35、契約は大事
「分かりました。ちょっと、考えてみます」
館長さんの説明に頭では納得しつつも感情は追いつかず、ふらふらした足取りで立ち上がったわたしは、ホールに佇む扉へと足を向ける。
(なんか疲れた……。全然勉強する気にならない……。今日は帰って寝よう……)
そういえば、異世界に来る前にも、似たようなことがあったなぁ。
散々努力して、それが全て無駄になって、結果、職を失って……。
こんな時は異世界転生ものの小説とか読んで、現実を忘れてしまうのが一番……って、ここ異世界だし!
やっぱり、異世界も現実になると厳しいよね。
ああ〜、小説が読みたい!
小説なら……って、あれ?
なにか、重要なことを忘れているような……あっ!
わたしは元の世界に戻る扉に背を向けると、足早にわたしにも閲覧可能な書棚へと向かった。
「あった! うん、うん、ちゃんとあるよ! わたしの本!」
そこには、転生前にわたしが日本で読んでいた本が並んでいた。
そう、確か最初にこの図書館に来た時に、館長さんから説明されたのだ。
わたしが触れたことのある本は全て読めるって。
あの時は、自分の部屋の書棚と変わらない本の品揃いに、全然興味が向かなかったけど……。
あぁ、懐かしい!
思えば、異世界に来てからは必要に迫られた実用書ばかりで、娯楽小説とか全然読んでないよ。
わたしは目に付いたお気に入りの小説の1巻を手に取ると、うきうきといつもの席に引き返す。
やっぱり、嫌なことを忘れるには読書が一番だ。
以前読んでからだいぶ時間が経っていて、一度読んだ本だけど細かいストーリーはほとんど覚えていない。
(うん、これなら、十分楽しめる!)
わたしはどんどん物語の中に引き込まれていく。
2巻、3巻、4巻……。
気がつけば、全33巻を全て読破していた……。
テーブルの端には積み上げられた本の山。
わたし、一体どのくらい本を読んでたんだろう……?
わたしは本を読むのが遅い。軽い娯楽小説でも、平均5〜6時間くらいはかかる。
つまり、大体180時間、1週間以上は読み続けていたことになるよね。
図書館では疲れも眠気も感じないから気にしてなかったけど、これって実はかなりヤバいのでは?
今、わたしは軽い気持ちで丸7日、全33巻を一気読みしたけど、実は全然大した量を読んだ気がしない。
だって、今までにここで読んできた本は、もっとずっと、ずっと、ずっと、時間がかかっていたから。
新しい言語、新しい技術を身につけるんだから、時間がかかるのは当たり前。全然疲れないし、あちらの世界の時間は止まってるんだから気にする必要は全然無いって思ってたけど……。
これって、本当に大丈夫なのだろうか?
もしかして、既に一生分くらいの時間を図書館で過ごしているとか……?
この調子でここで本を読み続けたら、ある日、脳の容量が限界を迎えて……とか、無限に続く時間に精神が耐えられなくなって……とか。
「ご心配には及びませんよ。リコ様が当図書館でどれだけ知識を得ようとも、その事がリコ様の脳に負担をかけるようなことはございません。
また、リコ様の精神の成熟度はあくまでもあちらの世界時点での精神と肉体に依存しますから、いくら図書館で長い時間を過ごされても、肉体はもちろん、リコ様の精神が歳を取ることは一切ございません」
それって、つまり、これからは就寝前の軽い読書感覚で、長編小説の一気読みができちゃうってこと!?
あっ、でも、さすがにその勢いで読み進めちゃうと、ここの本なんてあっという間に読み終わっちゃうかも……。
でも、そうしたら最初に戻ってまた読み直せば……。
読み直すことで新たな発見もあるかもだし……。
ざっと見た感じ、昔、学校の図書室で読んだ本とか、立ち読みして結局買わなかった本なんかもある!
もしかして、実はまだ読んでいない本も結構ある!?
これなら、ずっとここにいても……。
「リコ様」
わたしがこれからの図書館生活に思いを馳せていると、唐突に館長さんに声をかけられる。
「リコ様に一つだけご注意を。
リコ様がこの図書館を利用するために結ばれた契約は、図書館利用の対価としてあちらの世界の本を集めてくる、というものです。
あちらの世界の知識を身につけるため、リフレッシュのため、当図書館をご利用いただくことには、何の問題もございません。
もちろん、どれだけ長い間読書を楽しんでいただいても、一向に構いません。
ただし!
あちらの世界には行きたくない。ずっとここに引きこもって本を読んでいたい。
そういったお考えで図書館にい続けたのであれば、それは明らかな契約違反です。
その場合は、然るべき処罰が課せられますので、どうかお気をつけ下さい」
なに、それ!?
怖いんだけど!?
いつもの笑顔なのに、黒猫館長さんの目が微笑ってないよ!
「えぇと、その処罰? って、一応教えていただいても……?」
「……知りたいですか?」
「いえ! 結構です!」
背中にゾゾっという寒気を感じて、わたしは慌てて黒猫館長に断りを入れる。
これは、聞いてはいけないヤツだ。
聞いたらきっと、夜眠れなくなる……。
わたしはテーブルに積まれた本を片付けると、明日からもがんばって本を集めようと、決意も新たに慌てて元の世界に帰っていった。
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