26、魔物解体の修行
魔物の解体でベタベタする体をレイと一緒にお風呂で洗い流し、ギルドの食堂で夕食を済ませたわたしは、今日はちょっと疲れたからとレイに断って早々に自室に引き上げた。
(早く新しい本が読みたい!)
いや、別にわざわざ自分の部屋に戻る必要はないんだよ。
図書館の扉はどこでも開けるし、図書館にいる間はこちらの時間は完全に止まっているわけだからね。
でも、そこは気分というか、なんか落ち着かないから……。
「さぁ、読むぞ!」っていう環境作りというか、気分作りみたいなのも大切だと思うんだよね。
そんなわけで、あとは着替えて寝るだけって状態を整えたわたしは、就寝前の読書を楽しむべく、いそいそと図書館への扉を潜っていった。
「莉子さま、いらっしゃいませ」
「こんばんは、館長さん。新しい本は入荷してますか?」
早速、脳内アナウンスのあった新刊のところに案内してもらう。
『庖丁への道 〜魔物解体の基礎から応用まで』
『大樹海の魔物たち エデン編』
ちょっと中華風の専門書っぽいのが『庖丁への道』で、表紙が魔物のカラー写真になってる少し大きめのが『大樹海の魔物たち』。
どっちも面陳列になってるけど、一体だれに向けてのアピールなんだろう?
この図書館の利用者は、わたしだけのはずなんだけど……。
そんなどうでもいいことを考えつつ、きれいにディスプレイされた2冊の本を手に取ると、わたしは定位置になりつつあるいつもの席に座る。
まずは、2冊の本にざっと目を通していく。
見た感じの内容はほぼ予想通りで、『庖丁への道』は魔物の解体について書かれたもので、『大樹海の魔物たち』は魔物図鑑で間違いはなかった。
しかも、相当に詳しい!
『庖丁への道』の方は魔物解体のマニュアルというよりは、もはや医学書と言ってもいいレベルだし、『大樹海の魔物たち』の方の解説も、生物学者視点での詳しい解説から冒険者視点での弱点や素材の活用方法まで、広範囲に渡って解説されている。
どちらも、なかなかに読み応えがありそうだ。
わたしは早速『庖丁への道』を手に取ると、明日の実習に向けての勉強を開始した。
『魔物の解体において大切なことは、まず魔物自身のことを知ることで…………』
『…………の外見に囚われているうちは刃を入れるべき場所は見えてこない』
『…………骨や筋、皮膚、骨格や肉体構造、動きや性質を理解することで、自ずと刃を入れるべき場所、入れるべきでない場所が見えてくる』
これは、単純に解体技術だけじゃなくて、個々の魔物についても詳しく知る必要があるね。
わたしは『庖丁への道』を一旦閉じると、今度は『大樹海の魔物たち』の方を読み始める。
(うわぁ! 超リアル!!)
掲載されていたツノうさぎの写真に触れると、次の瞬間、そこはVR空間みたいになって、目の前には写真そのままの魔物が実物大で鎮座している。
しかも、日本のVRと違って、実際に触れることもできるし、手から受ける感触も本物を触っているのと区別がつかない。
いや、本物の方は触ったことがないから知らないけどね。
でも、ここが本の中の世界って知らなければ、ふつうに現実と錯覚していたと思う。
(ふ〜ん……こうなっているのかぁ……)
(あっ、背中の毛は硬いけど、お腹の毛はモフモフだ)
(ツノはやっぱり硬いねぇ……重さも結構ある……こんなのつけてて、首とか大丈夫なのかなぁ……)
この図鑑も相当に高性能で、単なる外観だけでなく、実際の動きや生態なんかもVRでリアルに見られるし、勿論それぞれの項目に対しての詳しい解説もついている。
前回の実習の時にはその動きが全く見えなかったツノうさぎだけど、こうして何度も敵に突進していく様子や、その際の詳しい解説を見ていると、徐々にツノうさぎの動きがわかるようになってくる。
実はちょっとした何気ない動きの一つ一つにも意味があって、それらをしっかりと観察することで、次の動きも予想しやすくなる。
それは勿論、ツノうさぎだけの話ではなくて、同じく実習で見たワイルドボアやジャイアントスネークについても、改めて観察してみると、あの時は気づけなかった色々なものが見えてくる。
いや、あの時はもう怖くて、観察どころじゃなかったからね……。
いくらリアルでも、単なる映像とわかっていれば冷静に観察できる。
実習で見た魔物以外にも、エデン周辺に生息する様々な魔物を見て周り、一通り好奇心を満たしたところで『庖丁への道』に戻ることにする。
うん、実物の生きた魔物をイメージできるようになったことで、『庖丁への道』もだいぶ理解しやすくなった。
魔物の特性がわかると、どうしてこのような骨格になっているのか、どうしてこの部分の筋肉や皮膚が硬いのか、どこに刃が通りやすくどこに刃が通りにくいのか、自然に理解できるようになってくる。
どのように解体すれば良いのか、どういった点に注意するべきなのか、解体に関する一通りの手順を理解できるようになったところで、今度はいよいよ実践だ。
こちらは図鑑と同じようなVR空間で、本物と区別がつかない立体映像? を使っての練習となる。
そして、ここでも語学学習の時に使った“憑依機能”が活躍することになる。
語学習得の時には、発音する口の動きだけが勝手に操作される感じだったけど、今回は身体全体になる。
全身の力を抜いて本が示す動きに身を任せば、刃は吸い込まれるように魔物の身体に沈んでいく。
そうして、色々なタイプの魔物について、何度も何度も解体を繰り返して、自分の動きが憑依によるものなのか自分自身の動きなのか区別が曖昧になった頃、わたしは最後の練習問題をクリアして、なんとか魔物の解体技術を習得することに成功した。
ブックマークにお星様⭐︎、いいねなどいただけると、たいへんうれしいです!




