33、戦闘訓練
戦闘訓練は昼食を挟んで午後からということで、今はレイとの昼食タイム。
相変わらず、レイの食事の所作は美しいね。
どうしたらこんなにきれいな所作が身につくのかと思っていたけど……。
なんといっても、本物の王女様だからねぇ……そりゃ、美しいはずだよ。
こうして見ていていも、もう王女様にしか見えないよね。
王家に囲われるのは嫌だけど、レイに囲われるのは嫌じゃないかも……。
『私の全てを賭けてリコを守ろう』、とか……。
ちょっと、いいかもしれない!
そんな風に妄想まみれの目でレイを見ていると、
「どうしたのだ? そんなにじっと見られると、少々照れるのだが」
しまった! つい、見惚れてしまった。
「あっ、えっと、その、ごめんね。その、レイの食事の所作がすごくきれいだなって……つい、見惚れちゃって」
「はぁ? あっ、いや、そう、かな。あまり意識したことはないのだが、幼い頃には厳しく躾けられたからな。
でも、リコにそう言ってもらえるとうれしいな」
「「………………(なんか、気まずい)」」
「そ、そういえば、リコ。その、昨日、別れた後、何かあったのか?」
「えっ? 別に、何もないけど」
「うん、その、今日のリコは昨日までと動きが違うというか……。
何だか武術の心得のある者の動きに見えるものだから、ちょっと不思議に感じたというか……」
「え、えっと、部屋に帰ってからレイに見せてもらった剣舞を思い出して、ちょっと練習したりはしたかも」
(ちょっと、不審がられてる? でも、隠せるものでもないし、どうせ午後にはバレるんだから)
「……そうか、それで、かな。私の剣舞が少しでもリコの役に立ったなら、私も見せた甲斐があったな」
(一度見ただけで覚えるなど、絶対に不可能なはず……だが、もしかして、そのような加護を持っているということか……?)
微笑むレイに、わたしも笑い返す。
とりあえず、笑っておこう。
そんな感じでお昼休みも終わり、わたし達は指定された訓練場に移動した。
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「よし、では、本格的な戦闘訓練を始める前に、まずはお前らの今のレベルを見せてもらおう。
と、いうわけで、まずは俺との模擬戦をやってもらう。
まずは、お前からだ。
まぁ、勝てる可能性はゼロだろうが、精々がんばれ。
万が一、俺を少しでも傷つけられたら、お前を正式にBランク冒険者と認めてやってもいいぞぉ」
不良冒険者の一人を指名すると、ガイ先生は訓練場の中央にさっさと移動してしまう。
「くそっ、完全に舐めやがって!」
指名された不良冒険者が所定の位置に着くと、早速模擬戦が始まった。
「ハア! うりゃ! この!!」
大剣を振り回す不良冒険者と、それを紙一重で躱していくガイ先生。
キーン! カッ! シャリン!
ただ体捌きで避けるだけでなく、ある時は相手の刺突を剣で弾き、ある時は横薙ぎの剣を受け止め、ある時は上段からの打ち込みをいなしてみせる。
わざと大剣が攻撃しやすい間合いで打ち合うこともあるし、逆に大剣では対応しにくい間合いに入って、相手の様子を窺うこともある。
これはもう、模擬戦というよりは引き立て稽古に近いような……。
シャリーン! ピタ……
「はぁい、そこまでぇ」
一応審判役のガーネット先生が、やる気のない声で試合終了を宣言する。
不良冒険者の大剣を受け流したガイ先生が、受け流しつつ間合いを詰めて接近し、不良冒険者の首筋に剣を当てている。
完全決着だ。
まぁ、もちろん、ガイ先生はいつでも試合を終わらすことはできたと思うよ。
実力差は明らかだしね。
つまり、色々やらせてみて、大体相手の実力や問題点なんかもわかったから、もうこの試合の目的は達成したってことだろう。
不良冒険者の方は頭に血が昇って、完全に遊ばれているように見えたけど、ガイ先生はただ遊んでたってわけではない。
ちゃんと相手の動きを確認して、長所短所を分析するような試合運びをしていた。
この試合ひとつとっても、ガイ先生の実力は相当なものに感じるし、言うほど適当な指導もしていないと思うんだよね。
と、そんな感じで不良冒険者個々との試合は進み、最後はパーティーメンバー全員対ガイ先生との対戦でも圧倒され、改めて不良冒険者たちのプライドは木っ端微塵に粉砕されていた……合掌。
そして、次はいよいよレイの試合。
こちらは、見応えがあった!
昨日?……随分昔の気がするけど、初めてレイに剣舞を見せてもらった時は、ただ凄いな! 綺麗なだな! って感動していただけだったけど……。
今のわたしには、わかる!
レイの剣技は、間違いなくノーム王家流正統武術だ。しかも、相当に強い。
つまり、レイがノーム王家の直系であることは間違いないし、恐らくだけど、軍を率いた経験とかもあるんじゃないかなぁ……。
技の組み立て方が、集団戦を想定した戦い方に見えるんだよねぇ。
ノーム王家流正統武術は王家の武術だから、その技術体系の中には指揮官としての用兵も含まれる。
味方を効率良く動かすための動きと、個々の力のみを発揮するための動きでは、間合いの取り方ひとつとっても、微妙に動きが異なってくる。
レイの動きには、自分と相手との間に最低限の安全距離を確保しつつ、目の前の相手だけでなく、周囲の状況にも目を配るような、そんな様子が見受けられる。
「「ッ!」」
ガイ先生とレイ、2人から距離を取ったところで審判をしていたガーネット先生から、極わずかな魔力の反応と、こちらに向けての明確な殺気が感じられる……って、わたし!?
もっとも、そう感じたのは一瞬で、次の瞬間にはガーネット先生からの魔力も殺気も霧散する。
「はぁい、そこまでぇ」
気がつけば、ガーネット先生の雰囲気は当初のやる気のない様子に戻っており、レイの首元にはガイ先生の剣先が突きつけられていた。
「お前は色々考え過ぎだ。冒険者なら自分の身の安全が最優先だ。
で、まずは目の前の敵を倒すことだけを考えればいいんだよ」
あぁ、これは一本取られたかな。
ガイ先生もガーネット先生も、多分レイの弱点に気づいたんだろうね。
だから、あんなフェイントを使ったんだ。
レイが試合中でも、常に周囲の状況やわたしのことを気に掛けているって点を突かれた。
パーティー全体を俯瞰する後衛職ならそれでもいい。
でも、最前線、しかも、一対一で戦う今の状況で、少しでも周囲に気を取られるのは致命的だ。
レイは王族として、兵を率いた魔物討伐なんかもしてきたのかもしれないけど、基本は後衛での指揮で、最前線での突貫任務なんてしたことはないのだと思う。
対人戦での訓練や、今回みたいな試合とかはやってたかもしれないけど、流石に王女様相手にあんな卑怯な手を使う兵はいなかっただろうしね。
でも、レイの言っていることが嘘でないなら、レイもこれからは冒険者として最前線で戦うことになる。
今回のガイ先生の指摘は、今後のレイの状況を考えれば、とても適切なアドバイスだったと思う。
そんなこんなでレイの模擬戦も終わり、次はいよいよわたしの番。
なんか、ここまで、すご〜くおもしろかった。
地球では、格闘技はおろかスポーツ観戦とかもろくにしてこなかったけど、今回はとても楽しめた!
やっぱり、自分もやっていると見る視点が変わるというか……。
試合中の微妙な駆け引きとか、これこれこういう意図でこういう攻撃をして、それに対して相手はどう判断してああいう動きをしたとか……。
そういうのがわかると、見ていてとてもおもしろいのだ。
この世界の武技の源流であるノーム王家流正統武術を極めた今のわたしには、レイの動きだけでなく、ガイ先生や不良冒険者の人たちの動きだってよ〜く理解できる。
もしかしてだけど、案外ガイ先生にだって勝てちゃうかもしれない……。
「では、最後に、リコ」
「はい!」
そんな不穏なことを考えたところで、ガイ先生から声がかかる。
ついに、わたしの番だ。
ここは本気で勝負して勝ちを狙うべき? それとも、ほどほどに手を抜いて実力は隠しておく?
「あぁ、リコ、お前は戦闘経験とかないだろうから、今回は棄権でいいぞ」
わたしがどのような試合展開がベストかと悩んでいるところで、ガイ先生がそんなことを言う。
「いえ、大丈夫です。やらせてください!」
わたしの事を心配してくれているのかもしれないけど、みくびってもらっては困る。
昨日までのわたしとは違うのだよ。
レイや不良冒険者たちとは違って自分の武器を持たないわたしは、まず訓練場の壁に立て掛けられた武器から、自分に合った武器を選ぶ。
一通りの武器の扱いは覚えたけど、やっぱり得意なのは剣だ。
槍や大剣は、身長の低いわたしにはどうしても扱いづらい。
わたしは壁に掛けられた剣の中から一番短いものを手に取り……。
ガチャーーン!!
盛大に手を滑らせた。
大きな音を立てて地面に落ちた剣を、しばし呆然と見つめるわたし……。
恥ずかしい!
気負いすぎた? 実は、緊張している?
そんなつもりはなかったけど、ちょっと浮かれ過ぎてたかもしれない。
わたしは明鏡止水の境地で心を沈め、ゆっくりと床に転がる剣に手を伸ばした。
「重っ!!」
剣が、めちゃくちゃ重い!
ただのショートソードだと思ってたのに、何か特別な加工がされている剣だったか……。
「すみません。武器、間違えました。何か特別な加工がされてるみたいで、もう少し軽い剣はありませんか?」
両手で落とした剣を抱えながら、ガイ先生にそう尋ねるも、ガイ先生からは予想外の答えが返ってくる。
「いや、リコ、それはここで一番軽い剣だぞ。別に特別な加工もされていないな」
どういうこと!?
しばし呆然と抱えた剣を見つめていたわたしは、意を決して鞘から刀身を抜き出す。
鞘から抜いた瞬間、刀身を持つ右手に一気に重さがかかり、わたしは慌てて左手の鞘を投げ出すと、両手でしっかりと刀身を支え直す。
そのまま構えてみるが、ほんの少しの時間でブルブルと腕が震えてくる。
無理! 持てない!
そこで、ふと、ある魔法の存在を思い出す。
魔法剣、フェザー。
刀身に重量軽減の魔法をかけ、羽のように軽くなった剣を使ってスピード重視の攻撃を繰り出す、王家流の魔法剣のひとつ。
これだけではダメージがかなり落ちるため、使用時にはよほど切れ味の良い剣を使うか、火の属性魔法を重ねがけして、殺傷力を高めるのが基本だ。
これなら、なんとかなる!
わたしは重量軽減の魔法陣を思い浮かべ、剣に転写する。
刀身にうっすら浮かんだ魔法陣に向けて、わたしは体内の魔力を注ぎ込んでいく……あれ? 注ぎ込めない!?
わたしの中に、魔法の発動に必要な魔力の流れを全く感じない!?
どういうこと?
図書館で練習した時には、あんなにはっきり感じたのに……。
体内には常に魔力が満ちていて、いくら魔法の練習をしても、魔力が無くなるなんて感じたことは一度もなかったのに……。
その後、ガイ先生にとっては予定通りだったそうだが、わたしは皆の訓練の見学を言い渡された。
ずっと下を向いたまま、虚な目で時折何かを呟くわたしを、ひどく心配そうな目でレイが見つめていた。
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