401 「逃避行中の身の上話(2)」
なお今の場所は、既に『帝都』郊外から10キロは離れている。百万都市の『帝都』と言えど、ここまで来れば人気もない。と言うか、『帝都』を見下ろせる山の中だ。
水から出たのが帝宮の北の外れだったので、さらに北に進んだことになる。
「あそこに、みんながいるんですか?」
言葉に少し期待を込める。みんなというのは、当然だけどハルカさん達だ。
けど、こっちを見たトモエさんは、悪戯っぽい表情を浮かべる。
「なんと私と二人きり。思う存分エロい事もできるよ」
「その隙に襲われたり囲まれたら、目も当てられないでしょう」
どうせ冗談に決まっているので、うんざりげに返しておく。
するとトモエさんが小さく笑う。
「確かにそれは間抜けすぎるね。とは言え、強制睡眠対策で寝ないわけにもいかないから、3時間ずつ交代で一晩過ごしたら、夜明け前に出発って感じね」
「了解です。ハル、じゃなくてシズさん達とは、どこかで合流出来るんですよね」
「その予定。取り敢えず、寝てる間にシズとは情報交換しとくから」
「じゃあそっちはお願いします。オレは悠里から聞いときます。ところで、こっちのオレ達の事って、シズさんからどれくらい聞いてるんですか?」
「人数構成と職業くらい? 逆に私の事は?」
「ほぼ何も。シズさんからは向こうで話すって聞いて、そのまんま何もなしです」
「急だったのもあるけど、私も似たようなもん。シズって、こっちの事を話したがらないところがあるから」
「そうなんですね」
(じゃあオレは、初対面の時は輪をかけてダメな行動をとったんだ)
思わず冷や汗が出る。
それをトモエさんが見て笑みを浮かべる。
「ショウ君は、シズにとって結構特別だよ。あの話ぶりからするとね。あと、私にとってもね」
「? どうして」
「シズを助けてくれたでしょ。私もその為にこっちに来たんだけど、あの時色々あって無理だったから。
ああ、ここまで言っちゃったから、言っちゃうね。シズを助けてくれて、本当に有難う。なんでもお礼するから言ってね。愛人にでもセフレにでもなるよ!」
そう言って、トモエさんが立ち止まると深々と頭を下げる。
言葉とは違って、冗談とか悪戯っぽいとかの雰囲気は全然ない。
(けど言葉の最後は、頭下げて言うセリフじゃないよな)
それにオレには言うべきことがある。
「それは謹んでお断りします。て言うか、シズさんを助けに?」
「そう。シズが病院に担ぎ込まれた時に話聞いてね、って話すと長いから、取り敢えず小屋入ろう」
足早に進んでいたので、確かにトモエさんが頭を下げた場所は、既に今夜の本当の寝床の目の前だった。
中に入ると、毛布などある程度準備されていた。
「焚き火はなしね。あとは、保存食が少しあるから、干し肉くらい齧っとく?」
「じゃあ、夜のお供に少しだけ」
そう言って、差し出された干し肉が入った小袋の一つを受け取る。
部屋は締め切ってあるので外に光が漏れないので、トモエさんが魔法でつけた明かりが小さく点いている。
そして干し肉を齧っていると、トモエさんがオレをじーっと見つめてくる。
「何か?」
「いや、私から色々聞きたいんじゃあないかなって。こういう状況だと、私の、なんだっけ? 自分語りのタイミングってやつでしょ?」
「オレはお返しに話せるほどの事ないですよ」
「またまた、シズを助けてくれただけでも凄いよ。ホント。私には出来なかったからね」
「オレもシズさんと話して救われたようなもんですけどね」
そう言って、二人して苦笑する。
トモエさんでも苦笑することがあるのが少し新鮮だ。
「らしいね。シズさあ、春先にこっちで死んだ時、病院に担ぎ込まれたんだよね。何事かって駆けつけたら、最初は何も話してくれないし。シズって、あんまり弱みを見せないんだよね」
「もう、その頃は一人暮らしを?」
「そう。仕事が結構忙しかったから、あっちの方が都心が近くて仕事も学校も便利だからね。でもさあ、流石にシズが心配だから、しばらくは家に戻ってたんだ」
「それでも話してもらえなかった?」
「うん。最初はね。で、しつこくしつこく聞いたら、やっとゲロッた。とは言え、途方にくれたわー。『夢』の向こうの事なんて、どうしろって話だよね。テストの満点なら楽勝なのに」
「俺にはそっちの方が無理ゲーです」
「アハハ、満点なんて簡単だって。って、話逸れてる逸れてる。でね、せめてシズの支えになれればって、一緒に寝たりお風呂入ったりしているうちに、前兆の夢を見るようになったのよ。凄いよね私も」
「何時くらいの事ですか?」
「前兆の夢が3月で、こっち来たのは4月。で、すぐにその事をシズに話したんだけど、せっかく『夢』を見るようになったんだから、気楽に楽しめってさ。そんなの出来るわけないのにね」
「で、すぐに助けに?」
「うん、一回行った。そしたらシズのいる街に近寄ることすら出来なくて、これは修行して仲間集めるしかないって、一番効率のいい邪神大陸へ修行の旅にレッツゴー!」
(レッツゴーすぎだろ。思い切りがいい人だなあ)
人の事は言えない気もするが、流石に苦笑だ。
しかし仲間という点では引っかかる事がある。
「仲間なら、レナは?」
「私、まだこっちの玲奈とは会った事ないんだ。てか、シズってば、私と玲奈に無茶させない為に、どっちにもこっちに居る事教えてくれなかったんだよ。酷くない?」
「じゃあ、トモエさんは向こうの玲奈の前で、『夢』での話はしなかった、と」
「シズからも言われてたし、ネットでも少し調べたけど、話すものじゃないでしょ。普通信じてもらえないし」
「まあ、確かに」
「そういう意味では、ショウ君は凄すぎ。私には絶対無理」
「アハハハ」
シズさんに突撃した事は聞いてたらしい。
これには乾いた笑いしか出てこない。
ならば方向転換だ。
「それで、オレ達がシズさんを助けに動いた事は?」
「流石にシズから連絡があった。でも、その頃私、邪神大陸で抜け出せないゴタゴタに関わってて、身動きできなかったんだ。
しかも私を待ってもらってたら、こっちのシズが『帝国』の兵隊に倒されちゃうかも、でしょ。
だからシズも、ショウ君達に私の事を迂闊に言えずじまい」
「なるほど。そりゃそうですね」
「でしょ。それで7月の半ばに、ショウ君達のおかげで無事に亡霊から解放されるどころか復活したとか、ちょー嬉しそうに電話してきてさあ。なんだよそれって、て流石に突っ込んだね」
「……すいません。空気読まず先を越したみたいで」
思わず右手を頭の後ろに当てて謝ってしまう。
これじゃあ、オレが横から割り込んだのも同じだ。
しかしトモエさんの違う意味で目は真剣だった
「謝らないでよ。私には感謝しかないから。マジな話、すっごく感動して、もう何でもあげちゃいたいくらい。こっちで会うのも楽しみにしてたんだよ」
(こんな凡人じゃあ、さぞガックリだろう)
「シズさんには家庭教師してもらったり、色々と面倒見てもらってるんで、お礼とかいいですよ。むしろ、さっきも言ったように、オレもシズさんに助けられましたし」
「それはシズの分でしょ。私の分は別。何がいい? ああ、けどこっちにも彼女さんいるんだよね。とりあえず、あげられそうな物もないから、愛人って事で良い?」
「良くないです」
「エーッなんで?! 私、結構可愛いでしょう?」
「結構どころか、凄く綺麗ですよ。でも、そういう問題じゃないでしょう。それに御礼なら、今日助けてもらいましたよ」
「いやいや、これは御礼の為にしたんじゃないから、私的にはノーカン。まあ、考えといて。私としては、愛人でも妾でもセフレでもいいから」
「なんでそうなるんですか? それよりも、聞きたい事があるんですが」
「何? なんでも聞いて」
なんだか話したい事を話し切ったらしく、トモエさんの雰囲気が少し変わった気がする。
シズさんの事は、トモエさん的にも重い問題だったんだろう。
「突然現れて、オレ、いやオレ達を助けたのは?」
「ああ、それね。私ら的には、利害の一致。私、邪神大陸にあるとある勢力とか集団に関わってて、そこの人達的には『帝国」には邪神大陸でハッスルして欲しくないわけ」
「邪神大陸にも人が住んでるんですか?」
「まあね。で、8月くらいから、私は『帝国』内で色々暗躍してたんだけど、そこで穏健派って人達と協力関係を結んだわけ」
「じゃあ、襲ってきたのは急進派、しかも邪神大陸進出派で、助けてくれたのが穏健派なんですね」
「ウンウン、正解。ショウ君達も知ってるゴード将軍も穏健派ね。あと、シズからショウ君達と『帝国』の関わりと、キューブの事は聞いてるから」
「だいたい分かりました。じゃあ、そろそろ順に寝ましょうか。どっちが先に寝ます?」
「ショウ君先に寝て。今日は疲れたでしょ」
「そうですね、二回も強キャラ相手でしたから。精神的にかなり堪えました。それじゃあ、お言葉に甘えて」
「うん、おやすみ。あ、添い寝しようか?」
「それじゃかえって眠れませんよ。それじゃあ、お休みなさい」
「うん、おやすみー」
本当に慌ただしい一日だったが、マジ疲れていたからすぐに意識が遠のいていくのが分かった。





