374 「テルマエでの置き引き?(1)」
現実で一日過ごして目覚めると、夢のような空間だった。
何しろ空皇の聖地にある『帝国』迎賓館の一室での目覚めだ。
ハーケンの街の帝国商館の迎賓室と同等かそれ以上に豪華で、一人で寝るのが勿体無いくらい。
夕食も、ハーケンで最初に泊まった時のように緊張もしていないので、この世界の最高級料理を味わうことができた。
その上、室内服とかまで一通り用意された上に、何人もの使用人が付けられたりと、あまりに扱いが良いので自分達の身分とかを勘違いしそうになる。
オレは一応ノヴァトキオ評議会という国家の辺境伯というかなり階位の高い貴族になるけど、巡礼に際しては上級神殿巡察官であるハルカさんの守護騎士だ。
上級神殿巡察官付きの守護騎士は、神殿の並みの神殿騎士より階位は高く、当然というべきか一般的な国の騎士よりも階位は高い。
それでもオレへのこの対応は度を越しているので、ハルカさんの上級神殿巡察官という階位と、そしてオレ達が半ば偶然に『帝国』が探していたマジックアイテムを譲ったお礼と言ったところだ。
そして翌日の豪華な朝食後、女子達がお待ちかねの『帝国』が誇る大浴場へご案内だ。
送迎馬車付きな上に、施設の半分近くを貸切だそうだ。
ただし流石に人の多い時間に貸しきるのは難しいので、午前中に向かうことになった。
「ホラ、あれが大浴場」
「へーっ。なんか、動画でチラッと見た映画で見た事あるような……」
「中も似てるよ。こっちの言葉でもテルマエだしね」
「あ、そうそう、そんな題名の映画だった。じゃあ中に、裸の彫刻とか一杯あるんだ」
「神様の像なら沢山あるかな。裸じゃないけどね」
「フーン。まあ、広いお風呂は久しぶりだから楽しみ」
「だねー」
年少組が送迎に出してくれた馬車の窓から外をのぞきつつ、呑気な会話をしている。
そして年長組も万全の準備を整えているのだけど、オレとしてはそこまで風呂自体にこだわりはない。
それでも観光旅行と思えば、どんなところだろうくらいは思う。
ましてや、ローマ時代の公衆浴場に似ていると言われると、ファンタジー的な関心も増そうというものだ。
ただこの世界の公衆浴場は、日本の銭湯や温泉のように素っ裸で入ったりはしない。
日本でも「浴衣」の語源は昔湯を入るときに専用の衣服を身につけたように、湯に入る際の服がある。ちょうどヨーロッパで、温泉に水着で入るようなものだ。
その衣服は、仕立ては裾の短い貫頭衣のような簡素なものだけど、絹製で浴衣とは思えない豪勢な衣装だ。
また自身で着て分かった事だけど、湯に濡れると意外に肌にフィットする。そして湯を堪能できるように少し薄めの生地なので、湯に濡れると少し肌が透けてしまう。
これが混浴だったら女性陣はかなりエロい、もとい色っぽい姿だろう。
ただし、男女混浴など上流階級の風呂場ではありえない。
そもそも庶民は絹製の浴衣など着ない。
そしてオレ達の立場は既に庶民じゃないし、『帝国』が用意してくれたのもそういう上流階級向けの豪華な浴場だった。
と言うわけで、オレはクロを入れた魔法の袋を浴衣の帯にかけ、のんびりと一人で男性用の大浴場を占領する。
これはこれで開放感もあるし凄く贅沢で、まるで王侯貴族にでもなった気分だ。
「いや、オレってもう貴族だったな」
「左様です。少しご自覚をお持ちください」
子声でそう言うのは、湯に浸かった状態の袋の中に入れてある漆黒のキューブだ。
オレがクロと名付けたやつで、俺のことを我が主人と呼び献身的に仕えてくれている。正直オレには勿体無いけど、無下にもできないし色々と役立つのでこうして連れている。
加えて誰かに取られてもいけないので、可能な限り身につけるか側に置いている。
もう一つのキューブはシズさんに仕えるアイだけど、見た目が女性型の全身甲冑で周りもゴーレムの一種だと説明してあり、それは概ね受け入れられている。
そしてアイの方は、今は女性陣の脱衣所で番をしている。
とはいえ武器や防具、希少品は厳重に警備された迎賓館に預けてあるので、浴場に持ってきているのは衣服と小銭程度だ。
そして今は浴衣一枚で、のんびりと寛いでいる。
女性用の浴場とは離れているらしく、聞こえてくるのは湯の流れる音くらいで、広さもあって凄く開放感がある。
とそこに、ベタベタと威勢の良い感じの足音が響いてきた。
こちらから断った世話役でないとは思えるけど、男はオレ一人なので流石に貸切でなかったのだろう思い直す。
だから特に気にせずにいると、ザッパーンと元気よく湯船に入ってきた。
「クーッ! 鍛錬の後はテルマエに限る! おっと、これは失礼。先客がおったとはな。ワシも失礼するぞ」
「はい。お気になさらず」
「ウムウム、テルマエは無礼講であるしな」
そう言って豪快に笑う。
背丈はオレより少し高いくらいで、浴衣の上からも鍛え上げた肉体だと分かる。
太い眉とギョロっとした目が子供っぽい印象を与えているけど、年の頃は二十歳前後といった感じ。その声から、大雑把もしくはおおらかな印象を受ける。
オーラからして活発な陽キャタイプだけど、それでいて粗野な仕草ではないので、『帝国』の騎士か軍の人なのだろうと当たりをつける。もしかしたら貴族かもしれない。
とはいえ、ここだけの縁なので、陰キャなオレとしては当たり障りなく過ごせれば特に問題もない。
けど向こうはやはり陽キャのようだった。
「見たところ『帝国』人ではないようだが、どこから参られた。ワシはこの国のもんで、名をマースと申す」
「これはご丁寧に。オレはショウ。ノヴァトキオのエルブルスから来ました」
「ほぉほぉ! それは遠路はるばる、よう参られた」
「ハーケンからは『帝国』のご好意で飛行船に便乗させてもらったので、楽な旅でしたよ」
「ウムウム、我が国の飛行船は優秀であるからな」
そんな感じで、のんびりと会話を続けた。
会話自体は取り止めもなく、オレの方はどこを旅をしたとかを話したくらいだ。
相手は、『帝国』以外は邪神大陸の沿岸部に行ったくらいらしく、オレが自由にほっつき歩いている事を羨ましがられたりもした。
そしてのんびりと話しを続けていたその時だった。
不意に話し相手のマースさんが何かに反応した。
オレも僅かだけど感じるものがった。
魔力だ。
「お客人も気づかれたか」
「ええ。誰か、魔力総量の多めの人か何かが、何体か近くにきましたよね」
「その通り。ワシが入る前は、警護の物以外、お客人と女風呂に何人か居ただけだが、これは新たな客人ではあるまい」
「そこまで分かるんですか?」
「お客人は分からんか? これは悪意ぞ。かなり押し殺しておるがな」
何となく感じていたけど、マースさんはやはり熟練の戦士職、恐らくこの国の騎士なのだろう。
オレより荒事に敏感なのがその証拠だ。
そして行動も早かった。
「お客人がいるというのに無粋な事よ」
「どこに?」
「知れた事。少しばかり、無粋物を懲らしめてくるのよ。お客人は、そのまま寛がれておられよ」
「そうはいかないでしょ。それに女風呂目当ての覗きなら、オレが何とかしないと後で怒られますからね」
「何と、女風呂の方々はお客人のお知り合いか?」
「仲間です。いや、一人はオレの主人に当たります」
「なるほどなるほど。では、共に無粋者を懲らしめるとしようか」
「はい」
と、威勢良く風呂を出たはいいが、そういえば徒手空拳だ。
マースさんは全く気にしていないのが、相手が武装している事は考えるべきだろう。





