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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第五部 『帝国』編

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395 「御前闘技会(2)」

 そして鐘半分の時間を置いて仕切り直しとなった。


(あー、これマジやばい奴だ)


 再び闘技場の真ん中に出て思ったのはそれだった。

 目の前には、軽装の鎧に剣とバックラーという小型の丸盾を持った、いかにもな感じの剣闘士。

 鎧は魔法金属らしいけど、かなり軽装。服どころか肌の露出すら多い。兜だけは丈夫そうだ。

 しかも全身筋肉で無表情ながら太々しい面構え。目は一見腐った魚のようだけど、瞳の奥に暗い炎って感じだ。

 勿論、オレがそうイメージしただけだけど。


 けど間違いなく、プロ中のプロな剣闘士って奴だ。

 野次馬の声にも「最強」や「チャンピオン」と言う意味の声援やヤジが沢山聞こえてくる。

 それに見間違いじゃなければ、オレより前の戦いで何人か倒してた強い奴だ。

 人同士の殺し合いに興味が無かったからまともに見てなかったけど、この動きと雰囲気は間違いない。

 確か1対3くらいでも、楽勝してた筈だ。


 そんな事以上に、ごく小さな動きや佇まいが尋常じゃない。オレが見た事ある人の中で、アクセルさんかそれ以上に危険だと、オレのこの体の本能とかが訴えかけてきている気がする。

 一瞬マーレス殿下の方を見ると、苦虫を噛み潰したような、という表情と、オレへの一瞬の謝罪。そして最後に、お前なら勝てるというこの世界風のゼスチャー。


(うわっ、ノリ軽すぎだろ)


 脱力しそうになるが、今更交代とか有りえないので、気を取り直して前を見る。


(剣闘士とかプロの人っぽいから、金でも積まれたのかなあ。ガチで第三皇子の陣営の人だったら気分的に楽なのに)


 と思った事が口に出た。


「一つ聞きたい」


「……」


 華麗にスルーされた。

 しかも睨みつけてきた。

 だが引かぬ。


「第三皇子の手の者か?」


「……ペッ!」


 今度は痰を吐き捨てた。

 足元。けど、オレの足元に向けて。

 どう解釈するべきか少し悩むところなので、再度確認だ。


「オレを倒せば、金も名誉も思いのままとか言われたのか? だったら残念だけど、オレには使命があるから、金を積まれた程度の奴に負けるわけにはいかないんだ」


「クソ神殿の犬め、吠えるな」


「なんだよ、そっちはクソな第三皇子の犬だろ」


 黙って睨まれた。

 どうやら金を積まれたのではなく、第三皇子配下や傘下らしい。マーレス殿下が気づいてなかっただけで、配下だったんだろう。

 それとも神殿が嫌いな奴なのかもしれない。

 けどこれで、心置きなく戦える。

 そして御誂え向きに、皇帝陛下の決闘開始の合図だ。


 人同士の戦いは、間違いなく向こうの場数が格段に上だろう。毎日殺し合いをしているだろうから、場数が違う筈だ。

 それに、普通の戦闘ではなく闘技場の戦い方もオレは知らないので、まずは様子見をせざるをえない。


 幸いだけど、単なる魔力総量だとこっちが確実に優っている。奴は魔力を抑える指輪もしてなかったので、魔力はAランク程度と見て間違いない。

 ただ、技術的な面での動きが尋常ないと言うのだけが肌で感じられる。

 技量と場数は奴の方が断然上だろう。


 その相手が、半ば無造作に一気に間合いを詰めてくる。

 一見普通の剣さばき。

 けど全神経を集中して、相手の動きを全身で追う。

 そして身体能力に任せて動きを取る。


 奴の最初の一撃は、上段からの鋭い一振り。

 今まで見た中で一番と言えるほどの技の一振りで、オレの語彙不足で凄く鋭いとしか表現できない。

 当然だけど受ける事はせず、身体能力に任せて一気に大きく下がる。こういう時、紙一重で避けて反撃とか、自分に都合の良い行動は絶対に良くない。


 咄嗟の判断は間違いではなく、予想していた軌道より20センチ近く前を奴の剣がシャープに通過する。

 まるで腕と剣が伸びたようだ。

 下手に避けていたら、体を真っ二つにされているところだ。


 周囲からはブーイングと喝采が降り注いでくるが、こっちはそれどころじゃない。

 勝手の違う相手に、とにかく油断しないで戦うだけだ。


 けど、先日マーレス殿下達と模擬戦が出来たのは幸運だった。

 マーレス殿下は、同じくらいの魔力総量で技量では向こうが上だったので、今までハルカさん以外とは出来なかったような戦いが出来たからだ。


 しかも『帝国』流とでも呼ぶべき戦い方を直に体験できたのは、もっと大きな収穫だった。

 おかげで目の前の敵の動きも、そうした面からある程度予測する事ができた。


 次の瞬間、予想外の場所からの剣の攻撃をなんとか避けると、バックラーで殴りかかって牽制、さらに振り切ったはずの剣が、予想外の方向から曲がって襲いかかってくる。

 何とか大剣で捌くけど、左の二の腕を少し切り裂かれる。

 これが一連の動作とか、背筋に寒気が走りそうだ。


(徐々に戦闘力を削ごうって事だな)


 その後も、次々に繰り出される変幻自在の攻撃に翻弄された。

 剣、バックラー、足蹴り、足払い、それらをフェイント、本命とランダムを混ぜ合わせた攻撃の連続。

 しかもパターンもセオリーも殆ど何もない。

 ある攻撃など、右から振り下ろしてきたと思ったら、急に角度を変更して大剣を通り越えて首筋を狙ってきたりした。

 足で地面の砂をかけてくるとかも平然としてくる。


 数分後、オレは血まみれにされていた。

 まるで『アナザー』初日のようだけど、深手はない。動いたせいで、小さな傷からの出血が一見多く見えるだけだ。


 けど、ハルカさんから魔力を沢山もらっていなかったら、幾つかの攻撃はもっと深手を受けていただろう。

 もしかしたら、致命傷を受けていたかもしれない。

 そして何より恐ろしいのは相手の態度だ。

 あれだけ激しく動いているのに、開始前と全く同じに見えるのだ。

 けど光明は見えた。


(じゃあ、こっちもそろそろマジになるか!)


 体内の大量の魔力を爆発させて、一気にラッシュをかける。

 向こうが、最小限の動きで避けてくるのは織り込み済みで、何度も何度も相手を休ませない攻撃を繰り返す。

 長時間できる戦闘方法ではないけど、テクニックをパワーとスピードでカバー、いや圧倒する戦法だ。


 そして魔力差と防具の有無を考えれば、掠っただけでも奴はただでは済まない。

 そして分かっているのだろう、動きに僅かな変化が現れる。

 もしかしたら、オレの魔力総量を見誤ったと思っているのかもしれない。

 そしてそれは正しい。


 けど、奴が動きを完全に訂正してくる前に、どんどん追い込んでいく。

 そしてジリ貧だと感じたのだろう、奴は一旦に後方に大きく下がろうとするが、オレはそれを許さない。

 テクニックで負けているのは認めるが、パワー、スピードでこっちが相手の想定を上回る事を見せつけてやる。

 どんな相手でも、冷静な判断力さえ奪えば隙が生まれるからだ。


 そしてさらに戦闘が続いた数分後。

 奴もオレに合わせて魔力を激しく消耗していった。そして奴は体内の魔力量の底が見えているが、こっちはまだ十分余力を残している。

 それを感じた奴がこれ以上の長期戦は不利と悟り、一撃で決める行動に出る事を察知する。

 けどオレは、自身の体を信じてこっちも渾身の一撃を準備する。

 そう、この戦いは、経験に裏打ちされたテクニックと魔力で増幅されたフィジカルの戦いだ。


 奴に一撃が、胸元から首元にかけてを通り抜ける軌道を取る。そして普通ならそれは、オレの技量では防げない。

 今までの戦いで、オレのスピードでも躱しきれないと計算された一撃だ。

 しかし奴はひとつ勘違いしていた。

 オレの最大のアドバンテージ、タフネスさだ。


 オレは左腕を剣の軌道へと差し出す。

 普通の奴の左腕なら、多少剣速を緩める程度で斬り飛ばされるのだろうけど、上級悪魔すら凌ぐオレの体は伊達ではない。

 さらには防具も最上級だ。


 左腕を守る鎧は半ば砕けるけど、魔力で強化されている左腕の筋肉と骨ががっしりと奴の一撃を受け止める。そしてさらに、流石に驚いた奴が反応して剣を引くのを一瞬だけ止めてしまう。

 すでに今までの戦いで相手のパワーは見えているが、さらに3割り増しくらいを想定したが、そこまでのパワーはこの一撃にはなかった。


 次の瞬間には、両手ではなく右手だけで限界パワーで振り抜いた愛刀が、奴の、右胸から左肩にかけての全部と、下の体を切り裂く。いや、切り離す。

 一刀両断とはいかないが、真っ二つだ。


 オレとしては完璧を期すため奴の心臓の通過を狙ったが、そこは奴の本能か技量によって逸らされていた。

 けど、ランバルトで戦ったヴァーリとか言うケダモノに比べれば、はるかに強い相手だ。

 そしてオレに、やはり戦いはパワーだけでなくテクニックが必要なのだと思い知らせてくれた。


 しかも、戦う前にアインスと紹介されていた剣闘士は、自らの体が切り裂かれながらも、残された左腕で腰の短剣を抜いてオレに投げつけてきすらした。

 オレはそれを寸前で避けたけど、右目の上の額をかなり深めに切られてしまう。

 勝利への凄い執念だ。


 そして全ての攻撃が意味を成さなかったことを確認したのか、切り離された上体の顔は無念そうに歪むだけだった。

 戦いきった爽快さとか、破れた時の潔さのようなものは全然見られない。

 そう、オレと奴の間には、戦ったからと言って共感やましてや友情など芽生えよう筈もない。

 奴にとっては、ただ自身が負けた事が悔しいだけ、惜しいだけだ。



「勝者、第二皇子が代理、守護騎士ショウ!」


 試合終了の声の後延々と続く怒号と歓声の間、オレの心はどこか凪いだままだった。


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