66.もしもこの心を受け止めてくれるのなら
「なんでちょっと遊んでるだけでも大事を起こすのよ」
ドリームランドを後にして、場所は上層の宿。
ドロシーは金貨の入ったパンパンの革袋を前に眉根を寄せた。
「まったく、よりにもよって相手が魔王なんて」
「好きでこうなったわけじゃねえってんだよ。売り言葉に買い言葉っていうか。言っとくけど後悔はしてねえ」
「してたらむしろぶん殴ってるけど。話を聞いた限りケンカを売ってきたのは向こうみたいだし。舌戦で負けなかっただけでも上出来だわ」
「姫かっこよー。ホレるわー」
「言うておる場合かルウリ。この愚か者め。貴様は自分が何をしでかしたかまるでわかっておらぬ。魔王と事を構えるなど、天災に木の枝で立ち向かうようなものじゃというのに」
「みんなを奪われるって聞いて黙ってる方がどうかしてるだろ」
相手が誰だろうと関係あるもんか。
「みんなは私が死んでも守る」
「リコリス、ちゃん…」
「リコリスさん…」
「っは、マジかっこよ」
「本当…格好だけは一丁前なんですよね」
アルティが窓際で何か呟いた気がした。
「お姉ちゃん、不夜の宴って何?」
「どんなことするんですか?」
「それなんだよな…モナもどっか行っちゃって、店も騒がしくしちゃったから話も聞けなかったし」
「リコリスさんを手玉に取るほどの相手…何をするにしても一筋縄ではいかないのは明らかですね」
「まあね…」
腕を組んで唸っていると、部屋の扉がノックされた。
やって来たのはなんとヴァネッサさん。
騒ぎを聞いて訪れてくれたらしい。
「まずは全権統括者として、この度の夜会の主の非礼をお詫び申し上げます。まことに申し訳ございません」
「ヴァネッサさんが謝ることは何も。こっちこそ騒がせちゃってゴメンなさい。それであの、モナが言ってた不夜の宴ってのについてなんですけど」
「はい。先日お話したとおり、夜会の主はその年にお客様から最も寵愛を受けた者が就く座。不夜の宴とはその名のとおり、夜会の主が開く催し事のことを指します」
催し事?
「逆挑戦権、とでも申しましょうか。夜会の主が示した方法で決闘し、それに勝てばそのまま夜会の主の座に就けるというものです」
…?
なんかおかしくない?
そう思ったのは私だけじゃなかった。
「そ、それ…あの、メリットが無くない…ですか?」
「あーね。国のトップでしょ?それをわざわざ明け渡す機会をくれるってこと?イミフすぎ」
「ええ。これは本来、夜会の主が何らかの事情で退任せざるを得なくなった場合に執り行われる、次のトップに相応しい者を見定め選出する継承の儀なのです。けして戯れに力を誇示する場ではありません。故に前代未聞…テレサクローム始まって以来の大事件です。リコリス様たちを前に失礼とは存じますが、珍事という他無いのが現状です。しかし夜会の主の発言は絶対。今は私を含め、各部門は急な対応に追われているところです」
品格も何もあったものではない、師匠は呆れた風に肩を落とした。
「つまり彼女に勝てば、リコリスさんが次の夜会の主に?」
「そういうことになります」
「ワ、夜会の主は、テレサクロームで一番人気がある人が…なる…んですよね?けっ、決闘なんかして、他の人たちから反感を買ったり、なんてことは…」
「ありえない。絶対に大丈夫。そこだけは保証するよ」
急にヴァネッサさんが口調を変えた。
「老若男女問わず懐柔出来るのはあいつの魅力で美点だけれど、欲望故に奔放だからこそ、他のスタッフとは酷く折り合いが悪い。と言ってもスタッフ側が一方的に嫌悪してるだけか…。スタッフの客を寝取ることはおろか、スタッフと関係を持つなんて当たり前。人気があるのは客側からだけ。テレサクロームの住人からの人気は一割有るか無いかといったところだよ。あれが夜会の主でも魔王でも無ければとっくに出禁にしてる。むしろ叩きのめしてもらった方が、スタッフの溜飲が下がるだろうね」
「ボロカス言ってるのウケる。でもそんな嫌われてる感じもしなかったけど。みんな普通にしてたくない?」
「ここにいるのは全員プロだよ。誰も表立って感情を露わにしたりはしないさ」
「おー意識たけー」
そう聞くとスタッフさんたちのスキルの高さが窺えるな。
何もしない分には愛嬌があって、別け隔てなく誰とでも接する博愛的な性格ってことだし
いや、良い風に言い過ぎた。
だからってみんなを奪おうとしてるモナを許せるかって言うと違うんだけどね。
「はいはーい。質問いい?ヴァネッちゃん」
「なんだい?」
「不夜の宴が始まったら、ヴァネッちゃんたちはどっちに付くの?」
「不夜の宴は基本的に夜会の主が全てのルールを決定する。私たちはあくまで公平な立場を貫こうとするけど、モナが私たちに味方に付けと命令したら、それに従わないといけない。敵にならないとは確約出来ないね。悪いけど」
「そこはテレサクロームのルールってやつなんでしょ?まーなんとかなるっしょ。姫にはあたしたちがついてるし。ねっ」
ルウリは歯を見せて親指を立てた。
頼りにしてるよと、私も親指を立てる。
「何を仕掛けてくるやら。くれぐれも気を付けるんだよ。あれが力ずくでどうにか出来るくらいの女でないことは、あんたたちだってわかってるはずだからね」
真剣な顔で忠告をして、ヴァネッサさんは退室した。
ひとまずは向こうからのリアクション待ちってことで、それまでは気を張ってても仕方ないと各々で過ごすことにした。
私も私でうやむやになってたこともあったし、まあちょうどいい。
「アルティ、ちょっといい?」
「はい」
夕焼けに染まった海が一望出来るバルコニーで、アルティは同じく茜色に染まった銀髪を靡かせた。
「話とは?」
「…まだ怒ってる?」
「何故怒っていないと思ったんですか」
「うっ…」
「…とはいえ、怒りが持続するには少し騒がしすぎましたけど」
「だな…。ゴメン」
「私も…言い過ぎました。ゴメンなさい」
「仲直りの握手とかする?」
「…………」
するならこっちでしょと言わんばかり、アルティは目を閉じて唇を突き出した。
柔らか…甘い…いい匂い。
「この先も私は、ケンカをする度にこうしてごまかされるのでしょうか」
「ごまかすって…」
「優しい言葉と口付けでなだめられて。我ながらチョロいと自負しています。あなたは楽に思うでしょうね、こんな私のことを」
「またケンカする気か?私だってちゃんと考えてるよ」
「考えてるとは、何を?」
「そりゃあ…あれだよ。このままじゃダメだなとか、みんなのこととか、なんか…あれだよ。いろいろ…」
「いろいろ…ですか」
「うん…」
さざ波音が心地良い。
私たちの沈黙を拐ってくれるから。
「長いですね。十八年ですよ、私たちの関係は」
「たったそれだけか、もうそんなにか…。長えなあ十八年て。住んでる場所も違ったし、学園に入ったりしてたし、会ってなかった期間の方がずっと多かったけどな」
「私はずっとリコのことを思っていましたけど」
「そんなの私だって」
赤ん坊の頃から一緒なんだぞ。
今でも忘れてないからな。ほっぺたギュインギュイン吸われたの。
「いろんなことがあったよな」
お互いの誕生日には、めいっぱいおめかしして、おいしいものをいっぱい食べたっけ。
一緒に遊んで森で迷子になって、アルティがわんわん泣いたこともあった。
たまに村に泊まりに来ると夜中までおしゃべりして、早く寝なさい!ってお母さんに怒られて。
「旅に出てからもさ」
「そうですね」
「エラルドさんの焼いたパン、あれおいしかったよなぁ」
「リリカさんの蒸した芋の味は今でも覚えています」
「そうそう。ドラゴンポートではご飯も食べた。あのときは感動したっけな」
「フフッ、リコってばあのとき泣いていましたもんね。って、なんだか私たち食べてばかりですね」
「シシシ、そうかも。食べるの好きだし、みんなおいしいって幸せそうな顔するのも好きだからね」
「旅先で食べる食事もいいですが、やはりリコの作ったご飯が一番好きです」
「なんたってご飯でメロメロにするのは異世界転生のテンプレだからね。ニシシ」
それからいろんな人にも出逢った。
ドロシー、マリア、ジャンヌ、師匠、シャーリー、エヴァ、ルウリ。
それにたくさんの人にお世話になった。みんなみんな美女美少女〜♡コホン…失敬。
楽しいことも悲しいことも、嬉しいことも寂しいことも。
そんなときには、いつも隣にアルティがいた。
私の横で笑って、怒って、泣いて、それが当たり前だけど特別で。
ずっと可愛くて、ずっと仲良しで、ずっと大好きで。
だからこそ初めてを欲して、初めてを捧げた。
「全部…アルティが初めてだ。キスしたのも、好きだって言ったのも…セッ……」
「それは言わなくていいですこのスケベ!!変態!!こんなときまで発情してるんですか!!」
「痛って殴んな!!違っげぇよそういうことじゃなくてだなあ!!だから!!」
「だから…なんですか?」
「だっだから、つまり!!つまり…その…この先も…」
声が震える。
顔熱い。
目が泳ぐ。
スッと言えよ…アルティの初めては全部欲しいって。
意気地なしかよ…しょうもない…
「あんまり…」
「?」
「あんまり待たせると…私から言ってしまいますよ」
「ダ、ダメ!ダメダメダメ絶対ダメ!言ったら許さん!めっちゃ怒る!ちゃんと、ちゃんと私から言うから!!」
「はい」
「…!」
「ちゃんと聞きますから」
「あ…ぅ…。あーくっそ…情けない…」
心臓ヤバい。
ダサすぎて泣きそう。
ていうか涙出てきた。
ロマンチックもへったくれもない。
肝心なとこで…
「そんなところも含めて、私はリコを愛しています」
「アルティ…!」
「あなたはたしかに自己中心的で、自分勝手で打たれ弱くて、女性にはだらしないし常に欲情して盛るしお金使いは荒い。何度怒って何度呆れたかなんて数え切れません。挙げ句、あなたに好意を抱いている女性たちがいるにも関わらず、頭を下げてまで他の女性と関係を持ちたがるドが付く真性のクズです」
「言い過ぎだろそのとおりだけど」
「けれど、私はそんなあなたが好きです。そんなありのままのあなただからこそ好きです。今までもこれからも。たとえあなたが何を言おうと、あなたの言葉を受け入れる…私にはその覚悟があります。だから聞かせてください。リコの心を。リコの言葉で」
いい女だ。
氷みたいに冷たいのに、これ以上無く熱い心。
まっすぐな青い瞳。
私なんかにはもったいないけど、私じゃなきゃダメだ。
アルティを幸せに出来るのは私しかいない。
他の誰にも渡さない。
もしも不甲斐ないこの心を受け止めてくれるのなら、勇気でそれに応えよう。
私は穏やかな心でアルティの手を取った。
「アルティ」
「はい」
水平線に沈む夕陽を横目に、この気持ちを言葉にする。
「アルティ、私と――――――――」
「リーコリースちゃーーーーん♡」
「?!」
モナの声が響き渡る。
どこから…と辺りを見渡すと、空に巨大なモナが現れた。
透けてる…立体映像?魔法か?
「見えてる〜?♡聞こえてる〜?♡お待たせ〜♡準備が出来たよ〜♡始めよっか〜♡大切なものを賭けた史上最大の不夜の宴を♡」
テレサクロームの空にピンク色の線が引かれる。
大小様々な魔法陣が立体的に展開し、そこから無数の悪魔が顕現した。
街を破壊し人を襲う。
炎が立ち上り爆音が轟く。
瞬く間に悲鳴がテレサクロームに蔓延した。
「【眷属召喚】…?」
「何をする気だ…」
「リコリスちゃんは言ったよね〜?♡みんなを守るために命を賭けてるって♡その言葉が本当なのか、確かめてあげる♡」
「は?」
私たちの背後で一瞬魔力が歪む。
「ッ?!!」
「アルティ!!」
黒い転移門を開け、そこから現れたモナがアルティを引きずり込む。
「リコ――――――――」
「アルティ!!!」
伸ばした手はむなしく空を掴み、転移門は霧散して消えた。
「アルティ!!アルティ!!」
近くに反応は無い。
どこだ、どこだどこだどこだ!!
「ッ!!モナぁぁぁぁぁ!!!」
血が出るくらい唇を噛んで叫ぶ。
「今から六時間ちょうど♡日が変わるまでにモナを見つけてアルティちゃんを助けられたらリコリスちゃんの勝ち♡私の配下の悪魔たちはリコリスちゃんの仲間を、テレサクロームを襲い続ける♡さあ、みんなを守りながらアルティちゃんを助けることが出っ来るっかなー?♡」
「っざけんなぁ!!!」
意味が無いとわかってても、剣を薙いで空に浮かぶモナの虚像を斬らずにはいられなかった。
モナは虚像を半分に割りながら、変わらず甘い声で笑い続ける。
「モナが勝てばリコリスちゃんも仲間もみーんなモナのもの♡リコリスちゃんが勝ったら…うーん、やっぱりいいや♡モナに勝てるわけないもん♡」
「アルティに何かしてみろ!!私はお前を絶対に赦さない!!」
「やーんこわーい♡クスクス♡それは〜不夜の宴を生き残れたら聞いてあげようかなぁ〜♡それより、早くしないといーっぱいの人が危ない目に遭っちゃうよ〜?♡ほらほらぁ♡守ってごらんリコリスちゃん♡アハハハッ♡」
モナの姿が消えた直後、私が見ていた景色が変わった。
強制転移の魔法…ここは、下層か。
「みんなは…ダメだ【念話】が阻害されてる」
まさかみんなもモナに連れ去られて…
「くっ、が、あああああっ!!」
私は額に拳を打ち付けた。
怒っててもしょうがない。
落ち着け…慌てるな…考えろ…
痛みが頭を冴えさせる。
まずはモナを探すんだ。
このふざけたゲームを終わらせることが第一。
悪魔っていっても所詮は魔物だ。
なら【聖魔法】で一発だろ。
「聖光祓魔!!」
私の声だけがむなしく散る。
魔法が発動しない?
それだけじゃない。
ポタリと額から血が垂れる。
【痛覚無効】も【超速再生】も…発動してない。
「スキルが…使えない…」
【神眼】も【恩寵】も、【百合の姫】も何も…
モナのスキル…?
「そんな…」
静かに焦る私の前に、ザッと足並みを揃えて美女たちが壁を作った。
「リコリス様とお見受けします」
「守護嬢隊…」
「守護嬢隊隊長、レイミィ=ツヴェルクと申します」
「同じく副長、リオ=エイルです」
「夜会の主の命により、これよりあなたを拘束します」
「はあ…?!街が今どんな状況か見えてないの?!あんな奴の命令より、守らなくちゃいけないものが他にあるでしょ!!守護嬢隊の名が泣くぞ!!」
今この間にも悪魔は街を襲ってるのに。
なのに、それを守るはずの人たちは私を相手に剣を抜いてる。
その事実が更に私を混乱させた。
「あなたを捕らえれば悪魔の侵攻を止める。夜会の主、モナ様の言葉です」
「!!」
あいつ…!!
「マジで…悪魔だな…!!」
「取り押さえろ!!」
大勢の女の子に寄ってこられるのは嬉しいけど…これはヤバい。
ここで捕まればモナを探すどころじゃない。
「っ!」
かと言って抵抗して傷付けるわけにはいかないと、私は守護嬢隊に背を向けて逃げ出した。
こうして、私史上最低最悪の悪夢は幕を開けた。
今はただ地面を蹴って息を荒げる。
どこかでほくそ笑んでいるのだろう、無邪気で無垢な魔王に確かな怒りを覚えながら。




