490 「魔龍退治(2)」
「ショウ君、何をするんだ?」
「目的のものがあいつの中にあるので、あのまま大型龍を火葬します。熱か炎の攻撃手段がある人は準備を、それ以外はあいつを動かさないように攻撃を」
「あの青い悪魔は?」
「オレが止めます」
「私もいるよ」
トモエさんが相変わらずの全く気負わない調子で続ける。
「トモエさんは魔法の方が良いでしょう」
「でも、一人じゃ厳しいでしょう。ヒイロ君が行く?」
「僕は構いませんが、僕で何とかできるでしょうか?」
「ヒイロさんなら、抑えるくらいわけないですよ」
「でも倒すとなると決定打に欠けるんだよね?」
「潰してしまうのなら、ワシも加わらせてもらうぞ」
呼んでもいないのに、マーレス殿下がいい笑顔で歩いてくる。
ヒイロさんの真っ当な言葉はこの場合藪蛇だ。
「また殿下が危険な前に出たら、今度こそ家臣の胃に穴が空きますよ」
「その程度、魔法で治せばよかろう。それに、青いやつの中にもあるのだろう。求める魔導器が」
「多分」
「なら、龍を倒しきれなかった時のためにも、倒してしまうぞ。何、真ん中は我が友に譲る。それで良いなヒイロ殿」
「はい、マーレス殿下」
航海の途中の稽古で、マーレス殿下、トモエさん、ヒイロさんもかなり仲良くなっていたので、殆どオレの諫言は聞いてもらえない。
と、そこにハルカさんがオレの横に並ぶ。
「私も抑える方に回りたいんですが、大魔法の準備に入ります。ですから、前衛はお任せしてよろしいでしょうか」
「共に並べぬのは些か残念ではあるが、それが上策であろう。一つデカイのを頼むぞ、戦聖女よ!」
この航海で、マーレス殿下はハルカさんをたまにそう呼ぶようになっているのだけど、言われるたびにハルカさんは苦笑するか、軽く顔をしかめている。
けど、言い返す暇はなかった。
「わたくし達抜きでお祭りを始めるおつもり?」
「そうであるぞ。一撃目は我らノヴァ空軍にお任せあれ、殿下!」
火竜公女と空軍元帥だ。部下の人達は、まだ上空で頑張っている。本当に、祭に顔を出しに来た感じだ。
けれど、うちの仲間達もその同類だった。
少し遅れて、近くに着陸してくる。
「お兄ちゃん、またボロボロじゃん。で、あれ、どう倒すの?」
「まぁ、ボク達が前座だよね。元帥、それで良いよね」
「ああ、レナ少佐。今回はレディファーストだ。初撃を譲ろう」
「別にいらないけど、3分ちょうだい。ソニックバスター仕掛けるから。行こうヴァイス!」
言うが早いか、すぐに空へと駆け上がり始める。
空軍元帥も同様で、魔力を燃やしてグングン上昇していく。
「火竜公女さんのテスタロッサと悠里のライムは、火付け役です。よろしいでしょうか火竜公女さん」
「よろしくてよ少年。タイミングは?」
「私が『煉獄』を仕掛ける。誰か、今すぐレイ博士をここに」
「それと飛行船が安全なら、一緒にルリやホランを呼んで来て」
「クロ、頼めるか」
「はい。ただいま」
言うや、戦いではあまり活躍できなかったクロが、物凄い速度でオレ達の飛行船に向かう。
マーレス殿下も、自分たちの飛行船の防衛兵も攻撃に参加させるべく動いていた。
そして青鬼と大型龍だけど、こっちの動きを遅らせるための攻撃で、なんだか虐めているみたいになるが、動きを止めるの以上は無理だった。
そのせいか、青鬼は大型龍に呼びかけるばかりだ。
(まあ、空からしか逃げ道もないし、見捨てそうにもないしな)
そんな事をぼんやりと思った時、大型龍が動いた。
「気をつけろ!」
声をかけ、そして周りを囲っていた全員が少し下がる。
けど攻撃をしてくるでもなければ、飛び立つ素振りも見せない。
「どうしたルブル! 立て直すぞ、早く飛び上がれ! あの魔人どもが何か仕掛けようとしている。早く!」
青鬼が真剣に真摯に呼びかけるけど、大型龍はあんまり聞いている感じはしない。
けど動きは見せて、背中に乗る青鬼の前に頭を曲げて持って行く。
一瞬見つめ合う感じだから、話し合いでもするのかと思った。
けど、そのまま青鬼を痛そうな歯が並ぶ口でパクリといって、グシャグシャと咀嚼した後、ゴクリと飲み込む。
青鬼にとって想定外すぎたらしく、断末魔の声すらなしだ。
「食べちゃった。凄い」
トモエさんのどこか呑気な言葉が、周囲に虚しく響く。
「あっ」とか「えっ」とか口から出た人は多かったけど、事実をこうして言葉にされると、さらに現実感が薄れるのだと再認識できる。
そして何か黒いものが食べる時に飛び散っていたし、食べられる時に断末魔の声も無かったので、青鬼が胃袋の中で元気にしているという事はなさそうだった。
その様を見て、オレは暴走状態でスライム状になった悪魔達の事が頭をよぎる。そう、暴走すると周りの魔力の塊を本能的に食い散らかすのだ。
そしてお話だと、こう言う時碌でもないパターンになるものだ。
「なあショウ君、こう言う場合あのバカ龍がパワーアップするのがお約束ではないか?」
「言わないでくださいよ。オレも思ったけど」
わざわざ近づいて来たレイ博士の言葉にげんなりしつつ返したけど、言霊ってものを信じたくなる情景が前に広がりつつあった。
「お約束、みたいね。大型龍の魔力が不規則に増大してるわ」
魔法を構築中のハルカさんの言う通り、青鬼の魔力の気配はなくなった代わりに、大型龍の魔力が高まっている。
そしてそれに伴い、大型龍が俄然元気になり始める。
「動きそうですが、『煉獄』は続けますか?!」
「続けてくれ。今更方針は変えられんし、もうすぐレナと元帥の攻撃だ!」
「了解です。殿下!」
「うむっ! 足止めの者は、どんどん攻撃を叩きつけろ。この際だ火矢でも魔法でも構わん。ケチるなっ!」
殿下の号令により『帝国』軍と『ダブル』の攻撃が苛烈にになる。
本当に、怪獣に自衛隊が攻撃するような感じだ。
そしてあんまり効いてないのまで同じだ。
そして攻撃の煙などの間から、一回り大きくなった大型龍が起き上がる。しかも、不気味な突起などが増えて不気味さを増している。
そして全身から、澱んだ魔力を噴出している。
「やばそうだな。ドラゴンゾンビじゃないし、不定形キメラでもないけど、もう新種の魔物だよな」
「そうだな。竜ではなく暴走した魔物化しているな」
シズさんの思考はこういう時でも冴えている。
ただオレの言葉はちょっと的外れだったようで、みんなが妙な事を考えていた。
「さしずめ、暗黒龍かしら?」
「こ、混沌龍などどうだ? 英語で言えばカオスドラゴン。格好いいだろ!」
「格好いいって……」
「私は混沌龍に一票。あ、来たよ第一波!」
現実感の薄い目の前の惨状を前に、なんとも間の抜けた会話をしていると、レナが操るヴァイスが急降下して、そして超音速の爆弾を叩きつける。
さらに5つほど数えた後で、さらに一回り大きな衝撃が炸裂する。
空軍元帥の操る天鷲の一撃だ。
そしてこれで、起き上がった混沌龍が、こちらを攻撃する前に、再び飛行船の基部に叩きつけられる。
肉塊を棍棒で叩き潰した感じで、まな板の上で料理でもされている錯覚を覚える。
しかも2騎は、攻撃を終えるとまた急上昇して行った。
状況によっては、さらに一撃浴びせる気なのだろう。
そして次の攻撃は、ドラゴンを火にかける事だ。
「『煉獄』」と言ういつもの冷めた感じの言葉と共に、大型龍と飛行船の残骸が赤い熱された空間に包み込まれていく。
しかもドラゴン様は、そこかしこに穴が空いていたりするので、その中にも『煉獄』の効果が入っていく。
続いて『煉獄』発動と共に、左右から火竜公女のテスタロッサ、悠里のライムが、最大放射で炎と雷撃のブレスを斜め上から浴びせかける。
同時に、全周から炎の魔法、炎の魔法剣、炎の矢などが叩きつけられていく。
全ての攻撃と魔法が『煉獄』との相乗効果によって、通常よりはるかに高い火力を発揮する。
そしてシズさんが最初に焚き火と言ったように、飛行船の残骸も激しく燃え始め、焚き火の中に放り込まれたトカゲの様相を見せる。
けれども、魔将2体分のキューブの核を抱え込んだ元大型龍はしぶとかった。
疾風の騎士の一撃から立ち直ると、まさに地獄のように燃え盛る中でも猛然と動き始め、そして首をもたげるとと半ば自爆と思えるブレスを放射する。
「ドッ!」
猛烈過ぎて雷でも落ちたような音がしたが、放射された一角が混沌龍のブレスで燃えがっていた。
しかも一部が『煉獄』の効果範囲内にあったらしく、激しく燃えている。
「退避ーっ!」「神官か治癒師を!」などの叫び声が、そちらの方向から聞こえる。
攻撃を受けたのは『帝国」軍の集中していた場所らしい。
つまり、一番密集している辺りを攻撃したという事になり、まだ冷静な判断ができるのだと見ていい。
「まだ切り込まぬのかっ!」
珍しくマーレス殿下が焦っている。
部下が沢山やられたんだから当然だろう。
けど、攻撃はまだ残っている。
「もう一撃待ってください。後少しです」
オレがそう伝えて殿下の顔に冷静さが戻るのとほぼ同時に、斜め後ろで魔法を構築していたハルカさんの魔法が完成する。
「高貴にして光輝なる神々の王よ、その槍の力もて汝に仇なす神敵を貫け! 行け、『神槍撃!』





