353「第一次突入(2)」
橋の向こうで魔法を準備していたシズさんの声を聞いて、最後っ屁の魔法の矢と弓を殿のオレ達3人の目の前の亡者に叩きつけると一気に走る。
オレ達3人も目の前のをそれぞれ倒すか、強く押し戻しておく。
これで背中を見せても、追い付かれることはないはずだ。
しかしネロもそこまで甘くはなかった。
門扉に潜ませていた、少し話題になった言葉を理解出来る亡者が、命令を受けて橋の部分のうち門扉に近い跳ね橋の部分を巻き上げてしまう。
同時に門扉までが閉じられた。
「バカめ! ノコノコと王宮に入った時点で我が術中よ。神殿騎士ども同様に、瘴気に当てられてのたうち回り、そして我が僕となるがいい!」
「バカはそっちだ。飛び越えるぞ!」
「ええ!」
「相変わらずだなあ」
「え、あっ、ちょっと!」
「承知」
門が閉じられたり跳ね橋が上がるのは想定内の事態なので、オレの言葉にそれぞれが反応しつつ一気に加速してジャンプ。そして10メートル近くある城壁や門扉を飛び越えていく。
盛り土と木造中心ながら、かなりの厳重さだ。
そして普通は高位の魔力持ちでも簡単に出来る事ではないが、それは精々Bランク程度の者を対象にした建造物だからだ。
こっちは最低でもAランクで、しかも飛行職は浮遊石の結晶すら持ってるし、軽業はお手の物だ。
しかも運動能力も訓練の時に測り直しているし、ジャンプなど体そのものを動かす練習もそれなりにしている。
こっちの人も『ダブル』も、そうした事にあまり関心を向けていないのが意外な程だけど、これもハルカさんの教育方針の賜物と言える。
それでも一応ハルカさんと目で合図して、ハルカさんが先に行って最後にオレが飛ぶ。
魔導器のくせに律儀なクロも、オレと一緒に最後だ。
ネロが言った瘴気の濃い膜の部分はまだかなり上空だし、短時間だったおかげか少し不快になるという程度でしかない。
「うわっ、怒ってる、怒ってる」
「そんな暇があれば自分で魔法を撃てば良いのにって、こっちのが来たわよ」
その時、オレ達と空中で二つの球体が交差して、王宮の中に飛び込んでいく。
そしてさらに、オレ達が門を超えて跳ね橋の向こう側の橋の部分に順次降り立つとほぼ同時に大爆発が発生した。
もう見慣れてきた魔法陣、作戦通りの『轟爆陣』だ。
シズさんがノヴァやハーケンでまめに魔法に必要な触媒を買い足しているので、最近は頻繁に見ている気がする。
爆発自体は範囲を多少限定していたようで、それほど広範囲には及んでいない。
とはいえ、直径数十メートルが破壊され、さらに爆風がそこらじゅうのものを吹き飛ばす。
これで王宮は、城門の内側あたりを中心に半壊だ。
そしてそこは、この靄の半球状の中心地に当たる。だからこそ、大きな爆風が発生する『轟爆陣』を使ったのだ。
けど破壊力は相変わらずで、城門も周辺の城壁も脆い木造部分は完全に崩壊している。
そして爆発の最中に、巻上げ機が壊れたので跳ね橋が荒っぽく崩れて掘に半ば落ちてしまい、王宮は堀を挟んで完全に孤立した状態となった。
爆発が収まると、破壊された跳ね橋のキワに、無事だったゾンビの皆さんがお約束な感じで並んでくる。
爆発の余波にもめげず、ノロノロ歩いて来たらしい。当然と言うべきか、半分くらいは『轟爆陣』の影響でボロボロだ。
それ以前に、爆発自体に巻き込まれて数が大幅に減っている。しかも、動きのいい死霊騎士が、殆ど見られなくなっていた。
モロに直撃したらしい。
遠くからはネロのわめき声が聞こえるが、似たような事を昨日もされているので、相当ご立腹のようだ。
「あんなに亡者が居るとは予想外だったけど、かなり倒せたな」
「作戦通りってわけじゃないけど、まずは十分でしょうね」
「問題はこれからだな」
そう言って、少しだけ空を見る。
「けど、シズさんの爆発のおかげで予想通り上の靄も晴れたから、このままなら空から攻めこめますよ」
「だよね。ヴァイスも行けそうだって言ってるよ」
ハルカさんの言葉通り、これでほぼ作戦通り。
亡者の構成から、王宮内に亡者が多数残っていると見ていたので、一件無謀な突撃の後の逃走と見せて、ネロの周りにいるであろう亡者を奴から引き離してできるだけ叩く為、一芝居うったわけだ。
しかもネロが、聞きもしていない靄の効能もわざわざ説明してくれたのだから、シズさんが威力偵察と言った一見考えなしの突入は十分以上の成果だ。
加えて、爆発で靄もだいぶ晴れたので、飛行組は元気になっている。
(さて、本格的な攻撃のターンだな)
と思ったけど、一応手順を踏まないといけない。
そして王宮まで多くの兵士が前進してきていたので、その場でアンデッドになった王様達のことを報告すると、ランバルトの人たちが膝を折って泣き崩れてしまった。
堀の向こうでは、王様ゾンビはいないが騎士や大臣っぽいゾンビは顔をのぞかせている。
「それで、どうされますか? 神殿としては同輩の鎮魂、亡者自体の鎮定を必ず行わなくてはならないのですが、どなたがこの国での行動のご許可を出して下さるのでしょうか」
改めて、情報を元に堀の手前で臨時の作戦会議となったが、神殿としての立場があるのでハルカさんの言葉は硬めだ。
そしてランバルト王国の人達には責任ある立場の者が殆ど残っていないので、上級貴族や位の高い官僚、軍人の全滅が確認されない限り、自分たちに決断はできないという。
そしてそれを見越していたのか、アクセルさんが一つの書状を共に一歩前に出る。
「森の海管区大神殿は、アースガルズ王国に対してランバルト王国に亡者並びに魔物、さらには悪しき勢力の鎮定能力がないと判断された場合、我らによる鎮定が要請されています。
そして緊急時ですので、現場判断までもが許されています。これがその書状です」
「そ、そんな。せめて王宮の完全な全滅が確認されるまで待ってください。誰か生きているかもしれないではありませんか」
「神殿巡察官として今見て来た見解を述べさせて頂くと、屈強な神殿騎士達ですら為す術がなかったと考えられる以上、あそこに生存者が居る見込みはないと判断します。
また、この場に居る神殿の者として、アクセル卿の判断を支持いたします」
「そ、そんな」
そこで完全に心が折れたようで、あとは早かった。
そしてこれは、実質的に一つの国が滅びた事が認定されたに等しい決定だった。
「それで、町中の亡者の鎮定は?」
「今も捜索中ですが、反応、気配のあるものはほぼ滅しました」
シズさんの仕切り直しの言葉に、アクセルさんが事務的に返す。
王宮への本格的な攻撃のゴーサインに等しいやり取りだ。
「では次は、王宮内の本格的な鎮定だな。しかし私達では手数が足りない」
「私は指揮から離れられないが、町の掃討が終わり次第、騎士、兵士達は出せます」
「兵士は止めた方がいい。あそこの澱んだ魔力は、薄くても魔力なしには毒だ。それに騎士でも、魔力の低い者は危険だろう。神殿騎士の二の舞になりかねない筈だ」
「それなら私達が向かうわ」
そこに、堀の外で待っていたマリアさんが会話に加わってきた。
すでにかなりの戦闘をこなしてきているので、鎧や服が少し汚れているがまだまだ元気一杯だ。
そして後ろには、ジョージさん達も続いてきている。さらに他の『ダブル』のベテランたちもいて、見知った顔が多い。
皆Bランク以上で頼れる人達だ。
「ですが冒険者ギルドは、積極的に亡者には手を出さないのでは?」
「『帝国』が神殿に話を通しているから、問題ないわ。それにこの惨状は、個人的にも放っておくわけにいかないもの」
「だよな。町ひとつ半壊だもんな」
アクセルさんの言葉に返すマリアさんに続いたジョージさんの軽めの口調に、レンさんとサキさんがそれぞれの仕草で軽く肩をすくめる。
後ろのベテランの『ダブル』達も苦笑したり肩をすくめたりと、それぞれ「しゃーない」という感情を示している。
「それでだ、狐の軍師殿、作戦を指示してくれ。日暮れまでそう時間もない。とっととケリをつけてしまおうぜ。亡者と夜のダンスなんて、ぞっとしないぜ」
「心得た、と言いたいところだが、まだ亡者を潰し足りないみたいだ」
シズさんが耳をピコピコと揺らしながら空を仰いでいる。
つられてみんなも空を見ると、王宮の上空に再び靄が濃くなりつつある。
爆発で吹き払った筈の、王宮を中心に覆っていた澱んだ魔力の靄が、すぐにも回復し始めているのだ。
それでもさっきより靄が広がる範囲は小さくなっているので、アンデッドを沢山倒した効果はゼロじゃないという事だろう。
シズさんの言葉も、そう言っている。
「まいったな」
ジョージさんの言葉は、全員の心境の代弁だった。
「まだアンデッドを減らさないとダメなのか。どうする?」
「もう一回、エロ狐が城ごと靄を吹き飛ばしたらいいんじゃね?」
「あんな大魔法、ポンポン撃てないだろ」
「でも、神殿のチート技は今回無いって話だぞ」
「この世界の神様は、モンスター倒すより人を癒す方メインだもんな」
「じゃあ、みんなで突っ込むのか?」
「それは危険って話だろ。何聞いてたんだ」
周りの『ダブル』達が、口々にざわついている。
アースガルズの騎士達は沈黙しているが、打つ手無しなのは変わらないようだ。
けどその騎士達の中から、アクセルさんが前に出て来る。
「亡者が倒し足りないと言うのなら、まずは城門一帯の亡者を遠距離から鎮めます。あれだけで50体は下らない。町と同じなら、効果は見られる筈だ」
要するに、突っ立ってないで動けってことだ。





