86.私たちがお姉ちゃんだよ
帰郷してから、かれこれ一週間が経ったある日。
「ここを…こうして…。よしっ」
「シャーリー、いる?」
「リコリスさん。どうかされましたか?」
「ちょっと頼みが…うっわ!かっわい!そのコート新作?!秋っぽ!すっげー可愛い!」
うはぁ、大人っぽくて良〜。
めっちゃオシャ〜。
「ありがとうございます。リコリスさんやルウリさんの意見を元に、私なりにお二人の世界のニュアンスを取り入れてみました」
「さっすがシャーリーだなぁ」
「よろしければ試着なさいますか?」
「いいの?やった!着る着る!シャーリーの作る服好きだ私♡フンフフーン、おーめっかわ〜♡」
こういう服着てアルティとデートとか♡
くーっいいなぁ♡
「よくお似合いです。さすがリコリスさんは何でも着こなされますね」
「まあな♡でもやっぱりシャーリーの服がいいからだよ。リコリスカフェの制服も評判だし。シャーリーも自分のブランド立ち上げたらいいのに」
「ブランドですか?」
「私たちって商売面は彼岸花商店名義で統一してるじゃん?でもドロシーもルウリも、それぞれの部門では独立してるのね」
ドロシーはポーションを始めとした薬全般をムーンフォレストの名前で。
ルウリは魔導具や時計、化粧品や美容グッズなどをアナザーワールドの名前で。
少しずつだけど、ドラグーン王国を起点にその名前は世間に認知され始めている。
「今もたまに市場に卸してるでしょ?ならもっと大々的にってのもありかなって。シャーリーの服も絶対人気出るだろうからさ。私なら朝から並んででも買っちゃうよ」
「以前、ルウリさんにも似たようなことを言われました。アパレル…?でしたか。ありがたいお話ですが、私はこうして趣味程度で織っているのが性に合っていますから」
「そう?」
「それより何か話があったのでは?」
おっといけない。
「じつはシャーリーに折り入ってお願いが」
「そんな水くさい。リコリスさんのお願いとあらば、火の中にだって飛び込みますよ」
「そこまでのことじゃねえ。あのね」
ヒソヒソ
コショコショ
「ってことなんだけど」
「私で…いいのですか?」
「シャーリー以外ありえん。ていうかむしろお願いしてゴメンって感じなんだけど。ダメかな?」
「……嬉しいです。この命に代えても、その使命を遂行しましょう」
「そんなに気負わなくても。べつに今すぐ必要ってわけじゃないし。じゃあよろしくお願いします」
「かしこまりました。誠心誠意、私の持てる全てで」
「うんっ」
これで概ね下準備はオッケーかな。
あとは例のアレを仕上げるだけか。
「リコリス」
「どうしたのお母さん?」
「そろそろ村に帰ろうと思うの。随分マージョリーたちにお世話になっちゃったし」
「でもおじ様たちは居ていいって言ってくれてるんでしょ?お母さんもおば様も、そろそろお腹の子どもが産まれそうだからって」
「ろくに仕事も出来ないで日中お茶ばかりもね。少しくらいは家の仕事をした方が身体にもいいのよ」
「そんなもん?」
「あなたも子どもが出来ればわかるわ。なんて、あなたは仕込む方かしら」
「親にそういうの言われるのキツい。帰るんなら転移門開くよ。その前にお父さんも呼んでこなきゃ。どこ行ったの?」
「あの人はリーゼの相手をしているわ」
窓の外の中庭で、二人が剣を打ち合ってる。
「今日も熱心だね」
リーゼちゃんは未だ屋敷に滞在している。
一度は自信を喪失したリーゼちゃんを見兼ねて、朝と夕方、お父さんが稽古を付けているのだ。
ついでにマリアも。
「剣聖ってのも大変なんだな」
「最強の剣士足り得なければならないと宿命付けられているのだから、大変という言葉でも足りないわ。それを簡単に負かしちゃうんだから」
「ウッヘッヘ、私は最強無敵の美少女なんでね」
「最強無敵の美少女に産んであげたんだから、感謝しなさい」
「ははー感謝感激。だから次産まれてくる子も美人に産んであげてね」
「ええ」
「ね、お腹触っていい?」
お母さんはニコリと笑った。
この中に命が在るのか。
すごいなぁ。
「早く産まれておいで。お姉ちゃん待ってるからね」
「リコリス」
「なーに?」
「産まれ…そう…!」
「どぅええええええええ?!!!」
今感動してたとこだが?!!
「あなたに…触られて…お腹の子がハッスルしてる…!この子絶対…女の…ぁあ゛ぁぁぁぁ痛っ、痛だだだだだ!!」
「ちょ、ちょっ!お母さん!どどどどうしよう!だっ誰か!おとっ、お父さーん!」
「リコ!」
「ア、アルティ!!大変だ!お母さんが!」
「大変です!おか、お母様が産まれるって!」
「嘘だろ?!!」
そんな被ることある?!
奇跡?!
「どどっどうしましょう!」
「おっおちゅっ!おちゅつけぃ!まままずあの、あれ…名前!名前考えないと!」
「名前?!名前って私たちが考えていいんですか?!」
「おバカ娘たち!!いい、から…早くユージーンたちを…それとありったけのお湯とタオル…う゛っ!!急ぎなさい!!」
「「はひっ!!」」
赤ちゃんが産まれる!産まれる!!
寝室の前で、私とアルティは右往左往した。
メイドさんたちが入れ代わり立ち代わりでお湯とタオルを運んでいく。
私たちも何かしたいのに、何をしていいのかわかんない。
「ううう…ううう…」
「落ち着きなさい二人とも。あんたたちが慌てても仕方ないでしょ」
「で、ですが…もう六時間も経って…」
「経産婦でもそのくらいかかるわよ。一度はあんたたちを産んで経験してるんだから、何を心配することがあるの。頑張るのは母親。見守るのは父親。あんたたちは待ってればいいのよ」
「ひゅードロちぃかっこよー」
「ドロシーさんは随分と余裕な様子ですね」
「昔一度だけ、姉さんの付き添いで人間の子どもを取り上げたことがあるのよ。雨の日の乗り合いの馬車の中だったわ。そのときに比べたらここは人も環境も整ってる。だから心配要らないわ。ね?」
そんなこと言っても…
「ああああああ!!」
「っ!!」
「頑張れソフィア!おれがついてる!」
「マージョリー!僕はここにいるよ!大丈夫!」
部屋の中から聞こえてくるお母さんたちの苦痛な悲鳴に身が竦む。
命を産むために戦ってる。
お父さんたちも。
なのに私たちは何も出来ない。
これが子どもを産むってことかと、未知に対して無性に羞恥を覚えた。
知識だけで知った気になってたことに。
それと同じだけ怖くなった。
もしも、もしもお母さんや子どもが無事じゃなかったらどうしようって。
「お母さん…」
「お母様…」
唇を噛む私たちの手に、そっとあたたかいものが触れた。
「だいじょーぶだよ。ママ。おかーさん」
「アリス…」
「ニシシッ」
アルティがアリスを。私が二人を抱き締める。
そんな私たちにみんなも手を添えた。
大丈夫だと。
絶対に大丈夫だと。
「頑張れ…頑張れーーーー!!」
ゃあ…
おぎゃあ…
「!!」
おぎゃあ…おぎゃあ…
「リコ…」
「アルティ…」
扉が開いてお父さんとヨシュアさんが出てきた。
「入ってこいよ」
「さあ」
「え、あ…」
「行ってらっしゃい」
みんなに背中を押され、私とアルティは呆けながら部屋の中へと誘われた。
穏やかな顔のお母さんたち。
その腕には真っ白な毛布に包まれた小さな命が在った。
「可愛い女の子よ」
「あなたの妹よ」
「妹…」
この空間がまるで神前みたいに厳かで、息をするのも忘れそうだった。
「リコリス、抱いてあげて」
「アルティもおいで」
「へっ?!い、いや、落としそうで怖いし…」
「ま、まずはお父様から…」
「いいから」
「来なさい」
優しい言葉に導かれて、私たちはお母さんからたどたどしく赤ちゃんを受け取った。
「どう?」
「ちっちゃくて、あったかくて…なんか怖い…。ちょっとしたことで無くなっちゃうみたいで…」
「そう。それが命よ」
尊く愛しい小さな命を抱いて目頭が熱くなる。
「どうか大事にしてあげてね」
「うん。ありがとうお母さん。妹を産んでくれて、どうもありがとう」
「お母様も。ありがとうございます」
私たちは顔を見合わせてはにかんだ。
不安いっぱいで泣きそうだったのに、そんな気持ちはどこへやら。
こんにちは。そしてようこそ可愛い妹。
私たちがお姉ちゃんだよ。
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