511 「目覚め(2)」
「呆気なかったね」
「うまくいった、だろ」
シズさんが、トモエさんのやや不謹慎な言葉を確かめる。
場所は病院内に入っている大手チェーンのカフェ。そこで4人してお茶をしている。昼にはまだ早いので、時間的にも手持ち無沙汰だ。
「少し拍子抜けなのは確かですね」
「でも、本当に良かった」
「そうだな。マジ良かった」
「まだ完結させるなよ」
そう言ってシズさんに小突かれる。
いつもはハルカさんに小突かれているけど、真似をしたんだろう。
しかし表情は少し深刻だ。
「それでショウ、向こうとの繋がりが断たれたような感覚はあるか?」
「いえ、魔法を使う時に何かが流れてくる感覚はありましたけど、別に何も。それに前にドロップアウトしかけた時も、特に何もなかったですし。寝てみるまで分からないんじゃないですか?」
「そうか。もし向こうで目覚めない時は、火曜の夜に向こうで呼ぶから、それまで待っててくれ」
「そうじゃない方が有難いですけど、その時はお願いします」
そう言って軽く頭を下げる。
それに対して、返答はかなり強い語調だ。
「勿論だ。これでショウが向こうで脱落だと、片手落ちだからな」
「そうでもないですよ。こっちでハルカさんが目覚めたのなら、オレ的には旅の目的は達成です」
「それは今までだろ。今日は浮かれても良いだろうから強くは言わないが、これからは?」
シズさんは強くは言わないと言いつつも、厳しい目を向けている。
玲奈にもトモエさんにも。
だから素直に頭を下げる。
「はい、これからは次の話です。勿論、ハルカさんと玲奈との約束は果たす積りです。だから目覚めない時は、もう一度必ず呼んで下さい。お願いします」
「そこまで畏まらなくても良いよ。私が虐めているみたいじゃないか。それで、今後どうするんだ?」
「それはこっちですか、向こうですか?」
「両方。とはいえ、こっちはハルカからも話を聞かないとな。向こうでは?」
「巡礼を続けますよ。この際だから熱砂大陸にも行って、聖地の全コンプリート目指します。ハルカさんもう聖女様認定から逃げられないだろうし、逆に箔付けしといた方が後がやりやすそうだし」
「面白そう! 私も付いてくね」
トモエさんは、目をキラキラさせている。
「それだけだと神殿が囲い込みに来そうだが」
「それも考えました。オレ的には、エルブルスに協力してもらって、竜の聖女とかその辺の立場をでっち上げてもらって、エルブルスのシーナを拠点にしてもらいます。聖地の一つを解放した上に、聖地全コンプの聖女に世界竜がバックにいたら、他の国や神殿が簡単に引っ張って行けないでしょ」
「なるほど、個人もバックも箔がついているとなれば、確かに神殿も他国も引き入れにくいな」
シズさんが腕を組んで納得の表情だ。
玲奈はニコニコしている。
「どうした?」
「ううん。楽しそうだなって。それにレナも旅は喜ぶと思うよ」
「アレ? 玲奈はレナって呼ぶんだ。混乱しない?」
「あ、それ、私も気になってた」
トモエさんもぐっと首を動かして会話に入ってきた。
シズさんも興味深げに見ている。
「うん。あ、でも、お互い名前呼ぶ事はないよ」
「まあ、二人きりの空間というか時間だもんな」
「うん、そんな感じ」
「それでお互い、どういう認識。姉妹? 双子? 親子は流石にないよね」
オレよりトモエさんが、知的好奇心といった感じで食いついていく。
「双子の姉妹かな? 私の方がお姉ちゃん扱いされてる感じで。兄弟とか姉妹が欲しいなって思う事がよくあったから、ああして会えるだけでも凄く嬉しい」
そう言って笑みを浮かべる表情は本当に嬉しそうだ。
もしかしたら、怖いけど『夢』の向こうに行きたいからもう一人のレナが生まれたんじゃなくて、姉妹が欲しかったからなのかもしれない。
すぐ側に常磐姉妹がいたら、そういう想いはなお強いだろう。
その後、昼になるくらいにハルカさんのお母さんからメールで連絡があり、ハルカさんはしばらく検査が続くので、落ち着いたらまた連絡しますとあった。
そして常磐姉妹はこの後仕事があったので、昼食とそれ以後は玲奈とのプチデートを楽しんだ。
けどそこでは、ハルカさんの話題は殆どしなかった。
彼女が今後、こちら、現実世界でどうするのか、それを聞くか話し合うかしないと話す意味がないからだ。
そして夕方には玲奈とも別れて家に戻り、オレの部屋で先に悠里に口をふさがせた上で結果を告げた。
もっとも、叫ぶより良かったと安堵していたので、喜びより心配が大きかったようだ。
そしてその夜、オレは6月末以来久しぶりに『夢』の向こうに行けなかった。





