妖女、薪割りをする。
ーーー本当に誰にも構われない……ここはパラダイスなのかしら……?
この屋敷に居を構えて、早三日。
アザーリエは、とんでもなく自由を満喫していた。
別にロンダリィズの生家にいた頃とさほど変わった生活をしているわけではないのだけれど、優秀で優しく、しかし物をはっきり言う家族の中で、勝手に肩身の狭い思いをしていて。
だけど、冷酷非情と噂のレイフ公爵家は、少し様子が違った。
使用人にまで徹底して家訓を叩き込んでいた生家では、皆冷たくはなかったけれど口うるさかった。
『色々自分で出来るのは大事ですが、より大きな悪事を成すためには、きちんとご指示を出せるようになって下さい』と。
ーーーそんなこと言われても、苦手なんですぅ。
と、言えるはずもなく、自分で出来ることを人におずおずと伝えてやらせるのもストレスだったから。
でもここでは、使用人の殿方はアザーリエを見ると逃げるようにそそくさと居なくなるし、女性の使用人は努めてこちらを見ないようにして、声をかけてもこない。
初日は荷解きで終わり、食事は旦那様がどこかにお出かけしていらっしゃるとのことで、部屋と食堂どちらで食事をするかと言われて、部屋で食事をした。
何も言われなかったので、濡れた布で体を拭いて水差しに水を汲んで、一人で就寝。
二日目、やっぱりダインス様がおられないので、部屋で朝食を摂った後に、昨日着ていたものを洗い場の隅っこを借りて洗濯して干し、部屋を掃除して、広いお庭を散策してお花を自前のハサミで切って飾り。
昼食を終えた後は、厨房を借りて自分でお菓子を作って庭で一人でお茶をして、後片付けを済ませてお昼寝。
乾いた洗濯物を回収して畳んだり掛けたりして、夕食後また体を拭いて就寝。
ダインス様は二日目も帰って来なかった。
三日目、流石にそろそろお風呂に入りたくなったから、お茶の時間で乾いていた丸太をごろごろ転がして、薪割り。
ノコギリで丁度いい大きさに切って、カコン、カコン、カコン、とリズミカルに手斧で割っていると、突然後ろから、その手を掴まれた。
「……あら?」
「お前は一体、何をしている!?」
驚いて目を丸くしながら振り向くと、そこにダインス様が立っていた。
なぜか怒った顔をしてたので、萎縮して目を伏せる。
ーーーな、何かまずいことをしてしまったかしら……!?
自分ではあまり頭の回転が早くないと思っているけれど、なぜダインス様が怒っていらっしゃるのかを必死で考えたアザーリエは、恐る恐る答えを口にする。
「申し訳ありません……積んであった丸太は使ってはならないもの、でしたか……?」
「……? お前は一体、何を言っているんだ?」
「ですが、その……お風呂に入るのに、木を乾かすところから始めると何年もかかってしまいます……」
ーーーもしかして、ダインス様はそれをお望みなのかしら……?
そうなると、ここにいる間、数年間はお風呂に入れないので、清拭と水浴びで済ませなければならない。
流石に冬の寒い日には、お湯を使わせてもらえるだろうか。
もし焚き火自体がダメなのなら、昨日のお菓子作りもダメということになるので、それも謝らなければ、と考えている内に手斧を取り上げられてしまった。
「アザーリエ」
「はい……」
何故か苦慮するように目頭を揉んだダインス様は、初めて……多分初めてよね?……アザーリエの名前を呼んでくれた。
「何か勘違いがあるようだが」
「はい……薪作りではなく焚き火がダメ、だったのですね……」
「違う!」
ーーーひぃっ!
怒鳴られて、思わず身が竦んだ。
そのおかげで、情けない悲鳴は喉の奥に飲み込めてホッとする。
だけれど、それに続いたダインス様の言葉は、予想外のものだった。
「ロンダリィズ伯爵から預かったご令嬢が危ない事をしていれば誰だって止める! 風呂など、誰かに言いつけて沸かさせれば良いだろうが! どこのご令嬢が薪割りから風呂の支度を始めるんだ!?」
「え……?」
口を開けてぽかんとしてしまったアザーリエに、ダインス様は厳しい顔でお話を続けた。
「聞いてみれば君は、自分で荷解きをし、掃除をし、洗濯をし、菓子作りまでしていたそうだな。最後の一つはまぁ良いが、それでも料理人か侍女を横につけろ! 火傷の危険があるだろう!」
「ですが……公爵家の方々の手を煩わせるわけには……」
ーーーそもそも、一人の方が気楽なんですぅ。人と話すの、苦手なんですぅ。
少し泣きそうになりながら、モゴモゴと言葉を途切れさせると、何故かダインス様は妙なものを見るような顔をして、呆れたようにため息を吐いた。
「……風呂の支度はさせるから、少し俺と話す時間を設けろ。ウルール、茶を用意しろ。……それと、君は着替えてくるように。ああ、誰か着替えの手伝いも寄越してくれ」
「御意」
言われて、老家令は頭を下げて場を辞し、アザーリエは自分の姿を見下ろした。
家から持ってきた、布が少し薄くなってしまって汚れているお仕着せだ。
途端に、アザーリエは恥ずかしくなった上に、自分の失態に気づいた。
「申し訳ありません……ダインス様が帰ってくる事を知らず、こんな格好で……お出迎えもせず……」
あまりのことに頬を染めて俯くと、何故かダインス様が『ぐぅ……っ』と喉を鳴らすように唸ってから、また深く息を吐いた。
「使用人には、必要以上にお前……君に話しかけるなと、伝えてあった。知らなくても仕方がない。格好は汚れ仕事をしようとしていたのなら当然の服装だ」
言いながら、ダインスはふと、アザーリエの指先に目を向けた。
「……君は、ここにきた時、爪を伸ばして赤く塗っていなかったか……?」
ーーーえ? そんなところまで見ていたのですか?
ちょっと驚きながら、アザーリエは答えた。
「あれは、つけ爪です……家事をするのに、長い爪は邪魔なので……」
「…………俺は本当に、君とじっくり話し合わねばならん気がするな…………」
「何故、でしょう……?」
「先ほども言った通りだが、どこのご令嬢が、家事の心配をして、指先を飾らないように配慮をするんだと……いやいい。後にしよう」
「はい……」
どこか釈然としないまま、アザーリエは頷いて、現れた侍女とオドオドと部屋に戻った。
ーーー怒られてしまったけれど……ダインス様から昼のお茶に誘われた……ちょっと嬉しいかも……。
昔から、殿方から夜会に誘われることは多くても、淑女の集まりであるお茶会に参加することなどなかったアザーリエは、初めての経験にちょっと心躍っていた。
ダインス様はお顔は厳しいけれど、アザーリエを下品な目で見ないし。
そんな方に、少なくとも、嫌われてはいなさそうだったので。
旦那様の帰宅。アザーリエはこの間も色気ムンムンです。
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