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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第五部 『帝国』編

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460 「戦いの後(1)」

「それ、ほんと?」


 ハルカさんの声がかすれ声だ。言葉もやっと口にできたのがそれだけ。

 トモエさんとハルカさんが出会ってから、ハルカさんとは現実での体が生きてる可能性について話し合った。

 けど、やはり信じていなかった証拠だ。

 いや、彼女が言ったようにぬか喜びしたくないから、本心はともかく否定していたのだろう。


「本当だ」


 だから力強く言葉を返してから、オレを中心にして現実での彼女が死んでいない事の経緯を説明した。

 そして話終わると、ハルカさんが二の句を継げないほど驚いている。

 また、彼女が昏睡状態で生きてる事は、ハナさんもルリさんにも話す機会がなかったので、この二人も驚いている。

 けれど、ハルカさんが反応ができない類の驚きに対して、ハルカさんの友達の二人の反応は喜びの驚きだ。


 そして話を聞き終えたハルカさんは、しばらく無言だった。表情も、ほとんど何も現れていない。

 感情と理解の両方が追いついてないんだろう。


 こう言う時にどんな言葉をかけたら良いか分からないけど、この中だとオレが声をかけないといけない事くらいは分かる。

 だから、とにかく口を開いた。


「あの、ハルカさん……」


 なかなか続く言葉が出ないでいると、ハルカさんの顔に表情が戻る。

 そして何度か頷く。自分自身に向けて頷いているのだ。

 けどその表情に喜びはない。

 そして冷静と言える表情と瞳で、オレを見据える。


「それで、問題点は?」


 何の問題点かは言うまでもない。現実世界のハルカさんの体を復活させる、もしくは目覚めさせる方法についての筈だ。

 本来なら一番明晰なシズさんに聞くべきなんだろうけど、オレに聞きたかったのだろうと思う。

 いや、オレがそう思いたい。


「あっちに、現実世界に、高位の治癒魔法の使い手の知り合いがいない事だと思う。治癒魔法の中に、どんな怪我でも治す魔法が第四列にあるってのは聞いてる。

 だから協力者を、向こうのホームページとかで接触を取るくらいしか考え付かない」


「あの、それやったら……」


 ルリさんが小さく手をあげる。

 オレの言葉のあとに能動的に動く人がいなかったので、一気に視線が集中する。

 その圧に押されつつもルリさんが口を開いた。


「ツテやったら、一人おんねんけど」


 その言葉で、ハナさんが理解の表情に変わる。

 けれど、ハナさんではないようだ。そういう表情ではない。

 シズさんが、ちょっとした動きでルリさんの言葉を促す。


「あんな、うちリアルでも居酒屋してんねんけど、両方で知り合いやねん」


「誰?」


 ハルカさんが我慢しきれず、ルリさんへと少し身を乗り出す。


「タカシはん」


「えっ?」


 全員が驚いた。ルリさんの雰囲気と言葉に間違いなければ、オレも三週間ほど前に会ったノヴァの聖人「聖魔タカシ」で間違い無いだろう。

 そして『ダブル』としても大ベテランの聖人なら、使えない治癒魔法もないだろう。

 確かに適任かもしれない。


「あのエロオヤジ、うちの店の常連さんやねん」


「やっぱりリアルもお医者さんなんですか?」


「せやで。うちな2年ほど前に店開いてんけど、その近くの大きい病院のせんせーしてはんねん。

 まあ、こっちやとウチがあっちを見たことあるくらいやってんけど、ルリが互いを知っとるやろ。それにあのおひと有名人やん。

 それで、うちの店に来た時、思わず『うっわ、聖魔タカシやんけ!』って言うてもうてん。そっから知り合い」


「2年前だと、パーティー解散した後ね」


 ハルカさんがポツリと付け加える。


「せや。んで、リアル話すのタブーやろ。せやから、極力誰にも話してへんねん。けどな、リアルやったらウチ、あのエロオヤジと結構仲ええねんで」


「ちなみに、リアルではどんな人?」


 みんなが気になることを、ボクっ娘がイノセンスを装って聞く。


「おうた事ある人やったら分かるけど、あのまんま。せやけど、普通に家庭人みたいやで。家族の写真とか見せてもろた事あるし。あのエロオヤジ的には、こっちはこっち、あっちはあっち、らしいわ」


「まあ、こちらで奥さんが多いのも、慈善事業の一つくらいに思ってるって噂もあるくらいだものね」


「えっ? クソハーレムが慈善事業?」


 悠里のイノセンスな口撃が炸裂する。

 それにハナさんが苦笑する。


「あくまで噂。でもね、奥さんと愛人の半分くらいは、元は貧しい人か虐げられていた人よ。これは私も知ってるから本当。

 それとこの世界って、金や権力のある男の人は、甲斐性として妻や愛人、それに連なる家族を養うものだって考え方があるでしょう」


 ハナさんの言ってる事は正しい。

 オレのハーレム云々が半ば冗談で済んでたり、ボクっ娘が意外に真剣に一夫多妻を進めるのも、現実世界とは社会風土、考え方が違うからだ。

 けど、話が脱線してしまってる。


「あの、タカシさんのプライベートはともかく、タカシさんにここまで込み入った事で、助けてもらえるんでしょうか?」


「ハルカちゃんはタカシさんとも顔見知りで、ハルカちゃんが神殿にいた頃は頼りにもしてたから、助けてくれると思うわ。私には無理な魔法だし、確かに頼めるのはタカシさんしかいないと思うわ」


「まあ、あのエロオヤジには、こっちで大金献金したったらエエんちゃう?」


「こっちだけの事ならそれで十分でしょうけど……」


「なんや、歯切れ悪いなあ。治りとうないんか?」


 ルリさんの意外と言いたげな言葉に、ハルカさんが首を振る。


「そうじゃないの。あっちの私の体を治す魔法って、私が知る限りではすごく魔力が必要なの。ハナも知ってるでしょ。

 それに触媒も。触媒は代用できるものがあっちなら用意できるだろうけど、向こうの玲奈の体に溜まってる魔力で足りるのかって思って」


「慎重やな」


「ぬか喜びはしたくないから」


「せやなあ」


「それもそうよねえ」


 ハルカさんの二人の友達も、思わず彼女に同意してしまう。

 他のみんなも同意見だ。

 そうして知恵袋であるシズさんに自然と集中する。

 レイ博士に向かわないのは、まあ人徳もあるだろう。

 何しろレイ博士は、タカシさんの話が出た時に「あのハーレム野郎に?」とかブツブツ言っていた。


「聖魔タカシの協力を仰ぐのは、今の所プランの一つだろうな。何より今は、現実でハルカの母親にもう一度会って、向こうで眠り続けるハルカの見舞いができるかどうかにかかっている」


「そうですね。そろそろ連絡する頃ですけど、明日にでも連絡しましょうか?」


「メールの文面とかは、向こうで考える? でも私、明日から文化祭で忙しいんだよね。あ、そうだ、明後日なら学外から来てもいいから、遊びに来てよ」


 トモエさんが、重い空気を吹く飛ばすように呑気な口調で言う。

 あえてそうしてるんだろうけど、こうしてみていると天然に思えてしまう。

 けど、会うタイミングとしては、母校の文化祭はいいタイミングじゃないだ。そして思ったことが口に出ていた。

 その事にシズさんの返答で気づかされた。


「明日連絡で、明後日会うのは早すぎるだろう」


「あくまで案の一つですけど、心理的なハードルが下がりませんか?」


「まあ、一つの賭けだな。どう思う?」


 シズさんがハルカさんに向く。

 ハルカさんのお母さんなら、どう思うかって事だろう。


「前向きに考える方だから、病状が改善しつつあるのなら、普通にアプローチするよりも脈はあるかも」


「と、娘さんからもゴーサインが出たので、その言葉は盛り込もう。だが、あくまでもう一度会いたい、会えませんかという趣旨で行こう。

 見舞いの件も、もう一度会えた時に改めてお話ししたい、くらいで止めるべきだろうな」


「こちらがある程度の日時を指定して、それを選んでもらう形が無難だろうね」


 シズさんの言葉をトモエさんが継ぐ。

 こういう時の思考は、よく似ている。姉妹というより思考法が近いんだろう。

 そしてここでのこの話をハルカさんが苦笑しながら締めた。


言伝ことづての一つも頼みたいところね」


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