463 「迎撃準備(1)」
その日は現実で一日バイト漬けだった。
何しろ今夜はハロウィンだ。
確かクラスの陽キャ勢は色々と楽しんでいる筈だし、ここのバイトの人たちもシフトを入れたくない人が多かったので、朝から晩までバイトで埋め尽くす事になった。
もっとも店長はオレに感謝感激で、バイト代もこの日特別のアップがあるので、オレとしてもメリットは十分にあった。
一方、ハルカさんのお母さんへの打診は、勿論だけどバイト行く前に送信済み。
その返事も、次の休み時間に確認したら届いていた。
明日、ハルカさんの母校の学園祭で合流して、その後どこか適当な場所で話し合う事を了承してくれた。
自分達から打診してあれだけど、かなり前のめりな気がしないでもない。
だから、現実での明日の予定も決定だ。
それはともかく、一日バイトで疲れ果てて家に帰り、風呂に入って部屋にへたり込んで、ウトウトしているところを叩き起こされた。
勿論だけど、まだ『夢』の向こうじゃない。
「まだ寝るなっての!」
「っ! な、なんだ、悠里か? てか、この格好で寝たら風邪ひいてたな。起こしてくれてサンキュ」
「いや、その為に起こしたんじゃないし。それより、今3人で寝てるだろ!」
「あ、ああ。でも、二人からのお誘いだぞ、断れるか。それにただ寝てるだけだ」
「ただって……。二人もお前に甘すぎるけど、最近玲奈さんにあんまり会えてないだろ。それなのに」
悠里の言いたい事はよくわかる。
と言うか、悠里は何かと全員に義理立てしようとしているので、こういう反応になるんだろう。
こっちはこっち、あっちはあっちという考え方をするのは無理なんだろうか。
それとも、オレがダメ人間になりすぎているせいで、そう思うだけなのだろうか。
「玲奈とは明日、トモエさんの学校の文化祭に一緒に行くぞ」
「それはハルカさんの事で行くだけだろ」
そう言って、突っ立つのをやめて、オレが寝ているベッドに腰掛ける。
「それはそうだけど。玲奈とは、毎日最低でもメッセージはやり取りしてるし、今日は電話も何度かしてる」
「ンなの当たり前だろ。あーっ、もうそういうの言いたいんじゃないっての!」
「声がデカイ。言いたい事は分かってるよ。けどその辺も話し合ってるし、むしろこっちじゃまだダメって当人から言われているのに、強引には何も出来ないだろ。てか、ませた事ばっかり考えてんじゃねーよ、受験生」
「うっさい。このエロオタク! あーっ、でもこいつにこんな事言ったら、ハルカさんも同じになるし。どうしたらいいんだよ!」
「だから声。けどまあ、みんなの事気遣ってくれてありがとな。オレも調子乗らないようにするよ」
「それこそ当たり前だっての。ハァ、もう相手すんの疲れた。寝る!」
「おう寝ろ寝ろ」
そう言って背中を押すと、その手を叩かれた。
「触んなバカっ! それより、シズさんから伝言。なるべく早く起きて、魔物が夜襲してくる前提で、出迎えの準備するってさ」
「シズさんが? 起きられるのか、あの人?」
「トモエさんとキューブが、何としても起こすってさ」
「まあ、それなら大丈夫か。けどそれじゃあ、オレ達も早く起きないとな」
「そうだよな」
と、そこでニタリといらやしい感じで笑みを浮かべる。
「それこそ、二人に優しく起こしてもらえばいいんじゃね」
そして言い切ると部屋を出て行った。
これは悠里がオレより早く起きたら、何か悪戯でもする気に違いない。
となると、少しでも早く起きれるよう気持ちを持つようにして寝ないといけない。
そして、こうして寝る前に早起きしようと思えば、結構簡単に向こうで早起きできたりする。
最初の頃の野営の時は、油断して逆に寝坊した事があったけど、こうしたコントロールも今ではかなり慣れてきていた。
そして感覚的には、眠ったと思って次に意識が覚醒してきたら、寝た時とは違う感触や温度、それに良い匂いがしてくる。
まだ目を閉じたまま耳を澄ませるけど、音は呼吸音がオレのを含めて3つだけ。
飛行船の外から殆ど音はない。
ボクっ娘が目覚めていないということは、まだまだ深夜の筈。そして二人分の重みと柔らかさが、オレの体に覆いかぶさっている。
ゆっくりとした心臓の鼓動まで感じられる。
『夢』を見る前のオレなら、この状況だけで昇天か浄化してしまっていたに違いない。
けど、せっかく早く目覚めたのに、これでは動き出せない。
腕も脚も体に絡まってきているし、それどころか両側の二人がオレを半ば包み込んでいる。
このせいで、こっちのオレの体は目覚めたんじゃないかと思えるくらいだ。
もっとも、こっちの頑丈すぎる体だと重くもなんともないので、起きたいという気持ちのお陰だろう。
そうしてしばらく過ごしていると、危うく二度寝しそうになった刹那、頬を絶妙な力加減で抓られた。
その手の感触からも誰か丸わかりだ。
ただこちらは、両腕を柔らかくて温かいものに塞がれているので、無抵抗を貫くより他ない。
「早く起きすぎ。それとも、嬉しすぎて一睡もしてないとか?」
ボクっ娘がまだ寝息を立てているので、耳元で囁くような声。甘い息がかかってきて、すごくご褒美だ。
「ちゃんと寝てきた。悠里からシズさんの伝言も聞いてきてる」
「伝言?」
「なるべく早く起きて、魔物の歓迎の準備をするんだってさ」
「起きられるの?」
と、怪訝な声。
オレと同じ事を考えてるのが少しおかしい。
「トモエさんとアイ達が起こすんだってさ」
「なら大丈夫か。で、私の彼氏も、早く起きようと頑張ったわけだ」
「うん。でも、ここまでとは誤算だった。身動き一つできない」
「嬉しいくせに」
「嬉しすぎだよ」
「で、まだ喜んでていいの?」
そう言いながら、少し身を起こしている。
耳をそばだてているんだろう。
「大きな音はしてないと思う。それに『帝国』も、外を監視してるキューブ達やゴーレムも何も言ってこないから、まだ安全の筈」
「それもそうね。じゃあ、レナが起きる前に」
そう言って彼女の顔が真正面から、少し斜めにずらして降りてきた。
今日も大変だと言う予測があるせいか、しばらくそのままだ。
不安もあるんだろう。
だから自由になった片方の腕で、彼女の体に力を入れて抱き寄せる。
「あの〜、ボクもハグくらいお願いしていいかな?」
(あらら、起きてたみたいだ)
「いつから?」
顔を上げたハルカさんが、少し横へと言葉をかける。
「レナが起きる前に、から。名前呼ばれて目が覚めた」
「じゃあ今度から気をつけるわ」
「今度があるんだ。それじゃ、今日も頑張らないとね」
「そうよ。魔物にも言い分はあるかもしれないけど、」
「邪魔するなら蹴ちらさないとな!」
そう言ってオレは、二人を強く抱きかかえながら身を起こした。





