348「友の告白話(1)」
宿で雑魚寝しても、目が覚めるとオレの部屋。
これが変わる事は無い。
現実では、9月の初旬がそろそろ終わる頃だ。残暑はいまだ厳しく、まだ夏が続いているように感じる。
それでも2学期が始まったばかりの週半ばなので、普通に学校に通う。
一方、2学期からのオレの1週間の放課後と週末の予定は、かつてない程ビッシリだ。
うち2日はシズさんちの神社で勉強、1日は普通の部活、1日は『夢』の報告会、そして残り3日のうち最低2日はバイトだ。祝日のある週は、残り3日全部バイトの予定だ。
半ばボッチで遊び相手がいないのが助かるほどだ。
学校で出る宿題の消化も含めると、週末や休日と言うものが殆ど無くなっていた。
けど、10日程経過した現在、あまり負担には感じていなかった。『夢』で一日を過ごすおかげだろう。
そして今日は、名目は部活だけど『夢』の報告の日だ。
「2学期になってから、元宮はあんまり月待にがっつかなくなったな」
鈴木副部長の何気ない一言に、ごく僅かに緊張が走った。
しかしそこは流石タクミだ。表情を崩す事無く、こともなげに口にした。
「まあ、一学期はショウにがっつきすぎたので、ちょっと叱られましてね」
「ハハハ、言えてる。まあ、俺達も含めて何事も程々に、だな。月待も毎度悪いな」
「いえ。もう慣れました」
「それ、俺達が悪いってのは認めてるだろ」
副部長の冗談めかした返しに、乾いた笑いを返すほかない。
ぶっちゃけ1日の放課後のスケジュールを取られているのだから、それくらい思わせておいて損はないだろう。
けど、不快には思っていないし、逆に口べた陰キャなオレがそうした状況から少し脱却出来たと感謝すらしている。
それに『夢』を通じて、こっちでも新しい出会いもあったわけだし、マイナスよりプラスの方がずっと多いと感じる。
一方で、新学期になったので、学外の人間は出入りしなくなった。
このため学外の人からは、せめて学校の外で話が聞けないかという話が出ているらしい。けどその辺りは、副部長が強く断っている。
部員の『アナザー』信者としては、部活の方が何かと都合が良いからというのもあるけど、オレの事を守るためだと明言してくれているので素直に受け入れている。
ただ、全く連絡取っていない訳ではなく、リョウさんこと山田さんとはメッセージなどで時折連絡を取っているし、向こうの絵を描く打ち合わせと言う事で、今後会合も予定されている。
そしてそのリョウさんは、レイ博士と共に今はエルブルスのシーナにいる。
あの辺りで獣人達の活躍中の絵を描くという名目だけど、パワーレベリングも始めたと聞いている。なかなかに積極的だ。
博士の方は、ドワーフ達と飛行船に掛かり切りで、二人とも当分忙しい毎日が続くようだ。
そしてノヴァもしくはエルブルスの情報を定期的に教えてもらえるようになったので、オレの情報音痴が少し解消されそうなのはオレ的にポイント高い。
もっとも、こっちで身バレしているのはオレ一人なので、リョウさんはおろかタクミとすら、その手の会話をする事はほとんどない。特に学校では禁句状態だ。
タクミと向こうの事で話すのも、下校時の僅かな時間か、バイトの休憩時間程度だ。
そしてその下校時の事だった。
「明日、どうするんだ?」
「明日はシズさんちで勉強の日。タクミも塾だろ」
「そうだけど、そっちじゃない」
こっちで向こうの事はあまり話したくないが、タクミの表情に少し余裕がないので仕方ないと内心諦める。
「向こうの事か?」
「うん。危険なんだろ」
「シズさんから聞いたのか?」
「? なんでそう思う?」
素で問い返された。探るような感じはない。
「バルドルで二人が一緒に歩いてるのを遠目で見かけた」
「……そっか」
オレとタクミのやり取りを、玲奈が興味深げに見ている。
と言っても、彼女にとって『夢』の向こうの事は、ボクっ娘かハルカさんの話じゃない限り話を聞くだけという雰囲気が強く、少し興味があるという以上ではない。
そしてタクミは、陽キャらしく自分の事はスルーで仕切り直してくる。オレも追求する気はないので、そのまま流れに乗る事にする。
「で、どうなんだ?」
「多少気がかりはあるけど、何とかなるだろ」
「楽観してていいのか?」
「正直分からん。まあ、あの国に義理は無いから、ダメならケツまくって逃げるだけだ」
言葉通り、靄の中がどうなっているか分からないので、実際答えようがない。
ただ漠然と、今の仲間となら大抵の事はなんとか出来ると思うだけだ。
「……それくらいに思ってた方が良いってことか」
「オレはそう思ってる。我が身大事だよ。今までも、どうしても引けない状況は、アンデッド相手の時くらいだったし」
「なるほどねえ」
なるほどとは言っているけど、タクミの言葉には今ひとつ実感がこもっていない。
オレが、シズさんとタクミの事を聞かないからだろうか。と思った事が顔に出たようだ。
「聞きたいか?」
「いいや、聞かないもんだろ」
「大人になったな」
冗談混じりに軽く苦笑された。表情と雰囲気どちらも、あんまりタクミらしくない。
「ハア? なってないよ。流石にマナーだろ」
「あのぉ」
そこでおずおずと玲奈が小さく手を挙げる。
そしてオレとタクミの視線が向いた事を確認してから、口を開いた。
「そういう話は、二人の時にして欲しい、かも」
「だよな。せめてそうしろ」
タクミはそう思ってないらしい。
確かに、ダメだったら最初から話してこなかっただろう。
「いや、むしろ天沢さんには聞いてもらった方が良いんだ。天沢さんが、向こうのレナさんにも伝えられたらモアベターだとは思うんだけど」
「色恋沙汰の話じゃないのか?」
「なんだその古くさい言い方。けど、そうだよ」
オレが敢えて選んだ言葉に、予想通り苦笑してくれた。
けれども、次の言葉はなかなか出ない。このままでは、話さないまま分かれて下校になりそうだ。
「また玉砕したのか?」
「アプローチはしたけど、突撃まではしてないよ」
苦笑混じりに答えが返ってくる。
「そっか。遠目だったから、二人の雰囲気までは分からなかったからなあ」
「見られてた時点で痛恨だよ。いや、むしろ良かったかも。こうして話しやすくなったし」
そう言ったタクミは、さっきよりもサッパリとした表情をしている。
とはいえ、このまま話す事でもないだろう。
「歩きながら聞いていい事か?」
「そうだな、二人は多少時間あるか?」
「わ、私は大丈夫」
「オレもノープロブレム」
「じゃあドリンクくらいおごるから落ち着くか」





