77.進化
「人間を、辞める?」
みんなの前でも同じことを宣言したんだけど。
「そうか…ついに悪事に手を染めたか…」
「信じてたのに…」
「痴漢か?公然わいせつか?白状しろ姫」
「リ、リコリスちゃん…」
「揃いも揃って貴様ら」
尻撫で回したろかい。
「じゃあなんじゃ?ブリッジしながらスカートの中を覗く奇行でも覚えたか?」
「それか女児パンツのテイスティングでもやらかした?」
「見ただけで道行く人のスリーサイズを当てられるようになったとか」
「それは普通に出来るけど」
「きっつ」
「そろそろ泣くが?」
閑話休題。
「ええと、なんでしたっけ?」
「人間辞める」
「具体的に」
「えーっとね、リルムたちをこっちにいられるようにし続けるのが無理だっていうのが、今私たちが議論にしてることだろ?それはなんでだ?エヴァ君」
「はっはい!あの…私たちと幻獣じゃ、存在の次元と…い、生きられる世界が違うから…です」
「正解!」
「唐突なフィ○ドール」
なんにでもツッコんでくれるルウリ好きよ。
「掻い摘んで説明すると、存在の次元が違うってのは動物か魚、生きられる世界が違うってのは地上か水中かみたいなもんだ。ならそれをどうするか。魚を地上で生きられるようにすればいい」
「それはまあ、そうなんですが」
「じゃあそれをどうするかってことなんじゃないの?」
「まあ聴いて。じゃあ、なんでそんな隔たりが起きてるのかってことが重要になるわけだ。答えはシンプル。幻獣の力が強すぎるから」
師匠曰く、幻獣は一体で国を滅ぼすことが出来うる力を有しているとのこと。もちろん個体差はある。
「なら、その力をリルムたちと繋がった私が完全に制御してやればいい」
「アホめ。それこそが【召喚魔法】じゃろうが。契約を以て制約と成し、召喚者と幻獣の間にパスとルートを設けることが、直接的に次元の均衡を保つことになっておる」
「だから、それはそもそも幻獣の力が強いから起こるんでしょ?なら話は簡単だ。【召喚魔法】を永続的に発動したまま、幻獣の力を丸ごと取り込んで、空っぽになった器に新しい魔力を注いでやればいい」
「…………」
「…………」
なんだどいつもこいつも揃って怪訝な顔しやがって。
「理論…というか机上の空論じゃが言いたいことはわかる。この際細かいところまで言及するのはやめておこう。じゃが、二点どうしても気に掛かることがある。一つ、リルムたちの力を全て受け入れる器。二つ、同じくリルムたちを満たせるだけの魔力。こればかりはどうしようもない。何故なら」
「私が人間だから、だろ?」
グレイブドラゴンは魔物を生物的な弱者だと呼んだ。
人間だってその延長だ。
【召喚魔法】でさえ膨大な魔力を消費し、術者への負担は尋常じゃない。
その上で幻獣の力を個人で受け止めることなんて不可能だ。
「なら人間を辞めればいい」
「個人的にはそこが一番引っ掛かってるんだけど、具体的にどういう意味?」
「幻獣の力を受け入れるには相応の器が要る。それは人間じゃ無理。じゃあ人間辞めようかなって」
「まさか種族進化のことを言っておるのか?」
「種族進化?それってなんですか?」
ジャンヌが可愛らしく小首を傾げた。
「魔物の幻獣進化とは異なる、人に於ける所謂一つの成長じゃな。獣人族や悪魔、魔人、妖怪族など、大小問わず魔物ないし他の遺伝子を持つ種族は成長の過程で独自の進化を遂げることがある。悪魔が上位悪魔になったりの。しかし人間が種族進化したなどという話は聞かぬ。そうじゃろうアリソン」
アリソンさんは紅茶を片手に、私たちの話を興味深そうに聞き入っていた。
「ああ。前例は無いね。何故なら人間とは不完全にして完全な種族だから。成長はすれども進化はしない。悠久を経て猿から人間に至ったことでさえ、進化と呼ぶのはおこがましいと僕は思っている」
すると今度はマリアが手を挙げた。
「はいはーい」
「なんだねマリア君?」
「人間を辞めてお姉ちゃんは何になるの?獣人?」
「お姉ちゃんも私たちと一緒ですか?」
「まー私がネコ耳美少女になったら魅力が8万パーセント増しにっちゃうけども」
「おそらくシリアスな場面であろうとも率先してふざける姫すこ」
「マジかよ相思相愛じゃん」
「何になるかは一旦さておき、リコリスさん。人間を辞めると簡単に言いますが、具体的にどうするおつもりですか?」
「みんなにありったけの魔力を限界まで流し込んでもらう」
幻獣への進化は器である肉体と、それに満ちる力が吊り合った状態を指す。
私ってば見た目から毛穴まで完ぺきだし、磨き抜かれた肉体っていう点ではたぶんクリアしてんだろ。
あとは器の容量を無理やり広げて底上げするだけ。
あら簡単。ワイルドエリアでマスターボールばら撒くみたいなもんよ。
「そんな無茶苦茶な…」
「無茶は承知だよ。試せるもんはなんでも試す」
「失敗すれば…どうなるの?」
ドロシーが不安そうに見上げてくる。
「リルムたちを失うだけじゃない。あんただって無事じゃ済まないかもしれないのよ。それでもあんたは」
「知ってんだろ?女のためなら命を賭けるのが私だって」
私はそんなドロシーを抱き締めた。
「私の前で誰一人そんな顔させないために頑張るんだよ」
そんでもって…とみんなに問いかける。
「どんな私になっても好きでいてくれる?」
答えは決まってるとみんなは笑う。
「とーぜん」
「はっはい!」
「この心は変わりません」
「どんなお姉ちゃんになっても!」
「大好きです!」
「オイラも!」
「リコリス。アタシは…アタシの友だちすら自分で救えないほど弱いけど、無力だけど、あんたを信じることしか出来ないけど…あんたに誓った忠誠はあのときから揺らいだことは無いわ。だから……お願い。みんなを、お願い」
ドロシーは目にいっぱい涙を溜めた。
無力?笑わせんなって言ってやりたい。
私が欲しがった女が弱いわけあるかって、強く短く応える。
「おう」
そしてアルティも。
「やること為すこと計り知れない。退屈しませんよ、あなたと一緒だと」
「ニシシ」
「どこまでも付いていきます。愛するリコの傍に」
勇気いっぱい。
覚悟は出来た。
さあ、勝負と行こう。
女を賭けた私自身との勝負に。
夜が差した竜泉郷は、命の鼓動すら感じないほどの静寂。
竜の墓標もまた同じ。
「本当に戻ってくるとは思わなかった」
グレイブドラゴンは巨大な身体を鎮座させたまま、私たちを見下ろした。
「所詮人間と魔物は違う。従魔といえども都合が悪くなれば見捨てるだろうと」
「見くびんなよ。ただの主人と従魔じゃないんだ。なっ」
私は何も無い空間に向かって微笑んだ。
「リコリス、準備が出来たぞ」
「サンキュ」
師匠とアルティ、エヴァで、地面に巨大な陣を描いてもらった。
魔力に局所的増加と指向性を持たせるためのものだ。
「んじゃ、とっとと始めるか」
私を中心に、アルティたちは一番外側の円周に描かれた小さな陣に乗った。
「いつでも大丈夫です」
「おうっ。来いよみんな」
「リー」
何も無い空間から声がする。
「なに不安そうな声してんだ。らしくないな」
「リコリス、ボクたちは」
「大丈夫だ。絶対大丈夫。だからおいで」
「リコリス…」
「主殿」
「マスター」
「番様」
「花婿さん」
すると私の胸に柔らかいものが当たった。
ひんやり冷たく、でも確かに感じる命の鼓動。
私が知ってるぬくもり。
「リーのこと、信じてる」
「ああ」
唇に感触を。体温を。存在を。
私は陣の中心で世界を仰いだ。
「手加減すんなよ百合の楽園!!何があっても止めるな!!迷うな!!お前たちの全力をぶち込んでこい!!」
時間だ。
リルムたちの進化が始まる。
「チャンスは一度きり!!全開で行きますよ!!」
アルティの声を皮切りに、陣が眩い光を放つ。
それと同時にみんなの魔力が私に流れ込んできた。
あっちぃ。燃える。寒い。凍える。
心臓爆ぜる頭割れる血が沸騰する。
眼球の裏に溶岩でも流し込まれてるみたい。
「っあ、ぐっ、があああああ!!」
「お姉ちゃんっ!!」
「ジャンヌ!!魔力を止めるでない!!」
魔力を食べさせるときと同じだ。
人の魔力ってのは基本的に毒で、攻撃性をゼロにするのは言うほど簡単なことじゃない。
一度に大量の異なる魔力を受け、私の身体と精神は悲鳴を上げた。
「お姉ちゃんが死んじゃうよぉ!!」
ゴメンなつらいことさせて。
でも大丈夫だから。
だから。
「もっと…もっとありったけよこせ!!」
奮えろ。昂ぶれ。滾らせろ。
こんなもんでリルムたちを受け入れられるか。
もっともっと熱く。もっと、もっと。
「――――――――」
ヤバい。
視界が暗くなる。
吐き気?目眩?これが何なのかもわかんない。
上下左右が消える。
オーバーヒート?感覚が無い。
ダメだ。倒れるな。
まだやれる。まだ。
「リコ!!」
「リコリス!!」
あ、みんなの声遠い――――――――
「あれだけ大層な口を利いて、結局はその程度か」
白い世界に佇む私にテミスは言う。
死後の世界?
ハッ、縁起でもない。
ただの幻想だ。
「身の丈に合わない願いは滅びを産む。いつの時代も人は法を厭わしく思い、同じ歴史を繰り返してきた。愚かで醜く、そして哀れ。だから私はお前たちのことが嫌いだ」
シャラン、と鈴の音が響く。
「法とは指針。人が生きる上で遵守されるべき絶対のルールだ。にも関わらずお前たちは法に抗おうとする。無為に、無駄に。わかっていながら自分の信念を曲げようとしない。何故だ?何故そうまでお前たちは」
窮屈を嫌い、退屈に飽き、偏屈に凝り固まる。まあそんなのは人それぞれだ。
ルールが煩わしいときってのは誰にだってある。
なのにそれを破ろうとするのは。
「そうしてでも叶えたい願いがあるから」
「そのためなら神に背いてもいいと、お前は言うのか」
「法は正しい。どれだけ疎ましくても正しいものは正しいんだと思う。だけど法に従うことがイコール正しいってわけじゃない。正義がこの心にある限り、私は私の意思でテミスに背くよ。抗い続けてみせるよ」
こんなこと、法の神様に言うことじゃないけど。
ゴメンねテミス。言わずにはいられない。
「この手が届く世界では私がルールだから」
テミスは数拍まっすぐに視線を交わし、それからクソデカため息で肩を落とした。
「はぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜……だから嫌い人って。全然思いどおりにいかない。超滅んでほしい〜…」
「物騒。けど…シシシ、そうはいかないかな。世界中の女の子愛するまでは滅んでもらっちゃ困るんでね」
「お前みたいな愚か者ばっかりなら、私ももっと楽な気持ちで世界を見守り続けられるのに」
「なら私を見てろよ。そしたらきっと、楽しいものを見続けられるから」
「……そうだな。人は嫌いだが、縛り抑えるばかりが人のためでないことも確かだ。わかっていても曲げられない。創造者の自己欺瞞で揺るがしてはならない志こそが法なのだから。法神の名に於いて命ずる。リコリス=ラプラスハート…法を冒せし咎なる者よ。お前に人の領域を越える覚悟があるというなら」
仮面を取って私の右目にキスを一つ。
「示してみせろ。お前自身のルールを」
ドクン
その脈動は、新しい心臓を与えられたかのように新鮮で激しかった。
「っあ、ぐ…おおおおおおおお――――――――!!!」
爆発のような衝撃に大気が震え地が揺れる。
虹色に輝く魔力の暴風が私の中に溶けた。
残滓がキラキラと煌めいて、師匠以外がその場にへたり込む。
「やった…のですか?」
「嫁、それフラグだから」
「リコリス…?」
ちゃんと聞こえてる。ここにいる。
なのに私じゃないみたいに気持ちがフワついてる。
大丈夫。私は私だと、虚空に向かって手を伸ばした。
きっと掴んでくれると信じて。
「な?言ったろ、大丈夫だってさ」
手に手が触れる。
リルムたちの意思を汲んで姿を隠していたグレイブドラゴンの幻術が溶け、みんなが私たちの前に現れる。
それはそれは美しく麗しい姿で。
「わぁ!」
「みんな…すごくキレイです!」
うん。どいつもこいつも可愛い。
ていうか好き!!
「リー……リー!!」
「シシシ、おかえりみんな」
私は熱く、強く、胸に飛び込んできたリルムを受け止めキスをした。
ここまで読んでくださってありがとうございます!!m(_ _)m
以前から考えていたリルムたちの人化がついに実現しました!
AIでイメージを固めるのは非常に困難でしたが、なんとか形になりました!(ところどころ、ん?となるかもしれませんがAIなので容赦してください!)
みんなが進化したことでもっと百合します!させます!
リルムたちの全体像が見たい!という方は、pixivにてご覧いただけます!その他、過去の挿絵も投稿してありますので、よろしければ!
URLは貼れない?貼ってはいけない?ようなので、pixiv内で百合チート持ちで異世界に転生したとか百合ハーの姫になるしかない、もしくはユーザーで無色で検索してください!
まだまだ今章は終わりません!
引き続き竜魔胎動編をお楽しみください!
次回も絵載せます!




