36、戦闘訓練 2日目
そして、翌日。
昨日は怖かったぁ……。
魔力の件でショックを受けて、日本にいた頃の本も読めることに気付いて舞い上がり、最後の最後に館長さんの笑顔に震え上がった……。
図書館では精神は疲弊しないって言ってたけど、わたしは十分に疲弊したと思う。
ただ、そのお陰で、魔力が無くてせっかく覚えた武術を使えないって事実については、思いの外あっさりと自分の中で整理がついちゃったけどね。
元々、わたしには戦闘とかは向いてないだろうし、剣とか魔法とかを覚えてちょっと浮かれていたってのも事実だ。
あのまま調子に乗って、もし魔物とかに挑んでいたら、きっと大変なことになっていたと思う。
それ以前に、ガイ先生との試合で大怪我をしたかもしれないし、試合が始まる前に剣を持てないことに気がついたのは幸運だったのかもしれない。
名馬を手に入れた子供は大怪我をしたし、すばしっこい猿は才能をひけらかして殺された。
ウドの大木は役立たずだからこそ、誰にも伐り倒されず大木になれたのだ。
うん、安全第一でいこう!
そもそもの話、もし、ふつうに魔法が使えたとして、昨日の勢いで模擬戦をやっていたら……。
多分、どこでその武術を習ったんだって話になって、その流れでわたしが転生者だってこともバレちゃったかもしれない。
レイはもちろん、冒険者ギルドにもバレて、そうしたら今頃王都に連行されていたかも……。
今にして思えば、昨日のわたしは相当に浮かれていたのだと思う。
反省せねば。
「リコ、大丈夫なのか? 昨日は随分元気がなかったように見えたが……」
「うん、大丈夫。なんか初めての戦闘訓練で気合い入れてたのに、まさか剣が重くて持てないなんて思わなくて……。
それで、ちょっと落ち込んじゃっただけだから」
「あぁ、確かにリコは体も小さいし筋肉もついてないから、普通の武器を扱うのは難しいかもしれないな。
だが、子供用の武器……はないが……そう、貴族女性が携帯する護身用の短剣とかならリコでも扱えると思うぞ。
リコは魔物の解体は上手だから、ナイフは向いているかもしれない」
女性用の短剣より先に、子供用の武器って発想が出てくるところが気になるけど……まさか、おもちゃの剣とか想像してないよねぇ……?
まぁ、でも、確かにナイフという選択はありかもしれない。
もっとも、それもだいぶ先の話だ。
あれからすっかり頭の冷えたわたしは、改めて今の自分の体力でどの程度戦えるのか確認をしてみたのだ。
で、結論。
ほぼ戦闘力ゼロ。
問題は、武器を支える筋力だけではなかったんだよね。
ふつうに動くスピードも遅いし、身体の柔軟性や筋力を必要とする動きは全然できない。
身体の効率的な使い方はしっかりと身についているから、同じ体力の一般人と比べればかなりマシだとは思うんだけど……。
でも、戦闘が可能なレベルかと言われるとね。
少なくとも、もう少し体力をつけないとお話にならないという結論に至ったわけで……。
「……うん、ありがとう。考えてみるね」
とりあえず、今は無力な一般人を装いつつ……事実だけど、とにかく大人しくしていることにした。
そんなわけで、午前の座学も終わって、午後の実技は昨日に引き続き戦闘訓練……なんだけど、今日もわたしは見学です。
ガイ先生曰く、“見ること”も勉強とのことで、わたしはレイや不良冒険者たちの訓練をさっきから観察している。
「盾役はもっと腰を据えて構えろ! 弾き飛ばされるぞ!」
「後方支援の魔術師はもっと全体を見ろ!」
「重量のある敵に正面から突っ込むな! もっと相手の隙を狙え!」
ツノうさぎやワイルドボアといったエデン周辺でも一般的な魔獣を相手に、不良冒険者パーティーが悪戦苦闘している。
個々の実力的にはツノうさぎやワイルドボア程度なら十分倒せるレベルだと思うんだけど、いかんせん連携と戦術がお粗末過ぎる。
なまじ個々の実力がそこそこあったせいで、今までは単純な力押しでなんとかなっていたんだと思うけど……。
大樹海の魔物相手では、そうもいかないみたい。
個々の力では届かない。さりとて協力もできない。
攻め方も単調だから、個々の能力の合計以上の力は発揮できないのだ。
10の戦闘力を4人分集めて戦闘力40。これでは戦闘力100の魔物には勝てない。
でも、連携や戦術を工夫すれば、たとえ個々の戦闘力は足りなくても、その力は何倍にも膨れ上がる。
個々の戦闘力は5でも、各々が各々の不足をうまく補っていけば、5の4乗で625。
ワイルドボア程度の魔物なら簡単に狩ることができるだろう。
もっとも、単純に100以上の戦闘力があれば、何の問題もないんだけどね……。
ドサッ!!
レイの剣によって首を落とされたワイルドボアが、その場に倒れ伏す。
レイの実力ならワイルドボア程度、余裕で単独討伐が可能だ。
「おいおい、マジかよ」
「昨日の模擬戦でも感じたが、一体あの女は何者だ?」
「レイが俺たちのパーティーに入ってくれれば……」
「ハッ、あんなクソ生意気な女、俺は願い下げだね!」
自分たちが苦労して倒した相手をレイが瞬殺するのを見て、また不良冒険者たちがなんか言ってるね。
レイがあの人たちのパーティーに入るメリットなんて、何もないのに……。
と、そんなことを考えていると、ガイ先生の次の指示が飛ぶ。
「よし、次はワイルドボア3頭だ」
「ハア!?」
「3頭って、そりゃ無理だろ!」
「殺される……」
「冗談じゃねえぞ!」
「安心しろ。お前らだけで倒せとは言わねえよ。
レイ、お前も野郎どものパーティーに入れ」
「えっ?」
「お前ら分かっていると思うが、明後日にはここにいる6人で野外実習に出る。
つまり、一時的とはいえ、ここにいるメンバーはパーティーを組むことになるわけだ。
そんなわけで、まぁ、リコは戦力外として……レイ! お前はそこの野郎どもと協力して魔物を倒すことになる。
見てわかると思うが、このままだとリコだけでなく、不良冒険者も足手纏いになりかねん。
ここは優秀な指揮官が必要だと思わないか?」
そんなガイ先生の言葉に、一瞬物言いたげな視線を向けるレイ……。
「……わかりました」
「よし、野郎どもも聞いてたな! この講習における戦闘訓練では、レイがお前らの指揮を執る」
「ハア!? なんで俺たちがこの女に従わないとならない!?」
「なら、お前たちだけでやればいい。3頭のワイルドボアを相手にして、無事でいられればいいなぁ」
「くっ!」
「むぅ〜」
「これは、しょうがないんじゃないか?」
「ああ、とりあえず従うしかないだろう」
「チッ! わかったよ! だが、あくまで戦闘中だけだからな!」
「ああ、わかっているよ」
「ケッ!」
そんな感じで始まった即席パーティでの戦闘訓練だったけど……。
「盾役、左を抑えろ!」
「魔術師は盾役のフォローを! あまり強い魔法は使うな! 自分が狙われるぞ!」
「右は私が抑える! その隙に2人で中央を仕留めろ!」
「奴は正面しか見ていない。1人を狙っている隙にもう片方が真横から切り込め!」
レイの的確な指示のお陰か、不良冒険者たちの動きがさっきとは段違いだ。
やがて最初の1頭が倒されると、それほど苦戦することもなく残り2頭もあっさり倒される。
「おいおい、さっきより余裕じゃないか?」
「ああ、全然余裕だな!」
「さっきよりも闘いやすかった……」
「目の前の敵に集中できるのは大きい」
「よし! 次はツノうさぎ10匹でいくぞ」
その後もパターンを変えつつレイ+不良冒険者の即席パーティーの訓練は続く。
やっぱり、レイは優秀だ。
何より、命令し慣れている。
多分、ここに来る前は、王族として軍を率いていたんじゃないかなぁ。
レイ個人の戦闘力も相当だけど、指揮官としてもかなりの実力者だ。
そんなことを考えていると……。
「リコちゃん、ちょっといいかしら」
ガーネット先生に声をかけられた。
基本授業はガイ先生がやっているし、ガーネット先生が個々の生徒に個人的に話しかけることは滅多にない。
わたし、初めてかも……。
「リコちゃんにはちょっと確認したいことがあるから、一緒に来てくれるかしら」
「えぇと……はい」
どうでもいいけど、“リコちゃん”はやめてもらいたいのですが……。
ブックマークにお星様⭐︎、いいねなどいただけると、たいへんうれしいです!




