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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第五部 『帝国』編

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428 「スカウト?」

 翌朝、朝目覚めても、当然のように現実世界では何事もなかった。

 あるとするなら、向こうで起きた時だろう。


 しかも現実世界の方では、大沢先輩が何か悪さをしているという事もなかった。

 オレ達の事と『アナザー』サイト両方とも、SNSは沈静化している。精々、大沢先輩の株がさらに落ちた事が少し話題になってるくらいで、少なくとも学校のみんなは次の話題へと移っていた。


 けど、問題は皆無では無かった。

 それは登校時に、玲奈と駅で落ち合ってからだった。


「あ、あのねショウ君、大変なの」


 玲奈が凄く深刻そうだ。

 昨日の夜のボクっ娘の事で何かあったのだろうか。オレが寝ている隙に何かしたんじゃないだろうか、など妙な事に思考が及んでしまう。

 けど「どうかしたのか?」という、なるべく平静を装ったオレの問いへの答えは予想外だった。


「昨日の夜、ショウ君と別れた後なんだけどね、メールでシズさんとトモエさんのモデル事務所から連絡があったの」


 再び同じ言葉を繰り返すオレに、さらに玲奈が続ける。


「どうしよう。一度お話し出来ませんかって。電話でもメールでも、連絡を待ってますって。昨日は動転しちゃって、誰かに話せる気分にもなれなくて」


 さっぱり話が見えないので、思わず首を傾げる。

 すると玲奈も、自分の言葉が足りてない事に気付いてくれた。


「あ、あのね、事務所に所属しないかってお誘いが来たの。どうしよう!」


 そこから登校ギリギリまで話を聞き続けたが、要するにシズさん達と行ったアミューズメントパークで撮った写真や動画が、シズさん達の会社の人の目に止まったという事だ。

 けど、悠里は全然普通だったので、玲奈だけに話が行ってるんだろう。


「だいたい分かった。シズさんやトモエさんにも相談してみても良いかもだけど、オレは話くらい聞いてみても良いじゃないかって思うぞ」


「でも、私なんか……」


「その『なんか』ってのは良くないよ。それを直すつもりで、色々チャレンジしてみても良いと思うけどな。それにこれは、玲奈にとってチャンスだと思う」


「ち、チャンスかどうかはともかく、二人にも相談してみる。ゴメンね、朝から変な事言って」


 そこでタイムリミットで、その後は放課後まで二人きりで話せる時間も作れなかったので、放課後部室に向かう時に少し話ができた。



「昼休みに二人にメッセージしたら、先に二人に話があって悠里ちゃんは中3の大事な時期だから半年先まで待って、私だけでもって推してくれたみたい」


「なるほど。けど、玲奈への連絡に二人が推した事は書いてなかったんだ」


「うん。それによく考えたら、事務所さんが私の連絡先知るわけないから、最初から二人に聞けばよかったんだよね」


「マジ動転してたんだな。けど、シズさん達も人が悪いな」


「二人とも、サプライズは結構好きだから。メッセージでも謝られた」


 そう言って苦笑いする。

 そういう事も言われたりしたんだろう。


「あー、なんか分かる」


「何が分かるんだ」


 そこに、後ろから抱きついてくる野郎の腕がオレの首に絡まる。


「おう、久しぶりタクミ」


「久しぶりじゃないって。昨日はどうだった?」


「トモエさんは、大した競技出てなかったからなあ。なんか、他校の運動会見ても、大して面白くはないもんだな」


「なんかそれ分かる。でもショウは、ハーレムだったんだから、それだけで満足だろ」


「昼とか、シズさん目当てのトモエさんの友達も増えて、オレにとっては拷問だったよ」


「アハハ、分かる分かる。それで向こうは?」


「水曜に話す。どう話すか、まだ整理ついてないんだ」


「珍しいな。まあ、期待しないで待ってるよ」


「ああ、しなくて良いよ」


「連れないなあ」


 そんな感じで部室へと至ったのだけど、オレを出迎えたのは全身で歓喜を表現している鈴木副部長だった。

 扉を開けるなり、鈴木副部長がこちらをギロリって感じで見て来て、さらに突進、そして熱烈歓迎な感じでハグされた。


「やったぞ月待! ついにオレも『ダブル』だっ!」


「お、おめでとうございます! どこに出ましたか!」


 なんだか運動部系のノリで、思わず抱きかえし&大声で聞き返す。

 すると今度は、肩をがっしりと掴まれ顔がドアップになる。ハグも顔面ドアップも、やっぱり男は勘弁してほしい。


「月待の話してた通りだった! お前達が燃やしたっていう、魔の大樹海の大火事が遠望できたぞ! アレ、マジでお前らがやったんだな! いやーっ、凄かった!」


 体をガクガクと揺すられるのも勘弁してほしい。


「じ、じゃあ、ノヴァの郊外、いや魔の大樹海の外縁に出現したんですか?」


「あ、ああ、周りは潅木とかだったから、魔の大樹海の外れだ」


「それで、今何してます?」


 自分で手をほどき、何とか鈴木副部長から解放される。

 鈴木副部長も、ようやく正気に戻ってくれた。


「あ、ああ、悪い。興奮しすぎてたな。運よく、夕方くらいだったかな? 樹海の偵察から帰投中のノヴァ空軍の人に発見されて、そのままノヴァトキオまで連れ帰ってもらった。今は、軍の保護施設ってやつで寝てるぞ」


「そりゃ運がいいですね。有名人でしたか?」


「拾ってくれたのは、名前の知らない人だ。だが凄いな、疾風の騎士は。月待の話がマジだって実感できたぞ。

 あっ、有名人と言えば、飛行場で空軍元帥とは少し話をしたぞ。月待、いやショウとリアルで知り合いだって話したら、『おおっ、辺境伯と知り合いか。ならば、困った事があれば私に相談に来てくれ』って」


 鈴木副部長の空軍元帥のモノマネに、好戦的な大柄でデブでハゲな、空軍元帥の姿が浮かんでくる。


「空軍元帥はお元気でしたか?」


「ああ。でもテンション高い人だな」


「多分、戦果を稼いできた直後だと思います。あの人、戦うのと戦果をあげるのが大好きっぽいですから。それより、先輩の方の向こうでの予定は?」


「周りの先輩『ダブル』に、まずは冒険者ギルドに行けと勧められた。強さを測ったり登録したり、色々する事があるって。まあ、月待が話していた通りだな」


「なるほど。オレみたいな変則じゃないんですね。順当にするのが一番だと思います。魔物との戦いとかで、メンタルがヘタれても損ですし」


「俺は早く戦ってみたいがな」


「前兆夢で三週間粘ったんなら、雑魚には楽勝ですよ」


「だと良いがな。で、そっちは?」


「今、どう話すか思案中です。水曜に話しますよ」


「おう。と言うか、これからは俺も話さないとダメだろうな。月待に話させてきたわけだし」


「じゃあ隔週交代とかで話しますか?」


 オレの言葉に、鈴木副部長が腕組みをして考え込む。

 考え込むほどの事だろうかと思うけど、オレが軽すぎるんだろう。


「今の所、俺がみんなに話せるほどの事は少ないんだよな。月待が大半話してる事をなぞるようなもんだし」


「順番は違いますが、そうなるでしょうね」


「だろ。今できるのって、ビギナーのチュートリアルと月待がしなかったノヴァトキオの観光レポートくらいだろ。だから、何かあれば俺も話すが、当面は月待が今まで通り頼めるか?」


「了解です。けど、このところ静かなんで、こっちもあんまり話題ないですけどね」


「先週の続きの『帝国』での悪魔討伐があるだろ?」


 そう、あれはちょうど一週間前の事だ。

 ハルカさんが倒れ事を思い出して少し気持ちが重くなったけど、取り敢えずその場は誤魔化して、その日は乗り切った。


 一方玲奈の方は、放課後から合間を見て、常磐姉妹とメールやメッセージを何度もやり取りしていたみたいだ。

 しかし玲奈の顔は晴れず、考え込んだままだった。

 だから帰宅中もあまり会話にはならず仕舞いで、オレが話しかけても「うん」「そう」とか生返事しか返ってこなかった。



 そして夜。

 なんだか、久しぶりに悠里がオレの部屋に来ている。そしてなんだか見慣れた感じで、人様のベッドの上でゴロゴロしている。


「なんだ、お互いなんもなしかー」


「無い方が全然良いだろ。変な期待すんなよ」


「まあね。それに今はレナと玲奈さんがお互いの状態を見てるんなら、変な事もないだろうし、むしろ安心だよな」


「不安定な事は安心材料じゃないけどな」


「けど、せいぜい入れ替わるだけなんだろ?」


「多分。けど、体が二つあるとは言え二重人格なんだから、最悪『夢』の方のレナが消える可能性はゼロじゃないんだぞ」


「えっ? マジで? 別人になったんじゃあ?」


「なってないから、互いの状態が見えるように戻ったんだろ。多分、本体というか大元になるこっちの玲奈の精神が、色々影響してるんだろうな」


「じゃあ、玲奈さんの心が安定すれば安心って事?」


「だと思う」


 それを聞くと「うーん」と、人様の枕まで抱えてゴロゴロし始める。

 加えて言えば、そろそろ涼しくなってきているし、もうちょっと考えた寝巻きにするべきだと思いたくなる格好だ。


(なんでこいつは、家だとこうも無防備なんだ? ガキすぎだろ)


「今、悪口思っただろ! まあ、別にどうでも良いけど、結局玲奈さんがモデルするって決断すれば解決なんじゃね?」


「そんな大事な事、簡単に決断できるわけないだろ」


「えっ? 私なら即決だけど。面白そうだし、チャンスじゃん」


 流石陽キャ。決断力も半端ない。

 

「けど、悠里は断ったんだろ?」


「うん。こういう話があったけど、受験があるから終わってから改めて話すって。けど、こういうのって勢いとかあるだろうから、まあ次の機会はないだろうけどなー」


「即決するとか言ってるくせに、残念そうじゃないんだな」


「だからこういうのって巡り合わせじゃん。私にはそれが無かったってだけだし、仕方ないっしょ」


「まあ、お前がそう考えてるんならそれで良いけど。問題は玲奈の方だよなー」


 そこまで話した時点で、妹様の強めの視線を感じる。

 じーっと見てくるのは、何か言いたいことがあるが言うべきか考えてる証拠だ。


「なんだよ?」


「いや、お兄ちゃんは玲奈さんにどう言ったの?」


「色々チャレンジしてみても良いと思うって。あとチャンスだとも」


「なんだ、ちゃんと言ってんじゃん」


 そう言ってベッドから跳ね起きると、「おやすみー」と言いつつ部屋から出て行った。




 そして眠って『夢』の向こう。

 意識が覚醒してくると、背中に暖かくそして柔らかいものが密着しているのを感じた。

 腕も俺の胴に半ば巻き付いていて、足も絡まってる。

 すごく心地良い。ずっとこのままでも良いかもと思えるほど、心地良い感触だ。

 ついでに言えば、首元あたりに規則正しく小さな空気の流れがある。


 ただ、オレが横を向いた状態で背中から抱き枕状態にされてるので、何もできない。

 時間は、ボクっ娘がまだ目覚めてないだけに夜明け前かと思ったけど、少し明るい感じがする。

 珍しくボクっ娘が寝過ごしたらしい。


「おーい、レナー。起きろー」


 心地いい感触を楽しんでいるわけにもいかないので、断腸の思いで声をかける。

 さらにはオレの体も少し揺する。

 そうするとボクっ娘の体が少し動き、両腕が首に絡みついてきた。しかも密着度が増す。


「寝ぼけてないで起きろ。ヴァイスが待ってるぞ」


「あと5分〜」


 半分寝言な感じの返答。


 しかしそこで、オレの意識はビクッと完全覚醒する。

 そう、ボクっ娘はこっちでずっと暮らしているので、時間単位は他の『ダブル』が絡まない限りこっち基準だ。

 「あと5分」などとは言わない。

 つまりこの体の中に入っているのは、現実世界のレナ、天沢玲奈だ。

 

「勘弁してくれよ。ハルカさんだけで手一杯なのに」


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