73.魔術師と光の円環
エーファちゃんたちと訪れたのはキノーフィスの南側。
湯煙昇る温泉街だった。
飾り付けされてるのはそのままだけど、ガラリと雰囲気が変わって趣深い。
その中でも一際ひなびた雰囲気を持った食事処、ひなた亭へとやって来た。
「フェッフェッフェッ、いらっしゃいエーファちゃん」
「おう。邪魔するぞミロ婆さん」
腰が曲がったお婆さんが一人で営んでいるらしい店の中は、なんと客席が足湯になっていた。
「おお、いい雰囲気」
「足湯に浸かりながらご飯出来るとか神〜♪」
浸かってみると、まあ気持ちいい。
「ほへぁ…」
「あったかいわね」
ちょうどいい湯の温度に身体の力が抜ける。
湯気が籠もってないのは、風の魔法で換気がされているかららしい。
「はいはい先に飲み物ね。お待ちどうさま。オースグラード名産の、エイビスビールだよ。子どもたちにはジュースとミルクね」
足先からじんわりあったまったところに、冷えたビールを…
「んぐっんぐっ…ぷっは!うんまい!」
「なんて贅沢。テルナさんが知ったら羨ましがりますね」
「このビールというお酒がまたおいしいですね。しっかりとした鮮やかなまでの苦味が脳天に突き抜けるようで」
「エールに似てるけど、何が違うのかしら。こっちの方が喉越しがいい気がするけど」
「この天才錬金術師のルウリさんが上面発酵と下面発酵の違いについて説明してあげよっか?」
「おいしけりゃなんでも」
「「よし!ゴックゴック、ぷは!」」
そんでまた料理がおいしいんだ。
魚介で出汁を取ったブイヤベースも最高だけど、網焼きにされた川魚の塩焼きがお酒に合うこと合うこと。
パリッ、ジュワッで、ここにビール♡
「うーまーはぁ♡至福〜♡ワタの苦味がなぁ、ちょうどいいんだよなぁ♡大人の味〜♡」
「みんな羨ましいです。いっつもおいしそうにお酒飲んでるの」
「お姉ちゃ〜ん。ね〜ね〜、一口、一口だけ。ね〜?」
「可愛くおねだりしてもダーメ。お酒は大人だけの特権なのだ」
「「むー!」」
「子どもは大人しくジュース飲んでなさーい。ゴッゴッ…くーっ♡」
「フェッフェッ、気に入ってくれたかい?」
「はいっ。めちゃくちゃおいしいです」
「この魚お婆ちゃんが釣ってくるの?」
「そうだよ、裏に流れてる川からね」
「脂が乗っててすごくおいしいんですけど、これって特別な魚だったりするんですか?」
「いやいや普通の魚さ。ただ、霊峰オーベルジオの魔力と栄養を含んだ清流で育った魚は、他のものより旨味が増すんだよ」
同じことが霊峰の雪解け水で育った野菜や、それを飲んで育った家畜にも起きるらしい。
祭で食べた料理が特別おいしく感じたのはそのせいみたいだ。
もちろん、料理人の腕がいいのもあるんだろうけど。
「そりゃこんなおいしいもん食べて育ったら、女の子も美人になるってもんだよね。なーエヴァ」
「ヘヘ、エヘヘ…そそ、そんなことエヘヘ…」
「ケッ、まあ姉貴はさっさと王国に留学しちまったけどな」
私がエヴァとイチャついてるのがおもしろくないみたいに、エーファちゃんは不機嫌そうな顔でパンを齧った。
「そういえば、エヴァはなんでドラグーン王国に?エヴァほどの力があれば、この国で大賢者になることも出来たでしょう。何故わざわざナインブレイド第一学園に?」
「そっそれは、その。キ、キラキラした学園生活に憧れて…結局友だちは一人も出来ませんでした、けど…ぅぷ…思い出したらトラウマが…」
「その節は本当に…。ですが、わざわざ遠くの第一学園を選ばなくても」
「い、一番近いのは…第二学園、なんですけど…その」
「ああ…第二学園は聖王国にあるんでしたね」
「聖王国?」
なんか前に聞いたな。なんだっけ?
「聖王国リーテュエル。霊峰の南側に国土を構える人間至上主義の大国で、天理教の総本山です」
「天理教?」
「人を尊び魔を嫌う厭世的な宗教のことです。人間こそが神に祝福された唯一の種族。魔物はもちろん、人間以外の種族は全て人間を支えるための礎でしかなく、忌避されて然るべきものという、前時代的な教義ですよ」
「なんそれウケる。この世界の人口比率知らなすぎでしょ」
「ルウリの言うとおりです。歴史書に語られる古い時代ならまだしも、他種族共存が織り成す現代においては時代錯誤も甚だしいものです。尤も、自ら進んで天理教に入信する人間も多いようですが」
「それはなんで?」
「魔物や他種族に家族や恋人を襲われた…そんな事例が多々あるためです」
なるほど。
そいつは重たくも確かな現実だ。
「まあ、そういう事はあくまで一例でしょうけど。一概に馬鹿にも出来ないのよね。忌避や迫害の風潮が今でも根付いているのは確かなんだから」
と、ドロシーはジョッキの縁を指でなぞった。
「人間に限った話じゃないけど、他種族を下に見る奴ってのはどこにでもいるし。実際アタシも百年以上生きてきて、その大半は一箇所に留まれない野晒しの生活をしていたもの。エルフだって理由だけでね」
当事者が語ると言葉の重みが違う。
たしかに他種族を卑下する文化があるのは間違いない。
その最たる例が奴隷制度だ。
それも借金や犯罪に該当しない違法奴隷。
かつてマリアとジャンヌが味わった地獄を思うと、今でもやるせない気持ちなる。
二人もそのときのことを考えてしまったみたいで、肩が少し震えていた。
「大丈夫だよ、マリア、ジャンヌ。ここには誰かを仲間外れにするような人はいないから」
「お姉ちゃん…うんっ、そうだね」
「はいっ」
「なんか暗い話になっちゃったな。ゴクッゴクッゴクッ…くはぁ!よしっ、ここはいっちょ私が盛り上げちゃうぞー!」
「お、姫の裸踊りだー」
「やっていいんならやるが?」
「いいわけないでしょうぶん殴りますよ」
「やーん私の婚約者がドメスティックでバイオレンス〜♡けど怖い顔したお前も大好きだぜっ♡」
「あなたは…ほんと、もう…」
「呆れるほどチョロくて心配になるわね」
「そういうところも可愛いではないですか」
飲んで騒いで宴会みたくなったけど、これはこれで最高ってことでね。
「ごちそうさまでしたー!」
「はいはい、また来てね」
店にはだいたい一時間半くらいいたかな。
足湯とお酒ですっかりあったまった。
「はー気分いい。次どこ行こうか」
「おい」
「んぁ?なんだいエーファちゃん」
「悪いな、おれらの分まで払ってもらって」
「なんだそんなことか。いいって気にしなくて。歳下は歳上に奢られときな。でもお礼ってことなら、エヴァと一緒にねぇねって呼んでくれてもいいよ♡」
「誰が呼ぶか。おい行くぞてめぇら」
「どっどこ行くの?」
「見回りだよ。またバカやってる奴がいねぇかどうかな」
「あ、あんまり無茶しちゃダメだよ…。夜は一緒に、ご飯に…」
「今日はこいつらと約束があんだよ」
「そっ、そっか」
「だから…明日な」
「う、うん…!」
コートを翻して去っていく。
凛々しくてカッコいいねぇ。
「ってあれ?マリアとジャンヌは?」
「ケイトという少年が、一緒に街の見回りをしようと誘っていきましたよ。お二人も楽しそうについて行きました」
「あれはデートにでも誘ってるみたいだったわね」
「マジかよちょっとあの小僧に文句言ってくるわ。二人は私のだぞって」
「子ども相手に何を大人げない」
「同い年の子と交流する機会なんて滅多にないんだから、二人の意思を尊重してあげなさいよ」
むぅ…それはたしかに。
「けど私にも断り無しか…ちょっとずつ大人になっていってるみたいで寂しいな」
「妹離れ出来ていいじゃない」
「姉離れ出来てねえ貧乳は黙ってろ」
「ケンカなら買うわよ」
「はぁ…そのうち二人も…」
「こらマリア、また野菜残して!好き嫌いはダメだっていつも言ってるでしょ!ちゃんと食べなさい!」
「あーもうリコリス姉ウザい!」
「ウザいってなんだ!私は姉としてだなぁ!」
「わかったわかったって!もう!ほんっとウザいんだから!私いつまでも子どもじゃないんだけど!」
「ちょっとリコリス姉さん!私の服と姉さんの服は一緒に洗わないでって言ったじゃないですか!」
「まとめて洗う方がいいでしょ」
「匂い移るから嫌なの!もう最悪です!もうこの服着れません!」
「そんなこと言うなら自分でやりなさい!」
「自分でやるって言ってるのに姉さんが勝手にやるんじゃないですか!姉さんのおせっかい!べーっです!」
「とか反抗期になるんだぜ…。どうすんだよ恋人なんか紹介されたら…私卒倒しちゃうぞ…。もういっそのこと理性とかぶっちぎってあの未成熟なボディに私という存在を教え込んでやろうか…」
「闇に堕ちる前にアタシたちの手で葬ってあげるのが世のためかもしれないわね」
冗談だからマジな目やめてくんない?
「姫がイカれてんのはいつものことだとして」
「おい」
「どうする?このまま温泉巡りとかしちゃう?」
「そうしたいけど、ガッツリコスプレしてメイクまでキメちゃってるからな。師匠もダウンしっ放してのは可哀想だし、温泉を堪能するのは師匠が復活してからにしよ。今日のところはこのまま観光を楽しもうぜ」
「じゃ、じゃあ、ちょっとおもしろい…お店に行きません、か?」
「おもしろいお店?……えっちな」
バギッ
「お前さ…付き合い長いんだから冗談ってわかるじゃん…。婚約者の鼻っ柱にグーパンかますか普通…」
「私は悪くありません」
「球○川先輩w嫁ってマジで容赦無いよね」
「脳筋なだけだっての」
「アルティが暴力を控えるより、リコリスが日頃の行いを改めた方が良さそうだけど」
それは無理。
「ところでエヴァ、目的のお店というのはまだ先ですか?結構街の端まで来ましたが」
「も、もうすぐ…そこの路地の奥に…あ、ありました」
「…廃屋?」
「ボロっちいわね」
「王様の古書堂…?なんというか怪しげなお店ですね。営業は…しているようですが」
扉を開けると柔らかい鈴の音が出迎え、騒がしいくらいの本が私たちの目に飛び込んできた。
「うっは!すっげー!」
「途方もない蔵書の数…」
「【空間魔法】ですね。天と地平まで続いてまるで本の迷路…いえ、城のようです」
「外からは想像もつかないわね」
棚が宙に浮かんでいたり、降ってきたり並び替わったり。
ハリ○タかな?
特異な空間にファンタジー感を覚えていると、空から声が降ってきた。
「やぁ、いらっしゃい。可愛いお嬢さんたち」
「うひょー!モロ好みのエレガンス美女!お姉さんどうか私と一緒に活字に愛を込めまい゛ひん条件反射でつい!」
「嫁ケツ蹴るのうま」
「クスクス、おもしろい子たちだ。お探しは知識かな?それとも経験かな?既知が連綿と集う場所、王様の古書堂へようこそ」
宙に浮かんだ玉座で足を組む怪しげな美女。
気品を感じさせる顔立ちがなんとも性癖に刺さる。
「おっお久しぶり、です…アリソンさん」
「おおエヴァ君じゃないか。なんて君が来ることは知っていたんだけど。フフ、息災かい?」
「は、はい」
「かれこれ十年振りくらいかな?東の王国で大賢者の称号を拝命したと聞いたけれど。いやいや立派になったものだね。見違えたよ」
「エヘ、ヘヘ…」
「エヴァ、知り合い?紹介してよ」
「あっはい。この人は…」
「それには及ばないとも。僕は子どもではないからね。高いところから失礼。はじめまして、アリソン=ヴォルフマギアだ」
「アリソン=ヴォルフマギア?!!」
「まさか…」
「本物ですか…?」
隣でアルティが声を張って、ドロシーとシャーリーが揃って目を丸くしてる。
「有名人?」
「さあ」
「有名も何も…彼女の名前を知らないのは乳飲み子とあなたたち二人くらいのものですよ」
「バカにされてる?」
「たぶんめっちゃ」
「アリソン=ヴォルフマギア様…彼女は」
「銀の。言ったろう?僕は子どもじゃないと」
「私のことを…?」
「当然さ。僕に知らないことは無い。なんせ君たちの前に居るのは叡智そのものなのだから。なればこそ傾聴するといい。僕は最高にして至高、究極を終極へと導く全能の"魔術師"」
大仰に。まるで演劇でも聴かせるように彼女は言う。
「始まりの魔法使いと人は呼ぶ。よしなに頼むよ、異なる世界から来た子」
――――――――
ケイト君に誘われて船長さんたちの見回りについてきた私とジャンヌ。
どんなことをするんだろうって思ったけど、やることといえば、ゴミ拾いに街の掃除。たまにケンカしてる人がいたらそれを止めたり。
「海賊っていい人たちなんだね」
「おれたちは正義の海賊なんだ。困ってる人がいれば助ける、それが船長の教えだからな」
「船長さんもとってもいい人です」
「そうさ、船長は強くてカッコいいんだ」
自分のことを褒められたみたいに、ケイト君は嬉しそうにした。
この顔知ってる。
リコリスお姉ちゃんを褒められたとき、ジャンヌが一緒な顔をしてるもん。
たぶん私も。
「おれも大きくなったら船長みたいに自分の船を持って、海賊になってこの街を守るんだ」
「ケイト君は船長さんのことが大好きなんだね」
「おれだけじゃないぞ。他の奴らも船長が大好きだ。おれさ、小さいときに父ちゃんと母ちゃんが死んじゃったんだ。一人ぼっちで寂しくて、いっつも腹減ってて、そんなとき船長がおれを拾ってくれたんだ。来い、ってさ」
船長さんは、同じように居場所が無かった子どもたちを預かってるって、エヴァお姉ちゃんのお母さんが言ってた。
自分で稼いだお金で空き家を買って、ご飯を食べさせて、仕事を与えて、自分で生きる力を身につけさせるんだって。
「なんだかリコリスお姉ちゃんみたいだね」
「エヘヘ、私も一緒なこと思ってた。船長さんいい人ですごくカッコいいね」
「あんなヘラヘラした奴より船長の方がカッコいいに決まってるだろ」
「むっ!リコリスお姉ちゃんの方がカッコいいもん!」
「強くてキレイでお料理だって上手なんだから!」
「そんなの船長だって出来るぞ!ね、船長!」
「お、おう…パン切るくらいなら」
「それにお姉ちゃんは頭もいいんだよ!何でも知ってるし、計算に読み書きだって出来るんだよ!」
「船長だって頭いいぞ!二桁の足し算はすぐに答えるし、食べられる魚と食べられない魚のことはすごく詳しいんだ!自分で食べてお腹壊して覚えたから間違いないって船長が言って――――」
ゴチン
「痛ってぇ!」
「余計なこと言ってんじゃねえ。ん…?」
船長さんは、ふと空を見上げた。
「こいつは…」
「どうしたの船長?」
「なんでもねぇ。もう夕暮れだ。ケイト、お前はガキどもを連れてそろそろ帰れ」
「あ、うん。じゃあなマリア、ジャンヌ。また明日」
「うん、またね」
「バイバイ」
船長さんはまた遠い目をして空を見上げた。
なんだろう。
身体がザワザワってするこの感じは。
――――――――
魔術師。
古今東西の魔法を極め、魔導の深淵に足を踏み入れた神竜級冒険者であり、全知を納める叡智の王。
師匠やモナに並ぶ世界最強の一角、それがアリソン=ヴォルフマギアである。
ということを、紅茶を勧められながら教えられたわけだけど。
「ぶっふぇあ!この紅茶マッズ!アセトアルデヒドみたいな匂いする!」
ルウリを初め紅茶を口にした私たち全員が吹き出したので、ほとんど頭に入ってない。
「いやぁハハハ、すまないすまない。なにせ人が来ることなんて滅多に無いものでね。どうやら茶葉が傷んでいたようだ。なんせ最後にエヴァが来た日から、人にも会っていなかったからね。外にもかれこれ数百年は出ていないし。なんならここ数十年はこの椅子から立ち上がりもしていないかな」
「数千年って、アリソンさん何歳なんですか?」
「さてね。3000と500…600は経ったと思うが。僕はそういう概念からは隔絶しているものでね」
「それにしては見た目若いですね。ていうか人間ですよね?」
師匠もあんなだし、外見と年齢がイコールとは限らないのは承知してるつもりだけど。
「ああ、僕は紛うことなき人間だよ。ただし魔法で多少身体をいじっている」
「いじるっていうのは?」
「魔力を細胞に働きかけ、本来起こりうる分裂と活性、破壊を全自動で随意的に行っているのさ。君たちの世界の言葉を使い端的に説明すると、アポトーシスを起こさないよう働きかけているとでも言うのかな。百年も生きると途端に生命活動が面倒になってしまって。空腹や睡眠を必要としないようにもしているから、僕がまともに生きているかと言われれば、それは怪しいところだろうね」
「アリーさっきも言ってたよね。あたしらが違う世界の人間ってわかるの?」
距離感よ。
「わかるんじゃない。知っているんだ。僕は全てを知っている。現在過去未来、世界に存在、誕生した事象、現象、個人に至るまで、知らないことは未知以外何一つ無いのさ。それはこの世界だけじゃない。君たちのいた世界から更に異なる世界まで、僕は知識として網羅している」
「それって未来予知とかそういう?」
「力の一端に数えられる程度のものだよ。ちなみに僕が好きな平成ライダーはダ○ルだ」
「ほぉ〜話わかる〜。ちな、コ○ンって最終回どうなるかわかる?」
「《ピーーーーーーーー》で《ピーーーーーーーー》が《ピーーーーーーーー》」
「マジで?!!」
「ワン○ースは《ピーーーーーーーー》」
「嘘だろ尾○っち!!!」
「この二人しか盛り上がってないのほんと腹立ちますね」
どうせ死ぬなら最終回読んでからがよかったって今でも思うもん。
「ヴォルフマギア様」
「アリソンと呼び給えよアルティ君」
「ですが、私たち魔法使いにとってあなたは神も同然で。大賢者の称号も、元を辿れば魔術師の子を意味するものですし」
「神は神、僕は僕さ。たかが神如きと並び喩えられるのは心外だ」
「し、失礼しました」
「めっちゃ傲岸不遜だなこの人」
「あんたといい勝負ね」
「で、では…アリソンさん、あなたほどの方がここで何を?」
アリソンさんは、ふむ…と唸って頬杖をついた。
「場所について言及するならオースグラードの水が肌に合っているからなのだが、何を…と問われると特に何も、だな。惰性とでも言うのが正しいか。下手に不老不死になると生きる目的を見失う。かと言って死ぬには惜しく、僕という損失を世界に刻むのは心が痛む。君たちも気を付けるといい。魔法を極めれば不老不死など簡単に辿り着けてしまうのだから。否、魔力を極めれば不可能など無い、か」
「すげぇ会話だ。でも、一応ここって古書堂…本屋なんですよね?」
「趣味でやっている程度のものだがね」
ここには世界中の本が揃ってるだけじゃなくて、アリソンさん著作の本も並んでいるらしい。
ジャンヌは喜びそうだし連れてきてあげたいな。
「そもそもお客なんて来ることは無いんだ。この店は一定以上の魔力が無いと見つけられない上に、僕が許可をしないと入ることも出来ないようになっているから」
「では何故店を構えるようなことを?」
「秘密基地のようなものさシャルロット君。おっと、シャーリー君と呼ぶべきかな」
「私のことも知ってくださっているようで」
「フフフ。エヴァでさえ入店を許可したのは気まぐれのようなものだし」
「あっありがとう、ございます…」
「エヴァとは師弟とまではいかずとも、多少魔法について指導した仲なんだ。この子の【重力魔法】は唯一無二でとても興味深かったからね」
聞くところによれば、【混沌】の力の使い方を教えたのもアリソンさんらしい。
エヴァに道を示してくれたことに感謝しないとだ。
「ともあれ本屋であることは間違いない。気に入った本があれば持っていくといい。僕はもう全て読んでしまったことだし」
「ジェームス=ハルトの暗黒騎士物語の初版に、数十年前に絶版になったニクソン=バッカーの虹の鳥籠…チラッと見ただけでもとんでもない本があるわよ」
「アリソンさん、また改めてお邪魔させてもらってもいいですか?今度は妹も連れてきてあげたくて」
「構わないとも。退屈が紛れるのは大歓迎だ」
「まさかこんな大物に出会うことになるとは夢にも思わなかったわ」
「本当に。エヴァさんのサプライズでしたね」
「すっすみません…クソザコナメクジのくせに調子に乗って…」
「ハハハ、君の性格は昔から変わらないね。そういうところがおもしろくて気に入っているんだけど。さあ、紅茶を淹れ直したよ」
「ありがとうございます」
「ぶヘァ!!クッソマズ!!メチルメルカプタンみたいな匂いする!!」
「おや?」
無関心なことにはとことん無関心な人だ…
食べ物全部腐ってるのがつらすぎたので、手持ちのお茶とお菓子を出したよ。
「いやいやすまない。一人だとどうにも食に関心が無くてね」
「限度はあると思いますけど」
アルティが作った料理――――いや料理と呼べる代物じゃねえけど――――でも食べそうだなこの人。
「せっかくなら私が何か作りましょうか」
「ふむ、ならばごちそうになるとしよう。しかしここでは少々無粋だな。よしエヴァ、今夜は君のところに厄介になるよ」
「へっ?は、はい…もちろんそれは…構いません…けど」
「んっ、と。立つというのはこうするんだったな」
上半身に比べて下半身の動作がどことなくぎこちないように見える。
「魔法にかまけて肉体の鍛錬を怠るとこうなる、という良い見本だな。君たちも気を付け給えよ。さてリコリス君、夕飯は期待しているよ。僕は前から天ぷらというものを食べてみたかったんだ」
「天ぷらですか?いいですよ」
「やった、姫あたしれんこん天食べたいなぁ♡」
「わかったわかった。作ってあげるからもっとベタベタしてこい」
「ぎゅ♡」
愛い奴め。
「楽しみだね。今夜は良いものが見られることだし」
「良いもの?」
なんだろ。
美女たちが裸でリンボーダンスとか?
まあ何にせよ、今夜は腕を振るっちゃうぞ。
「フゴフゴ!フゴフゴッフゴフゴ!(これはこれは!彼の魔術師アリソン様!)」
「お会い出来て光栄に存じますわ。ようこそ我が家へ」
「突然の来訪ですまないね。一晩世話になるよ」
「ええ、喜んで」
「フゴフゴフゴフゴ!(歓迎しますぞ!)」
さてさて、私は天ぷらの準備だ。
と、その前に。
「師匠、体調はどう?」
「うむ…万全とはいかぬが、だいぶ良い。船なんてマジ大嫌いじゃ…」
弱ってる師匠を可愛いって思うのは不謹慎かね。
「今日のご飯は私が作ることになったんだけど、油っぽいものは無理そう?」
「いや、まあなんとかなるじゃろう。妾一人分、違うものを作らせる手間も心苦しことじゃしのう」
「気にすんなよ、私と師匠の仲だろ。じゃあ控えめにしとこうな。それとお酒はやめておこ」
「口惜しいが致し方あるまい。それより、大層な者を連れて帰ってきたものよ」
「吸血鬼の真祖にそう言われると悪い気はしないね」
アリソンさんは師匠に手を差し出した。
「はじめまして、テルナ君」
「うむ。よもや魔術師をこの目で見る日が来ようとはの。人生は何があるかわからぬ」
「羨ましい感動だ。未知を知らない僕には深く刺さる」
「クハハ、それが本心なら可愛げもあろうがな。本当にそう思っておるならば、スキルのオンオフを切り替えておるじゃろうに」
「フフ、僕は持てる者としての運命を享受しているだけさ」
小難しい話はわからん。
師匠も具合は良さそうだし、さっさと天ぷらの仕込みしちゃお。
一時間後。
「よし」
バルコニーにテーブルと椅子を並べ準備は万端。
お手伝いにはシャーリーが付いてくれている。
「では魔術師アリソンさんとの出逢いと、我が親愛なるエヴァのご両親の厚い歓待にお礼をってことで、今夜は私が腕によりをかけさせていただきます」
まずは王道、えび天。
玉子、冷水、薄力粉を合わせた衣にえびをくぐらせ、熱した油に泳がせる。
「フゴッフゴ(軽やかな音が耳に楽しいね)」
「そうねあなた」
菜箸で衣を付けて花を咲かせてやれば、見事なえび天の出来上がり。
よく油を切って、と。
「シャーリー」
「はい」
紙を敷いた皿に、箸を使って器用に盛り付ける。
「んーいい匂い」
「塩とレモン、それに天つゆ…出汁と醤油、酒、みりん、砂糖で味を整えたスープを用意しました。お好みで召し上がってください」
「ではいただくよ」
サクッ、プリッ
「なんとも軽い食感だ。けして油っこくなくて、衣とえびのバランスが絶妙だね」
「耽美な味わいじゃのう」
「素材の甘みを引き出す塩もいいですが、旨味を十二分に含んだつゆに漬けるのもたまりませんね」
天ぷらは目の前で揚げたてを出すのが一番おいしい。
それは当然の摂理だ。
それによって引き出される美女、美少女たちの笑顔もまた約束された勝利。
「フゴフゴ!フゴッ!(うーんうまい!最高だ!)」
なら座って食べてくれません?
「どんどん揚げるからいっぱい食べてね」
次はイカ。サックリネットリな食感が官能的ですらある。
舞茸にれんこん、なす、さつまいも、街で買ってきた小イワシと、【アイテムボックス】に眠らせていた穴子を順番に提供する。
「魚もいいけど野菜の旨味ったらないわね」
「はっはい、とってもおいしいです…」
「この大根おろしを添えて食べると…サクッ。ん、ほんのりとした辛味が味を引き締めて、口の中をさっぱりさせる。食事自体久しぶりだが、君の料理はこうも蠱惑的なんだねリコリス君」
「ウヘヘ、どうも」
「お姉ちゃんお姉ちゃん!このちくわっていうのおいしいね!」
「穴の中にチーズが入ってます!」
魚のすり身を棒に巻いて焼き上げた特製のちくわにチーズを入れて、衣には青のりを混ぜてある。
自分で作るからこそ、こういう素朴な味が欲しくなるんだよね。
「次はちょっと変わり種だよ」
みんなの皿に二種類の天ぷらが乗る。
「このホクホクは…栗だね」
「はい。裏ごししたものに、隠し味程度に生クリームを加え、荒微塵にした栗を合わせてます」
「なめらかな舌触りに栗の食感が相まって、フフ。優しい甘みに思わず顔が綻ぶよ」
「じゃあ、こっちは…ん、こっちも甘いですね。果物…もしかしていちじくですか?」
「うん。皮を剝いて衣を付けて揚げただけ」
「不思議な感覚ですが…いちじくの角が取れて、ねっとりといい甘みが出ています」
ちょっと冒険だったけど、なかなか人気のようでよかった。
世の中――――前の世界のことだけど――――には、柿やアイスを揚げるなんて天ぷらもあったくらいだからね。
「はいお待ち、とり天ね。それに半熟玉子天と、うにの海苔巻き」
「ん〜〜♡とり天好き〜♡サクッでジュワッでプルッで♡」
「玉子がとろけて…なんて幸福感」
「うに贅沢〜♡」
鶏肉は焼肉のタレに漬け込んで揚げてるから、噛んだ瞬間に複雑な旨味が弾ける。
玉子のおいしさの暴力は言わずもがな。濃い目に煮詰めたタレと一緒に頬張れば、一気に昇天すること間違いなしだ。
うにの海苔巻きは大人の味だね。これを出したら師匠も、
「えーいこれが飲まずにおられるか!酒じゃ酒じゃー!」
なんて回復するんだから現金な吸血鬼だ。
「ね〜姫〜♡あたしそろそろあれ食べたいな〜♡」
「ちゃんと用意してるよ。シャーリー、そろそろ炊けた頃だからキッチンから土鍋持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
炊きたてのご飯を器に少なめによそい、玉ねぎ、にんじん、さつまいも、貝柱で作ったかき揚げを乗せて、甘めのタレをたらり。
「ほい。〆のかき揚げ天丼」
「ひゅー♡」
「ちょっとあっさりめがいいって人は、塩で味を整えた熱々の出汁をかけて、かき揚げ出汁茶漬けでどうぞ」
「うっわそっちもうまそー♡」
「えーどっちにしようかなぁ!」
「うーんとうーんと…両方食べたいです!」
「いっぱいお食べ♡」
物足りない人には追加で揚げて。
天ぷらフルコースは恙無く終了の運びとなった。
「とても美味しかったわリコリスさん。あなたは料理の天才ね」
「どうもですエスカノールさん」
私自身の家事スキルが元から高いのもあるけど、料理に関しては【炉神の恩寵】があるもんで、今や私の料理の腕前は超一流。
狙った味を思いのままに出せるレベルにまで昇華されているのだ。
「いやいや楽しい食事だった。楽しませてもらったよ。ありがとう」
「いえいえ。そう言ってもらえて何よりです」
「かつては食に明け暮れる日々を送ったこともあったけれど、君の料理はそれらの遥か上の美食だ。まさに竜饗祭を彩るに相応しい料理と言えるだろう」
「竜饗祭を彩るに相応しい…?」
小首を傾げると、マリアとジャンヌの耳がピクリと動いた。
「?」
「なにか声が…」
「フフ、空を見上げてごらん」
アリソンさんが意味深に笑う。
満点の星空を見上げると、黒い影が空を覆った。
「!」
「あれは…」
「すごい…」
一つ。二つ。十が百に、千に。
夜に在りながら光輝く魔力を纏い、それは神々しく空を翔けた。
「ドラゴンの群れ…」
「キレー…」
息を呑むとはまさにこのことだった。
遥か上空に居るはずなのに、身震いするほどの圧倒的な存在感。
国を囲うように円を描いて飛ぶ光景はまるで…
「あれが竜星郡。千年に一度、千の中位竜種が織り成す光の円環。竜饗祭の始まりを告げる夜の行進だ」
「竜星郡…神秘的…すごい、感動だな…。ん?円の中心に…黒い光が降ってきた…」
あの一体だけ内包してる力の桁が違う。
「上位竜種じゃな」
「ということは、あの黒いドラゴンが」
「そう。あれこそが竜王。世界最強の一角に数えられる暴虐の化身。終焉の竜と人は呼ぶよ」
終焉の竜…ね。
物騒な響きなのに、今まで見たどんな景色より美しい。
私は呼吸することすら忘れて、ドラゴンが描く光の線にすっかり心を奪われていた。
ポヨン
『…………』
同じくその光景を眺める彼女たちのことなんて気にも留めずに。
天ぷらっておいしいけど食べたあと後悔しますよね。
胃もたれに苦しんでもうしばらく食べたくないって思ったことはありますか?
そう、それが老いです。
リコリスたちにはそんなこと気にせず、もっとおいしいものを食べてほしいです。
炊き込みご飯とか。
何故かって?今そんな気分だからです。
でも一番食べたいのはいちごパフェです。
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