455 「魔物の逆襲(2)」
今度は左翼の密集した辺り。
そこに『轟爆陣』が、爆発範囲を大きく広げた形で炸裂する。
そして空中で根の無いキノコ雲ができるけど、その雲の幹のあたりから、ポロポロと鳥のようなものが複数落ちていく。
爆発と爆風、それに酸欠が原因だ。
魔物に酸欠はあまり関係ないけど、連中が乗ってる魔物にとってはありありだ。
この爆発で、前衛の2割程度が落ちた。そしてそこに、飛行船に据えられたっ魔力を帯びた大型の弩が何発も射掛けられ、さらに敵の数が減っていく。
けれども、敵主力の残り4割ほどが、オレ達が用意した神殿前の戦場へと到着。
対空防御が分厚いのを見て、少し手前での着陸を開始。そして背に乗せていた魔物達を下ろす。
そこにも弩や射程距離を伸ばした魔法の矢など届く攻撃全てが叩きつけら、頑丈な飛龍には効果は薄いけど、柔な翼竜や獅子鷲が倒れる。
人型の魔物の何体か倒れるのも見えた。
それにもめげず、ある程度隊列を整えると、魔物の群れが突撃を開始する。
人が連中にとっても聖地である場所を占拠しているのが相当気に入らないらしく、目論見通り正面から神殿に向けて突進してくる。
しかし地表と空中の立体攻撃で、竜騎兵、翼竜、獅子鷲の合計10体ほどだけでも十分脅威だ。
その上、地表に降りた20体ほどの魔物も、最低でもCランクの食人鬼か上級の矮鬼だ。
それほど装備は良くないけど、並みの騎士より強いのはその動きからも間違いなさそうだった。
そしてそれ以上の脅威は悪魔だ。
しかもうち2体は、すごい魔力を発散している。
そのうち1体は接近前から感じてた通り、オレ達が『帝国』で取り逃がしたやつだ。
そしてここで気付いたのだけど、もう一体が『赤鬼』だとするとこいつは『青鬼』だった。それぞれの髪の毛が赤と青なのに加えて、体表も毛の色に合わせるようにやや赤もしくは青みがかっているからだ。
そしてその2体と、他7体いる下級悪魔が前線を構成する『帝国』兵の戦列を蹂躙していく。
並みの騎士で敵う相手ではなかった。
「2対1か」
「1体は私がもらうね」
「トモエさんは、みんなと下級悪魔お願いしようかと」
「俺様も仲間外れか?」
「見ての通り、アレはシャレになりませんよ」
「だろうな。じゃあ、トモエの嬢ちゃんと俺で一匹遊んどく。残りは坊主の遊び相手だ。狐の姉さんがこっちに来たら、片方に戦力を集中しようぜ」
「そんなとこですね。それとルリさん」
「ハイハイ、ウチは足手まといやから、怪我した人おったら治癒薬かけて、ハナんとこ連れてくわ」
「それでお願いします。ホランさん、配下の指示は任せます」
「だとよ、お前ら。3人で、やわい悪魔の遊び相手をしてやれ」
「ハッ!」
「じゃあ、かかりましょう。マジでやばそうだから、みんな気をつけて!」
言っている間に、『帝国』軍の前線が一部突破されていた。どちらも赤鬼、青鬼のいる場所で、それぞれ2体の下級悪魔を連れている。
残りの下級悪魔が現場の指揮で、突破した2体とその取り巻きが、神殿に入るつもりらしい。
つまり、弱いやつが入れない事はちゃんと知っているという事だ。
けど、そうは問屋が卸さないのだ。
「よう、久しぶりだな! せっかくだから、名前でも聞いてやるよ!」
不意打ち狙いで全力で斬りかかったけど、かなり簡単に受け止められた。
青いやつの獲物は刃こぼれがないので、やっぱりいい剣を持っている。
「何時ぞやの魔人! 神器を持つばかりか、我らが聖地すら汚そうというのか!」
「へえっ、神々の聖地って魔物にとっても聖地なのか、初めて知ったぜ!」
「戯言を! それに神器はどうした?!」
「知りたければ、オレを殺さない程度に倒すんだな。ヒントくらい教えてやってもいいぞ!」
「ほざくなっ!」
時間稼ぎも兼ねて言い合いながら、剣をギャンギャンと打ち合う。
マジで強い。
闘技場の剣闘士ほどの腕ではないけど、魔力量が多いので一撃一撃が重い。
しかも重い上に動きが速い。
見た目はごっつかった、ランバルトで戦った口の臭い大男とも全然違っている。
前回は魔法で叩きのめした後なので分からなかったけど、ついていくのがやっとだ。
少しずつ後ずさらないと、防戦を続けるのも難しい。
余裕があれば、赤鬼を相手にしているトモエさんとホランさんの様子を見ようと思っていたけど、他どころじゃない。
そこに一瞬だけ少し後ろから悲鳴に近い声。
トモエさんがホランさんを気遣う短い言葉だったが、一瞬気を取られてしまう。
そのほんの少しの隙を突かれ、剣こそ防いだけどそのあとの鋭い蹴りをもろに浴びてしまう。
10メートル以上吹き飛ばされただろうが、どの程度かすら分からないくらいだ。
これが痛みを感じる体だったら、意識を持って行かれてたかもしれない。
そして痛みがなくても、一瞬呼吸すら出来なくなる。
痛みを感じない体なら動いてくれても良さそうなものだけど、そこまで便利じゃないらしい。
それより問題なのは、無防備な状態で飛ばされているのに、青鬼は手加減無用とばかりに前に飛んで追い討ちをかけようとしている事だ。
エンターテイメントなら、無様に倒れたオレに罵声の一つも浴びせて優位に浸ってくれるところだろう。
けど、前の戦いで虐めすぎたせいか、手を抜いてはくれないらしい。
少しは少年漫画を見習ってほしいものだ。
(これはマジやばいかも)
焦るも策はない。クロもハルカさんの側だし、みんなそれぞれ忙しい。それどころか、無事かどうかすら確認する余裕がない。
そしてオレ自身、防御姿勢を取るくらいしか手はなさそうだった。
けど覚悟を決めた瞬間、青鬼がオレに到達する寸前に視界から消える。
何かが横殴りで青鬼にぶち当たったせいだ。
「我が友よ、存外不甲斐ないではないか!」
予想通りマーレス殿下だ。
狙ってたんじゃないだろうかと思えるタイミングすぎて苦笑が漏れる。
キメ顔でポーズもかなり決めている。
しかも皇子様だけあって様になる。
「助かりました」
そう言って差し出された手を握って起きざまに、マーレス殿下の剣戟で吹き飛ばされた青鬼が戻ってくる刹那に切り結ぶ。
殿下も青鬼の動きが分かっていたので、オレの手をグッと引っ張り加速させてくれた。
「無粋な奴め! 人の友情邪魔すんなよ!」
「戯言が好きな魔人だ!」
「そうか? 前に会った悪鬼は、お喋りで騎士道精神旺盛だったぞ!」
「なんだ悪鬼、ワシは仲間に入れてくれんのか?!」
言いつつマーレス殿下が重い一撃を叩きつける。
そこからは2対1だ。
おかげで少し余裕ができたけど、マーレス殿下とオレの二人がかりでも前進を止めるのが精一杯だ。
殿下が「タイミングを合わせよ!」とか少年漫画っぽい事を言ってきたけど、合わせても元気な青鬼を押し返す事が出来ない。
けれど、ほんの少しゆとりができたので、周囲を見ることができた。
強い2体をオレ達が抑えているので、前線自体はなんとか維持されている。
赤鬼の方は、トモエさんは剣士としても天才的だけど、パワーが足りていなくて当ててもダメージになってない。
ホランさんはパワーはあるけど、動きについていくのが難しく大振りの攻撃が出来ないでいた。
そのせいでオレよりも後ろ、神殿寄りで戦っていた。
しかし、途中から駆けつけてきたシズさんの助太刀が間に合い、魔法の援護を受けて何とか押しとどめている。
他、ホランさんの部下の獣人達は、下級の悪魔1体を仕留めようとしていた。
ルリさんの姿は見えなかったけど、誰かを船に担ぎこんでいるのだろう。
マーレス殿下の側にいた強そうな騎士も、三剣士以上に強いらしく下級悪魔を最低でも1体仕留めていた。
おかげで、一見戦線は膠着状態だ。
けどその時、魔物の第二波、数の上での主力となる魔物の集団が、『帝国』軍の隊列に殺到する。
魔物が操る飛馬も、制空権が握られた状態では、上から攻撃してくるなど脅威だ。しかも上からだと、弓や槍より投石の方が厄介だったりする。
そしてこちら側の空中戦力は善戦していたけど、地上の援護にまでは手が回らない。第二波到来と同時に、最初は地上を攻撃していた連中が空中戦に加わったので、完全に抑え込まれている。
それでも地上の戦いは前線になる場所は限定していたが、飛んでる連中が二隻の飛行船にも襲いかかりつつある。
(あと何分持つかな)
思わず弱気になったら、横の殿下に笑われた。
「奥にはショウの女が居るのであろう。ならば、その者の為に死力を尽くして戦ってこそ男だぞ!」
「そうでした。けど、オレはハルカさんを信じてるんで、多少弱気になっても良いんですよ!」
「あれは、そんなに良い女か!」
「最高です!」
「俺の前で、まだ戯言を続けるか!!」
怒り心頭な青鬼の一撃を、二人で何とか押しとどめる。
そしてその時だった。
神殿と戦場となっている一帯の地面がにわかに淡く光出した。
儀式魔法が、何らかの効果を発揮し始めたと見て間違いない。
聖なるそして暖かい輝きだ。
けどこの時のオレには、ちょうど弱音を吐いたところだったので、彼女の叱咤のようにも思えた。





