50.百合の楽園《リリーレガリア》vs森羅騎士団《エルフセイダーズ》(後編)
アタシね、嬉しいの。
何が?
その天使は朗らかな笑顔を見せた。
姉さんがいっぱいで。
「ハッ…」
ネイアは壁に身体を預けて、息も絶え絶えに暗がりで苦笑した。
「なんで今さら…昔のことを思い出すのかしら…」
遠き思い出に懐古し、足を前に前にと動かす。
「もうすぐ…もうすぐ、終わる…」
――――――――
死んだのかな…
そのくらい静かだった。
痛みも感じないくらい呆気なかったのかなって。
でも…
「よく戦いました、金猫の子」
その人の優しい声が聞こえた。
クルーエルの剣から私を守ってくれてるのが見えた。
「あとは私が」
お姉ちゃんのお友だち。
人魚の魔眼のミオさんは、凛とクルーエルの前に君臨した。
「あれれ?ちゃんと閉じ込めておいたはずなんですけど」
「優秀な子たちに助けられまして」
ポヨン
リルムが倒れる私の顔の前で跳ねた。
『マー大丈夫?痛い?』
リルムたちがミオさんたちを助けたんだ。
よかった無事で。
私は焦げた手をリルムに乗せた。
「頑張ったね…みんな…」
「メノローア、彼女に回復を。リーニャ、アンナ、二人を守りなさい」
「はい」
「了解」
「はっ」
クルーエルは蒼炎を滾らせる剣を担いで笑った。
「アッハハ、もしかして一人で相手をしてくれようとしてますか?わざわざまた斬られに来るなんて、被虐趣味に付き合うほど酔狂じゃないんですけど」
「あなたには借りがありますから」
「借り、ですか」
ミオさんの右腕から血が落ちる。
「そんな子どもを庇うために怪我を負っておいて、いったい何を格好つけてるんですかー?ああ、もしかしてそちらのお国柄というやつですか?それともただの自殺志願者?なら今度こそ一思いに殺してあげますよ。弱者も敗者も愚者も、すべからく死んで然るべきですから」
クルーエルは剣を振って蒼炎を走らせた。
それに対してミオさんはゆっくりと腰の剣を抜く。
透き通るような真っ直ぐな剣が煌めいて、それが私の目から消え、襲いかかる蒼炎がミオさんの前で霧散した。
「私の炎が…」
「霊刀・十拳剣。宝具の中でも、妖を斬り魔を祓うことに特化した三種の神器が内の一つです。如何に精霊の力が宿ろうと、私の刀に斬れないものはありません」
「…そういうのは、私を斬ってから言うものですよ。そんななまくらで私を斬れるのならですけどね。灼火狂乱!」
「救世一刀流」
また剣が消えた。
「慙愧之鼎」
気付いたら蒼炎が散って、クルーエルの剣を折っていた。
「あなたの目に、なまくらは映りましたか?」
「ッ!」
速すぎて見えない。それはクルーエルも同じみたいだった。
それまで貼り付いてた余裕が影も形もない。
「あなたが私の何をどれだけ嘲笑しようが、あなたが何を抱いていようが、そんなものはどうでもいい。ですが、私の仲間を傷付けたこと…そしてあまつさえ、小さくも勇敢に戦った戦士を侮蔑したことは断じて赦し難い!!」
「ッ、蒼炎――――」
「刹月華!!」
聖なる光で癒やされ目が見え始めて、ちょっとだけ…ほんのちょっとだけミオさんの動きを捉えられた。
一歩で距離を詰めて刃を鞘に収める。
一閃。クルーエルの胸から真っ赤な花が咲いた。
「そんな、私が…」
「ただ快楽のために振るう剣など強いはずあるものですか」
地面に倒れるクルーエルに振り返ると、ミオさんはほんの少し能面をずらして水色の視線を向けた。
「あなたの狂乱は私が否定します」
キレイ…
私は糸が切れたように、そこで意識を失った。
――――――――
「彼女は?」
「気を失ったようです。傷の方は問題ありません」
「では丁重に。離れた場所で結界を張り避難してください。何かあってはリコリスさんに申し訳が立ちません」
「ミオ様は…」
「まだ依頼の途中です。投げ出すことは罷り通りません。それにまだ、何も解決していない気がします」
「アッ、ハハァ…よくわかってるじゃないですか…」
クルーエルの笑い声に、一同は視線を集中させた。
血に染まった身体を起こし、傷を押さえながらよろめく。
「これくらいで私に勝ったつもりですか?残念…止まりませんよ。止まれないんですよ私たちは…っ!」
「命を以て贖えとは言いません。その首を刎ねなかったのはせめてもの情けです。致命傷を避けたとはいえ、けして立ち上がれるような身体ではないはずですよ」
「情け…?ハッ、笑わせないでくださいよ。……何も知らない余所者が。偽善と憐れみで何かが解決するわけないってのに!!」
蒼炎が燃え上がり血が蒸発する。
けたたましい灼熱も、ミオの目には風前の灯に映った。
「自殺志願者はあなたの方だったわけですね」
せめて意識を刈り取るくらいはと、ミオが柄に手をかけた瞬間。
背後から矢が風を切った。
如何に高速の矢が視覚の外から放たれようと、ミオの反応速度と剣技は高速を遥かに越えている。
無論命中はしなかったが一瞬の隙が生まれ、闖入したその人物がクルーエルを担いで飛んでいってしまった。
「逃げた?」
「追います。あなたたちは避難を。おや…」
ふと空を見上げると、黒い髪を靡かせてシャーリーが跳んできた。
「不躾に失礼します。こちらにエルフが一人やって来ませんでしたか?」
「ええ。私の敵を担いで跳んでいきました」
「そうですか。っ、マリアさん…!」
「大丈夫。命に別状はありません。彼女は勇敢に立ち向かいました」
「そうですか…。仲間をありがとうございます」
「謝辞は後に。今は彼女たちを」
『シャー、リルムたちも行くー』
「はい」
マリアの頬を一撫でし、よく戦いましたねと賛辞する。
二人は獣魔たちと共に世界樹の方へ跳んだ。
「どうも副隊長」
「ティルフィさん…なんだ、ボロボロじゃないですか」
「人のこと言えるんですかそれ。喋る元気があるなら自分で動いてくださいよ、めんどくさい…」
「あんまり揺らされると内臓転び出そうになるので丁寧に運んでくれると嬉しいです…」
「本当めんどくさい!誰ですかこの人副隊長にしたの!」
「どうも女皇に推薦されて強さだけで成り上がった狂人でーす…」
「自覚も元気もあるようで何よりです!……あんな人たちに、私たちの野望が止められたりしませんよね」
「当たり前ですよ…。何も成せないなんて」
それこそ生きる意味が無い。
クルーエルの自虐にティルフィもまた、
「そうですね」
と、寂寥に満ちた風に呟いた。
――――――――
「おいおい」
妾の姿を見やり、ヘルガは頭を掻いた。
「あんたはちゃんと退場させたろうが、なあ。それなのに再戦希望は少し虫が良すぎるんじゃねえか?」
「まあそう言うな。ジャンヌの猛攻に魔力が乱れたか。脱出は容易じゃったよ。とはいえ、抜け出そうと思えばいつでも出来たわけじゃが」
「言いわけならダセえからやめときな。簡単に抜け出せる封印なわけねえのは術者のおれが一番知ってる」
「たわけ。妾を誰と心得る。本来ならば口を聞くことも叶わぬ高貴な存在よ。精霊じゃろうと悪魔じゃろうと、この胸に抱きし最愛以外、何人たりとも妾を縛ることなど出来はせぬ」
指を鳴らすのを合図に【召喚魔法】によりコウモリの群れを呼び出し、ジャンヌを運び守らせる。
「さて、うちの愛い妹が世話になった。手厚く礼をせねばなるまい。覚悟はよいな」
「ハッ、いいぜ。あのときは横槍が入ったからな。子守りは終わりだ。今度は封印と言わず串刺しにしてやるよお嬢ちゃん!!黒鉄千騎槍!!」
四方八方に鉄の槍が浮かぶ様を見て、一つ小さく息をついてからそれを上回る数の血の剣で全ての槍を粉砕してやった。
「なっ?!」
「やはり無詠唱は威力が落ちるのう。まだ身体が眠っているのやもしれぬ。クハハ、いやすまぬ。どうやら軟派な態度が勘違いをさせてしまったようじゃ」
「勘違いだ…?」
「昨日は昼夜たらふく飲んでしまってのう。それだけ今年のエールの出来が上々じゃったということなのじゃが。いやはやあの芳醇な香りとコク、それに弾けるようなキレといったら思い出すだけで夢心地……おとと、すまぬ話が逸れた。とまあ、そのせいで今朝から二日酔いと眠気が酷く少々油断してしもうたのじゃ。先も言ったが、あのような粗末な封印、破ろうと思えばいつでも出来た。そうしなかった理由がわかるか?」
「言いわけはダセえって言っただろ!!」
鉄が流動的に形を変えて襲ってくる。
剣、斧、鎚。
しかしそのどれも届かない。
鍛え抜いた魔力は質そのものが変容し、他者の魔力を、延いては物理攻撃をも無効化する絶対の領域を創り出す。
「少しはわかったか?実力の差が。そなたの術中に在ったのは、そなたを相手に妾の妹を成長させる目論見があったからじゃ」
「あぁ?」
まあ、眠るのに丁度よかったのも少なからずあるが…
あえて言うまい。うむ。
「まだ幼く、妾らに比べれば強さは拙い。強さとは剣を振った数でも、魔物を倒した数でもなく、己よりも強き者との、命を賭した戦いの中でのみ磨かれる。此度ジャンヌは勝負にこそ負けたが、計り知れぬ大きな進歩を得た。そなたは十二分に、ジャンヌの糧となったのじゃ。誇れ、そなたはそれなりに強き者であった。ただ妾とは格が違うというだけの話よ」
「糧…?おれを、このおれを!当て馬にでもしたつもりか!!」
「そう言っているのがわからぬか?」
「閉鎖――――――――」
「宿命ヲ架ス鉄血ノ磔」
ヘルガの背後の空間が裂け、生じた亀裂から血の鎖が伸び、奴の身体を十字架に磔にした。
「ぐっ、あ!!」
「そなたの封印術はたしかに優れておったが、真の封印とは何も許さぬことを差す。指一本、まばたき、呼吸、魔力の流れ…そして脈動すら」
宿命ヲ架ス鉄血ノ磔はただの拘束系の魔法ではない。
ありとあらゆる自由を剥奪し、対象の魂を悠久の時を彷徨わせる精神支配系の魔法。
「案ずるなヘルガよ。妾は吸血鬼でこそあれ鬼ではない。奪われ虐げられてきたそなたから、これ以上奪おうとはとても思えぬ。じゃが、そうじゃのう。妾の存在を軽んじたことと、ジャンヌを痛めつけた罪は償っておけ」
ヘルガの目の前で跳び、慈悲を以て横っ面目掛けて思いきり蹴りを放った。
十字架が砕け解き放たれたはいいが、壁を数枚破壊して吹き飛んでいく。
降ってきた黒鉄の残滓を払い、腰に手を当て毅然とした態度で知らしめる。
これが妾じゃと。
「妾を相手取るには千年早かったのう。お嬢ちゃん」
――――――――
大賢者。
その称号を与えられるには最低の条件が存在する。
個人で国を滅ぼせるような、他の追随を許さない絶対的な"強さ"。
それこそが大賢者が国家級戦力に数えられる由縁である。
そして、それは私も例外ではない。
「青薔薇の剣舞踏!!」
「絶空四連!!」
夥しい数の氷剣が空に乱舞するのに合わせ、アウラは四つの斬撃を撃った。
極限にまで研ぎ澄まされた魔力の衝突が、見る見る間に周囲を凍結、崩落させていく。
さながら冬が訪れたように、私たちの息は白くなっていた。
「あなたの魔法は私には通用しません。大人しく観念しなさい。あの怪物を止め、ドロシーに対しての非礼を詫びるなら、あなたを傷付けようとは思いません」
「人間が…貴様の尺度で私を測るな。何故貴様らは自分たちこそが強者だと驕る。非礼だと?詫びろだと?それが傲慢だと何故気付かない!!」
怒りを噴き出した連撃が私を襲うけれど通じず、最後の斬撃を氷の盾で防ぐ。
すると、舞い散る氷片の向こうからアウラは剣を振りかざして飛んできた。
寒さで身体のパフォーマンスは下がっているはずなのに、なんというスピード。
けど単調だ。防げる。
盾を展開しようとして、
「がはッ?!!」
あばらから嫌な音が聴こえたかと思えば私の身体が飛んだ。
肋骨が数本折れた…いや、ヒビ?
どっちでもいい、痛いのは同じだ。
「つっ…!今のは…」
斬る魔法でなく、打つ魔法。
打撃にも転用出来るとは…見誤った。
斬撃に比べて放てる範囲は狭いが一段速い。
リコが付与した防御の上から力ずくでとは…粗野で粗暴。とても騎士とは思えない力ずくな戦い方だ。
「形振り構わず敵を排除しようとする…それがあなたの矜持ですかアウラ。それとも…単に怒りをぶつけているだけですか。この暴力を…ドロシーにも振るったんですか」
「だったらなんだ。あれはそうされて当然のものだろう」
斬撃に打撃を混じらせ、攻撃に幅を持たせてくる。
さっきの一撃がどうにも効いて思考が鈍り、徐々に防御が間に合わなくなる。
やがて。
「貴様ら人間もあれと同じだ。生きてることはおろか、存在する価値も無い。矮小で下劣。加えて下等。理解に苦しむ。何故神は、貴様ら如きにも生を与えたのかと」
アウラの剣が無情に私を斬り裂いた。
ポタリ、ポタリ。
大量の血を流しても倒れなかったのは意地だ。
気絶しそうな頭を回し、
「反吐が出る」
品無く血を吐き捨てた。
「憎悪に怨恨、復讐だと謳っておきながら、結局やっているのはただの八つ当たりでしょう?何も出来なかった自分たちの無能をドロシーへの、皇族への怒りに挿げ替えているだけではないですか。あなたたちの怒りも憎しみも、百年前にドロシーの父親を処刑したときに終わって然るべきではないんですか」
痛みを受けて頭が混濁するのを嫌ったからか、私はいつもより饒舌になった。
沸々と怒りに心身が染まっていくのがわかり、ついには腕を薙いで声を荒らげた。
「本当ならあなたたちと関わるべきでないと思いながらも、あなたたちの身を案じてこの地にやって来た勇気を汲み取ることもせず、暴力と侮蔑で虐げる!ドロシーがどんな気持ちで生きてきたかも知らないくせに……粗末な言葉で彼女を詰るな痴れ者が!!」
人間を恨んでいたのはアウラたちだけじゃない。
ドロシーだってそうだった。
半端者という境遇を生んだ自らの父を、国が滅ぶきっかけとなった人間を嫌い心を閉ざした。
きっとリコリスが現れなければ、彼女は今も王国の片田舎の街の、小さな薬屋という世界に生き続けていただろう。
「ドロシーは踏み出したんです!自分の運命に抗うために!自分で幸せを掴み取るために!それの何がおかしい!!」
「その結果が人間への寄生か?地に蹲い懇願でもしたか。それとも女皇のように媚でも売ったか。身体を差し出したか。取り入ることだけは上手いものだな。さすがは詐欺師と売女の混血種だ」
暴風のような魔力に傷口が凍る。
肌が凍り、髪が凍る。
ドロシーへの侮辱に、私は理性を保てずにいた。
「耐え難い…その口を閉じなさいアウラ!!」
「人間が私の名を呼ぶな…穢らわしいことこの上ない!!絶衝!!」
何度も殴打され血が飛び散る。
それがどうした。
ドロシーの方が長く計り知れない痛みを覚えてきた。
それを思えばこのくらいなんでもない。
なんてことない。
「死ね人間!!絶空八連!!」
死の淵とはこれを指すのだろう。
しかしそこでしか見えない景色がある。
掴めない力がある。
リコ…
「力を…借ります」
死角から撃たれた超高速の斬撃が八つ。
それが音を立てて弾けた。
「!!」
なるほどと、自分の中に芽生えた力を理解する。
「もう、あなたの攻撃が届くことはありません」
私を基点とした半径1メートルの空間において、あらゆる攻撃に反応する結界が全自動で展開される。
視覚も魔力も超越した堅牢堅固な防御スキル。
心の深奥にて芽生えた新たな力。
「馬鹿な…私の力で傷すら…」
「信じられないなら何度でも試しなさい。そして悔いろ。私を敵に回すべきではなかったのだと」
「……粋がるな、人間!!絶空!!」
「【星天の盾】!!」
衝撃すら通さない究極の防御を前に、アウラは鬼気迫る顔で為す術もなく技を撃ち続けた。
「私が…人間なんかに…!!」
「それはもう聞き飽きました。思うところが無いわけではありません。ですがそれでも、怒りだけでは見えないものがあるんです!!」
「黙れ…黙れ!!私は――――――――」
「氷獄の断罪!!」
その先の言葉が何だったのかはわからない。
けれども氷に閉ざされたアウラの表情は、どこか悲しんでいるようにも見えた。
「もしもあなたたちがもっと早く、私たちと出逢っていたら。こんなケンカ…する必要はなかったのかもしれませんね」
私は傷をポーションで癒やし踵を返した。
リコの下へ。ドロシーの下へと向かうべく。
――――――――
穴の底の底。
大樹の根の先が露出しているということは、ここが国の最下層らしい。
地の獄とはこういう場所のことをいうのだろうか、私は苦しい胸を押さえながら呑気にもそう思った。
「ゴミ処理場…じゃないよね」
足元にはゴミに紛れて骨らしきものが見える。
魔物のものか、それとも…
いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
あの魔物は…
「!」
暗がりから不気味な音を発しながら飛んでくる。
動きは鈍いからいくらでも対処出来るけど、動く度に瘴気を撒き散らすものだから苦しくて仕方ない。
「げほ…あんま手荒なことするとドロシーがヤバいか…。恨みは無いけど大人しくしてくれ!【怠惰】!!」
これで動きが止ま――――――――らない?!
「はあ?!」
そんなことあるかと、私は焦りに怒りを混じらせた。
【怠惰】は生物の活動を強制的に停止させるスキルで、下手をすれば睡眠どころか永眠すらさせることが出来るのに、これにはまるで効いてない。
ああいや、そもそも生物かどうかも怪しいか。
【強欲】を使って中のドロシーを手元に転移させる方法も考えたけど、この分だとそれも難しそう。
「通用するか怪しいけど、それならぶった斬る!」
剣を魔力でコーティング。更に風の魔法を纏わせて切れ味を高める。
スライム以上に不定形で、目の前にいるのに三態のどれに当たるかもわからない以上、普通の剣じゃ意味が無い。
「せぇりゃっ!!」
剣を振ると余波で風刃が飛び、壁に大きな亀裂を走らせた。
それなのに普通に避けられるし。
あんまり暴れてここが崩れたら生き埋めになっちゃう。
ドロシーが心配だし早く勝負をつけるに越したことはないと、私は息を深く吸い、魔法で動きを制限しつつ間合いに入り込む。
頭?首?腹?
どこだかわからない部位目掛けて斬り込んだ。
「――――――――」
途端、頭の中に何かがなだれ込んで剣が止まって、私は放たれた衝撃波に吹き飛ばされた。
「なんだ今の…」
気のせいにしては、やけにハッキリと聞こえた。
助けて…って。
瘴気に精神が侵食されてる…?って頭を押さえると、小さく足音が鳴った。
「…!さっきの毒使い!」
ネイア…だっけ。
エヴァが相手をしていたはずだけど、身体がボロボロだ。
「やっと、これで終わる」
ネイアは私のことなんて意に介していないとばかり、それをまっすぐ見つめた。
「キレイな思い出も、穢れた過去も、全部壊して」
「…ッ?!待っ――――――――!!」
「お願い。ノア」
剣を逆手に胸に突き立てる様が、どこか祈りを捧げるようで。
「ア゛、ぁあ゛ァあァァアぁあぁ――――――――!!!」
ネイアが取り込まれるのを黙って見ていることしか、ノアと呼ばれた怪物の叫びに身体を震わせることしか出来なかった。




