42、植物図鑑
四つん這いの姿勢で扉を潜ると、すぐ目の前にはふわもこの毛足が……。
そのままゆっくりと顔を上げると、呆れたような目でこちらを見下ろす館長さんと目が合った。
「……いらっしゃいませ」
「いや、その、こんばんわ」
モゾモゾと手足を動かし、なんとか小さな扉を潜り抜けると、なんでもないように立ち上がって膝の埃を払うわたし。
「はぁ〜、これは一体なんの遊びでしょう……? どのような扉で出入りされようと莉子様の自由ですが、当図書館の品位を損なうような行動は避けていただきたいのですが」
「いや、これにはちゃんと理由があって……」
狭いテントの中で周囲にバレないように……という事を、慌てて説明するわたし。
館長さんも、そういう事情ならと納得してくれた。
ついでに、そういう時は図書館のエントランスではなく、ロッカールームの方に扉を開くように注意されたよ。
いい大人の女性が、図書館のエントランスで四つん這いになっているのは非常に外聞が悪いって……。
そんな風に言われちゃうとすごく恥ずかしいけど、そもそもこの図書館にはわたし以外の利用客は誰もいないんだから、外聞も何もないと思うんだけどね。
ともあれ、ここは気分を入れ替えてっと……。
早速、新しく入荷した『植物図鑑 〜エデン周辺の植物〜』を読むことにする。
(ふぅん……結構色々あるんだぁ……)
座学の授業でガイ先生に教わったもの以外にも、色々な効能を持つ植物があるらしい。
植物図鑑には、その植物の利用法なんかについても簡単に書かれている。
ガイ先生がくれた有用植物のリストにあったものの大半は、すり潰したり煎じたりすればいいだけのものだ。
でも、それ以外にも、精油にしたり複数の材料を混ぜ合わせたりすることで効果を発揮するものもたくさんある。
例えば、昼間見たマグワートもそうみたい。
この植物には、魔物を寄せ付けない効果があるって書いてある。
でも、そのままでは強い魔物には効果があるけど、弱い魔物には全く効果がないらしい。
弱い魔物を寄せ付けないようにするためには、一旦精油にしたものを希釈して使うって書いてあった。
あれ? この魔物避け薬って、製法は公開されてなかったような……。
もしかして、商会の極秘情報を手に入れてしまったとか……?
う〜ん、レイド商会の魔物避け薬は大ヒット商品だっていうし、同じものを作れば大儲けできそうだけど……。
この世界にも商標登録とか特許とかあるのかなぁ……?
勝手に作っても平気?
ここは一度レイに相談してみるのも手だけど……でも、そんな製法どこで知った? って追求されても困るし……。
とりあえず、今日のところは普通に知られている代表的な植物素材についてだけ確認しておくことにしよう。
あまり利用法を知られていなさそうな植物については、また今度ってことで。
とりあえず、冒険者ギルドの買取リストにあった有用植物だけはしっかり頭に入れて、あとはざっと流し読みして終わりにする。
いくら図書館の外の時間が止まっているからって、野外実習からこっそり抜け出して来ている今の状況は、なんだかちょっと落ち着かないからね。
当初の目的だった植物図鑑の必要箇所の暗記を終えると、早々に図書館を出ることにした。
ちなみに、帰りも当然あの小さな扉からで……。
今度は来た時と逆に、お尻に黒猫館長さんの冷たい視線を感じる……。
いやらしい視線じゃないのは分かってるんだけど……すごく恥ずかしい。
今度はちゃんと、ロッカールームに扉を開こう!
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