415 「待ち伏せ(2)」
咄嗟に相手の右拳を左手で払う。
するとそこに、別の一人がまずはオレを抑え込もうとしてきたので、その手をとってくるっと捻り返す。
向こうで覚えた相手を拘束する初歩的な技だけど、こっちでも普通に出来てしまった。
けど今は自分のことで驚いている場合ではなく、そのままそいつを「盾」にする。
痛いとか言ってるけど、手を出したのは向こうで完全な正当防衛だ。
「止めてもらえませんか? 本当に大声出しますよ」
「そ、それにこの動画、ね、ネットにアップしますよ!」
後ろから玲奈の援護射撃だ。
思った以上の事をしてくれたけど、大沢先輩の顔はより一層歪んでしまった。
「盾」がなければ、無茶苦茶に襲いかかってきたかもしれない程の怒気だ。
一触即発はもう超えているので、そろそろ第三者に来て欲しいところだ。
階段の上下方向からは、ざわつきも聞こえている。
そしてそこに聞き慣れた声が響く。
「あっ、逆恨みの大沢先輩だ!」
わざとらしいタクミの声。
上から聞こえてきたけど、そこに複数人の声が加わる。中には同じ文芸部員も加わってる。
そして次々に人が集まって来る。
月曜日は文化部でも活動しているところが多い上に、まだ放課後でも早い時間なので、人の集まりが多い。
そもそも音が響きやすい階段で待ち伏せした時点で、大沢先輩とその取り巻きは大失敗をしている。
ここで事を起こすなら、せめて誰もいない遅い時間にするべきだ。
しかも下からも援軍がやって来た。
「大沢、久しぶりだな。俺の後輩に何の用だ?」
スッゲードスの効いた、今まで聞いた事ないような鈴木副部長の声だ。
しかも妙なオーラすら見えそうなほどの迫力がある。
ぶっちゃけ、地下水路の時の三剣士カーンより怖い。
「す、鈴木か。久しぶりだな」
「久しぶりじゃないっての。俺が文芸部って知ってて、ネット上で妙な事してきただろ。ネタは上がってんだぞ!」
「い、いや、それは知らない! マジだ。お前が居ると知ってたらマジしてない!」
「そうか。した事は認めるんだな。じゃあ、後輩を解放してやってくれ。あと、二度と手を出すな。文芸部にも後輩にもな」
「わ、分かった。悪かった」
そう言うや、大沢先輩は早々に引き揚げて行った。
いや、情けなく逃げて行った。
取り巻きは置いてけぼりを食らった感じで、オレも手を捻っていた先輩をすぐ解放する。
そして全員が、すぐにもその場を後にする。
何だろう、この鈴木副部長の圧の強さは。
「鈴木先輩。大沢先輩とは、直に知り合いだったんですか?」
「中学のとき喧嘩になって、心を折る気でボコボコにした事がある。直接会うのはそれ以来だな。でもさあ俺、空手してるから、先生、師匠、親とか全部に言葉でフルボッコにされたんだよな。師匠の言う通り、空手の技は使ってないのに酷い話だろ」
部室で聞くと、鈴木副部長がそう言っておどける。
部室では体育会系な態度以外は大人しいけど、怒らせてはいけないタイプの人らしい。
「でも、何でこのタイミングであそこで襲ったんだろうな。全部ダメダメな状況だろ」
追い討ちの言葉をかけたタクミが、なってないなあーと小馬鹿にする仕草だ。
「オレもそう思う。せめて人気のない時にしないとなあ。追い詰められてたのかな?」
「そんなところだろうな。でもさ、顔見知りの鈴木副部長が文芸部って知らないって事は、こっちの事全然調べてなかったんだな」
「みたいだな。それより二人とも良く頑張った。それに月待は、やっぱ向こうで覚えた技使っただろ。すげーキレの良さだったぜ」
そう言って、鈴木副部長がオレの肩を軽く叩く。
大沢先輩襲来で心が萎縮していた玲奈も、少し無理しながらだけど笑みを浮かべる。
「撮った動画も、ショウ君の動きブレてるよ」
「手を捻りあげたのって、やっぱそうなんだ。あっという間に極めてるから、ちょっと驚いたよ」
「二人とも見てないで、もっと早く助けて下さいよ」
「必要ならとは思ってたけど、いらなかったじゃないか。俺も月待くらい強くなれるのかなあ?」
その言葉と共に、鈴木副部長の顔にしまったという表情が一瞬現れる。
(あ、ボロが出た)
つられてオレも思ってしまう。
そしてそれを見逃すタクミじゃない。
目が合うといい笑顔を返してきた。
「鈴木先輩、何かボク、いやボク達に話すことがあるみたいですね?」
「拒否権あり?」
「なしです」
鈴木副部長の困り顔に対して、タクミのいい笑顔が強まった。
ここはオレも、勝算の高い側に付くべきだろう。
「オレの時も無かったですからね」
「て言うか、ショウは鈴木先輩から、もう何か聞いてるんだな」
「相談された」
「じゃあ、確定ですね」
そしてそこからは、鈴木副部長が前兆夢を見始めたことが、カミングアウトされた。
当然、文芸部内が騒然としたけど、ある意味オレの時より反応が大きかった。
なぜなら、『夢』を見る者の側にいれば『夢』を見やすくなる、と言う体現者が遂に現れたからだ。
少なくとも、その信憑性が高まったとみんな考えたのだ。
そして聞いてみると、鈴木副部長の前兆夢はかなり進展していた。
もうすぐ2週間が過ぎる頃だけど、やはり強制召喚の為の早めのスケジュールっぽい。
しかし、まだ周りの風景が曖昧なので、場所の特定は無理だった。
「と言うわけで、周囲の景色、特にどんな草木が生えてるかは、なるべく正確に確認して下さい。オレは今『帝国』だから迎えに行けないと思いますけど、情報をネットにあげればノヴァの辺りなら、拾ってもらいやすい筈です」
「おう。的確な情報感謝だ」
周りでは「これで我が部に2人か。期待がさらに高まるな」などと、ギャラリーが言っている。
しかしこの場には実は3人いて、さらに一時的にはタクミもいたし、さらにリョウさんもいる。そしてそのリョウさんも、水曜日の外での『アナザー』講演会に来る予定だ。
この調子でいけば、どんどん内輪で増えていくんじゃないかと、心配すらしてしまいそうだ。
「はあ、俺もカミングアウトか」
「すいません。オレ達のせいですよね」
「いや、違うぞ。俺の性格だと、いずれバレていたと思う。むしろ今までよく保った方だ。月待にも部活とかで極力話さないようにしてたんだが、時間の問題だっただろうな」
なるほど、電話かメッセージ以外でオレに前兆夢のネタを振って来なかったのは、簡単に自爆すると自分で分かっていたからだ。
そしてそんな話をしながら、今日は駅までは鈴木副部長と一緒だ。タクミもいる。
あんな事があったので、二人とも玲奈のナイト役を買って出てくれたのだ。
まあ、オレが頼りないからだけど、頼りになるし有難い限りだ。
そうして二人とも駅で別れて、今日はオレの強いプッシュで玲奈の家までエスコートする事になった。
「き、今日は大変だったね」
「まじ、大沢先輩って恨み深い人だよな。そんな事より、メンタルとか大丈夫か?」
「う、うん。思ったより平気。でも、部活の外への移動とか、やっぱり私が悪目立ちしたせいだよね」
「そんな事ないって。悪いの、あいつだし」
「で、でも、今日も私、色んな所でみんなからチラチラ見られてた」
「それは単にトモエさんがバズった影響なだけだろ。当人じゃないから、すぐに沈静化するって」
「だといいんだけど。でも、そういう騒ぎを見て、大沢先輩がああ言う行動に出たのかもって、ないかな?」
「ないだろ。むしろ、奴が告ってきたのが先で良かったんじゃないか。あれのおかげで、他の男子が玲奈に告ったり近寄ったり出来なくなったし。そう思えば、塞翁が馬って奴だな」
「そうだといいね」
オレの軽口程度では、やはり完全には不安は消えないみたいだ。
これを見ているであろうボクっ娘の方に、今晩にでもアドバイスがないか聞いておかないと、と玲奈の顔を見ながら思った。





