妖女は、旦那様を意識する。
ーーーアザーリエ・ロンダリィズは、本当に噂されるような妖女なのか……?
ダインスは、妙な引っ掛かりを覚えていた。
少し仕事が立て込み、二日ほど騎士団に詰めた後に屋敷に戻ってウルールに話を聞いて、ダインスは目が点になった。
「何でも自分でやっている、だと……?」
「左様にございます。食事のみは料理人のものを食しますが、着替えや掃除、洗濯、ご就寝の準備まで全てご自身でなさっておいでです。しかも、手際よく」
「……今は何を?」
「薪割りをなさっておいでです」
「何だと!? なぜ止めない!?」
「必要最小限のこと以外、自分から話しかけるなと仰ったのは旦那様でございます」
「……」
そう言われれば反論は出来ない。
裏庭に赴いたダインスは、慣れたリズミカルな手つきで手斧を振るうアザーリエを慌てて止めた。
見慣れない、生地の緩んだお仕着せを着ている彼女は、正直似合っていない。
化粧気のない顔に、後ろで団子に結い上げた髪。
それでも溢れ出る色香は変わらず……貴族的な美しい所作と相まって、まるで『そういう格好で男を誘っている』ように見えてしまう。
こちらを見上げるアザーリエの軽く目を開いた表情は、まるで手を取られてうっとりとしているように見えた。
ひっそりと言葉を口にする様子は、物憂げにこちらを誘っているように見える。
しかし会話の内容は、まるでトンチンカンだ。
全然噛み合わない。
そして手斧を取り上げた手は、震えているように感じられた。
ーーー何かがおかしい。
ダインスは、彼女の色香に惑わされて何か見落としているのではと思い、グッと眉根を寄せると……戦地で兵や将と対峙している時と、同様の意識に切り替えた。
相手のほんの僅かな動作を読み取り、相手がどう動き、何を考えているかを探る……相手を肉と骨で動く塊として見て、その意図を読み取る意識。
すると彼女は、それまでと違って見えた。
「はい……薪作りではなく焚き火がダメ、だったのですね……」
「違う!」
声を上げると、彼女の体が強張る。
それまでなら、媚びるように見えていたであろう上目遣いの仕草が、誘うように大きく息を吸い込む動作が、怯えを含んでいるのを明確に感じられた。
ぽかんと口を開ける様も、ぽってりとした唇がキスを請うように見えるだろう顔が、ただ呆けているだけだと理解する。
潤んだ目で掠れた声が尻すぼみになるのは、甘えているのではなく引っ込み思案でまごついているように感じる。
ーーーこの少女は。
18歳という年齢に見合わない色香を持つ彼女は、それを除けばむしろ年齢よりも幼いと感じるほどに臆病なのではと、ダインスは思った。
スルスルと流れるように合わない視線は、男を焦らしているのではなく、目を合わせるのが苦手なのではと。
潤んだ目は、抑えきれない色情を振りまいているのではなく、本当に泣きそうになっているのではと。
ダインスはため息を吐いて、理解した。
ーーーこの子の本質は、男を手玉に取る妖女などでは、おそらくない。
「申し訳ありません……ダインス様が帰ってくる事を知らず、こんな格好で……お出迎えもせず……」
ただの恥じらい。
そして、むしろ真面目そうな、その物言い。
自分第一で男を手玉に取ろうとする悪女か、これが?
劣情を誘う、と先ほどまでなら思っていただろう俯く彼女の仕草は、むしろ可愛らしく。
ダインスは、喉の奥で呻きを堪えた。
その後、部屋に一度戻ってからお茶の席に来た彼女は、薄く化粧をしており、そのままゆったりと頭を下げた。
「大変、お待たせ致しました……」
聞けば、声はわずかに震えていた。
相変わらず色気を身に纏っているが、身に付けているのは首元まで覆うシンプルな暗めの青いドレス。
首元と袖口、裾だけ白いレースを縫い付けた、必要最低限の飾り付け。
よく見れば、肌の露出は少ない。
むしろデビュタントすぐの少女のように、清楚な衣装だ。
華やかな装いや可愛らしい装いすら好んでおらず、普通の女性が身につければ、控えめで淑やかな装いに見えるだろう。
そっと腰掛けた彼女は、所在なさげに俯くただの少女に見えた。
ーーー噂と色気のまやかしに、俺も引っかかっていた、ということか。
修行が足りない、とダインスは自分の頭を殴りつけたくなる。
誰が歴戦の英雄だ。
隣国に一人赴いた不安そうな少女にあんな物言いをして、二日も放置して。
ダインスは、座ったアザーリエに優しく声を掛けた。
※※※
「すまなかった、アザーリエ」
「え……?」
まさかのダインス様の謝罪に、アザーリエは驚いて目を上げる。
厳しい顔つきの彼は、先日や先程と違い、穏やかで優しい目をアザーリエに向けてくれていた。
初めて、殿方の目から視線を外せなくなる。
今まで見た、どんな人の眼差しとも違う真摯さと、慈しみを感じ取って。
「ダインス様……?」
「二日間も待たせ、使用人を君から遠ざけていた。特に男に関しては。……その、君はとても色香があり、近づけると危険だと思ったからだ」
「まぁ……あの……」
アザーリエは、頬が熱を帯びてしまい、思わず俯いた。
言葉が出てこない。
ーーーダインス様も、そう感じておられたのね……でも、何でそんなものが出てるのか自分でも分からないんですぅ。恥ずかしい……。
「だが、俺の目も曇っていたようだ。……君は、むしろ……他人と接するのが苦手なのではないか?」
「!?」
問われて、アザーリエは息を飲みながら目を上げる。
ダインス様は真剣な目をしていて、どこか決まり悪そうだった。
「出来るなら、どうか、今からでも君のことを少しずつ教えて欲しい。異国に来て不安だっただろう? それを俺は分かっていなかった」
ーーーそんなこと言われたの……初めてですぅ。
アザーリエに近づいてくる人は、こちらが男に慣れている前提で馴れ馴れしいか、家族のように下品だと厳しいかのどちらかだったから。
ーーーダインス様は……。
アザーリエは、その心遣いに目頭が熱くなり、ほろりと涙がこぼれる。
「あ、アザーリエ……?」
「ごめ、ん、なさい……違うんです、これは、その……」
アザーリエはあわててハンカチを取り出して、目元を押さえる。
そして、焦った様子で言葉を待つダインス様に、微笑みを浮かべた。
「あの……ダインス様のお心遣いが……うれ、しくて……」
また涙がこぼれそうになって、アザーリエはハンカチで顔を覆った。
耳まで熱いのが、自分でも分かる。
「こ……こんなことで、泣いてしまうの……恥ずかしい、ですぅ……」
家族にしかまともに話せないアザーリエは、初めて、家族以外の殿方に本来の自分で言葉を漏らす。
どうにか涙を引っ込めて顔を上げると。
何故かダインス様まで、顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
「ダインス様……」
「いや、その……」
ダインス様は顔を逸らして、口元を手で覆う。
「君は……可愛らしい、な……?」
その小さな呟きに、アザーリエはまた真っ赤になって俯いた。
しばらく二人でもじもじして、何も話せなかったけれど。
ーーーダインス様も、どこか、可愛らしいですぅ。
アザーリエは、ドキドキと高鳴る胸の中に、ほんわかと温かさが広がるのを感じていた。
初めて体ではなく心に触れられたアザーリエと、色香を見ないという稀有な才能で本来のアザーリエの可愛らしさを目にしたダインス。
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