残りは切り捨てる。
まぁ、それでも、サラマンダーの1体、2体程度ならなんとかしちまうだろうがな。
それより、問題はこのエデンの方……。
中堅以上の冒険者には既に非常呼集をかけたが、それでも分が悪い。
上級冒険者のエデン離れが激しい現状では、使える人材が少な過ぎる。
(こんなことなら、教会の提案を受けとくべきだったか……)
いやいやいや、ダメだろ、それは!
つい弱気になっちまう。
あれは、エデン周辺の森でサラマンダーの目撃情報が報告され始めた頃。
どこから嗅ぎつけてきたのか教会の奴らがやって来て、エデンの安全を守るために教会騎士の駐留を認めろと言ってきやがった。
今代の聖女様はまだ年若いこともあって、野心家の枢機卿が教会の実権を握っている。
そして枢機卿は、ここエデンを狙っている。
正確には、ここエデンを窓口とした、他国への勢力拡大をだ。
現状では、他国との貿易の窓口は冒険者ギルドだが、エデン内での教会の発言力が上がれば、教会はそこにも必ず食い込んでくる。
教会の狙いはわかりやすい。
上級冒険者が減って戦力が心許ないところに教会騎士を送り込み、そのままエデンの防衛面での実権を奪っちまおうって腹だ。
街の住民の安全を守っているのが教会ってことになれば、たとえ冒険者ギルドとて教会の意見を無視できなくなる。
まさに、冒険者の自治権の放棄だ。
そもそも、こういった場合、救援を要請するとしたら教会ではなく王家だ。
いくらノーム王国においては各都市の自治権が強いとはいえ、エデンはあくまでもノーム王国の一都市。
問題があれば王家に相談する。それが筋ってもんだ。
それを、教会が王家の頭を飛び越えてエデンに軍の派遣を呼びかけるなど、エデンと王家の両方に喧嘩を売っているとしか思えない行為だが……。
さすがに時期が悪い。
王家は今、国王の崩御、王女殿下の失踪で内部はガタガタのはずだ。
特に、王女殿下の抜けた軍部は大混乱だろう。
副官には内々に引き継ぎを済ませてきたそうだが、それでも今まで通りとはいかないはずだ。
おまけに、宰相の奴は王女失踪の件で枢機卿に負い目があるから、教会の少々の動きには目を瞑らざるを得ない。
そこに来て、今回のサラマンダーの騒動だ……タイミングが良すぎないか?
魔物避け薬の普及で上級冒険者が減ったところでのサラマンダーの襲来。
国王の崩御と王家の混乱……。
どれか一つでも違っていたら、今回の教会からの提案などあり得なかったはずだ……と、そこに王家からの通信が入る。
王宮ではなく王家。文字通り現ノーム王家と冒険者ギルドマスターを結ぶホットライン。
現状、この回線を使う可能性があるのは王子殿下だけだが……もう、子どもはとっくに寝てる時間だろうが。
『夜分遅くに失礼します』
いつもと変わらない澄ました高い声が、通信用魔道具から聞こえてくる。
「まったくだ。子どもはもう寝る時間だろ。さっさと寝ないと大きくなれないぞ」
『まぁ、そうなんですけどね。実は至急お知らせてしたい案件がありまして』
まぁ、そうだろうな。
いくら子どもとは思えないほど優秀なガキでも、夜になれば眠くなるもんだ。
俺だって眠い。
普通なら、もうとっくに愛する妻のベッドに潜り込んでいる時間だ。
こんなところで仕事をしているわけがない。
つまり……俺がまだ仕事をしていると、分かってて連絡してきたってことか?
「この時間に俺が執務室にいることから察せられると思うが、今はとても忙しい。要件があるなら、さっさと言え。そして、子どもはさっさと寝ろ」
『もしかして、サラマンダーが攻めて来ましたか?』
この王子様は、ぼく子どもだからわからないってフリをしながら、きっちり周囲に独自の情報網を張り巡らしていやがる。
面倒な仕事は全て宰相に押し付けた上で、本当の肝の部分だけはしっかり掌握してるんだからタチが悪い。
……まったく、喰えないガキだ。
「一応聞くが、なぜ、それを知っている?」
『いえ、知りませんでしたよ。知っているのは、ここ最近、エデン周辺でのサラマンダーの目撃情報が増えているってことだけです。ただ……』
「ただ、なんだ?」
『先程、僕の部下から急ぎの連絡が入りまして。なんでも王都近郊に駐留中の聖都の教会騎士団が、夜闇に乗じてエデン方面へと向かったそうです』
「なに?」
『教会騎士が演習を兼ねて魔物の間引きをするのはよくあることですけど、都市間の暗黙の了解で、教会が騎士団を動かす範囲は、聖都と王都を結ぶ街道のみのはずなのですが……。
実は今回のサラマンダーへの対応で、冒険者ギルドから教会へ救援要請を出したりしました?』
「いや、そんな話はない! どういうことだ? 教会は、このタイミングでサラマンダーの襲撃があると知っていたのか?」
『さあ? そこまではわかりませんけど……。いずれにしても、今からでは教会騎士の到着は間に合わないでしょうから、教会騎士の介入はエデンにある程度の被害が出た後になるでしょね。
サラマンダーの襲撃になす術なく逃げ惑うエデンの民たち。冒険者ギルドに対処は難しく、そこに颯爽と助けに入る教会騎士!
住民は、こぞって騎士たちを受け入れるでしょうね』
「ぐっ!」
『じゃぁ、要件も伝えたので、子どもは早く寝ることにします』
「おいっ!」
『あぁ、そうそう。今回の対処は大人のギルドマスターにお任せしますけど、くれぐれも王女殿下の安全確保だけはお願いしますね。
では、おやすみなさい』
そうして沈黙する通信の魔道具。
あのガキ、自分の言いたいことだけ言って、勝手に通信を切りやがった!
まったく! 対処方法も原因もわからないが、一つだけわかったことがある。
ここで冒険者ギルドがサラマンダーを止められなければ、確実にこの街は教会に支配されるってことだ。
(チッ、厄介な……)
だが、この事態。教会が絡んでいる可能性が高い……。
俺はサラマンダー対策と合わせて、教会の方も監視するよう指示を出す。
流石に、教会の連中がサラマンダーを呼び寄せたとは思えないが、何かしら知っている可能性は高い。
いっそ、教会の連中を締め上げるか……?
寝不足で物騒になる思考を吐き出すように、俺は大きなため息をついた。
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