416 「事故の詳細(1)」
『帝国』による、邪神大陸から浮遊大陸に入り込んでいる強力な魔物の調査は、意外に難航していた。
オレ達の濡れ衣が晴れた日には、明日にでも見つかると『帝国』のゴード将軍も考えていたみたいだけど、見つかったのは雑魚と囮の拠点だった。
魔物なのに、かなり知恵が回るらしい。
そもそも魔物は、自前の文明を持たない。悪魔くらいにならいと人と同じくらいの文明、文化を理解できる能力を持たない。
だからこそ、今回も簡単に見つかると考えられていた。
実際、漁夫の利を得ようとオレ達と『帝国』の追跡隊を遠巻きに監視していた連中は、潜伏というには杜撰だった。
神殿騎士団が魔物のエキスパート集団という事を差し引いても、魔物とはそう言った連中だ。
魔力に任せて害をなしてくる、人に仇なす存在。
そしてその程度だからこそ、致命的な脅威にはならない。
けど邪神大陸は、長らく人の手が介在していない場所だ。
だから強大な魔物、悪鬼つまり悪魔も多数存在していて、かなりの知恵と知識を有すると見られてはいる。
人が作り出した文明の文物も使いこなす。
この辺りは、ノヴァトキオの北方に広がる魔の大樹海の悪魔と似た感じだ。
けれども、今の状況を見るに、さらに巧妙で狡猾だと考えるべきなのだろう。
そして数日間、予想外に空費させられたけど、オレ達としては少し助かった。
ハルカさんが、濡れ衣が晴れた翌日に、また丸一日眠り続けたからだ。
「また、現実の病院で寝たきりの自分を見てる夢を見たわ」
「聖女二グラス様に治してもらったのに、どうしてだろうね。あ、ボクらは相変わらずね。互いの事は、100パーセントストーキング出来てるよ」
「五感共有は、ストーキングとは言わんだろう。それより今はハルカの方だな。この世界の全ての治癒を知るキューブが治しても残る現象だ。長い睡眠は、やはり現実世界での何かのシグナルと考えて間違いないだろう」
苦笑から真面目になるシズさんの言葉に、ハルカさんが軽く眉をひそめる。
「シズは私が意識不明だって説を推すわけね」
「ただ今回は推論は少ない。トモエ」
「ハーイ。ハルカが寝ている間の2日間、向こうで色々と調べてきましたー!」
シズさんの言葉を受けて、食事中の椅子から立ち上がり、ピシッと敬礼を決める。
そして最初は茶目っ気のある表情だったけど、ハルカさんに向ける時には真剣な表情に変化していた。
「ハルカ、やっぱりあの時死んだのは別の人。少なくとも、事故の時点でハルカは死んでないと思うよ」
「誰に聞いたの?」
「学校の記録と、学校で聞けるだけほぼ全員。事故の当事者の同級生、各担任、所属してたクラブの顧問と部員。あと、関係者の一部家族。でも、山科家の連絡は取れず。現在、学校というか当時の担任とかと交渉中。先輩の中にも1人、知ってるっぽい人もいた。
それと事故の死者は1人、重態2人。死んだ子は、連休明けすぐに除籍退学扱いになってた」
「凄い行動力ですね」
「トモエはエンジンがかかるといつもこうだよ」
悠里の心底感心した声にシズさんが苦笑する。
一方でハルカさんの表情は相当深刻だ。
「その、死んだ子は」
すぐにトモエさんが、死者とハルカさん以外の重態と思われる人の名前を挙げる。
そしてさらに続けた。
「重症だったもう一人の子、私にとっては今も先輩だけど、去年の二学期から学校にも復帰。もう一人の子も元気。けど事故の後は、どっちも誰がどうなったかは何も知らなかった。
当時は凄く心配してたけど、何も分からなかったって。
あ、一応だけど、私がハルカに良くしてもらった後輩って設定にしてあるけど、問題なかった?」
「それは全然。それより、色々ありがとう。うちは普段は家政婦さんが家事と料理する時以外は私しかいなかったから、教えてもらえたとしても電話は留守電しか出ないと思うわ。体面があるから、あの家を引き払ったりはしてないとは思うけど、今は半ば空き家状態じゃないかしら。
それに一緒に旅行に行った二人に家の住所教えてないし、私のスマホにつながらない時点で、私の家とは連絡の取りようがないわね」
「だと思って、先生にハルカからの預かり物を今更だけど返したいって当時の担任に相談中。一応、無下には断られなかったよ」
そこでウインク&サムズアップ。
本当に行動力のある人だ。
「それで交渉中か。まあ、第一関門クリアってところだな」
「まだするの?」
「当たり前だろ。事故の時点でだが、意識不明の可能性は高まったんだからな。どうなるかはさっぱり分からないが、復活手段、方法に対しての不確定要素は減らしておかないとダメだろ」
ハルカさんは及び腰というかもう触れて欲しくない的な感じだけど、常磐姉妹はやる気満々だ。
「分かったわ。とは言え、お願いしか出来ないのが歯がゆいわね」
「そんな事ないよ。家の住所も教えてもらったから、一応外からはチェックしておいた。ハルカの言う通り、ピンポンしても誰も出ずで、防犯灯以外の灯りはついてなかったけどね」
「そうだったのね。それで次は病院探し?」
「そうなるから、山科家と連絡つけないとね。あ、今度の日曜はうちで体育祭だから、ショウとユーリちゃん、それに向こうのレナにも来てもらって、外部の友達って線で聞き込み進める予定」
「そっか、もうそんな季節なのね。トモエは何に出るの?」
なんとなくといった感じのハルカさんの言葉は、自身の生存に関して興味なさげだ。
一時期意識不明だったとしても、流石にダメだと思っているんだろう。
今までの言葉の節々にも今更何をと言う雰囲気を強く感じる。
「当日お仕事の可能性もあるから、休んでもいい玉入れだけ」
「それだけの運動神経で、勿体ない限りだがな」
「そんなにスポーツできるの?」
ハルカさんは意外に関心高いみたいだ。
ただ恐らく、会話を進路変更しようとしているのだろう。
一瞬オレを見たボクっ娘も、同じ事を察していた。
「トモエさんは、子供の頃から文武両道オーバースペックって感じだよね」
「一応体はトレーニングしてるよ。ま、お仕事用のスタイル維持が目的だけど」
「モデルだとやっぱりそう言うのも必要なんですね」
「そうだよ。シズでもしてるしね」
「でもはないだろ。と言っても、私は家の中で一番インドア派だからな」
「お兄さんは?」
ハルカさんのさらなる誘導に、シズさんが少しニヤリと笑う。トモエさんもボクっ娘も似たような表情だ。
そう言えば、ゴツいSUVを持つアウトドア大好き人間としか知らない。
けど遠目で見た常磐家の父親の姿から、背が高くて体格はゴツいのだろうと推測はつく。





