428 「スカウト?」
翌朝、朝目覚めても、当然のように現実世界では何事もなかった。
あるとするなら、向こうで起きた時だろう。
しかも現実世界の方では、大沢先輩が何か悪さをしているという事もなかった。
オレ達の事と『アナザー』サイト両方とも、SNSは沈静化している。精々、大沢先輩の株がさらに落ちた事が少し話題になってるくらいで、少なくとも学校のみんなは次の話題へと移っていた。
けど、問題は皆無では無かった。
それは登校時に、玲奈と駅で落ち合ってからだった。
「あ、あのねショウ君、大変なの」
玲奈が凄く深刻そうだ。
昨日の夜のボクっ娘の事で何かあったのだろうか。オレが寝ている隙に何かしたんじゃないだろうか、など妙な事に思考が及んでしまう。
けど「どうかしたのか?」という、なるべく平静を装ったオレの問いへの答えは予想外だった。
「昨日の夜、ショウ君と別れた後なんだけどね、メールでシズさんとトモエさんのモデル事務所から連絡があったの」
再び同じ言葉を繰り返すオレに、さらに玲奈が続ける。
「どうしよう。一度お話し出来ませんかって。電話でもメールでも、連絡を待ってますって。昨日は動転しちゃって、誰かに話せる気分にもなれなくて」
さっぱり話が見えないので、思わず首を傾げる。
すると玲奈も、自分の言葉が足りてない事に気付いてくれた。
「あ、あのね、事務所に所属しないかってお誘いが来たの。どうしよう!」
そこから登校ギリギリまで話を聞き続けたが、要するにシズさん達と行ったアミューズメントパークで撮った写真や動画が、シズさん達の会社の人の目に止まったという事だ。
けど、悠里は全然普通だったので、玲奈だけに話が行ってるんだろう。
「だいたい分かった。シズさんやトモエさんにも相談してみても良いかもだけど、オレは話くらい聞いてみても良いじゃないかって思うぞ」
「でも、私なんか……」
「その『なんか』ってのは良くないよ。それを直すつもりで、色々チャレンジしてみても良いと思うけどな。それにこれは、玲奈にとってチャンスだと思う」
「ち、チャンスかどうかはともかく、二人にも相談してみる。ゴメンね、朝から変な事言って」
そこでタイムリミットで、その後は放課後まで二人きりで話せる時間も作れなかったので、放課後部室に向かう時に少し話ができた。
「昼休みに二人にメッセージしたら、先に二人に話があって悠里ちゃんは中3の大事な時期だから半年先まで待って、私だけでもって推してくれたみたい」
「なるほど。けど、玲奈への連絡に二人が推した事は書いてなかったんだ」
「うん。それによく考えたら、事務所さんが私の連絡先知るわけないから、最初から二人に聞けばよかったんだよね」
「マジ動転してたんだな。けど、シズさん達も人が悪いな」
「二人とも、サプライズは結構好きだから。メッセージでも謝られた」
そう言って苦笑いする。
そういう事も言われたりしたんだろう。
「あー、なんか分かる」
「何が分かるんだ」
そこに、後ろから抱きついてくる野郎の腕がオレの首に絡まる。
「おう、久しぶりタクミ」
「久しぶりじゃないって。昨日はどうだった?」
「トモエさんは、大した競技出てなかったからなあ。なんか、他校の運動会見ても、大して面白くはないもんだな」
「なんかそれ分かる。でもショウは、ハーレムだったんだから、それだけで満足だろ」
「昼とか、シズさん目当てのトモエさんの友達も増えて、オレにとっては拷問だったよ」
「アハハ、分かる分かる。それで向こうは?」
「水曜に話す。どう話すか、まだ整理ついてないんだ」
「珍しいな。まあ、期待しないで待ってるよ」
「ああ、しなくて良いよ」
「連れないなあ」
そんな感じで部室へと至ったのだけど、オレを出迎えたのは全身で歓喜を表現している鈴木副部長だった。
扉を開けるなり、鈴木副部長がこちらをギロリって感じで見て来て、さらに突進、そして熱烈歓迎な感じでハグされた。
「やったぞ月待! ついにオレも『ダブル』だっ!」
「お、おめでとうございます! どこに出ましたか!」
なんだか運動部系のノリで、思わず抱きかえし&大声で聞き返す。
すると今度は、肩をがっしりと掴まれ顔がドアップになる。ハグも顔面ドアップも、やっぱり男は勘弁してほしい。
「月待の話してた通りだった! お前達が燃やしたっていう、魔の大樹海の大火事が遠望できたぞ! アレ、マジでお前らがやったんだな! いやーっ、凄かった!」
体をガクガクと揺すられるのも勘弁してほしい。
「じ、じゃあ、ノヴァの郊外、いや魔の大樹海の外縁に出現したんですか?」
「あ、ああ、周りは潅木とかだったから、魔の大樹海の外れだ」
「それで、今何してます?」
自分で手をほどき、何とか鈴木副部長から解放される。
鈴木副部長も、ようやく正気に戻ってくれた。
「あ、ああ、悪い。興奮しすぎてたな。運よく、夕方くらいだったかな? 樹海の偵察から帰投中のノヴァ空軍の人に発見されて、そのままノヴァトキオまで連れ帰ってもらった。今は、軍の保護施設ってやつで寝てるぞ」
「そりゃ運がいいですね。有名人でしたか?」
「拾ってくれたのは、名前の知らない人だ。だが凄いな、疾風の騎士は。月待の話がマジだって実感できたぞ。
あっ、有名人と言えば、飛行場で空軍元帥とは少し話をしたぞ。月待、いやショウとリアルで知り合いだって話したら、『おおっ、辺境伯と知り合いか。ならば、困った事があれば私に相談に来てくれ』って」
鈴木副部長の空軍元帥のモノマネに、好戦的な大柄でデブでハゲな、空軍元帥の姿が浮かんでくる。
「空軍元帥はお元気でしたか?」
「ああ。でもテンション高い人だな」
「多分、戦果を稼いできた直後だと思います。あの人、戦うのと戦果をあげるのが大好きっぽいですから。それより、先輩の方の向こうでの予定は?」
「周りの先輩『ダブル』に、まずは冒険者ギルドに行けと勧められた。強さを測ったり登録したり、色々する事があるって。まあ、月待が話していた通りだな」
「なるほど。オレみたいな変則じゃないんですね。順当にするのが一番だと思います。魔物との戦いとかで、メンタルがヘタれても損ですし」
「俺は早く戦ってみたいがな」
「前兆夢で三週間粘ったんなら、雑魚には楽勝ですよ」
「だと良いがな。で、そっちは?」
「今、どう話すか思案中です。水曜に話しますよ」
「おう。と言うか、これからは俺も話さないとダメだろうな。月待に話させてきたわけだし」
「じゃあ隔週交代とかで話しますか?」
オレの言葉に、鈴木副部長が腕組みをして考え込む。
考え込むほどの事だろうかと思うけど、オレが軽すぎるんだろう。
「今の所、俺がみんなに話せるほどの事は少ないんだよな。月待が大半話してる事をなぞるようなもんだし」
「順番は違いますが、そうなるでしょうね」
「だろ。今できるのって、ビギナーのチュートリアルと月待がしなかったノヴァトキオの観光レポートくらいだろ。だから、何かあれば俺も話すが、当面は月待が今まで通り頼めるか?」
「了解です。けど、このところ静かなんで、こっちもあんまり話題ないですけどね」
「先週の続きの『帝国』での悪魔討伐があるだろ?」
そう、あれはちょうど一週間前の事だ。
ハルカさんが倒れ事を思い出して少し気持ちが重くなったけど、取り敢えずその場は誤魔化して、その日は乗り切った。
一方玲奈の方は、放課後から合間を見て、常磐姉妹とメールやメッセージを何度もやり取りしていたみたいだ。
しかし玲奈の顔は晴れず、考え込んだままだった。
だから帰宅中もあまり会話にはならず仕舞いで、オレが話しかけても「うん」「そう」とか生返事しか返ってこなかった。
そして夜。
なんだか、久しぶりに悠里がオレの部屋に来ている。そしてなんだか見慣れた感じで、人様のベッドの上でゴロゴロしている。
「なんだ、お互いなんもなしかー」
「無い方が全然良いだろ。変な期待すんなよ」
「まあね。それに今はレナと玲奈さんがお互いの状態を見てるんなら、変な事もないだろうし、むしろ安心だよな」
「不安定な事は安心材料じゃないけどな」
「けど、せいぜい入れ替わるだけなんだろ?」
「多分。けど、体が二つあるとは言え二重人格なんだから、最悪『夢』の方のレナが消える可能性はゼロじゃないんだぞ」
「えっ? マジで? 別人になったんじゃあ?」
「なってないから、互いの状態が見えるように戻ったんだろ。多分、本体というか大元になるこっちの玲奈の精神が、色々影響してるんだろうな」
「じゃあ、玲奈さんの心が安定すれば安心って事?」
「だと思う」
それを聞くと「うーん」と、人様の枕まで抱えてゴロゴロし始める。
加えて言えば、そろそろ涼しくなってきているし、もうちょっと考えた寝巻きにするべきだと思いたくなる格好だ。
(なんでこいつは、家だとこうも無防備なんだ? ガキすぎだろ)
「今、悪口思っただろ! まあ、別にどうでも良いけど、結局玲奈さんがモデルするって決断すれば解決なんじゃね?」
「そんな大事な事、簡単に決断できるわけないだろ」
「えっ? 私なら即決だけど。面白そうだし、チャンスじゃん」
流石陽キャ。決断力も半端ない。
「けど、悠里は断ったんだろ?」
「うん。こういう話があったけど、受験があるから終わってから改めて話すって。けど、こういうのって勢いとかあるだろうから、まあ次の機会はないだろうけどなー」
「即決するとか言ってるくせに、残念そうじゃないんだな」
「だからこういうのって巡り合わせじゃん。私にはそれが無かったってだけだし、仕方ないっしょ」
「まあ、お前がそう考えてるんならそれで良いけど。問題は玲奈の方だよなー」
そこまで話した時点で、妹様の強めの視線を感じる。
じーっと見てくるのは、何か言いたいことがあるが言うべきか考えてる証拠だ。
「なんだよ?」
「いや、お兄ちゃんは玲奈さんにどう言ったの?」
「色々チャレンジしてみても良いと思うって。あとチャンスだとも」
「なんだ、ちゃんと言ってんじゃん」
そう言ってベッドから跳ね起きると、「おやすみー」と言いつつ部屋から出て行った。
そして眠って『夢』の向こう。
意識が覚醒してくると、背中に暖かくそして柔らかいものが密着しているのを感じた。
腕も俺の胴に半ば巻き付いていて、足も絡まってる。
すごく心地良い。ずっとこのままでも良いかもと思えるほど、心地良い感触だ。
ついでに言えば、首元あたりに規則正しく小さな空気の流れがある。
ただ、オレが横を向いた状態で背中から抱き枕状態にされてるので、何もできない。
時間は、ボクっ娘がまだ目覚めてないだけに夜明け前かと思ったけど、少し明るい感じがする。
珍しくボクっ娘が寝過ごしたらしい。
「おーい、レナー。起きろー」
心地いい感触を楽しんでいるわけにもいかないので、断腸の思いで声をかける。
さらにはオレの体も少し揺する。
そうするとボクっ娘の体が少し動き、両腕が首に絡みついてきた。しかも密着度が増す。
「寝ぼけてないで起きろ。ヴァイスが待ってるぞ」
「あと5分〜」
半分寝言な感じの返答。
しかしそこで、オレの意識はビクッと完全覚醒する。
そう、ボクっ娘はこっちでずっと暮らしているので、時間単位は他の『ダブル』が絡まない限りこっち基準だ。
「あと5分」などとは言わない。
つまりこの体の中に入っているのは、現実世界のレナ、天沢玲奈だ。
「勘弁してくれよ。ハルカさんだけで手一杯なのに」





