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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第3部

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202「ノヴァトキオへ(1)」

 アクアレジーナでの夕食は、女子たちの満足いくものだった。


 『ダブル』のレシピによるイタリアンのフルコースに、ジェラート、パンナコッタ、ティラミス、カプチーノと、ドルチェの定番も堪能できた。

 てか、女子はどんだけ食うんだ?


 フルコースの料理の方も、ピッツァやパスタがコースの中の一品の扱いで、向こうで食べたら食べきれないほどの量だった。

 しかも、お店の雰囲気や食器など諸々も、どこかで見たようなものばかりで、ここが本当に異世界かと疑問を感じるほどだ。


 なお、ジェラートなど氷菓子というカテゴリーだけど、この世界に家電製品の冷凍庫はない。現実世界より温暖化しているので、山から氷を切り出すという事も出来ない。

 逆に、温度変化の魔法で氷を作り出せるが、氷菓子は魔法使いが稀少なので高級スイーツになる。

 それでも今はお金持ち状態なので、気にせずどんどん頼んでいった。


 隠れ腹ペコキャラのハルカさんもご満悦のようで、さっきの不機嫌も吹き飛んでいた。

 今も、一体何杯目か分からないジェラートを口にしている。アメリカ人みたいに、バケツサイズが必要なのではと思える見事な食べっぷりだ。


「ねえレナ、ノヴァまではどれくらいで行けそう?」


 上機嫌のままだけど、それでも真面目な話を振るのがハルカさんらしい。


「そうだねー、天気も良さそうだし、速めに飛べば1日半ってとこかな」


「経路は? やっぱ海沿い?」


「ずっと海沿いだと大回りで2日かかるから、ギリシア辺りからは陸の上空を突っ切る。途中でオリンポス山が見れるよ」


「魔物が危なくない?」


 ボクっ娘がおそらく頭の中に地図を想像しながら、両手を使って空路を描く。

 それに対して、ハルカさんがやや曇り顔で懸念を口にした。彼女がそう言う問う事は、魔物はかなりの脅威なのだ。


「4人乗せてるから、激しい戦闘はできないね。でも、高めの高度で飛ぶから大丈夫」


「弱い魔物なら魔法で迎撃すればいいだろ。今の私とハルカの魔法で落とせない魔物は、流石に出会いたくないがな」


「シズさん、相変わらず物騒ですね」


「そうか? 襲われたら返り討ちは基本だろ」


「それはともかく、1日半ならどこかで一泊ね」


 このままでは物騒な話が続きそうだと、ハルカさんもそう思ったらしい。


「となると野営だねー」


「途中に街はないのか?」


 オレの基本的な質問に、3人の視線が集中する。そんな事くらい、事前に調べれば分かる事だと言っている目だ。

 けど、知らないものは知らないのだ。


「ノヴァから空路1日圏内は、まだまだ魔物だらけだよ。バルカン半島の中心部は『魔の大樹海』って言うくらいだからね」


「逆にノヴァの辺りは、『ダブル』が切り開いて領土化や入植が進んでいるわ」


「そういえば、ハルカは貴族扱いだったな。領地はあるのか?」


「えっ。ああ、そうね、今言っとく方がいいか」


「領地持ってるんだ。じゃあ領民や家来もいるのか?」


 ハルカさんが小さく咳払いすると、今度はハルカさんに3人の視線が集まる。


「私、黒海沿岸のニックスアルバ地方のエルブルス領って場所を持ってる事になってるの」


 曖昧な言葉なハルカさんの声と表情は、オレ達の様子を探るようだ。


「世界竜と同じ名前だね」


「エルブルス? どっかで聞いた事あるな」


「向こうの地名だからね。どこか判る?」


 疑問に対してそう問われたので、少し記憶を遡る。

 そうすると、オレとしては意外に早く辿り着いた。


「えーっと、そうそう山の名前だ」


「よく知っているな」


「じゃあ、どっちかがパクリ?」


「確か世界の最高峰の一つだ。こないだテレビで見た」


「せーかい。欧州最高峰、コーカサス山脈最高峰の名前ね」


 三人とも、オレのトリビア知識に少しだけ感心してくれた。シズさんは、最初から知ってたみたいだけど。


「てことは、随分遠くに領地があるんだな」


 何となく、うる覚えの地図を思い浮かべながら言ったが、距離感までは分からない。

 シズさんがそれを補足する。恐らくシズさんの頭の中には、正確な地図が呼び出されているに違いない。


「確か黒海沿岸に『ダブル』の辺境領が幾つかあったな」


「『大佐』のいるオデッサとかね」


 ボクっ娘の言葉にオレの記憶もヒットする。ネット上で結構有名な人だ。

 それにハルカさんも小さく頷く。


「うちはその辺境領の一つね」


「あっちの方は、魔物とか亜人の領域だから、切り開けるのならって条件付きだけど、切り取り放題って言うよね。でもさ、あの辺りをよく領地にできたね」


 ボクっ娘がかなり感心している。

 何か理由がありそうだ。


「遠いからか?」


「危険だから。ボクでも滅多に近寄らないよ」


「えっ? レナが近寄らないとか、どんだけ危ないんだよ」


「ボクを何だと思ってるの。判断力はショウよりずっと上だと思うけど」


 痛いところを突いてくる。オレの場合は本能が逃げろと言わない限り、無知なだけだ。自慢にならないけど。


「そうかもだけど、どう危険なんだ?」


「この世界で最上級の存在の『世界竜』のうちの一体のテリトリーだから。ボクらは、ドラゴンとは相性が今ひとつだからねー」


「竜の眷族や、竜と人や亜人の混ざった種族も居ると言われるな。どうなんだ?」


 シズさんが興味津々だ。ボクっ娘もつられている。かなり未知の場所のようだ。


「やっぱり、喰いついてくるわよね」


「昔、『ダブル』の精鋭が大挙して行って、帰って来なかったという噂もあるからな」


「情報少ないよね」


「じゃあ、行く? 私9か月も戻ってないから、一度戻りたいと思ってたの。それに、出来ればみんなには一度見てもらっておきたかったから」


 やや遠慮がちに、ハルカさんがみんなに提案する。そして何故か、視線はオレで固定される。

 それはともかく、シズさん、ボクっ娘共に、その表情は肯定だ。

 そしてボクっ娘が、勢い良く立ち上がる。


「じゃあ、ノヴァに早く行こう! とっておきで1日でノヴァまで飛ばすよ!」


「「1日で?」」


 両手を広げてアピールするボクっ娘に、ハルカさんとシズさんが顔をやや青ざめさせている。

 まだヴァイスの高速飛行に慣れていないからだろう。

 普通に飛ぶ分にはほとんど揺れないし、むしろ乗り心地は良いくらいだ。

 けど、戦闘時など早く飛ぶと空気抵抗などのせいか微妙に振動するのが、長時間になると酔いの原因になるらしい。

 やっぱり人は、飛ぶ様には体が出来ていないからだそうだ。


「空路は?」


「魔の大樹海の上。あそこの飛行生物がちょっかい出せないくらいの速度でぶっちぎるんだよ」


 大雑把なゼスチャーも添えるが、どう見ても強行突破な雰囲気だ。


「いかに疾風の騎士の高速でも、5分、10分で抜けられる森じゃないから、かなり魔力を消耗しそうだな」


「だから龍石は全部借りるし、みんなの魔力を分けてくれ、になるね」


「色んなこと出来るんだな」


 思わず感心してしまう。

 まあ、オレは酔わないから感心してられるけど、他の二人は可能という言葉に更に表情を暗くする。


「戦闘速度を普通の飛行でするようなもんだよ。ヴァイスは単に大きな鷲ってだけじゃなくて、立派な魔物だからね。でないと、渡り鳥でもないのに世界中飛び回ったりできないよ」


「そりゃそうだよな。音速超えたりするもんな」


「あれ、すっごく魔力消耗するから、諸刃の剣なんだけどねー」


「じゃあもう一人の天沢さんは、相当な博打打ちだったんだな」


「ボクなら、躊躇しただろうね。それより、それでいい?」


「ねえ、私達が酔ったりしないわよね」


「あぁー、それは頑張って」


 ボクっ娘の諦めに似た無情な宣告が、会話の締めとなった。


 そして夜だけど、この日も特に何もない。

 たまにはプライベートも必要という事で、宿は4人それぞれ別室にした。個室同士なので夜這いなりできなくはないが、明日朝早いということで早めに就寝した。


 それでも、彼氏彼女、もとい彼女彼氏の関係のハルカさんとは二人の時間を作って、少しばかりイチャイチャする。

 他の二人も気を利かせてくれているので、思わず深入りにしそうになったが、清い交際はしばらく続ける予定だ。

 この距離感と緊張感も、なかなかに堪らない。



 そして翌朝。低血圧のシズさんを叩き起こし、早々にアクアレジーナを飛び立つ。

 観光もしたかったが、どうせまた中継で寄るから気にするところではない。

 そう言えば、この街にある冒険者ギルドにも立ち寄らなかったが、単なる通過点だし、誰も気にしていないので寄る必要もないのだろう。


 一方現実は、1日バイト三昧なので、タクミと簡単な情報交換をして夜に玲奈に電話しただけだ。

 タクミにはさらに粘れと伝えたので、ハルカさんの領地に寄る事もできるだろう。


 妹の悠里とは、特に『夢』に関する話はしなかった。

 風呂上がりにリビングにいた時に、一度強く見つめられたくらいだ。

 だから、今アクアレジーナに居て早朝にノヴァトキオに向かうとだけ伝えた。

 そうすると、少し意外というか面食らったような表情を浮かべていたが、やはり移動速度が速すぎるせいなのだろう。


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