妖女、要求する。
それから一週間。
気絶したアザーリエに皆が大慌てして、何だか申し訳ないくらい甲斐甲斐しく世話を焼かれてしまい、居た堪れなかったけれど、皆が心配してくれるのはくすぐったくて、凄く嬉しかった。
だから、一つの決意をしてアザーリエはダインス様を訪ねる。
「ダインス様に、い、言いたいことがございますぅ!!」
気合を入れて、礼節を持って、執務室のドアを家令のウルールさんにノックして貰い、返答を待って入室して丁寧に頭を下げてから、アザーリエは入室した。
その上で『う、ウルールさんに、そのぅ、部屋のお外で待っていて貰えるよう、ダインス様の許可をいただきたいですぅ……!』と、自分比なるべく高圧的に聞こえるようにお願いして聞き入れて貰ってから。
アザーリエは、少しはしたないかしら、と思いながらも、強気であることを示す為に、執務机にバァンと手を……置こうとして、でもそんな風に道具に当たるのは良いことではないので……そっと手を添えて、グッと顔を前に出した。
たゆん、と胸元が揺れると、執務机の前に座ったダインス様が、何故か気まずげに顔を逸らす。
「聞こう。だが少し離れようか」
「? はい、申し訳ないですぅ〜」
アザーリエは言われた通りに、机から数歩離れて、両手をお腹の前で揃える。
ーーーや、やはり机に両手を置くのは失礼だったかもしれないですぅ〜……。
ダインス様に不快な思いをさせたとしたら、要求を聞き入れてもらえないかもしれない、と不安になって胸がドキドキして、頬が熱くなって来た。
ーーーでもでも、わたくしは引くわけにはいかないのですぅ!
ちょっと目を潤ませながらも、アザーリエは毅然としていた。自分なりに。
その間に、何故かダインス様は『グゥ……!』と喉を鳴らして、一度目を閉じられた後。
何度か深く呼吸をして、いつもの厳しいお顔に戻ると、鋭くカッコよくて、全部見透かされるような視線でこちらを見る。
「それで、何が言いたい?」
低いお声で問いかけられると、何だかお腹の下の方がキュン、とした。
あのズルペタドッシーン事件以来、ダインス様に対してそんな風にちょっと切なくなることが多い。
アザーリエがそんな風になると、ダインス様もいつもとちょっと違う雰囲気になられるのだけれど、今日は肩が軽く震えたくらいだった。
「わ、わたくしは……ダインス様と、使用人の方々の待遇改善を要求しますぅ!」
「…………は?」
そう告げると、ダインス様はポカンとした顔で、軽く口を開けた。
「あ、『悪の使用人は、一流で当然! だが潰れない程度に、休息はきっちりと!』そ、それが悪の覇道というものですぅ!」
アザーリエは、心配だった。
どう考えてもダインス様は働き過ぎで、少しおかしい。
ここに来させていただいて三ヶ月、彼は休みもなく働き続けていた。
だけれど。
「今日は、おうちに居られますけれど! お休みでもダインス様は半日だけ、呼び出されたりしておりますぅ。そんな働き方をしていると、いずれ体を壊してしまいますぅ」
父は規格外なので、論外としても。
母も弟も、いくら働いても休みだけはしっかりと取っている。
「それに、それに、ダインス様が働き続けることで、ウルールさんのお休みがなくなっちゃうのですぅ!」
旦那様不在のおり、家政や領地の案件の取り纏めをするのは、家令の仕事。
本来であれば、ダインス様のお母様や、アザーリエが家政はするものだけれど、お母様は体調を崩して領地の方でご静養なさっておられるそう。
お父様は、すでに亡くなられているらしい。
そのせいで、ウルールの負担が凄いことになっている。
彼はいつも、そうは見せないけれど忙しく立ち働いていて、最近腰を痛そうにさすっていたりすることが多いのを、アザーリエは見ていた。
お話しできるようになった使用人の方々にもそれとなく聞いてみると、彼らも休息日は月に一度もないらしい。
「わ、わたくしはまだ、ここに来て日が浅いですぅ。だから、代わりにお仕事が任せて貰えないのも仕方がないことと思ってますぅ。……で、でも、このままウルールさんが倒れたら、旦那様もおうちの皆も困ってしまうのですぅ!」
手伝えない自分が、言ってて情けないけれど。
この意見をダインス様に伝えられるのは、仮にも次の女主人となる、アザーリエだけだから。
母は、『隙のない仕事をして初めて一流です。しかしミスをなくす為に重要なのは、福利厚生。仕える者に良い仕事をさせる為の第一義と心得なさい』と口うるさく言っていた。
それはもう、新しい使用人が家に入るたびに、自ら指導に当たって休む事とミスをしないことの重要性を体の芯まで叩き込むほどの徹底ぶりだった。
「その為には、まずダインス様がきちんとお休みを取って、皆が休みやすい雰囲気を作って、それから皆にも休めって言うことが重要なんですぅ!」
アザーリエは、そう熱弁を振るった。
ここは引かないぞ! という意志を込めて、むむむ、とダインス様を見つめる。
すると、驚きの波が引いたのか、頬の傷を撫でながら考える素振りを見せ始めた。
「なるほど確かに、行軍においても休息は重要だな……戦闘に入る時に、兵が疲労困憊では勝てるものも勝てん」
「そ、そうでしょう〜?」
「君はどの程度の休息が必要だと思う? 知っての通り、俺は頑丈だ。そのせいで、行軍の際も無理をさせてしまうことがあり、どの程度が適正なのかが分からん」
「えっと……」
アザーリエは、実家のことを思い出してみた。
ーーーえっとえっと、確か、お母様は……。
「し、週に二回ですぅ!」
「……そんなにか!?」
何故か驚愕の表情をするダインス様に、アザーリエはコクコクとうなずく。
「お、同じ仕事をこなせる人を二人以上作って、えっと、休みの日はその人のフォローが出来る様にして、その、き、勤務表? を作って、仕事に穴が出来ないようにするのですぅ!」
お母様はそういう風にしていたはず。
使用人を避けていたアザーリエは、うろ覚えだったけれど、なんとか思い出して伝えた。
「ふむ。……同じ日に休ませるのではなく……夜の見張りを交代でするようなものか……? うむ」
ダインス様は、何事か手元の紙にサラサラと書きつけると、疑問を持ったことを訊いて来た。
「だが、ウルールの代わりは得難い人材だぞ? 家政のほうは侍女長が請け負えるだろうが」
「そ、それは……えっと、お母様は、執事という方を作っておられて、基本的にはプライベートな仕事はその方にお願いしていたように思いますぅ。後、権限はないですけれど、秘書? 補佐? の方とかを家令につけておられて。お母様の休みと、家令の休みを別にして、どっちかが父にしか出来ないこと以外をしておられ、た、はずですぅ……」
『曖昧な。貴女はもう少し勉強なさい。自分の趣味仕事ばかりしていないで』というお母様の声が聞こえたような気がして、何だかしょぼんとした。
だけれど、ダインス様はお気になさらなかった。
「なるほどな。ウルールに、実家の方に有益な人材がいないか、今の下働きなどに有用な者がいないかを尋ねてみよう。仕事を分けるというのも負担を減らすという意味では良いことだな。他の仕事をしている者についても、順番に善処する。アザーリエ、君は素晴らしい」
「え……?」
ーーー褒め、られた? のですぅ?
思いがけない言葉に目を丸くすると、ダインス様は微笑んで立ち上がった。
「検討してみよう。俺では気づけなかった部分の話だ。これからも、そういう気づいた事があれば、教えてほしい」
近づいてきて、優しく頭を撫でられると。
なんだか不意に、泣きそうになった。
「どうした?」
「いえ、あの……さ、差し出がましいかと、思っていましたので……」
まさか褒められるなんて。
今までの人生で、外見以外の何かを褒められたことなんて、一回もなかったから。
ぽろりと涙がこぼれると、ダインス様はそっと指先でそれを拭い、少し頬を赤らめながら、尋ねてくる。
「その、アザーリエ。抱き締めても?」
「ふぇ!?」
「……嫌か? 俺は、今、そうしたいと思っているんだが」
「あ、あの、その……」
アザーリエは目をおどおどと彷徨わせてから……口にするのは恥ずかしいので、小さくうなずく。
そのまま力強い腕に抱き締められると、先ほどとは違う意味で、心臓が痛いくらい早鐘を打つ。
「改めて言わせて貰おう、アザーリエ」
低い声が耳元で聞こえると、腰が砕けそうになる。
ーーーふぇええええ……恥ずかしくて、嬉しくて、死んじゃいますぅ!
「ありがとう。もし君が良ければ、ウルールに家政を習ってもらえないか?」
「そ、そそ、それ、は」
頭を撫でられて顔を上向けられると、目の前にダインス様の顔があって……真っ赤になった自分を見つめられることになったけれど。
ーーーお、女主人として、勉強をするってことですかぁ!?
家のことを任せたい、と、ダインス様はそう言っている。
きっとここに来る前のアザーリエだったら、荷が重いと、思っていたはずだけれど。
ーーーう、嬉しいですぅ!
ダインス様が、奥さんとして自分を認めてくれるっていうことだから。
ここに居ていいと、言ってくれてるっていうことだから。
「それと、結婚式も披露宴もしない、と君に最初に言ったが……俺は今、君のことを皆に自慢したくてたまらないと思っている」
「ふぇぇ……?」
「すまなかったな。もし良ければ、時間はかかるが……今からでも考えてくれないか?」
人前に出るのは苦手だと知ってはいるが。
そう、ダインス様が仰るので。
「……が、頑張りますぅ……! ダインス様ぁ……!」
ボロボロと涙をこぼすアザーリエを、彼は落ち着くまでずっと抱きしめていてくれた。
「ぐず、ぐすっ……す、すみませぇん……」
「そんなに喜んでくれるとは思わなかった。アザーリエ、君はみ、魅力的な、女性だ。外見もだが、その、内面がな。三日後には今度こそ休みが取れるから、街に出かけよう」
「はいぃ……!」
アザーリエは、顔を綻ばせて、ダインス様の言葉にうなずいた。
アザーリエさん、善良な搾取の回でした。
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