423 「次の一歩に向けて(2)」
「エルブルスがどうかしましたか?」
「いや、世界竜を見知っている者など初めてであるし、世界竜とは実際にどんなものかと思ってな。
いや、何、いずれ神々の塔を目指したり、邪神大陸へ向かう事になった折、邪神大陸の大陸の世界竜がどう言うものか、何か知っていれば参考になるかと思っただけだ」
「エルブルスは温厚で穏やかな性格ですよ、殿下」
悠里が如才なく笑顔付きで答える。
こう言うところは、上っ面だけ優等生だ。
「あと、甘いもの好きらしいです」
「何と、それは親しみの湧く話だな。で、他の世界竜については?」
「それなら」とボクっ娘が小さく挙手する。
それに殿下が頷く。
「ボクは、半年ほど前にアコンカグアに出くわしたけど、見た目はともかく怖くはなかったよ」
「魔龍大陸のか!? それで?」
「向こうから興味本位で飛んできて、どこ行くのかって聞かれただけ。魔龍大陸は人がいないから、珍しかったみたい」
「なるほどなるほど。確かに、我が国も魔龍大陸には近年赴いた記録もない。いや、良い話を聞いた。これだけでも、何か対価を払わせていただこう」
「構いませんよ。4つも結晶をいただけましたし」
「それでも、我が国が受けた恩に比べれば安すぎる。貴殿らの望む、『帝国』の邪神大陸行きについても精力的に話を進めるので、少しばかり時間をくれぬか?」
「ありがとうございます。けど、オレ達最長でも1ヶ月以内に邪神大陸の目的地にいないといけないので、勝手に向かった時は気になさらないで下さい」
「そう、それだ。巡礼にしても、ルカ殿を治癒してからだろう。そこまで急ぐ理由は那辺にある?」
そう、マーレス殿下には、ハルカさんが眠り姫、昏睡状態なのは伏せてある。単に神殿で長期治療中とだけしか、殿下は知らないのだ。
と言うより、聖女様とゼノビアさんくらいしか、オレ達以外に真実は知らないので、ここで話すわけにもいかない。
そして、こういう場合を見越していたシズさんが口を開く。
「マーレス殿下、我らには果たすべき使命があるです。しかしそれはルカ様が神々と交わした契約にて、話せぬ事は平にご容赦願いたい」
「そうであったか。いや、つまらぬ事をお聞きした。忘れられよ。それと、神々との契約が成就する事を、このマーレスが心よりお祈り申し上げていると、お伝え頂きたい」
「必ず」
こういう時は、こちらに神官が居て相手がこちらの人だと都合が良いけど、罪悪感に近いものも同時に感じてしまう。
その後も、多少砕けた感じで話は続いたけど、看病があると言う事で夜も早めにマーレス殿下の屋敷を辞退した。
なお送り迎えは、マーレス殿下が差し向けた馬車に乗った上に、複数の騎士の護衛付きと言う仰々しさだった。
賓客に対するもてなしの一環ではあるけど、何となく聞いてみると、まだ内部のゴタゴタが片付いてないので万が一を警戒しての事だった。
そして、できる限り大神殿から出ないようにとも忠告も受けた。
中を神殿騎士団と腕利きの神官、外を『帝国』の兵士が厳重に警護する聖女の大神殿は、『帝都』でも屈指の防備だし、何より『帝国』の上流階層からも権威や迷信などなどで守られているからだ。
「明日の夜明け前には出ちゃうのか。寂しくなるね」
夕食後、トモエさんが心底と言った感じでため息をつく。
「どうせ明日は、向こうで会うじゃないですか」
「運動会かー、良いなー。みんな見に行くの?」
「そうだよ。てか、今のレナは向こうの玲奈さん介して見てるんなら、行くようなもんじゃん」
「いや、あれは何も出来ないから、両方に知り合いがいると結構凹むよ」
「そうなのか? じゃあ、今これを見てる玲奈も同じかな?」
「どうだろう。それよりもう一人の天沢さんは、まだ不安定みたいだよ。気遣ってあげてね」
「それはもちろん。けど、大沢先輩の事は解決したと思うんだけどなあ」
「何、何の話? 恋バナ?」
トモエさんが、オレの何となくな言葉に即座に食いついてきた。
それをシズさんが目線でたしなめるが、ボクっ娘は案外普通な反応だ。
「可愛くなったもう一人の天沢さんに悪い虫が飛んできて、それをショウ達が追い払ったって話。それよりも、トモエさんとシズさん絡みの方で悩んでるんだ」
「私?」
「遊園地の件か?」
「うん、そう。あれ以来、周りから見られているのが、ちょっとシンドイっぽいんだよね。ホラ、二人と違って見られ慣れてないから」
「そうなんだ。私平気。て言うか、むしろ嬉しかった。何たって、シズトモと仲良しって思われるんだし」
「嬉しい事言ってくれるね。あ、そうだ、頼まれてたお友達へのサイン、明日渡すね」
「あ、はい、ありがとうございます!」
(うーむ。これが隠キャと陽キャの決定的な違いと言うやつか)
玲奈と妹様の反応の違いに、思わず腕を組んで悩んでしまう。
玲奈の方はどうしたもんだか。
そこにボクっ娘の顔が、ドアップでフレームインしてくる。
「ねーっ、今はハルカさんの事考えてね」
「話振ったのそっちだろ。けど、しばらくオレ、向こうでの連絡役以外に何も出来る事ないぞ」
「まあそうなんだけど。って、眠っているとは言え、しばらく離れ離れなのに薄情じゃない?」
「そりゃ、みんなの事信頼してるからに決まってるだろ」
そう言うと、なぜか全員からの視線が集まる。
「キッパリそう言えるって、凄いよね。私も?」
「はい。追われてた時でも、もう知り合ってましたし、シズさんの妹さんですし、ってのは理屈っぽいですけど」
「お兄ちゃんって、結構信頼って言葉使うよな」
「そりゃそうだろ。大前提だ。それに、ハルカさんに教えてもらった事だしな」
「何だ、結局惚気ちゃうんだ」
「まあ、その方がショウらしいな」
なぜかオチがついてしまった。
けど、みんなの雰囲気も信頼し合ってるって感じだし、オレはこういう雰囲気は好きだ。
そしてハルカさんの今までの信頼に応えるためにも、出来る事を出来る限りやろうと決意も新たに出来た。





