485 「決戦前(1)」
「けど、聖地で襲ってきた悪魔が追いかけて来なかったらどうするの?」
ガラパゴス諸島の西の大きな島に到着し、海岸近くのそれなりの平地が確保できる場所で悪魔達の歓迎準備を進めていると、ハルカさんが何となく聞いてきた。
しかし答えは決まってる。
「その時は、マーレス殿下に聖女二グラス、ヴィリディさんに来てもらえばいいだろ」
「それもそうね。それに今回の目的の一つ、どうやったら神々の塔に入れるのかは分かったものね」
「うん。ハルカさんには悪いけど……」
「分かってる。それに1年半も意識不明のままなら、1月、2月変わっても同じよ」
どこか自分自身を突き放すような言い方だ。
あまり彼女らしくない。
「どうした?」
「……どうもしない」
「いや、変だろ? 何かあるなら言ってくれ。力になれるかは分からないけど、愚痴くらい聞くぞ」
真面目な表情で問いかけると、少しの間睨めっこになる。
そしてオレの後、少し周りを見てから小さくため息をつく。
周りには、キューブを除けば二人しかいない。
シズさん達は、総出で迎撃用の魔法陣を描いている最中で、飛行組は偵察に出ている。
ホランさん達は周辺の島の偵察、フェンデルさん達は魔物の襲撃に備えて船の一部を補強中、ルリさんとハナさんは食事の準備で手が離せない。
他の船の人達も、それぞれの場所で作業中だ。
「これで復活、じゃなくて現実で目覚められたら、一体どうなるんだろうって思ったの。もし本当に奇跡があったとしても、ずっと先のことだと漠然と思ってたし」
「まだヒントも掴んでないだろ」
「意識不明で生きてたってだけで、もう衝撃大きすぎよ。そのうえ今度は、私達をこの世界に呼んだ元凶の場所に入れるかもって段階よ」
彼女の言葉は、愚痴というより不安だ。だから、聞くだけで良いのかと思えたけど、なかなか言葉が見つからない。
しかしそんな事はお見通しだった。
「別に言葉をかけてくれなくても大丈夫。ただね、万が一すぐに復活したら、その後どうしようかって不安が、今度は頭をもたげてきてるよの」
その言葉に思わず首を傾げてしまう。
万々歳じゃないのだろうか、と。
「仮に目覚めたとして今年で18。12月生まれだから、まだ17だけどね。それはともかく、中卒よ。
高卒認定はもう取ってあるから高校行き直す必要はないけど、今すぐ起きてもまずはリハビリ。大学受験は再来年。うまくいけば、精々一年浪人したのと同じで済むのよ。
けど、なまじそんな生々しい可能性を突きつけられるとね、溜息の一つもつきたくなるわ」
「そうか。ごめん、そういう事今まで考えた事も無かった。奇跡を起こすんだから、復活できれば、蘇生できれば、それ以外は何とかなるんじゃないかってくらいしにか思ってなかったよ。無責任で」
「それ以上言ったらグーで殴るわよ」
凄く真剣な顔で、言葉を途中で遮断された。
確かに言うべき事じゃない。
かと言って、このままだと言いかけた事に謝ってしまいそうだ。
だから、一回深呼吸する。
「なによ、深呼吸したいのはこっちなのに」
「だよな。取り敢えず他に愚痴や不安は?」
「だいたい言った。それ以上は、本当に目覚められたら考える。それ以前に、これからどうなるかも分からないもの。
取り敢えず言える事は、向こうで目覚めるまで死ねないって事ね」
「まあ、それはオレ達みんなが何とかするよ。多分大丈夫だろ」
(そう思っていた時が、俺にもありました)
その数時間後、目の前の状況を前に思い浮かんだのは、ハルカさんとの会話の一部だった。
その日の午後3時頃、半ば追いかけていると期待していた奴がちゃんと追いかけて来てくれていた。
けどそいつは、寄り道をして来たようだった。
何しろ白い大型龍が澱んだ魔力でどす黒くなっていた。そしてその背に青鬼が乗っているのが魔力の気配で分かった。
しかも飛行型の魔物にまたがる多数の配下を従えている。
そして戦いは、オレ達に接近してくる前から始まった。
さらにその数時間前の事だ。
「魔物の大編隊、急速に神々の塔へ接近中!」
最初に伝えたのは、交替で偵察と哨戒に出ていた疾風の騎士だった。
空軍元帥の部下でもちろん『ダブル』。
しかしノヴァの空軍で鍛えられているし、好きで空軍に居るタイプなので、軍隊的な事には慣れていた。
そんな連中からの報告は、ちょうど昼頃。
「神々の塔? 何でこっちに来ないんだ?」
報告を受けたオレの問いに答える者はすぐにはいない。
持っている情報が同じなのだから当然だ。
けど、数秒後にオレ達の船の艦橋から声がした。
「ショウ君、多分連中は直接キューブを追えるんじゃなくて、跡を追いかけられるだけではないかと思うぞ!」
「なるほど、一理あるな」
その言葉にシズさんも納得する。トモエさんも「レイ博士、結構凄いね」と感心していた。
けど、感心ばかりもしていられない。
そこにマーレス殿下と火竜公女さんがやって来た。
空軍元帥は、すでにスタンバイだ。
こっちでもボクっ娘が、ヴァイスの元に走ってる。
「我が友よ、どう思う?」
マーレス殿下の言葉に、レイ博士の予想を伝える。
それにやって来た二人も得心する。
「で、その前提として、歓迎の方はどうされるの?」
「神々の塔のドラゴンに喧嘩を売って全滅したら少し厄介ですけど、まあ普通に逃げ出してこっちに来るでしょう。こっちは、変更なしでいいと思います」
「そうね。それじゃあ私は、皆さんがいらっしゃるまで英気を養わせて頂くわね」
「はい、空は頼みます。空軍元帥にもお伝え下さい」
「お任せあれ。それにしても、少年、指揮官ぶりが似合ってきたわね。将来が楽しみ」
そう言った後ウフフと笑いながら、火竜公女さんが立ち去って行った。
「何とも、大した女傑だな。それにしてもノヴァには女傑が多い。女傑がおるのは、神殿だけではないのだな。世の広さを痛感させられる。
と、感心ばかりもしておれん。此度はワシは兵達の指揮をせねばならん。青い奴はショウに任せる」
「オレは今回、半ば囮ですよ。青鬼一体なら、オレの仲間達の速攻で瞬殺できますから、突然強くなっていない事を祈っときます」
「全くだな。では、勝利の後に!」
いつものように豪快に笑いながらマーレス殿下も『帝国』軍の元に戻って行った。
そしてそれを見送ってると、頭を小突かれる。
「今の言葉、確かフラグって言うんでしょ。変な事言わないでよ」
「まあ、青鬼が赤鬼だったキューブを取り込んでるのは想定範囲内だろ。それ以上は考えられないってのも、皆んなで話し合ったじゃないか」
「それに取れる対策はとったものね」
「うん。楽勝かどうかは分からないけど、とにかく犠牲を出さないよう全力で行こう」
そんな事をハルカさんと話してると、ジョージさん達と真面目な勇者様達が、それぞれの方向から近づいていた。タイミング的には真面目な勇者様達が先だ。





