83.四葉の街の珍騒動
「私は村に行ってお父さんの様子を見てくるけど、みんなはどうする?」
「私は行きますよ。久しぶりにお顔を見たいので」
「修羅場るのおもろそうだから興味あるけどあたしパース。ちょっとやりたいことあんだよね。エヴァっちちょっと付き合ってよ」
「はっはい…」
「私もこれから冬にかけて、皆さんの服を織りたいので遠慮させていただきます。申し訳ありません」
「アタシも薬の調合したいかな。あ、冒険者ギルドに魔物の素材も売りに行かなきゃ」
なにを言っとるんだ君は。
「クローバーにギルドなんて無いけど」
「は?!ギルドが無い?!なんで?!」
「田舎すぎて」
普通領主が居を構える街には、冒険者ギルド及び商業ギルドがあるものだけど、クローバーにはそれが無い。
田舎すぎて誰も来ないから。
「フフフ、リコリス君。それは昔の話さ」
「昔の話?」
「そう!この度、我がクローバー領クローバータウンに、冒険者ギルドが出来たんだ!」
ほーん。
どおりで人が多いと思った。
「昔はこの辺りも魔物が少なかったんだけど、十八年前の騒動以来、徐々に魔物の目撃情報が増えてね。今まではユージーンとソフィア、それに手持ちの兵でなんとか対応出来ていたんだけど、それでも追いつかないようになってね。陛下にギルド設立を打診したんだよ」
「今までギルドを置かなかったことの方が不思議だ、なんて陛下は呆れていたけどね」
それだけこの辺りが平和だったってことだ。
いやいや、いい街だね。
「なんと言ってもギルドマスターと職員が揃って美人でね。なんとも眼福だよ」
「マジですか!!」
「あら、私も離婚だーと騒がなくてはならないのかしら?」
「こ、言葉の綾だよ!僕は君だけを愛してる!」
「まあ、あなたったら」
「娘の前なので控えていただけると助かります」
「美人だらけのギルドかぁ~♡ポロリとかあったりして〜♡グフフ〜♡私ちょっと行ってきま――――」
「リコリス」
「あひゃい!!もも、もちろんお母さんたちのことを優先するよ!やだなぁ、もう!」
あっぶねぇ。
お母さんの前だとあんまふざけられん。
「アリスはママといっしょ」
「私もついてっていい?」
「私も行きたいです」
「はいはい。あとのみんなはどうする?」
「ボクはいい。寝てる方が楽だ」
「私たちはせっかくなので、適当に街を彷徨いてみるのでございます」
「魔物の姿では幾度と訪れた街でも、人の姿では違う発見があるやも知れぬでござるからな」
「じゃあアタシと一緒に来る?せっかくならあんたたちも冒険者登録しちゃいなさいよ」
「それはいい提案でござるな」
「冒険者!ドロシードロシー、私も冒険者になれる?」
「なれるでしょ。条件は満たしてるんだし」
幻獣もなれるもんなの?
門前払いをくらっても可哀想だしな。
「一応師匠も付いて行ってあげたら?」
「そうね。そうしてくれると助かるわ」
「心得たのじゃ」
「んじゃまたあとで」
【空間魔法】を使って、私はアルティ、マリア、ジャンヌ、そしてアリスと共にタルト村に向かったのだった。
で、今これ。
「パパ、お昼ご飯が出来ました」
「おー」
「パパ、薪割りと洗濯はやっておきました」
「助かるわ」
「パパ、お風呂が湧きました。背中を流します」
「サンキュー」
若い子に家事させて自分はのんびり、か。
ハッハッハいいゴミ…いや、いいご身分じゃないの。
いい思いをしたんなら、もう未練とか無いよね。この世に。
「お父さんっ♡」
「おー。お?お父さん?」
「死ねオ゛ラァ!!」
「ばぶっち!!」
真っすぐいってぶっとばす。右ストレートでぶっとばす。
我ながら見事なパンチでお父さんは吹っ飛んだ。
「リ、リコリス?!帰ったのか?!おお愛しいおれの娘!!」
「見るな触るな近付くなこのチ○カスが!!お母さんというものがありながら若い子を家に連れ込む悪行マジ赦し難し!!人は殺さないと固く誓った身だけど…今だけは神様も目を瞑ってくれるはず!!潔く死ね!!」
「娘かと思ったら修羅だったんだが?!!」
結構本気で剣を振り下ろしたんだけど、私の剣はお父さんを斬る前に止まった。
あろうことか、黒髪ポニーテールっ娘が手に持った細い木の枝に止められていた。
「パパへの狼藉は許しません」
「あ?誰のパパだって?」
「私のです」
ブチッ!
「うおおお待て待て!違うんだリコリス!話せばわかる!なっ!」
「その首で…お母さんの悲しみが消えるなら!!」
「めー!!」
剣を振りかぶると、アリスが私の足にしがみついた。
「ア、アリス?!」
「ママケンカするのめっ!」
「マ、ママ?!アリス、そ、その子は?!まさ、まさか、アリスの…」
「お姉ちゃーん!」
「大丈夫ですか?」
「お姉ちゃん?!!へ?!あれ?!いもっ、妹?!もう産まれたのか?!ソフィア?!!どういう、どういうこと?!」
「うるっさい!!どういうことはこっちのセリフなんだが?!」
私たちが揃って混乱してると、ため息を一つついてアルティが介入した。
「二人ともまずは落ち着きましょう」
「も、もしかしてアルティか?!いやぁキレイになったな」
「ご無沙汰しておりますおじ様。少しお話よろしいですか?とりあえずはお茶でも飲みながら」
ってことで。
家に入るにこの人数ではすこし狭く、外にテーブルを用意したよ。
さてと、どこから話したもんかね。
「お互い積もる話があると思います。なので一問一答の形式を執るのはどうでしょう」
「さすがアルティ。よし、ひと思いに殺されたいか自害するかどっちがいい?」
「リコ」
「だって」
「では冷静でないリコの代わりに私から。おじ様、彼女は?」
「ああ、こいつは」
「いいですパパ。自己紹介くらい自分で出来ます。私はリーゼ=スクリームノート。ルブレアン王国の剣士です」
「可愛いお名前。って、ルブレアン王国ってどこ?」
「リコ、一問一答です」
「ルールに厳しいな」
「んじゃあこっちから。いつ帰ったんだ?」
「ついさっき。改めて、ルブレアン王国って?」
「サヴァーラニア獣帝国より更に北に位置する小さな国で、おれの生まれ故郷だ」
お父さんてドラグーン王国出身じゃないんだ。
初めて聞いた。
「つっても、国を出てからは一度も帰ったことないんだけどな」
「なんで?」
「一問一答です」
「もういいわ!まだるっこしい!」
「おれのお袋…リコリスの祖母に当たるんだが、これがまた折り合いが悪くてな。勘当同然で家を飛び出してきたんだよ」
「おばあちゃんか…そういえば、そういう話はされたことなかったなぁ。勝手にいないもんだと思ってた」
気にしたこともなかったし。
「次はこっちだな。その子たちは?」
「旅の途中にいろいろあって、妹と娘が出来た」
「マリアです!」
「ジャンヌです!」
「アリス!」
「目に入れても痛くないくらい可愛いが…そのいろいろが訊きたいところなんだがな」
あとでね。
それより気になることがあるから。
「で、なんでお父さんはリーゼちゃんにパパって呼ばせる変態行為してんの?隠し子及びパパ活ならおふざけ無しでぶっ飛ばしちゃうよ?」
「違うんだ!こいつはなんていうか、おれの弟子みたいなもんなんだ」
「弟子?」
「みたいな、ではありません。弟子ですパパ」
「パパって呼んでるけど?」
「だからそこがややこしくなってるだけでな…さっき勘当同然で家を飛び出したって言ったろ?ってのも、おれの実家のラプラスハートってのはルブレアンでも有名な剣の名家なんだが、おれはそこの後を継ぐのが嫌で家を出たんだよ」
「それはなんで?」
「型に嵌まった剣ってのが性に合わないっていうかな。いや、それはいい。で、このリーゼはそこの同門なわけだ。歳はリコリスたちと同じだが、これでも剣聖の称号を持った凄腕だぞ」
剣聖?
これまた安易に厨二心をくすぐる称号だ。
「お姉ちゃん、剣聖って?」
「時代の最強の剣士のことです」
「最強?お姉ちゃんやミオさんより強いの?」
「私も剣に関しては素人なので、一概に肯定はしかねます。ですが」
さっき私の剣は軽々と止められたしな。
木の枝で受けたのは何らかのスキルだとしても、相当な腕利きだってことは、さすがのアルティも理解してるみたいだった。
「その剣聖さんが、なんでお父さんと?」
「剣を教えてもらいに来ました。地を裂き天を落とすと謳われた英雄のパパに。今以上に強くなるために」
「立派な向上心ですね」
「そのパパってのは?」
「パパがそう言えと言いました」
「やっぱりか腐れ外道」
「違うっつの!!師匠とか先生なんて柄じゃねえから、それ以外で好きに呼べって言ったんだよ!!」
「だからってパパって言われて、それでいいとかならんだろ性欲破綻者が」
「それはさておき、彼女がここにいるのは?」
「住み込みだよ。おれは断ったんだがこいつが無理やりな。ほら、今はソフィアも身篭ってるから、家事が楽になればと思って」
それをちゃんと説明しなかったってことか。
お母さんがちゃんと聴いてなかった可能性もあるけど、とりあえずは何事も無くて一安心ってとこかな。
「言葉足らずなのは置いといて、浮気とか隠し子じゃなくてよかったよ」
「わかってくれたか」
「もうめんどくさいから自分でお母さんに説明してよ。離婚だーって喚いてるから」
「離婚?!!それで何日か帰ってこなかったのか?!」
「なんだと思ってんだこの父」
「てっきりいつでも出産出来るように向こうで安静にしてるってことかと…」
「だとしたらなんで貴様はここにいるんだ付き添えよ」
「そ、そうだな!うおおソフィアー!今行くぞ!」
「パパ。まだ剣を教えてもらっていません」
おお、状況が飲み込めてないにしてもゴーイングマイウェイしてんなこの子。
「おお、そうだな。いや困った…。しばらく面倒を見てやると言った手前、それを反故にするのは男じゃねえ…」
「どっちの方が優先順位高いと思ってんだ」
「そうだ!リコリス、すまんがリーゼの相手をしてやってくれないか?」
「はい?!」
「この人ではダメです。弱いから」
「はい?!!」
こんな面と向かって弱いって言われたのレアすぎて狼狽えちゃったよ。
「そう言うな。おれの剣を受け継いでるって意味じゃ、お前の姉弟子になるわけだしな。それになんと言ってもリコリスは強いぞ。おれとソフィアの子だからな」
クシャッと頭を撫でられる。
相変わらずゴツい手だ。
気恥ずかしさと鬱陶しさを覚えるその反面、懐かしさに私の顔は弛んでいた。
「では、この人を倒せばパパの剣を教えてもらえますか」
「ああ」
「わかりました。お前、剣を抜きなさい」
「なんでそれで話が進んでんの。いいけどさ、べつに」
なんかよくわかんないことになったけど、お父さんとお母さんの仲を取り持つためだ。
なんとか上手い具合にやってみよう。
周りを巻き込まないよう、家の裏の空き地に移動した。
「あくまで模擬戦だ。相手を行動不能にさせるようなことはするなよ。どちらかの剣が相手に触れた時点で終了だ」
「女の子相手に暴力なんてするわけないでしょ。ていうか、リーゼちゃん剣すら持ってないんだけど」
あ、私はちゃんと木剣持ってるよ。
「気にしなくていいです。どうせすぐに終わります」
「お手柔らかに」
程よく脱力した身体。
全方位に対応出来る足の配置。
構えはちゃんと剣士のそれに見えなくもない。
「お姉ちゃん頑張れー!」
「頑張ってくださーい!」
「おー」
「では、初め!」
お父さんが腕を振り下ろしたのと同時に、リーゼちゃんはその場で腕を横薙ぎに振った。
ああ、なるほど。
そういう剣ってことねって、私は自分の真横に刃を立てる。
すると金属が打ち合ったような甲高い音が鳴った。
「!」
「悪いねリーゼちゃん。私の目は特別なんだ」
半神半人になったとき【神眼】も進化した。
動体視力や俯瞰的な視界といったシンプルな視覚的能力の拡大の他、対象の情報の看破、魔力や空気の流れといった、見えざるものをも見抜く目に。
「何が起きたの?」
「完全な真横からの斬撃…アウラの絶空とは違うように見えましたが」
「空気で斬った、でしょ?さしずめ触れたものを剣として扱える力ってとこかな?」
「…私の【剣聖】を見抜かれたのは初めてです」
「シシシ、そりゃ光栄だね」
さっきの木の枝も同じだ。
手に触れてさえいれば細い木の枝でも鋼鉄の剣に変わり、空気を撫でれば間合いのない不可視の剣になる。
あとは身体能力の強化とかいろんな権能もあるのかな。
【剣聖】ね、まったくとんでもないスキルだ。
「まだ名前を聞いてませんでした」
「リコリス=ラプラスハート。最強無敵で無欠のスーパー美少女だぜっ♡」
「そう。じゃあ、少し本気を出します。ついてきてください」
「そういうのはかませ役しか言わないんだよ」
結果だけ言っちゃうと、リーゼちゃんの剣が私に届くことは一回もなかった。
リーゼちゃんの能力っていうのは大まかに二つ。
環境そのものを剣に変え、またどんな剣でも手足のように扱えて、身体能力を爆発的に上昇させる【剣聖】。
斬れば斬るほどに威力を増す【剣魔】。
剣士特化というか、剣士として宿命づけられたような二つのユニークスキル。
スキルに振り回されてることのない、鍛錬と研鑽によって築かれたしっかりとした土台がリーゼちゃんの確かな強さだ。
けど、それもあくまで人間のレベルの話。
半分だけでも神になった私からしてみれば、アリスがかまってかまってと遊びをせがんでるのも同然だった。
剣筋は全て見切れるし、そもそもその気になれば魔力がバリアを張って攻撃を無効化しちゃう。
「ふあぁ」
約一時間。
アリスがアルティの腕の中で寝息を立てるくらいには、退屈な時間が続いていたようだった。
「リーゼちゃーん。もうやめない?」
もう気が済んだだろって、私は疲労に上下するリーゼちゃんの肩に剣を置いた。
「ぐしゅ、えうぅ…!わたっ、わだし剣聖なのに゛ぃ…!最強の゛っ…剣士なのにぃ…!くっ、殺せぇ…!」
「おお、生のくっころ。ってガチ泣きしてんじゃん!なんかゴメン強すぎて!」
「人間じゃなくて、の部分を謝った方がいいのでは?」
それはそうだね!
「はいもう終わり!みんなでワイワイお菓子パーティーとかしよう!」
「ソフィアー!待っててくれー!」
はよ行けお母さんとこ。
――――――――
姫たちの方はどーなってるかなー?
あたしが気にしてもしゃーないか。
「あ、あのルウリ、さん…。これは…な、何をしてるんですか?」
「ラジアータ号の改造〜」
「か、改造…?」
「巨人族の子のあれ、雲の船。めっちゃよきだったじゃん?」
「あ、はい…よき、でした」
「だからラジアータ号も空飛べるようにしちゃおっかな〜みたいな。船は船でも飛行船?飛空艇?みたいな感じにしたいんだよね。航空力学とか仕組みもわかるから改造はよゆーなんだけど、熱エネルギーでブーストかけるエンジンの他に、エヴァっちの【重力魔法】使ってフロートシステムみたいなん作りたいんだよね」
「は、はあ」
わかってない感じきゃわ。
「そっそれでえっと…私は…何を?私は、リコリスちゃんみたい、に…【付与魔術】が使える、わけじゃ…」
「目の前で魔法使ってくれればいいよ。【解析】で診ればだいたいわかるから」
「は、はい。じゃあ」
「あー。ほーん。なるほどね。系統は闇で、魔力の密度が他の魔法より濃いのか。こういう感じね」
【魔力変質】でエヴァっちの魔力をコピって、デカめの魔石にチャージ。
これをラジアータ号に組み込んで、あとはあちこち変形機能付けて…
「っし出来た」
「も、もう、ですか?」
「こんくらいよゆーよ。そのうち合体ロボとか作ってやろうかな、シシシ」
「ロ、ロボ?」
あっちの世界じゃ私はただの天才止まりだった。
だけどこの世界では、机上の空論が次から次に現実になる。
半神になった姫みたいに。
私も好きに生きるんだ。
「ヤーッバい。まだまだ作りたいものいっぱいだ」
「私、ルウリさんの頭の中は、わかんないです。けど…ルウリさんの作るもの、好きです。全部、人のためになる…素晴らしい発明ばかりで」
「エヴァっち…そーゆーのは目見て言ってくんないと」
「ひぎぎぃ!あ゛あ゛至近距離で直視キツいぃ!」
シシシ。
やっぱエヴァっちっておもろ可愛い。
「てか姫とか嫁みたくちゃん付けしてよ。タメの友だちってレアっしょ?」
「へっ?はっ…はい、ルウリ、ちゃん」
「うっひゃ〜きゃっわ〜♡エヴァっちの小動物感めっちゃすこ〜♡抱ける〜♡」
「だっ抱け…へひっ?!」
顔真っ赤じゃん。
マジで抱いてやろうかな。
女好きになったわけじゃないんだけどなぁ。
すっかり姫に染められちゃったかな。
「シシッ、冗談だよ。ドキドキしちゃった?♡」
「ドキドキ…はい、しました…。ルウリちゃんは、すごく…可愛いので」
「おっふ…」
すっげぇまっすぐなカウンター効くんだけど。
やっぱ伊達に姫が選んだ女じゃないわ。
エヴァっちマジ魔性。
顔面良っ。
「…?」
――――――――
「生地はこれだけあったら足りるでしょうか。糸は…またエヴァさんにお願いしましょう」
すっかり肌寒くなった。
立ち止まって見上げた空は高く、あんなにも青々としているのに。
もうすぐ冬。
冷たく暗い季節は嫌でも昔を思い出す。
人を殺すよりももっと前の、二十数年の人生で一番ツラい時期。
寒く、ひもじく、どうしようもなく惨めな自分を。
「…ダメですね。私は」
「みゃあ」
足元で泣いた猫の声に、ハッと我に返る。
「…お一人ですか?」
しゃがんで撫でようとしたら、猫は路地裏へと走っていってしまった。
木箱の上に飛び乗り、別の猫に鼻先を擦りつけている。
親子か恋人か、仲睦まじそうなその姿を見て、なんだか羨ましい気持ちになった。
「今日はリコリスさんに甘えてみましょうか」
それははたして本当にリコリスさんに、だったのか。
必ず受け入れてくれる無条件な優しさそのものにだったのか。
答えは出ず。出さず。
私はまた、人が行き交う通りを歩き出した。
――――――――
「えっと…冒険者ギルドは…」
「どうやらあそこのようじゃな」
街の端に建てられたギルドは、白を貴重とした綺麗な外観をしていた。
説明が無ければ貴族の屋敷と見間違うほど。
「主様、木と花のいい香りがしますね」
「ええ」
新築特有の木の匂いには安らぎを覚える。
それにそこら中に飾られた花瓶とブリザーブドフラワー。これはギルドマスターの趣味ってところかしら。
なかなかいい趣味をしてる。
だからこそ、いただけないのは酒とタバコの匂いね。
前者はいいけど後者は鼻につく。
一階の一部は酒場になっているようだから仕方ないとしても、少しはモラルが無いのかしら。
だから冒険者は粗野だなんて言われるのよ。
って、アタシを含めて高尚な冒険者がいるとも思ってないんだけど。
「冒険者登録〜♪」
「待ってトト。まずは受付をしてもらわないと。すみません」
「はいはーい!少々お待ち、を…うぁっとっと!」
受付カウンターの向こうで書類を抱えて右往左往していた、犬の獣人族の少女がアタシたちを応対する。
「お待たせしました!ようこそ冒険者ギルド、クローバータウン支部へ!担当のアルバートと申します!」
「元気な娘じゃのう。そなた成人しておるのか?相当若く…というか幼く見えるが」
「アハハ、よく言われます。でもしっかり成人してますよ。これでも私今年で20歳です、エヘンッ」
「若いわね。って、アタシたちが人の歳に口出し出来る見た目かしら」
「クハハ、間違いない」
アルバートはキョトンと、垂れた犬耳をパタパタさせた。
「失礼。この子たちの登録をお願いするわ」
「はいっ、かしこまりました!」
犯罪歴の有無の確認と必要な情報の記載が終わると、アタシたちの懸念なんてどこへやら。
リルムたちは迅速に冒険者登録を終えた。
「おーこれがギルドカードってやつか?なんだかうまそうじゃないなぁ」
「食べちゃダメよプラン。カードの再発行って高いんだから」
「ねーねー粘体級だってー。みんなリルムと一緒ー」
「そうじゃな。そなたらならすぐランクも上がろうが」
「うーんリルムこのままがいいなー」
「無事に登録も済んだことだし、魔物の素材の買い取りもいいかしら?それと薬の納品も」
「はい。ではギルドカードの提示を」
「ええ」
「精霊級冒険者のドロシー様ですね。百合の楽園……って、えええ?!!」
ギルドカードを見るなり、アルバートは目を丸くして叫びだした。
「みみっ、皆さまが、あの百合の楽園?!すごい本物だ!マスター!マスター!!あーもう!こんなときにどこ行ったんですかー!」
「おい百合の楽園って」
「王国内外で有名な女だけのパーティーだろ?」
「たしかリーダーは貴族で、女なら見境なく襲うとかいう」
「いやいや、おれは絶世の美女で、目についた女の服は一枚残らず剥ぎ取るって聞いたぞ」
「違うわ。とんでもないお金持ちで、見ただけで誰彼構わず孕ませるのよ」
どんな尾ひれ付いてんのよ。
面と向かって否定もしづらいのがまた。
良くも悪くも目立つのね百合の楽園って。
「お会い出来て光栄です!今後も仲良くしてください!」
「こちらこそ」
尻尾をブンブンと振って、なんて人懐っこいのかしら。
リコリスはこういう子をいたく気に入りそう。
ああいや、あれが気に入らない女なんていないか。
「ドーお腹すいたぁ」
「オイラもだぞ」
「どこかでお茶でもしましょうか」
「通りに木の実を使ったおいしいパイを出す店があるのでございます。マスターのお気に入りでございますよ」
「いいわね、行きましょうか」
「パイ、好き」
「行こう行こう!」
終始冒険者たちの目を引いて、私たちはギルドを後にした。
「百合の楽園、みんなキレイな人たちだったなぁ。リーダーはとびきりの美少女だってコノハ先輩が言ってたっけ。またギルドに来てくれるかなぁ。エヘヘッ、また会えるといいなぁ…あわっ!」
アルバートは浮かれて足を引っ掛け、手にしていた書類を廊下にばら撒いてしまった。
「いたた…」
「大丈夫ですか?アルバート」
「わっ、マスター!ゴメンなさい」
「気を付けてください。何をそんなに浮かれていたのですか?」
落ちた書類を一緒に拾い上げながら、ギルドマスターの女性は訊ねた。
「さっきギルドに百合の楽園が来てたんです!」
「百合の楽園…ああ、巷で噂になっているあの」
「もうみんなすっごくキレイで!なんかこう、憧れるなぁって感じの人たちだったんですよ!」
「フフ、それはそれは。私も一目お会いしたかったですね」
「そうですよー!どこに行ってたんですか?」
「つい道に迷ってしまって。ドラゴンポートの方までフラフラと」
「ドラゴンポートって王国の真逆なんですけど…。もう、しっかりしてくださいねマスター」
「ええ」
ギルドマスターは手にした書類に視線を落とした。
記載されているのは、新進気鋭の百合の楽園、そのリーダーであるリコリス=ラプラスハートの異色の経歴。
冒険者登録後、僅か数ヶ月で魔狼級へと昇格。
数々の事件を解決し、ドラグーン王国、アイナモアナ公国、技術国家ディガーディアーの三ヶ国で叙爵。
更にはパステリッツ商会と独自のコネクションを持ち、彼岸花商店として自らのブランドをも立ち上げている。
そして他の追随を許さない圧倒的な美貌。
目に留まらない方がおかしい。
「美しい方ですね」
「ですよね!はぁ〜会ってみたいなぁリコリスさん」
恍惚としたアルバートを他所に、ギルドマスターは書類を眺め続ける。
「リコリス…ラプラスハート…」
――――――――
「ソフィア!おれが愛してるのはお前だけだ!おれだけの星!おれだけの女神!お前を置いて他の女に目移りなんてするわけあるか!何度だって言おう!愛してる、ソフィア!!」
「あなた!!」
熱い…ウザい…長い…キツい…
お父さんとクローバー邸へやって来てかれこれ三時間。
お母さんはどうせ私なんて…とかメンヘラみたいに拗ねて、お父さんはそれでも愛してる!とか歯の浮くようなセリフを並べて、ってのを繰り返してやっと落ち着いたとこ。
「姫パパおもろいなぁ」
「情熱的な方、ですね」
「いやいや、よかったよユージーン。二人が離婚なんてしたら、僕は軍を置かなければならないところだった」
っていうのも、辺境伯…国の端に位置する貴族は独自の軍を持つことを許されてるんだけど、クローバー家はそれを有していない。
最低限の兵士だけで身の回りの安全を賄っている。
自分が冒険者だったってのもあるけど、一番の要因はお父さんとお母さんだ。
二人がいるからこそ、この辺りの脅威は取り除かれているのだ。
元々魔物が少ない地域っていうのもあるけど。
「人の家の騒動に冷たすぎるんじゃねえのか?」
「本当に冷たいならソフィアを丁重に送り届けているとも」
「悪かったな迷惑かけて」
「それは心配をかけた娘に言うんだね」
「ああ。すまなかったリコリス」
「いいよ、なんにも無かったんだから。それより」
私は客間の隅に目をやった。
リーゼちゃんが赤く腫れた目でこっちにジト目を向けている。
「あれ、どうすんの?」
「どうすっかな」
「私が消し炭にしましょうか?」
「なんで率先して物騒な案が出せんのお母さん」
「家族の輪を見出そうとした不埒者はどんな目に遭っても文句は言えないでしょう?」
めちゃくちゃ怖い。
けど、これがソフィア=ラプラスハートなんだよなぁ。
力を振るうことが大好きな脳筋ってわけじゃなくて、正論と理論で容赦なくぶん殴る超理智的お母さん。
だから私はめちゃくちゃ怒られる機会が多かったし、何度も頭には拳骨を落とされて、お尻もめった打ちにされた。
恐怖って意味では正直マザコンを自負してる。
だからって目の前で女の子が傷付けられようとしてるのを見過ごすようじゃ私じゃない。
「一応勝負に勝ったのは私だし、ここは私の顔を立ててよ。悪いようにはしないから」
「わかったわ」
お母さんはそれで納得してくれたけど、さあどうしよう。
目の前にしゃがむと、リーゼちゃんは尚も目を細めた。
「ねえリーゼちゃん」
「なんでしょうご主人様」
「なんだそのご主人様って」
「剣士は負ければ剣を捧げなければなりません。ましてや一介の剣士に負けた私は下僕も同然。塵芥の如き矮小な身ではありますが、どうぞお傍に。ですが…」
「ですが?」
「っ、せいぜい勘違いしないことですね!私が負けたのは…そ、そう!お腹がすいていただけです!そういえば旅の疲れも残っているような気もしますし!だいたい私の本当の実力は実戦でしか測れ――――」
くぅぅぅぅぅ
「おなかなったー」
「くっ…殺せぇぇぇ…!」
騒がしいなこの子。
てかマジメなんだなたぶん。
「ご主人様とか下僕とかじゃなくて、親睦を深めるってことで今日はみんなでご飯にしよーぜ」
「しかし私は…」
「いいからいいから。今日はデザートにスペシャルなの用意してんだぁ♡」
「スペシャル?」
「スペシャルってなんですかお姉ちゃん?」
「それは後のお楽しみ♡けどきっとみんな気に入るからね♡」
その一時間後、ドロシーたちが帰ってきた。
「ただいま帰ったのじゃ」
「おかえり。冒険者登録は出来た?」
「うん出来たよー」
「べつに何事も無かったな」
「あんた好みの可愛い子がいっぱいいたわよ。はい、これお土産」
「マジかよ明日絶対行こ…って、明日はやりたいことあったんだった。おっ、パイじゃん。ツリーホーム菓子店のやつ。ありがとめっちゃ嬉しいっ」
「リコ、やりたいこととは?」
「ひーみーつ。よし、ご飯にするか」
「それなら私も」
「いいってお母さん。ゆっくりしててよ」
たまに帰ったときくらい親孝行じゃ。
夕飯のメニューはグラタンにした。
寒くなってきたから熱い食事はそれだけでご馳走だもんね。
「それでは手を合わせて。いただきます」
「いただきます」
「ふーふーはちっ、はちち…はふはふ…おいしー!」
「あちゅ、あちちっ、最高です!」
具材はじゃがいも、玉ねぎ、ブロッコリー、ほうれん草。マカロニとメインとなる秋鮭。
牛乳とバターをたっぷり使った熱々トロトロのホワイトソースを合わせ、上からこれまたチーズをパラリ。
グラタンにはパン粉を掛けたいのがリコリスさん。
ワンポイントでパセリを振ってやれば特製グラタンの出来上がり。
「アリスには熱いからふーふーしてあげるね。ふーふー、はい」
「あーん。トロトロでおいしー!」
「シシシ、ちゃんと食べれて偉いね。どうよ?おいしいっしょリーゼちゃん」
「…はい」
腑に落ちないって顔は相変わらずだけど、私のご飯で落ちない子はいないのだ。
「本当おいしいわ。昔から料理が上手だったけれど、また腕を上げたわねリコリスちゃん」
「いやぁ、貴族の方にそう言ってもらえると嬉しいです」
「私も一応貴族なのですが?」
「アルティは身内すぎて貴族と思ってない」
「一周回って不敬」
「さすが王都で店を構えるだけはあるね。リコリスカフェだったかな。僕も用事で王都に行ったときに寄らせてもらったよ。あれは見事だ。陛下が虜になっているのも頷ける」
「どうもです」
「うーん本当にうまいな!これは立派にソフィアの味だ!」
「え、そう?意識したことなかったけど」
「知らず知らず親の味を受け継いでたってことね。いい話じゃない」
「やめろやめろ小っ恥ずかしい」
「私が作るよりおいしいわよ。このグラタン、私やマージョリーに合わせてくれたんでしょう?」
「いや、まあ…」
妊婦には食べた方がいいものと、控えた方がいいものというものがある。
ブロッコリーやほうれん草、パセリは葉酸や鉄分、ビタミンCを効率よく摂取出来る。
同じく牛乳やチーズはカルシウムを。
どれも妊婦と胎内の子どもには必須な栄養だ。
サラダも一応浄化で悪いものを取り除いているから安心だ。
「お腹の子もおいしいって言ってるわ。ありがとうリコリス」
「あ…うん。へへへ」
「あー姫照れてる〜♡」
「おーおー愛いのう愛いのう」
「だー!おかわりあるから黙って食ってろうっせーな!」
仲間に親とのやり取り見られんのめっちゃ恥ずい。
調子狂っちゃうよまったく。
「さてお待ちかね。食後のデザートは〜どぅるるるる〜じゃーんっ!チョコレートケーキでーす!」
「おっほぁ〜♡チョコレート〜♡」
当然なんだけどルウリ以外リアクション無いな。
「リコリスさん、チョコレートとは?」
「オースグラードでカカオって木の実を買ったんだけど、それから作られるお菓子をチョコレートっていうの。ショコラともいうけど」
「ショコラ…」
「食べられるようにするまで鬼のように手間がかかるんだけど、そこはさすが私ってことで♡」
すり潰してすり潰してすり潰して…なんて過酷な作業はノンノンノン。
魔法で一発よ。
あとは牛乳と砂糖でいい感じにしたら完成。
異世界初のチョコレートだ。
「まあ百聞は一見に如かずってことで。食べてみ食べてみ。ほっぺ落ちるから。あ、お母さんとおば様はこっちのミニケーキをどうぞ」
「あら、どうして?」
「チョコレートに含まれてるカフェインってのが、妊娠中はあんまりよろしくないんだよ」
「そうなの?残念だわこんなにおいしそうなのに」
子どもが産まれたらまた作ってあげよう。
ホールケーキにナイフを入れれば、キレイな三層がお目見えになる。
ココア生地のスポンジでチョコレートムースを挟んであるよ。
「いただきます…んんっ♡」
はーいおいしそうな顔いただき〜♡
「脳天まで突き抜けるような甘さと、芳醇で香ばしい得も言われぬ香り…♡」
「はわぁ、しゅごいよぉ♡」
「おいしいですぅ♡」
「なあなあリコリス!♡これすっごくうまいぞ!♡」
「幸せの味でございます♡」
「美味でござるぅ♡」
「やっぱチョコ美味〜♡」
みんな蕩けとるわ。
それはリーゼちゃんも同じだった。
「こんな、罪の味で堕落など…くっ…殺しぇへぇ…♡」
くっころって女騎士が言うやつなんじゃないの?
可愛いからなんでもいいか。
あ、そうだ。
いい感じに場の空気が緩んでるしこの流れで言っとくか。
「お父さんお母さん、私アルティと結婚するから。あとなんやかんやで叙爵したし人間辞めて半神半人になったよ。あとついでに今まで黙ってたけど私じつは別の世界で一度死んでこの世界に転生したんだよね。ふー言いたいこと全部言ってスッキリした〜。ではでは私もチョコレートケーキを〜♡」
ガシッ
「あ、あの…お母さん?なにか…?」
すっごい笑顔で肩掴んでる。間近で見るお母さん美しっ。
背後に鬼を背負ってること以外は。
「正座」
「はひ?」
「正座なさい」
「いや、チョコレートケーキ」
「せ・い・ざ」
「はひゃい…」
私の女たちよ。
どうかこんな情けない姿を見ないでおくれ。
お母さんに怒られて泣いてる姿なんて、君たちだって見たくはなかろう?
「んぁー♡」
あ、みんなチョコレートケーキに夢中だねちくしょー。
世間はゴールデンウィークですね。
皆さんは休みを謳歌していますか?
私は仕事です。
作品がおもしろいとおもったら、私が可哀想だと思ったら、いいね、ブックマーク、(励ましの)感想、(慰めの)レビューをどうかお願いします!!
働きたくないでござる!!!




