47.皇国の翳り
「ふう…」
翌朝目が覚めて、ドロシーとゲイルがいなくなっていることに気が付いて、湿り気を帯びた空気を吸い込んだ。
「申し訳ありませんリコリスさん。不甲斐なくもドロシーさんを止めることが出来ませんでした」
「シャーリーが謝ることじゃありませんよ」
「そうだな。私の見通しが甘かった」
焚き火の燃え滓を踏んで空を見上げる。
ロストアイ皇国は向こうか。
さてさて、どうしたもんかね。
「ドロシーお姉ちゃんいなくなっちゃったの?」
「どこ行っちゃったんですか?」
「だ、大丈夫ですよ…。すぐ、か、帰ってきます…から。あっあのリコリスちゃん…」
「うん」
大きく深呼吸を一つ。
「がーーーーーーーー!!!」
木々に止まる鳥たちが飛び立つくらい大きく叫んだ。
「っしスッキリした!行くぞお前ら。みんなでドロシーのこと怒ってやろうぜ。心配ばっかかけやがってあんにゃろう。絶対に赦さん」
「フフ、見たくはありますね。ドロシーのしょんぼりした顔」
「借りも出来たことですし」
「み、みんなで迎えに行きましょう…」
「ドロシーお姉ちゃんお迎えー!」
「行くですー!」
「ソッコーで追いつくぞ。ウル」
『ここに』
「馬車を頼んだ。とにかく全速力で」
『御意』
「追いついて、それからどうするんですか?」
「とりあえずケツ真っ赤になるまでぶっ叩く!」
まだ朝靄燻る中、私たちは疾走した。
ケツ震わせて待ってろよドロシー!
って…ドロシーがいなくなったことに対し、私は存外冷静ではなかったらしい。
気付いていなかった。
先行した師匠、そしてドロシーと【念話】が繋がらないということに。
――――――――
ロストアイ皇国。
巨大な円を描いた森、もとい大樹海は、生きとし生ける命に別け隔て無く大いなる自然の恵みを齎してくれる。
国同士の交流も盛んで、日々多くの人たちがやって来ていた。
それが百年前の話。
今ではクーデターの戦火によって森の半分以上が焼け、大気は汚染され、憎悪と悲哀によって蝕まれた大地からは、絶えず毒の瘴気が発生する死の森と化している。
森の周囲には立ち入りを禁止する高い壁がぐるりと聳え立ち、東西南北に関所を設け、特別な発行証が無ければ通行は許可出来ないようになっている。
けれど、通行証無しで壁を越える方法がじつは二つある。
一つは全高百メートル以上ある壁を物理的に越える方法。
もう一つが、エルフだけに伝わる転移の魔法陣。
アタシが子どもの頃、母さんと姉さんは燃え盛る戦火の中、この魔法陣を使って森の外に逃げた。
「またこれを使うときが来るなんてね」
陣に乗って魔力を通すと、淡い光が発せられ、アタシとゲイルを一瞬で森へと飛ばした。
目を開ければ朽ちた木々。腐った大地。汚れた空気。
自然の息吹なんてまるで感じない光景が飛び込んできて、目を背けることしか出来なかった。
「森の中心…だったわね」
心に鈍痛を覚えながら、アタシは皇都を目指す。
ラ=メール=シティ。アタシが産まれ育った街を。
――――――――
多くの魔物に襲われながら辿り着いた、木々に覆われた大樹の都。
かつては緑が生い茂り壮観であったろう街並みは、今やすっかり寂れた死の都と化していた。
特に悲惨に映ったのは、街の中心に一層巨大に聳える世界樹。
精霊の加護により悠久の時を見守ってきたそれには、緑の面影すら無かった。
「無常な。時の移ろいの残酷さを覚えるのう」
「ええ、まったくです」
「さて、件の魔物とやらはどこじゃろうな。さっさと終わらせて昼寝するのじゃ。昨日は少しはしゃぎすぎた」
「瘴気が濃すぎて魔力も気配も読みづらいですね。リーニャ、アンナ、メノローア、体調に問題はありませんか?」
「は、はい!今のところは!」
「僅かに身体が重いくらいで済んでいます」
「森に入ってからずっと、妙な息苦しさは覚えていますけれど」
「吸血鬼と妖怪族はまだ耐性があるので平気ですが、あまり無茶をしないように。メノローア、結界を強めにお願いします」
「かしこまりました」
メノローアという僧侶は、ミオに命じられるままメンバーの周囲に結界を張った。
【聖魔法】か。リコリス程ではないが、なかなか高度な術を使う。
リーニャとアンナ、二人の索敵能力も高く、個々の身体能力も高い。
よいバランスのパーティーじゃ。
百合の楽園は総じて攻撃特化のメンバーじゃからの…唯一ドロシーだけは気持ち程度の支援要員じゃが。
ドロシー…あやつ、小難しいことを考えて先走った真似をせんとよいがの。
「では行こうかの」
「はい」
妾らはより嫌な気配が濃密な方へ。
大樹の中に造られた城へと向かった。
そして、城の前に辿り着いたときじゃった。
夥しい数の殺気が妾らを叩いた。
「ほう。手厚い歓迎じゃな」
真っ赤な眼をして唸る腐肉の魔物が、群れを成して城の門の前に立ち阻かった。
「ゾンビハウンドにゴブリンゾンビ…他にも色々いるのう。森の入り口にいた連中とは一線を画しておるわ」
「この地の瘴気に直に当てられゾンビ化したようですね」
「哀れなことよ。どれ、下がっておれ。安らかに…と言っても魂を浄化してやる優しさなど更々無いが、せめて一思いに狩り尽くしてやろうではないか」
雑魚に用は無い。
血の剣が突風となって魔物の群れを穿いた。
「冥府ヲ満タス血ノ剣」
一瞬の幕引き。
後には魔物の残骸すら残ってはおらぬ。
「これが真紅の女王の力…」
「お見事ですテルナ様」
称賛に気持ちよくなっておったのも束の間。
「なんだティルフィのやつ、見張り番もろくに出来ねえのか。ったく仕方ねえ。よぉ、お客人かい?」
門の向こうから一人の女が、口の中で飴玉を転がしながらやって来た。
見た目はシャーリーにも負けず劣らずの細い美人。
「部外者がこの門を潜ろうとするのは百年ぶりだな」
見目麗しさとは裏腹な粗野な物言いと立ち居振る舞い。
それに加え背中に背負った無骨な大剣が威圧感を放っている。
「そなたは?」
「おいおい、人に名前を訊くときは自分から名乗るのが礼儀だろう?ママに教わらなかったのかいお嬢ちゃん」
「おや、お嬢ちゃんとは気分が良い。いやすまぬ、礼節を欠いた。妾はテルナ。訳あってこの森の調査に来た。して、改めて問おう。そなたは何者じゃ?」
「おれはヘルガ。ヘルガでもヘルガさんでも、まあ好きに呼んでくれ。森羅騎士団って、この森の番人をやってる。おれは門番みてえなもんだ。遥々ご苦労さまと労ってやりたい気持ちは山々なんだがなぁ、生憎立場上知らねえ奴を通すわけにはいかねえんだ。悪いが引き換えしてくれねえか」
「門番のう」
滅びた国にエルフ…やはりどうもきな臭い。
「乱暴かつ冷酷な言い分になるが赦してほしい。門番とは守るべきものがあってこそじゃろう。主亡き今、そなたはここで何を守る?」
「お嬢ちゃんには関係の無いもんだよ。わかったらさっさと帰りな。手ぶらが寂しいってんなら飴をやるよ。森の蜂蜜と果物で作ったとびきり甘いやつをな」
「それはそれは魅力的じゃのう。が、退くも進むも妾が決めることじゃ。ここはどの国も権力を嵩取ることを許されぬ完全中立地帯。誰も誰かに指図することは叶わぬ。それがたとえ、この国の番人を名乗る住人であろうともな」
「滅びた国なんぞに未練も思い入れもありゃしねえが、誰も通すなって命令なんだ。髪の毛一本でもこの先に入ろうもんなら」
ヘルガは背中の大剣を抜き去り、一振りで突風を巻き起こした。
「肉塊になるのを覚悟しな」
飄々としていながら隙が無い。
なかなかに強い。村で会ったあのエルフ二人にも劣らぬ。
じゃが…
「口の利き方には注意せよ小娘。気心知れぬ者に砕けた口を許すほど、妾は寛容ではない。重ねて他者を傷付けることに対し躊躇いも慈悲も無い。その剣の先がこちらに向こうものならば容赦はせぬぞ」
魔力を込めた威圧は、傍にいるミオたちすらも萎縮させた。
しかし、ヘルガはむしろ愉悦を表情に浮かべた。
「いいねえ。ちょうど退屈してたところだ。少し遊ぼうかお嬢ちゃん。改めて、黒鉄のヘルガ…ヘゥ=ル=ジーベック=ガルガトッドだ」
「よいのか?敵に真名を名乗っても」
「おれなりの流儀だ。骨の髄までしゃぶりつくしてやるよ」
「吠えるな。妾の耳が穢れる」
大剣と血の障壁が衝突する音が開戦を告げた。
時を同じくして、
「あ――――――――!!」
「がっ――――――――!!」
「ぐ――――――――!!」
リーニャ、アンナ、メノローアの三人が、背中から血を噴き出して倒れた。
「――――――――!!」
ミオが能面の下で焦燥を露わにするのを、其奴は狂った笑みで悦んでいた。
「なんだよ酷い奴だな。おれの愉しみを盗るなんてよ」
「ちょっとくらい譲ってくださいよー。私だって溜まってるんですから」
「クルーエル…!!」
「おやおやー?あー村であった吸血鬼さんですね。こんにちは。ドロシー様は一緒じゃないんですか?殺してあげたかったのに」
妾が動くより速くヘルガが妾を押さえ、ミオが刀を抜きクルーエルに飛び掛かる。
精細も何も無いただの特攻。そんなもので、あのエルフを斬れるわけもなかろうに。
「よくも私の仲間を!!」
「クスクス。ああ、まったく同じ言葉を使いましたよ。国を虐げたあの皇族に」
剣戟が乱れる。
常人ならば目で追うこともままならない剣速に、周囲の空気が鳴動し震えた。
「おいおい余所見すんなよ妬けるな」
「どけ。その程度で妾を阻もうなど烏滸がましい」
「うおっ?!」
三重の血の波動でヘルガを押し返した、その刹那。
妾の胸を背後から不可視の剣が貫いた。
「ッ!!」
抜き身の剣を構えもせず、アウラという名のエルフが離れた場所に立っている。
「ったく次から次へと。邪魔すんなよ隊長さん」
「侵入者を排除するのに邪魔もあるまい。我らの計画の支障になるなら誰であろうと切り捨てるだけだ」
なにを人を刺しておきながら涼しい顔を。
しかしなるほど、そういうスキルか。なかなかどうして厄介な。
こんな傷など吸血鬼にとってはそよ風も同然。痛くも痒くもない。
が、むざむざとやられるのはおもしろくはない。
「調子づくなよ小娘共」
少し痛い目を見てもらおうと血の螺旋を手のひらの上で描いたとき。
「悪いなお嬢ちゃん。うちの隊長が帰ってきたんならお開きだ。短いパーティーだったな」
一瞬の隙をつき、ヘルガもまた黒鉄を手のひらの上で踊らせた。
「閉鎖鉄縛」
「精霊魔――――――――」
黒鉄が妾を包み込む。
妾の意識はそこで潰えた。
――――――――
「テルナ様!!ぐっ――――!!」
「ダメじゃないですかー戦いに集中しないと。せっかく楽しいところだったのに」
アタシが到着したとき、テルナは黒鉄の小さな球体に閉じ込められ、ミオたちは斬られ地面に伏していた。
あまりに衝撃的なその光景は、アタシの身体を強張らせるには充分だった。
「みんな…」
「ん、あー!ドロシー様!」
アタシに気付いたクルーエルが喜嬉としてこっちへと駆けてくる。
血がべっとりと付いた剣を手に。
『アルジサマニ、テダシ、ダメ』
「邪魔ですよカブトムシ」
華奢な身体に似合わない強烈な蹴りがゲイルの巨体を吹き飛ばす。
「ゲイル!!ッ…鈍足化!視界遮断!拘束!」
「効きませんよ、精霊に愛されてないエルフの魔法なんて。クスッ、ああ…エルフじゃありませんでしたね」
魔法が悉く斬られ、ポーチから爆薬を取り出そうとしたけれど、腕を掴まれて阻止された。
「ああああああ!!」
握り潰される痛みにアタシは悲鳴を上げた。
「おいおい本物じゃねえか。どうしたんだこれ」
「ダメですよヘルガさん。これは私が殺すんですからあげませんよ」
「こ、の…っああ!!」
「暴れたらこの腕へし折りますよ。ねー隊長、いいですよね私が殺しても。その前に拷問でもしますか?あ、そうだ。世界中に散らばった同胞を集めて石を投げさせるのもいいですね。アッハハ」
「がハッ!!」
アタシは腹を殴られて意識を薄れさせた。
「とりあえず地下に幽閉しておきますね。殺すのはわたしがやりますけど、それまではみんなで楽しみましょう」
「趣味が悪いなあ。副隊長さんよぉ」
「一人だけいい子のフリはズルいですよ。ねー隊長」
「どう使うにせよ、そいつには利用価値がある。許可無く始末はするな。そこの虫と共に封印の術式をかけておけ。……そろそろ餌の時間だ。行くぞ」
「はーい」
「了解。……?」
「どうしたヘルガ」
「いや…。なんだか森がザワついた気が…気のせいか?」
リコリス…愛しい人の名前を口に出せたのかもわからない。
アタシは意識を闇の中に落とした。
――――――――
「ドロシー?」
「リコ、どうかしましたか?」
「いや、今なんか呼ばれた気がして…」
「そろそろ検問所です」
森を大きく囲んだ塀の一角が、兵が駐屯する砦となっている。
通行証は無いけれど、そこはさすが大賢者。
「銀の大賢者、アルティ=クローバーです。森の調査に参りました。通行の許可をお願いします」
「はっ、ただちに」
ひゅー大賢者の権力すっげ。
「あっあの、奈落の大賢者…エヴァ=ベリーディースと申しま、あの…」
「奈落の…?知ってるか?」
「いや、初耳だ」
「ぐはァ知名度の差を如実に突きつけられる!!」
かける言葉が見つからねえ…
「あの、私たちより前に冒険者の一行が通ったと思うのですが」
「ええ。五人…ですね。人魚の魔眼の皆様がお通りになられましたよ」
「その後、青髪の背の低い女の子が通ったなんてことはありませんでしたか?」
「女の子ですか?さあ、通れば覚えていると思いますが。何分人が来ることは滅多にありませんから」
「そうですか…」
予想はしてたけど、ドロシーは正規のルートで森に入ったわけじゃないみたいだな。
「すれ違いになった、なんてことは?」
「それならそれでいいんだけどな。とにかく行くぞ」
ぶ厚い鉄の扉が見張りの兵の号令によって開けられる。
ほんの少し開いた扉から漏れた異様な空気が、私たちの顔を顰めさせる。
これが森の瘴気か…
「全員【聖魔法】と【付与魔術】で瘴気への耐性を付けるよ。リルムたちは大丈夫?」
『んーなんかちょっと変な感じするー?』
『今のところは問題ない。けど』
『あまり心地良いものではないのでございます』
『こう、得体の知れない何かに身体を弄られているような。不快というより不気味な感じでござる』
「そっか…。一応タグに付与しとくか。ヤバいと思ったら自分たちの意思で撤退していい。身体に何か異変を感じたらすぐに伝えて。ウル、ドロシーの匂いはわかる?」
『それが、どうやら森の魔物避けに匂い消しの薬を使っているようで、凄まじく存在の痕跡が希薄なのでござるよ』
周到な女だな…
「あっあの、リコリスちゃんの【世界地図】を使えば…」
「ナイスエヴァ!」
さっそく森全体の地図を出して…
「ドロシーとゲイル…それにアウラとクルーエル?それにミオさんたち。他にも幾つか反応がありますね」
「四人が同じ場所に集まっている…」
「仲良くお茶をしているというわけではなさそうですね」
「あれー?変なのー。テルナお姉ちゃんどこにもいないよー?」
「ほんとだー」
妹たちの言葉に、私たちはハッとした。
師匠一人で森から出た?いやいやそんなことありえるか。
「リコ…まさかとは思いますが、テルナが…」
「いや、そこは心配してない。師匠は不死身だ」
概念的な話じゃなくて、普通に。
あの人は十字架のアクセサリーとか好きだし、にんにく利かせたステーキとか齧り付くような人だ。
太陽の光に焼けるのが嫌だという理由で日傘を差しているし、船には酔うしで人間みたいな弱点はあるけれど、吸血鬼の前時代的弱点はあの人には通じない。
その上、心臓を刺されても頭を潰されても一瞬で再生する正真正銘の不死者。
それが何の反応も無いというのは、ただの異常に他ならない。
「ったく、なにやってんだあの最強は」
急ぐぞと、焦る気持ちで枯れた森の中を駆ける。
頼むから無事でいてくれよ。
「お姉ちゃん!」
マリアの【直感】を受け、私たちは一斉に跳んだ。
私たちが今まで立っていた地面に矢が乱立する。
ただの矢の威力じゃない。地面が抉れてる。
矢が飛んできた方に目をやると、大樹の上に誰かがいた。
「ふあぁ…侵入者さんですか?ダメですよぉ、ここは立ち入り禁止で…ふぁ」
色白なエルフのお姉さんが、眠たげに目を擦りながらそう言った。
「立ち入り禁止…んぅ、眠たいから通ってもらった方がいいかな…。でも通しちゃうと隊長たちに怒られるし…はぁめんどくさい…」
「隊長…ってことは、お姉さんもエルフの騎士さんってことでいいんだよね」
「そうですよー。森羅騎士団、百矢のティルフィと申します…お見知り置きを……あーやっぱりめんどくさいので覚えてもらわなくて結構です…。人付き合いってこの世で一番めんどうですよね…ふあぁ」
やる気無さげなお姉さんだ。
けど危険度はその辺の魔物とは段違い。
至近距離から眉間に弓矢を構えられてる気分になる。
「見張り番みたいな立場の人かな。私たちより前に何人か通ったはずなんだけど、覚えはある?」
「さあ、どうでしょう。眠りは深い方なので…」
「睡眠が趣味?なら今度添い寝してあげるよ。だから今は通させてもらうね」
風が一陣。
シロンを乗せたルドナが高速で飛翔し、ティルフィの背後を取る。
『射程内でございます!風魔の嵐撃!』
『睡魔の誘惑』
薙ぎ払う突風による視界の遮りと強制昏睡のコンボ技。
少し荒っぽいけど勘弁してね。なんて考えていた私が甘かった。
「もしかして、私があなたたちより弱いと思ってますか?」
ルドナの翼を、シロンの脚を矢が射抜く。
「ルドナ!!シロン!!」
「森羅騎士団、ナメんじゃねーって話ですよ」
リルムが落ちる二人の身体を受け止め、マリアとジャンヌが急いで駆け寄りポーションをかける。
ルドナの風はおろか、シロンの【怠惰】が効かない…?
そんなことがありえるのかと、【神眼】でステータスを覗き見る。
ティ=ル=ルージスタ=フィング……【精霊魔法】に【精霊の加護】?
【精霊魔法】はエルフ固有の魔法だろ…【精霊の加護】は【状態異常無効】の上位互換だって?ユニークスキルさえ弾く強固な防御スキル…
スキルの万能性を信じた私のミスだ。
ていうか…
「滅びた国にエルフ…やっぱただ事じゃないっぽいな」
「ドロシーが心配ですね…。ここは多勢に無勢ですが、全員で一気に」
「いえ、ここは私にお任せください」
アルティの提案を制止し、シャーリーが一歩前に出た。
「皆さんはどうかドロシーさんの元へ」
「シャーリー…さん」
「無謀です。手の内の知れない相手に一人で挑むだなんて」
「ご安心を。向こうも騎士でしょうが、こちらとて元とはいえども暗殺者です。早々遅れは取りませんよ。それに、ドロシーさんを不安がらせたくはありませんから」
ティルフィが高速で放った矢を、シャーリーは見向きもせずに鷲掴みにした。
「なんでこの先に進めるのを前提に話してるんですか?めんどくさい…ここでまとめて始末するに決まってるじゃありませんか。例外なんて無いですよ」
シャーリーは握力で矢を粉砕するなり、一足でティルフィの元へと跳び、空間を削ぎ落とすような威力の蹴りを放った。
ティルフィには軽々と避けられたけれど、蹴りの衝撃で大樹に穴が空き、後方の枝葉が散り落ちた。
「あなた方がこの地で何をしているのかはわかりかねます。興味もそれほどありません。しかし、あなたはその矢で私の愛しき主を狙い、あまつさえ主の配下を傷付けた。その愚かな所業、万死に値します」
私たちに向けられているものでなく、更にこれだけ離れていながらも、リアルに死を予感させる濃厚な殺気。
「殺すなよ。そんで死ぬなよ」
「心得ております。我が愛しき君」
「任せた」
「行かせませんてば」
森の中へ駆けていこうとする私たちへ、ティルフィは弓を引いた。
弦を引く腕に細い糸が絡まりそれを阻止する。
「あなたの相手は私です」
「はぁ…ほんと、めんどくさい」
ティルフィは気怠げに一つ呟くと、若葉色の魔力を身体に纏い、鏃を使って糸を切った。
防刃にも用いられる鋼鉄の強度を持った糸をああも容易くとは。
「殺されても文句は言わないでくださいね」
「そちらこそ。殺されなくても文句を言わないでくださいね」




