394 「御前闘技会(1)」
「ドッシャーン!」
漫画ならそんなイメージの擬音で派手に土煙を上げながら崩れていくのは、普通よりもひと回り巨体で頑丈そうな地龍だ。
色も緑じゃなく土色で、炎のブレスの放射距離も大きいように見えた。
けど、所詮は地龍だった。
みんなから借りた身につけられる限りの防具を身につけて臨んだ御前闘技会だったけど、こうして倒してしまえば一瞬だ。
倒し方も、オレのいつもの地龍対策の変形でしかない。
最初にフェイントで横に回り込み、一度地龍に尻尾を大きく振らせる。そのタイミングで大きくジャンプして反対側へ。焦った地龍が炎の吐息を半ば強引に吐き出す寸前、一気に駆け出す。
逃げはしても正面から突っ込まれるとは思ってなかったらしい地龍がさらに焦るけど、それはこっちの思う壺だ。
何度か戦って、こいつらの習性や弱点は見抜けていた。
地龍がブレスを吐く時特に動きが単調になり、さらには首の位置が一度ほぼ固定される瞬間こそが、地龍の動きで最大の弱点となる。
それをさらに助長する為に最初に左右に振り回したので、地龍は完全にテンパっていた。
この後はギャラリーが無ければ、そのまま正面突撃して魔力相殺でブレスを吹き消して、ドヤ顔の地龍の喉元をかっさばいてやるところだけど、今回は禁じ手だ。
だから、大きく地龍を縦に飛び越える勢いでジャンプし、地龍の正面の視界から消える。
けど地龍は、そのままブレスを放射するしかない。寸前に放射を止めると、大変なことになるのだそうだ。また、急な動きで頭を上下左右どこかに向ける事も出来ない。自爆行為になってしまう。
一方オレの飛び方は、横切るのではなく背中、首に近い場所に降り立つのが目的だ。
そして背中に降り立つと、今度は逆方向にもう一度軽く飛び上がる。
その先には地龍の首があり、まだブレスの放射を続けているので、精々ゆっくりとしか首が動かせない。
本来なら周囲を炎で蹂躙する為の動きだけど、この場合は致命的な動きとなる。
オレから見れば止まったも同然で、狙い違わず地龍の頭へと大剣を深く突き立てる。
普通なら簡単に刃が通る頭じゃないけど、この切れ味のいい大剣なら十分可能だ。
それでもかなりのパワーとスピードが必要だし、念のため魔力相殺を剣の先端に少し込める感じで突き立てるけど、多分魔力相殺は必要なかっただろう。
(こいつで何体目だっけ?)
倒したと確信した時に思ったのもその程度だった。
けど、崩れる地龍に対して油断はしない。
断末魔の叫びこそ上げているけど、その手足、そして尻尾がモロに当たれば、死なないまでも無傷とはいかないからだ。
デカイは正義、運動エネルギーは最大の敵だ。
一方で脳も直撃していたようだし、龍石が砕ける感覚があったように完全に極まっていたらしく、地龍は力なく崩れ落ちるだけだった。
念のため胸の辺りの龍石を砕く予定もあったけど、無用だった。
「し、勝者、上級神殿巡察官ルカが守護騎士ショウ殿!」
判定者の言葉の数瞬後、7万の大観衆が爆発的な歓声をあげる。
そう、ここは『帝都』にある巨大な闘技場。
規模は、オレ達の世界にあるローマ帝国のコロッセオよりひと回り大きい。それは魔法や炎といった能力を持つ人や魔物が戦う為の安全策として、グラウンドが大きく作られている為だ。
闘技場内の外壁も高めで凄く頑丈にできているし、魔法陣が刻まれていて魔法や衝撃に対する防御対策すら施されている。
またこの世界には、ある程度音を操作するマイクとスピーカーのような魔法があるので、権力者や金持ちが観覧する際に、多少距離があっても快適に鑑賞出来るようにも出来ている。
そして御前闘技会とかいう『帝国』の神事に参加させられたオレは、今まで見たことのない地龍と戦わされた。
後で聞いたけど、闘技場で無敗を誇っていた第三皇子が保有する地龍だそうだ。
まあ、『帝国』が持っていた宝剣で倒されたんだから、殿下もご納得の事だろう。
それよりも、オレとしては周囲の歓声の方が遥かに問題だった。
隠キャなオレには、このギャラリーは苦痛でしかない。早くバックヤードなり控え室に逃げ込みたい。
けど戦い自体が一種の儀式であり、同時に見世物でもあるので、そうは行かない。
だから一通りレクチャーも受けていた。
本来なら剣を掲げるなりして歓声に応えるところだけど、オレは神官に仕える人なので、倒した地龍を鎮魂する礼を取る。
またこれは、人気のある地龍を倒したことへのブーイング対策でもある。
実際、歓声の半分は罵声だ。
多分、大損した人がそれだけ居るんだろう。何しろ神事であっても、賭け事オッケーらしい。
オレ達も、半ばお遊びでオレに大金を投じてる。
とにかく、観衆の事は全力でスルーして、貴賓席の皇帝陛下や貴族の皆々様に教えられた通りの『帝国』風の礼を取る。
その一角にはマーレス殿下もいるし、何より仲間の皆んなも座っている。きっちりしておかないと、後で何を言われるか分ったものではない。
そして何とかミスもせず礼も終わって、行事進行役が色々と回りくどい言葉を続け、皇帝陛下が小さくてを上げてオーケーを頂いた時だった。
「お待ちを! その者は不正を働いた疑いが御座います!」
大声を張り上げたのは、痩せていればそれなりにイケメンなデブのバッコス第三皇子だ。
(しかし残念。不正なんかないっての)
そう思いつつ見返すも、仮にも皇子が喚いたので無視もできないらしい。
皇帝陛下が頷いて、皇帝陛下に一礼したバッコス殿下がさらに喚く。
「この場の戦いにて魔法使用は禁じ手。ですが我が魔導師によると、魔法を使った疑いありとの事。
それに我が地龍は、これまで無敗を誇ってきた絶対強者。あのような流浪の輩に、実力で負ける筈が御座いません!」
(あー死んだな。ハルカさん激おこだ。皇帝とかいなかったら、きっとブチ切れてるな)
とりあえず偉い人たちに場を任せるしかないので、なんか冷めた感じでやり取りを眺める。
そうすると今度は、オレを対戦者に立てた事になっているマーレス殿下が反論している。
「魔法が使われているかは、闘技場専属の魔導師が確認済み。それに戦いの最中も、常時監視もされている。道具を含めて魔法使用は、断じて有り得ない。
加えてショウ殿は、私と互角かそれ以上に戦えるツワモノであるぞ。ましてや、神殿に仕えし守護騎士。バッコス第三皇子は、神事と神殿の双方までも愚弄するか!」
殿下も激おこな感じだ。
まあ人目のある場だから、半分くらいは演技だろう。
(ていうか、殿下って普通に話せるんだな)
その後も言い合いを続けるが、結論が出ない。
どうやら継承順位の高い直系の皇子同士が喧嘩している状態なので、これを仲裁できるのは皇帝陛下だけらしい。
特に神事なので、他は尚更他は手が出せないようだ。第三皇子もそれを狙っているのかもしれない。
やっぱりと言うべきか、第二皇子が舌戦では不利だった。
デブ皇子の舌はかなり滑らかだ。
そして遂に皇帝陛下の右手が上がる。
それで闘技場中が沈黙に包まれる。
「神事における諍いは、神々の手に委ねるのが習わし。双方、代理人を立てて己が正義を示すが良い! 一刻後に、真偽の決闘を執り行う!」
(おっ、これでお役御免かな?)
そう思った事もありました。
やっとバックヤードに引き揚げると、マーレス殿下に拝まれてしまった。
「相済まぬ我が友よ。真偽の決闘に立てるだけ力を持つ者が、この場にはワシしかおらん。呼んでいる時間もない。だが、神々に裁かれる側のワシが立つわけにはいかん。だから、もう一度戦こうてはくれんか。
もちろん、相手はぶち殺してくれて一向に構わん。そういう類の真偽の決闘だ。あのクズの目の前で奴の自慢の家臣なり手駒を粉砕してくれる方がワシは助かる。それにだ、奴がどんな手駒を出してきても、ショウに勝てる者はまず出せない筈だ」
「お待ちくださいマーレス殿下」
割って入ったのは、慌てて貴賓席から降りてきたハルカさん。みんなも一緒だ。
けど即座にマーレス殿下が、高貴な頭を下げる。
「ルカ殿も、どうかこの通り」
「しかし、我が守護騎士の身を血で汚す事は出来ません」
「分かっている。神殿はワシが、いや『帝国』が完全に抑え込む」
「そういう問題ではありません!」
「分かっている、分かっているが、そこを曲げて頼む。ワシと『帝国』への貸しも、1つどころか3つくらい載せてやる」
(貸しって沢山載せられるもんじゃないだろ)
マーレス殿下のあんまりな言葉に思わず脱力する。そしてマーレス殿下が、本当に進退極まっているのだとも実感できた。
「本当に、オレが勝てないような相手は出てこないんですね」
「『帝国』筆頭騎士や三剣士、近衛軍団長など国に仕える形の者は、皇帝直轄でもあるので出てくる事はまずない。魔導師も出る資格がない。魔物の類は、さっきの趣味の悪いトカゲが闘技場で最強だ。出てくるのは剣闘士の可能性が高いが、あやつの手駒にショウ程の者はいない」
「分かりました。ハルカさん」
「フウッ。マーレス殿下、本当に貸しにさせて頂きます。ショウ?」
「ああ、任せろ」
ワザと溜息をついた彼女にサムズアップを決める。
任せろと言ったのは、久しぶりな気もする。
「その言葉アテにならないから、ちょっと待って」
「待たれよ、真偽の決闘も魔法は事前のものであっても厳禁だ。調べもされる」
「魔法じゃありません。いつも彼から預かっている魔力を返すだけです」
そう言ってマーレス殿下にニッコリと笑う。
けど、こっちが背負ったりあげた事はあっても、もらった事はない。
つまり魔力供与か付与をするという事だ。
けどそんな魔法あったのかと思っていると、ハルカさんが側まで来て耳元で囁く。
「力抜いて。(それと余計な事は何も口にしないで)」
「り、了解」
それだけ答えると、ハルカさんがゆっくりとオレをハグする。かなり強めだ。
けど魔法も使わないのに、魔力がハルカさんからオレへと流れ込んでくる。当然というべきか魔法陣は浮かんでいない。
すごく心地いい感覚で、ちょっとクセになりそうだ。
じゃなくて、どうやっているのか原理は分からないが、すごく力が漲ってくる。
軽く武者震い的な震えがするほどだ。
「おおっ! これなら楽勝でいけそうだ!」
「腕一本くらいなら許してあげるから、こうなった以上全力で倒してきなさい。主人の顔に泥を塗らないでね」
「今度こそ、マジ任せろ。これで百人力だ」





