384 「聖女の真実(2)」
そして『帝国』には、もう一つ黄色いキューブが存在していたけど、そちらは魔導師協会が長らく隠し持っていたらしい。
ヴィリディさんはその存在に気づいていたけれど、互いに直に接触する事は出来なかった。
そして他に話す義理もないので、『帝国』も神殿も知らず仕舞い。ヴィリディさんの代々の主人も、聞いてこないので敢えて答えなかった。
ゼノビアさんが知っていたのは、他にないかと聞いたからだ。
キューブ達は聞けば嘘偽りなく話すけど、聞かないと話さないところがあるのはクロ達と同じのようだ。
そして魔導師協会は、そのキューブから知識だけを引き出していたらしかった。
しかし二ヶ月ほど前、ヴィリディさんはその黄色いキューブを近くに探知できなくなった。そして時を同じくして、魔導師協会が大慌てで動き始めたのだそうだ。
そこから推測するに、盗まれたか訪問者を主人認定して連れ出させたと言ったところだけど、恐らくは主人と共にどこかに逃げたのだろうとの事だった。
「それで聖女二グラス様、いえヴィリディさんは、魔導器としてどんな能力があるのですか?」
こっちのキューブの能力は先に話したので、ハルカさんが改めて問いかける。
そうすると緑のキューブが再び聖女の姿となる。
「わたくしの能力は、治癒魔法に関わる「全て」を知る事です。魔法陣、触媒、魔石などの補助があれば、通常では一部使用が不可能な魔法の行使も可能です。そして「全て」を知っているからこそ、ルカ様をお招きしたのです」
「? 私は怪我も病気も……」
「ええ。しかし、「客人」であるにも関わらず、体に痛みを感じるようになっておられますよね」
「え、ええ。確かにそうです。……もしかして?」
ヴィリディさんはクロと同じキューブなので、何も言わずともハルカさんがこっちでしか生きていない事に気付いている。
ハルカさんをここに呼び立てた事からも、その事自体に今更驚きはない。けれども、オレも他のみんなも同じ驚きを感じていた。
『帝国』にも聖女にも特に期待はしてなかったけど、またしても棚からぼた餅なのだろうか、と。
そして少しの「ため」もなく、ヴィリディさんが続ける。
「わたくしも異界の向こうの事は分かりませんし、何も出来ません。ですが、こちらでの「客人」の異常を正常化する事が出来ます。それこそが、私の本来の役目なのです」
「では、痛みを感じないように出来るのですか?」
ハルカさんの声は、まだ半信半疑だ。
「可能です。ですがその為、皆様から大量の魔力をお借りする必要があります」
「どの程度だ? 龍石、魔石もかなり沢山あるので、時間をもらえればそれも持ってくるが?」
シズさんが身を乗り出してる。
技術的な事になったので、興味が増したのが尻尾の動きでもよく分かる。
「皆様にお会いするまで、こちらでも大量の魔石を用意する必要があると考えておりましたので、その点は大丈夫です。それに、従者の皆様の膨大な魔力があれば、魔石は不要です」
「それで、いつ?」
「今ここで。処置はすぐに終了します」
何だか怖いくらいに話がポンポンと進む。
けどこういう時は、絶対に落とし穴があるものだ。
クーリングオフもないのだから、ちゃんと全部聞かないといけない。
そしてそう思ってるのはみんなも同じだった。
「良い事ばっかりじゃなくて、悪い点もちゃんと教えてよね」
代表して言ったのは、こういう時にシビアになるボクっ娘だ。
「心得ております。ですが、それほど欠点はありません。魔石の場合は、本来は魔力の調整を行う藍色のキューブの本来の機能が必要だったのですが、主従契約をして何度も魔力をやりとりしている皆様なら、その必要性もありません。
ですが、処置を行った後、処置された「客人」は平均で二日間、意識を失う事になります」
(昔は平均するほど状態がおかしい人がいたのか?)
思わすそんなどうでも良い事を思ったけど、言葉通りなら悪い事はなさそうだ。
駄菓子菓子、だ。
「それだけですか? それと確実に治るのですか?」
「意識を失う時間は、あくまで平均だという事以外ありません。それとこちらの体に関しては確実に正常化できます。ですが、ご懸念はごもっともです。
ですから、意識を回復された後の状態の確認まで責任を持ってさせていただきます。そうする事が、わたくし達の本来の役目ですから」
「だそうだが、クロ、何か意見は?」
「御座いません。わたくしの知る限り、これ以上の欠点もないかと」
「だそうだ、ハルカさん」
オレの言葉に、少しばかり心ここに有らずだったハルカさんが小さくハッとし、少し間を置いて小さく頷く。
そして二人の方をしっかりと見据える。
「ゼノビアさん、ヴィリディさん、それではお願いできますか」
「分かりました。ヴィリディ」
「ハイ。承りました。それでは、すぐにも始めましょう。ルカ様はそのソファーに寝てください。他の方々はわたくしの側に」
ハルカさんは最初少しだけ躊躇があったけど、言葉通りに動く。
すると、すぐにもヴィリディの体が崩れてキューブになり、そして強く光り輝き始める。
輝きはどんどん高まってキューブを中心とした光球状になり、オレ達4人から魔力を吸い上げていく。
そして光球がハルカさんに近づくと大きく広がり、ちょうどシズさんを蘇生させた時のようにハルカさんを包み込む。
それからどれほど経っただろう。精々数分だったと思うけど、すごく長かったようにも思えた。
そうして光球が小さくなって消えてキューブの姿を見せ、そしてキューブが再び人型へと戻る。
この点はクロと違うが、オレ達の魔力を使うのが前提だからだろう。
そして人型になると、こちらに向き直る。
「終わりました。後は目覚めるまでの間ですが、こちらの病室で休まれますか?」
「神殿は中立だから一番安全だろうな。そう出来るか?」
全員に視線を送った後で、シズさんが代表して答える。
そして全員の視線が再び注がれた先に、長ソファーの上で静かに目を閉じるハルカさんの姿があった。
オレは、直ぐ側で跪いて眠っている事を確認する。
「分かりました、ご主人様?」
「うん。では皆さんも、看病という名目でここへの滞在という事で良いかしら?」
「勿論です」
「うん。だがここは皇宮のような歓迎は出来ないわよ」
「屋根があるだけで天国ですよ。それに皇宮は豪華すぎて、却って居心地悪いです」
「アハハ、その点は同感。それと最後に念のためだけど、」
オレが話の輪に再び加わると、気持ち良さそうに笑う。
雰囲気からして、この人は貴族とかじゃなさそうだからだろう。
「互いに秘密は厳守、で良いかな?」
シズさんの返答にゼノビアさんが頷く。
「うん。それで十分よ。それにしても面白いものが見られたわ」
「こういう事は初めてですか?」
オレの言葉に、ゼノビアさんが顔ごと向ける。
「異界からの客人と、こうして話す事自体が滅多にないもの。だから、ヴィリディが聖女二グラス様として以外、しかも普通の魔法以外の力を使うところも、これで2回目よ」
「オレ達も、クロが本来の力を使ったところを見たのは一度きりです」
「そうなのね。とにかくこれで、ヴィリディのお願いを叶えてあげられて一安心よ」
「ご主人様、そのように仰らないで下さい」
ヴィリディさんが少し恥ずかしそうだ。うちのクロにはない人間らしさだけど、時間が経てばクロももう少し人間臭くなるんだろうか。
そして二人の関係は良好なものに思える。
しかしオレ達から注目されているのに気づくと、わざとらしく咳払いをする。
「あ、そうそう、私は外で聖女の寡黙な守護騎士で通しているからほぼ無言だし、そちらからも声をかけないようにね。それと、外での差配はヴィリディが聖女二グラス様として行うので、くれぐれも気をつけね」
「分かりました」
まあ、予定外のことはあったが、これでハルカさんの状態が少しは良くなるし、豪華だけど気を使いそうな皇宮からも逃れられたので、数日間は気楽に過ごせそうだ。





