472 「お見舞いの予約(2)」
「今日は突然無理を言って申し訳ありませんでした」
「いいえ。こういう機会でもないと、遥の通った学校に来る事もないから丁度良かったわ」
「そうですか。それでどうしますか? どこか近くのお店に行きますか?」
「そうね。せっかくだから、少し校内を見てから考えましょうか。トモエさん、どこか学校内で落ち着ける場所、あるかしら?」
「何箇所かあります」
「じゃあ、校内の案内と合わせてお願いできますか?」
「はい。では、どうぞ参りましょう」
タキシード姿で姿勢や歩き方も綺麗なので、真面目に先導役になると凄く似合ってしまう。
もっとも、それを平然と受入れているハルカさんのお母さんは、なかなかの大物じゃないだろうか。
それとも単に、文化祭だからこんなもんだろうくらいにしか思ってないのかもしれない。
その後は30分ほど学校内を見回ったあと、中庭に設けられた少し間隔が広めに取られたオープンカフェテラスの一番人気の少ない場所に陣取る。
近くにあった食堂で温かい飲み物も確保してあるので、高校の中と思えば最良の状態だろう。
そして丸テーブルに4人がけの席にそれぞれが座ると、オレ達3人にハルカさんのお母さんが切り出した。
「もう雑談も不要かと思いますので、結論だけ言わせていただきますね」
そこで一旦言葉を切ったので、3人とも息を飲む。
「一度、遥に会ってあげてください。ただし、私が同席するのは最低条件です。人数はこの3人で構いませんか? もし他に遥のお友達がいるのなら、もう数人なら構いません。ただし人数が多すぎたらお断りしますし、入れ替わりで2、3人ずつ。しかも人数が多い分だけそれぞれの時間も短くなります。
それと前も言いましたが、ごく短い時間だけで、本当に顔を見て一声かけるくらいになると思います」
一気に用件を並べ立てられたが、会えるだけでオレ達にとっては大勝利だ。問題は、いつになるかという事くらいだろう。
「全てそちらにお任せします。それと、友達は他にもいるので、その人達に連絡を取って、人数が決まったらおしらせします。
それで、お見舞いできる時期はいつくらいになりそうですか?」
オレの返答に、「そうですね」と少し考える。
そして視線をオレ達に据える。
「最低でも2週間先。私は仕事もありますので、できれば11月中で宜しいでしょうか。それ以降となると、年を越した時期にさせて頂きたく思います」
「それで構いません。では、2週間以内、できるだけ早く人数の方をお知らせします」
「はい。こちらは人数が決まった時のご返答で、次の会う場所を指定させて頂きます。その場所は、遥が入院している病院の最寄駅にするつもりです」
「分かりました。宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
とそこで、ハルカさんのお母さんがフッと小さく笑みを浮かべた。
「まだお若いのにしっかりしてますね。うちの子なんか、しっかりしてる振りしてましたけど背伸びばかりで、見てて危うくすら思ってたんですよ」
「そんな事ないと思いますよ。ハルカさん、凄くしっかりしてます。いや、してました」
「多分、もう少しすれば「ます」って話せるようになると思います。容態は前お話しした時より良いそうです。主治医の話では、いつ目覚めても不思議はない、と。もしかしたら、起きている遥をお見舞いして頂けるかもしれません」
その言葉に、思わず3人で顔を見合わす。
向こうで元気にしていても、この言葉は凄く嬉しい。
そしてこれで今日の話は済んでしまったので、ハルカさんのお母さんは後は一人で回ると言ってオレ達の前から立ち去って行った。
そして見えなくなると、すぐに今の事をシズさん、悠里にメッセージで伝える。
本当はハナさん、ルリさんにも伝えたかったけど、当人達がアドレスや番号をうる覚えだったので、まだ現実世界での連絡手段がなかった。
そしてシズさんからは、聖魔タカシさんの件もあるので、行く人間をどうするかは数日考えようと全員に返信があった。
そして、やるべき事は終わったけど、まだトモエさんの出番じゃない。
しばらくこれからの事を話した上で、トモエさんに連れられるように男女逆転ファッションショーを見物した。
トモエさんの司会は堂に入っていたし、トークの機転やアドリブも冴えていたので、ほとんどショーの主役のようだった。
「あんな、何でもできる人って本当にいるんだな」
そしてトモエさんの文化祭の帰り道。
「そうだよね。やるとなったら、ちゃんと自分で楽しいところも見つけるし、そういう所も凄いよね。でもトモエさん、オンオフ激しいよ。何もしない時は、最低限しかしなくなるから」
「しない時ですら最低限はする時点で、十分凄いと思うけどな。躁鬱が激しい人とか、鬱の時は寝る以外しなくなるって言うだろ」
「確かにそうだね。私も、トモエさんやシズさんみたいになれたらいいのになぁ」
その玲奈の言葉に溜息はないけど、憧れが強すぎた。
しかしオレには、もう憧れるだけじゃないと言う思いがあった。
「今、なろうとしてるんだろ」
その言葉に一瞬躊躇した後で、小さく頷く。
「うん、ちょっとだけでも近づけたらなって思ってる。せっかく二人がくれたチャンスも無駄にしたくないし。それに、チャンスは活かすものなんでしょ」
そこまで言い切って、オレへ少し悪戯っぽい表情を向けてくる。
確かに言葉も仕草も、そして行動も今までの玲奈とは違っている。オレが認めるほどの隠キャだった春頃の玲奈は、そこにはいない。かと言って、ボクっ娘の大らかささとも違っている。
多分オレが見ているのは、蝶が蛹から羽化しようとしている姿なのだろう。
そしてオレとしては、彼女を応援して支えるだけだ。
それと、オレ自身も少しでも相応しくなれるよう努力なり研鑽を積まないとダメなのだと考えさせられる。
しかもオレの場合、こっちとあっち両方でそれをしないといけない。
それが彼女達の選択に対する、オレの精一杯、いや最低限の誠意だ。
楽しそうに話す玲奈を見ながら思ったのは、そんな事だった。
まあ、思っている事の一割でも出来れば御の字だろうけど。





